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第17話~必要なモノ~
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『会いたかった』と確かに僕はそう言った。
その言葉の意味は二通りあって、必死になって探していたスージーが見つかってそう言ったのか、それとも純粋に彼女に会いたかったからなのか、その時の僕にはどういう気持ちでそんな事を言ったのかすら判断つかなかった。
◇◆◇
「はい――ええ、そうです。……はい、すみません。――はい、ではよろしくお願いします」
静かに受話器を下ろすと、眉間に寄せた皺を指先で摘まみながら腕を組んだ。
「はぁ。――……参ったな」
僕の杞憂に終わればどれだけ気が楽になっただろう。もしかして……とは思ってはいたが、やはり家の人には僕の所に行くとは告げずに出てきたらしい。今回は何も起こらなかったからいいものの、また同じような事をしでかしたら大変だ。今までは彼女が納得するまで話をするのだが、僕はもうあの家の者ではない。それにスージーはもう立派な大人だ。
「……。――?」
どんな風に伝えるべきなのかを思い悩んでいると、ふと、人の気配を感じてリビングの入口へと顔を向けた。いつの間にかバスルームから出てきていたスージーが、何かものいいたげに立っている。
「家に、かけてたの?」
「うん、心配するといけないからね」
「お母様何て?」
「酷く動揺しておられたよ。友達の家に行ったハズなのにって」
「……そう」
「明日、フランクさんが迎えに来て下さるそうだ」
そのセリフを聞くと、スージーの顔はみるみる強張った。僕と視線を切るとソファーへと進み、まるで居座るかの様にドスンッと腰を下ろした。
「私、帰りません」
「スージー?」
スージーは一点をじっと見つめたまま、膝の上に置いた手をぎゅっと握り締めている。
「どうしたの? 何かあった?」
スージーの横に僕も腰を下ろして彼女の顔を覗き込む。下唇をぎゅっと噛み締め、どこか思いつめている様な感じに見えた。
「スージー? 何か言いたい事があるなら、ちゃんと言ってごらん」
今までの様に、彼女に自分の気持ちをちゃんと言葉にする様に諭す。スージーは大きく息を吸っては口を少し開くが、言葉を上手く出せないで居た。
僕は、ただ横で黙って彼女の言葉が出てくるのをひたすら待ち続ける。
何度目かの深呼吸で、やっと彼女の声が出た。――だが、吐き出された言葉に、僕は自分の耳を疑った。
「わ……わた、私は……先生じゃないとダメなの! ク、クリスじゃダメなの!」
「クリスが――? ……っ、まさか、また何かしでかしたのか!?」
あんなに『俺に任せてくれ!』って言っていたのに、またスージーを傷つけたのだろうか。あいつの事を信じていただけに、スージーの言葉は僕の心を痛めた。
「あいつ……、もう許さない」
立ち上がろうとした僕の腕をスージーが掴む。
「ちがっ、そうじゃなくて。クリスは……、クリスはとてもいい人よ」
どうやら、僕の早とちりだったようだ。ほっとしながらまた隣に座り直す。
スージーは一体僕に何を伝えたいのだろう。
頭を傾け、彼女が話しやすいようにもう一度優しく問いかけた。
「じゃあ、何がダメだって言うの?」
心なしかスージーの目が瞬きを止めたかのように見える。
少し口を開き、僕の目をたた何も言わずじっと見つめている。
「スージー?」
「……それ、――それが無いとダメなの」
「え? どれ??」
僕はますます訳がわからなくなった。後ろを振り返ってみたり、ソファーをあちこち見てみたりと彼女の言う「それ」を探す。
「ねぇ、スージー。答えをそろそろ教えてくれな――」
頬に暖かい彼女の手が触れる。一瞬で身体が硬直した僕は、ゆっくりと顔を上げた。
「先生のその優しい笑顔が無いと、ダメなの」
風呂上りの石鹸の香りと濡れた髪が、彼女の色香を一層際立たせている。艶かしい表情で僕の目をじっと見つめながらそんな事を言われると、確かにそこにあったはずの自制心が彼女の手によって解き放たれようとしていた。
「――」
以前、スージーにキスをされた時の事がフラッシュバックする。
彼女は一体どういうつもりで、身の危険を犯してまでこんな遠い所へやってきたのか。抱えていた大きな荷物と、彼女の今の態度がその答えを導きだそうとしている。その答えを聞きたいくせに、自分は単なる家庭教師なんだと言う事実が、僕を踏みとどまらせた。
「スージー、あのね……」
タイミング良く、廊下の向こうからパタパタパタと誰かがこっちへ向かって近づいてくる音が聞こえてきた。おそらく直海だろうその足音がリビングの扉付近に近づいて来たのがわかり、僕は慌てて立ち上がった。
「な、何か飲む?」
「……」
我に返った僕は、キッチンへ飲み物を取りに行く事でスージーの手から逃れた。
入れ替わりにリビングに現れた直海は、慌しそうにしている。
「スージーさん、今から部屋を用意するわね。しばらく部屋を使っていないからお掃除しなきゃ」
初めて会ったと言うのに親切にしてくれる直海に、僕は心から感謝している。僕が転がり込んできただけでも煩わしい筈なのに。
これ以上、直海に負担を掛けさせてはいけないと、リビングから出ていこうとしている彼女に声をかけた。
「あ、ナオミ、部屋はいいよ。僕がここで寝るから。スージーには今の僕が寝てる部屋を使ってもらうよ」
ミネラルのボトルを開けながら僕がリビングへと戻っていくと、直海は両手一杯にリネンを抱えていた。
「ううん、いいのよコレぐらい」
呼び止められた直海は嫌な顔一つせず、にっこりと微笑んでいる。
「いや、本当にいいんだ。明日の朝一番に家の者が迎えにくるから」
「でも……」
「ありがとうナオミ、本当に大丈夫だから。――あ、そうそうブランケットが一枚あれば嬉しいかな?」
そう言うと直海はクスリと笑った。
「はい、じゃあ後でソファーに置いておきますね」
「ごめんね」
直海は「ううん」と顔を振りながら、今度は手にしたリネンを片付けに、その場を後にした。
ボトルをスージーに手渡そうとソファーに近づく。
「先生、私がここで寝るからっ……、――ひゃあ!」
喋りだしたスージーを黙らせようと、頬に冷たいボトルを押し付けた。
「それ以上何も言わなくてよし。僕がここで寝て君は上のベッドで寝るんだ、いいね?」
頬につけられたボトルをスージーが受け取ると、水を一口含みながら少し不満気に頷いた。
その言葉の意味は二通りあって、必死になって探していたスージーが見つかってそう言ったのか、それとも純粋に彼女に会いたかったからなのか、その時の僕にはどういう気持ちでそんな事を言ったのかすら判断つかなかった。
◇◆◇
「はい――ええ、そうです。……はい、すみません。――はい、ではよろしくお願いします」
静かに受話器を下ろすと、眉間に寄せた皺を指先で摘まみながら腕を組んだ。
「はぁ。――……参ったな」
僕の杞憂に終わればどれだけ気が楽になっただろう。もしかして……とは思ってはいたが、やはり家の人には僕の所に行くとは告げずに出てきたらしい。今回は何も起こらなかったからいいものの、また同じような事をしでかしたら大変だ。今までは彼女が納得するまで話をするのだが、僕はもうあの家の者ではない。それにスージーはもう立派な大人だ。
「……。――?」
どんな風に伝えるべきなのかを思い悩んでいると、ふと、人の気配を感じてリビングの入口へと顔を向けた。いつの間にかバスルームから出てきていたスージーが、何かものいいたげに立っている。
「家に、かけてたの?」
「うん、心配するといけないからね」
「お母様何て?」
「酷く動揺しておられたよ。友達の家に行ったハズなのにって」
「……そう」
「明日、フランクさんが迎えに来て下さるそうだ」
そのセリフを聞くと、スージーの顔はみるみる強張った。僕と視線を切るとソファーへと進み、まるで居座るかの様にドスンッと腰を下ろした。
「私、帰りません」
「スージー?」
スージーは一点をじっと見つめたまま、膝の上に置いた手をぎゅっと握り締めている。
「どうしたの? 何かあった?」
スージーの横に僕も腰を下ろして彼女の顔を覗き込む。下唇をぎゅっと噛み締め、どこか思いつめている様な感じに見えた。
「スージー? 何か言いたい事があるなら、ちゃんと言ってごらん」
今までの様に、彼女に自分の気持ちをちゃんと言葉にする様に諭す。スージーは大きく息を吸っては口を少し開くが、言葉を上手く出せないで居た。
僕は、ただ横で黙って彼女の言葉が出てくるのをひたすら待ち続ける。
何度目かの深呼吸で、やっと彼女の声が出た。――だが、吐き出された言葉に、僕は自分の耳を疑った。
「わ……わた、私は……先生じゃないとダメなの! ク、クリスじゃダメなの!」
「クリスが――? ……っ、まさか、また何かしでかしたのか!?」
あんなに『俺に任せてくれ!』って言っていたのに、またスージーを傷つけたのだろうか。あいつの事を信じていただけに、スージーの言葉は僕の心を痛めた。
「あいつ……、もう許さない」
立ち上がろうとした僕の腕をスージーが掴む。
「ちがっ、そうじゃなくて。クリスは……、クリスはとてもいい人よ」
どうやら、僕の早とちりだったようだ。ほっとしながらまた隣に座り直す。
スージーは一体僕に何を伝えたいのだろう。
頭を傾け、彼女が話しやすいようにもう一度優しく問いかけた。
「じゃあ、何がダメだって言うの?」
心なしかスージーの目が瞬きを止めたかのように見える。
少し口を開き、僕の目をたた何も言わずじっと見つめている。
「スージー?」
「……それ、――それが無いとダメなの」
「え? どれ??」
僕はますます訳がわからなくなった。後ろを振り返ってみたり、ソファーをあちこち見てみたりと彼女の言う「それ」を探す。
「ねぇ、スージー。答えをそろそろ教えてくれな――」
頬に暖かい彼女の手が触れる。一瞬で身体が硬直した僕は、ゆっくりと顔を上げた。
「先生のその優しい笑顔が無いと、ダメなの」
風呂上りの石鹸の香りと濡れた髪が、彼女の色香を一層際立たせている。艶かしい表情で僕の目をじっと見つめながらそんな事を言われると、確かにそこにあったはずの自制心が彼女の手によって解き放たれようとしていた。
「――」
以前、スージーにキスをされた時の事がフラッシュバックする。
彼女は一体どういうつもりで、身の危険を犯してまでこんな遠い所へやってきたのか。抱えていた大きな荷物と、彼女の今の態度がその答えを導きだそうとしている。その答えを聞きたいくせに、自分は単なる家庭教師なんだと言う事実が、僕を踏みとどまらせた。
「スージー、あのね……」
タイミング良く、廊下の向こうからパタパタパタと誰かがこっちへ向かって近づいてくる音が聞こえてきた。おそらく直海だろうその足音がリビングの扉付近に近づいて来たのがわかり、僕は慌てて立ち上がった。
「な、何か飲む?」
「……」
我に返った僕は、キッチンへ飲み物を取りに行く事でスージーの手から逃れた。
入れ替わりにリビングに現れた直海は、慌しそうにしている。
「スージーさん、今から部屋を用意するわね。しばらく部屋を使っていないからお掃除しなきゃ」
初めて会ったと言うのに親切にしてくれる直海に、僕は心から感謝している。僕が転がり込んできただけでも煩わしい筈なのに。
これ以上、直海に負担を掛けさせてはいけないと、リビングから出ていこうとしている彼女に声をかけた。
「あ、ナオミ、部屋はいいよ。僕がここで寝るから。スージーには今の僕が寝てる部屋を使ってもらうよ」
ミネラルのボトルを開けながら僕がリビングへと戻っていくと、直海は両手一杯にリネンを抱えていた。
「ううん、いいのよコレぐらい」
呼び止められた直海は嫌な顔一つせず、にっこりと微笑んでいる。
「いや、本当にいいんだ。明日の朝一番に家の者が迎えにくるから」
「でも……」
「ありがとうナオミ、本当に大丈夫だから。――あ、そうそうブランケットが一枚あれば嬉しいかな?」
そう言うと直海はクスリと笑った。
「はい、じゃあ後でソファーに置いておきますね」
「ごめんね」
直海は「ううん」と顔を振りながら、今度は手にしたリネンを片付けに、その場を後にした。
ボトルをスージーに手渡そうとソファーに近づく。
「先生、私がここで寝るからっ……、――ひゃあ!」
喋りだしたスージーを黙らせようと、頬に冷たいボトルを押し付けた。
「それ以上何も言わなくてよし。僕がここで寝て君は上のベッドで寝るんだ、いいね?」
頬につけられたボトルをスージーが受け取ると、水を一口含みながら少し不満気に頷いた。
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