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第8話~許すという事~
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「スージー!!」
リビングの扉を勢いよく開け、床に倒れている彼女を見つけた。何度も名を呼び頬をはたくが、意識が無く呼吸もまばらだ。
――発作だ。
直ぐに心臓マッサージと人工呼吸を交互に始め、遅れてやってきたクリスに屋敷に備え付けてあるAEDを持って来る事と救急車の手配を頼むと、大きく頷いてクリスは慌ててリビングから飛び出していった。
額にうっすらと汗を浮べながら、僕は痺れる腕と戦う。
“生きろ! 生きるんだ!!”
と、繰り返し何度も念じていた。
◇◆◇
窓も無く、無機質な白塗りの壁に囲まれた部屋で、僕は硬めのソファーに座っていた。膝に肘をつき、重ねた手を何度も額に打ち付けてはうな垂れる。
――何故、僕は目を離してしまったのか。何の為にいつも彼女の側にいるのか。
肝心な時に側に居ないのであれば、今まで彼女を守るつもりでやって来た十一年間が、全て無駄なものに思える。
後悔の念が押し寄せるなか、“ICU”と書かれた扉の向こう、横たわるスージーを見つめた。
キュッキュッキュ、と、清潔な廊下を踏みしめるスニーカーの音が近づいて来て、その音は僕のすぐ横で止まった。
「あ……ミック、その、大学の方は……一応連絡入れといた」
重ねた手を額から口元に移す。クリスをチラリと横目で見ると、僕は小さく頷いた。
彼は僕の横に少し間を空けて座り、溜息をついて俯いている。
「何をした……?」
「え?」
「一体、スージーに何をした!」
気がつくと僕はクリスの胸座を掴み、彼を立ち上がらせていた。
クリスは怯えた目で、僕に冷静に話を聞いて欲しいと懇願している。チッと舌打ちをすると彼の胸座から手を離し、その手をポケットにしまう事によって、クリスを殴る気は無いという事を彼に示した。
クリスが襟元を正しながら、何があったかを説明する。
「お前が部屋から出て行ってしばらくした後、スージーちゃんはお茶を持って部屋に戻ってきたんだ。紅茶のセットを乗せたトレーをテーブルの上に置くのを見計らって、俺は背後から彼女を抱きしめたんだ」
それを聞き、せっかく仕舞い込んでいた手が勢いよくポケットから飛び出る。僕はまたクリスに掴みかかってしまった。
「か、彼女があまりにも抵抗するから!」
「当たり前だろ! ……他は!? 他に何をしたんだよ!」
「そ、そのまま後ろから両手首を捕まえて……。で、いざ告ろうとしたら、彼女、必死でミックを探してた。『先生はどこ!?』って何度も……。だから、俺が二人っきりにさせてくれって頼んだって」
「っ!」
いくら知り合いだったとしても密室で二人きり。彼女が感じた恐怖は相当なものだっただろう。まさか、クリスがこんな事をするとは知らなかったとは言え、二人きりにさせてしまった事を激しく後悔した。
「こんな状態になっても、まだミックを探しているのがなんだか悔しくて。まるでミックは“君には興味ないんだ”って思わせる為にそんな事を言ってしまった。今思えばそれで彼女の恐怖心を煽ってしまったのかもしれない。……その直後、彼女は胸を押さえて倒れこんでしまったんだ」
「っ、何て事を……。彼女は、スージーはクリスが思ってるよりずっと純粋な子なんだ! 君が普段遊んでいる様な女性達とは全く違うんだよ!」
そう言って掴んでいる胸元を更に締め上げる。苦しそうに眉根をひそめるクリスは両手を顔の横に上げると、何度も何度も僕に謝罪の言葉を繰り返した。
「――っ! ……――?」
するとその時、スージーが眠っている集中治療室の扉が開き、中から看護士が出てきた。
「一緒に来られた方ですか?」
「は、はい」
胸座を掴んでいた手を即座に離すと、看護師へと駆け寄る。
「覚醒されましたよ。お会いになって上げてください」
看護師は笑顔でそう言うと、扉を開けたままその場を去っていった。あえて言葉にせずとも、その笑顔で彼女はもう何の心配もないんだとすぐにわかった。
「は、はい! ありがとうございます!」
僕は本当に心の底からほっとし、クリスも又、胸をおさえてほっとしていた。
クリスをその場に残し、病室の扉に手を掛け部屋の中へと入って行った。
彼女の枕元まで行き、隅にあったパイプ椅子を持ってきて腰掛ける。しっかり体温を感じる彼女の手を両手で包み込んだ。
「せん……せ――?」
彼女が僕に気付き、少し顔を向けた。
口を塞がれた酸素マスクが、彼女が声を出すたびに曇る。そんなスージーの姿を目の当たりにして、キリキリと胸が痛むとともに目に涙が溢れてきた。
「スージー、良かった……」
僕に心配させまいと、彼女は力なく笑う。
「聞いたよ? また、先生が助けてくれたんだね。あり……がとう……」
スージーのその言葉で、必死でこらえていた涙がとうとう溢れだし頬を伝う。
僕が側にいればこんな事は起きなかった。僕を責めてもなんらおかしくは無いのに、責めるどころか僕に感謝している。そんないたいけな彼女を見つめながら僕は首を横に振ると、そっと彼女の手の甲に唇を寄せた。
彼女の病気が発覚してから、もしもの時の為にと救急救命処置を学んでいた。
これが役に立ったのは今回で二度目だった。
もう二度とこんな事をせずにいられたらと、前も強く思ったのを昨日の事の様に覚えている。
「せん……せ……クリス……は?」
「外にいるよ」
「呼ん、で」
「――待ってて」
僕は袖口で涙を拭うと立ち上がり、扉の向こう側で心配そうにしているクリスに、中へ入ってくるよう人差し指で合図を送った。
スージーは恐らく自分が倒れたせいで、クリスが落ち込んでいるに違いないと思ったのだろう。枕元にクリスが近寄り、彼女が力なく微笑みながら「ごめんね」と呟くと、彼は声を上げて泣き出した。
リビングの扉を勢いよく開け、床に倒れている彼女を見つけた。何度も名を呼び頬をはたくが、意識が無く呼吸もまばらだ。
――発作だ。
直ぐに心臓マッサージと人工呼吸を交互に始め、遅れてやってきたクリスに屋敷に備え付けてあるAEDを持って来る事と救急車の手配を頼むと、大きく頷いてクリスは慌ててリビングから飛び出していった。
額にうっすらと汗を浮べながら、僕は痺れる腕と戦う。
“生きろ! 生きるんだ!!”
と、繰り返し何度も念じていた。
◇◆◇
窓も無く、無機質な白塗りの壁に囲まれた部屋で、僕は硬めのソファーに座っていた。膝に肘をつき、重ねた手を何度も額に打ち付けてはうな垂れる。
――何故、僕は目を離してしまったのか。何の為にいつも彼女の側にいるのか。
肝心な時に側に居ないのであれば、今まで彼女を守るつもりでやって来た十一年間が、全て無駄なものに思える。
後悔の念が押し寄せるなか、“ICU”と書かれた扉の向こう、横たわるスージーを見つめた。
キュッキュッキュ、と、清潔な廊下を踏みしめるスニーカーの音が近づいて来て、その音は僕のすぐ横で止まった。
「あ……ミック、その、大学の方は……一応連絡入れといた」
重ねた手を額から口元に移す。クリスをチラリと横目で見ると、僕は小さく頷いた。
彼は僕の横に少し間を空けて座り、溜息をついて俯いている。
「何をした……?」
「え?」
「一体、スージーに何をした!」
気がつくと僕はクリスの胸座を掴み、彼を立ち上がらせていた。
クリスは怯えた目で、僕に冷静に話を聞いて欲しいと懇願している。チッと舌打ちをすると彼の胸座から手を離し、その手をポケットにしまう事によって、クリスを殴る気は無いという事を彼に示した。
クリスが襟元を正しながら、何があったかを説明する。
「お前が部屋から出て行ってしばらくした後、スージーちゃんはお茶を持って部屋に戻ってきたんだ。紅茶のセットを乗せたトレーをテーブルの上に置くのを見計らって、俺は背後から彼女を抱きしめたんだ」
それを聞き、せっかく仕舞い込んでいた手が勢いよくポケットから飛び出る。僕はまたクリスに掴みかかってしまった。
「か、彼女があまりにも抵抗するから!」
「当たり前だろ! ……他は!? 他に何をしたんだよ!」
「そ、そのまま後ろから両手首を捕まえて……。で、いざ告ろうとしたら、彼女、必死でミックを探してた。『先生はどこ!?』って何度も……。だから、俺が二人っきりにさせてくれって頼んだって」
「っ!」
いくら知り合いだったとしても密室で二人きり。彼女が感じた恐怖は相当なものだっただろう。まさか、クリスがこんな事をするとは知らなかったとは言え、二人きりにさせてしまった事を激しく後悔した。
「こんな状態になっても、まだミックを探しているのがなんだか悔しくて。まるでミックは“君には興味ないんだ”って思わせる為にそんな事を言ってしまった。今思えばそれで彼女の恐怖心を煽ってしまったのかもしれない。……その直後、彼女は胸を押さえて倒れこんでしまったんだ」
「っ、何て事を……。彼女は、スージーはクリスが思ってるよりずっと純粋な子なんだ! 君が普段遊んでいる様な女性達とは全く違うんだよ!」
そう言って掴んでいる胸元を更に締め上げる。苦しそうに眉根をひそめるクリスは両手を顔の横に上げると、何度も何度も僕に謝罪の言葉を繰り返した。
「――っ! ……――?」
するとその時、スージーが眠っている集中治療室の扉が開き、中から看護士が出てきた。
「一緒に来られた方ですか?」
「は、はい」
胸座を掴んでいた手を即座に離すと、看護師へと駆け寄る。
「覚醒されましたよ。お会いになって上げてください」
看護師は笑顔でそう言うと、扉を開けたままその場を去っていった。あえて言葉にせずとも、その笑顔で彼女はもう何の心配もないんだとすぐにわかった。
「は、はい! ありがとうございます!」
僕は本当に心の底からほっとし、クリスも又、胸をおさえてほっとしていた。
クリスをその場に残し、病室の扉に手を掛け部屋の中へと入って行った。
彼女の枕元まで行き、隅にあったパイプ椅子を持ってきて腰掛ける。しっかり体温を感じる彼女の手を両手で包み込んだ。
「せん……せ――?」
彼女が僕に気付き、少し顔を向けた。
口を塞がれた酸素マスクが、彼女が声を出すたびに曇る。そんなスージーの姿を目の当たりにして、キリキリと胸が痛むとともに目に涙が溢れてきた。
「スージー、良かった……」
僕に心配させまいと、彼女は力なく笑う。
「聞いたよ? また、先生が助けてくれたんだね。あり……がとう……」
スージーのその言葉で、必死でこらえていた涙がとうとう溢れだし頬を伝う。
僕が側にいればこんな事は起きなかった。僕を責めてもなんらおかしくは無いのに、責めるどころか僕に感謝している。そんないたいけな彼女を見つめながら僕は首を横に振ると、そっと彼女の手の甲に唇を寄せた。
彼女の病気が発覚してから、もしもの時の為にと救急救命処置を学んでいた。
これが役に立ったのは今回で二度目だった。
もう二度とこんな事をせずにいられたらと、前も強く思ったのを昨日の事の様に覚えている。
「せん……せ……クリス……は?」
「外にいるよ」
「呼ん、で」
「――待ってて」
僕は袖口で涙を拭うと立ち上がり、扉の向こう側で心配そうにしているクリスに、中へ入ってくるよう人差し指で合図を送った。
スージーは恐らく自分が倒れたせいで、クリスが落ち込んでいるに違いないと思ったのだろう。枕元にクリスが近寄り、彼女が力なく微笑みながら「ごめんね」と呟くと、彼は声を上げて泣き出した。
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