青空の下で君を想う時

まる。

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第1話~物語の始まり~

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「ミック! ミックはいる?」

 僕を呼ぶ小さな声がかすかに聞こえる。
 青々とした芝がある、庭付きの小さな家。庭に面したポーチの下でブランコに揺られながら、僕はいつの間にか転寝をしていたらしい。芝を踏みしめる小さな音が徐々に近づいてくると、先ほどの声の主がその姿を現した。

「やっぱりここにいた!」

 うっすらと目を開けると、その声の主は二つに結った髪をゆらゆらと揺らし、ブランコに寝そべる僕を覗きこんでいた。

「……やあ、リオ。なんだい? 僕に何か用?」

 掠れた声でそう言うと、横にしていた体を起こして足を床につけた。胸元に置いていた読みかけの本を閉じると掛けていた眼鏡を外し、胸元のポケットに放り込んだ。
 膝に肘をつき、手を組んでリオと目線を合わせると、リオは嬉しそうに僕の横に腰を下ろした。

「うん! この間のお話の続き聞かせて! リトル・スージーのお話!」
「あはは、覚えてたんだね。リオは物好きだなぁ、僕の昔話なんて聞いて楽しい?」
「うん!」

 丸く大きな目をキラキラさせたリオの頭をそっと撫で、一つ息を吐いた。

「仕方ないなぁ。どこまで話したっけ? えーっと、……ああ、お屋敷の横を歩いていた所までだったね」

 僕はあの時の出来事を、つい最近の事の様に鮮明に覚えている。あの時と同じ様な澄んだ青空を見上げると、記憶を辿りながらゆっくりと話し出した。


 ◇◆◇

 僕が二十歳はたちの頃、偶然通りかかった大きなお屋敷の前に張り出された一枚の紙切れを目にした所からすべてが始まった。

 どこまで続いているのかわからない長い長い道を、僕はあてもなく歩き続けていた。やがて、その壁から老人が出てきたことで、ここに大きな門があること、そして、果てしなく続くこの壁は誰かの屋敷なのだということに気が付いた。 
 老人の手には紙切れと、手の甲にはテープが四枚貼り付けられている。テープを一枚剥がしては紙切れの四隅に貼り付け、何が書かれてあるのかが気になった僕はその老人の背後で立ち止まった。

「……」

 三枚目のテープが貼られようとした瞬間、僕は自分でも驚くような行動に出た。

「あの! それ、僕にやらせてもらえませんか?」

 ゆっくりと振り返った老人は今の状況がよく飲み込めていないのか、あるいは僕の声が届かなかったのか、きょとんとした顔をしている。

「あの、……その家庭教師のバイトをしたいんです」

 老人のしわくちゃな手で広げられた紙切れを、僕は指で指し示した。

「ほ? これですかな?」
「は、はい! あの一応U大学に通ってます! ……休学中ですけど。あっ、家庭教師の経験もあります! ……つい先程クビになってしまいましたが」

 張り切って声を掛けたものの、胸を張って自慢出来るほどの経歴ではない。先ほどまでの勢いとは打って変わり、ガクッと一気に肩を落とした。

「無理、ですよね……すみません」

 この程度の経歴でこんな大きなお屋敷の家庭教師が務まるわけがない。切羽詰っていたとはいえ、いきなりそんな無茶なことを言ってしまった自分が恥ずかしくなり、逃げるようにして踵を返した。

「おやおや、貼る必要がなくなりましたわい」
「えっ?」

 振り返ると、その紙切れは三枚目のテープが貼られる事無く、老人の手によって綺麗に剥がされていく。

「どうぞ、中へ」

 老人はにっこりと微笑むと、小さな扉の中へ消えていった。

「は、はいっ!」

 思ってもいなかったこの展開に思わず足が浮足立つ。老人の後に続いて小さな扉を抜けると、綺麗に手入れが施された大きな庭が果てしなく続いていた。
 溜息が零れ落ちる程美しいその景色をじっくりと楽しむ間もなく、屋根付きのカートに早く乗る様にと催促されてしまう。急いで乗り込むと、老人の運転でそのカートはのろのろと動き出した。

「貴方様はお名前はなんとおっしゃるのですか?」
「あ、はい。ミック・ベリーと言います」
「ミックさん。お嬢様は……貴方がこれからお世話して頂くお方は、大変複雑な環境におられるお方でして……。最初はなじめないかもしれませんが、時期に慣れると思いますので、心配なさらないで下さい」

 展開が早すぎて何が起こっているのか、上手く飲み込めない。ポカンと口を開けていた僕は、ある一つの答えを導き出した。

「……てことは、雇って頂けるんですか?」
「ほ? ええ、もちろん」
「あ、ありがとうございますっ!」

 突然仕事を失ってしまい、明日からどうやって食べていけばよいのかとつい先ほどまで思い悩んでいたのが嘘の様だ。僕の目に飛び込んできた“家庭教師募集”の張り紙に何処か運命的なものを直感的に感じた僕は、何の考えもなしに声を掛けてしまったことを後悔していたのが一変し、有頂天になった。 


 ◇◆◇

 客間に着くまでの間に老人よりざっと説明を受けた。
 僕が受け持つのは十歳の女の子で、名はスージー・ハミルトン。おてんばだけど、動物をこよなく愛する女の子だそうだ。お互いの信頼関係を築く為にも、住み込みで働く事が条件の一つとなっていて、これに関しては二つ返事でオーケーを出した。というのも、今のアパートは今日クビになった家の所有物だったから近日中に出なければならず、僕にとっては好都合で願ってもない話だった。

 スージーには勉強だけではなく礼儀作法は勿論、世界中で起こっている事や日常の生活などを僕を通して学んで欲しいそうだ。極々普通の十歳の女の子らしい生活を経験をさせてやりたいというのが、今回家庭教師を雇う一番の理由であると言っていた。

「どうして学校に通わせないんですか?」

 今思えば野暮な質問だった。
 何か特別な理由があるからこそ、住み込みの家庭教師を募集していたのだから。

「実はお嬢様は重い病を患っておいででして、一人で通学させるにはまだ幼すぎるのです」
「あ、そうだったんですか……」

 なんでもスージーは皮膚の病気にかかっているそうだ。紫外線を浴びるとたちまち皮膚がただれ始め、処置を怠ればすぐに皮膚は壊死し、その度に長時間にも渡る手術をしなければその小さな命をも簡単に奪ってしまう。
 病院から処方されている薬を塗布することで、数時間程度であれば紫外線を遮断できるらしいのだが、それ以上は今の医学では打つ手がない。と言うのが現状だそうだ。
 そんな彼女と常に行動を共にし、彼女を守って欲しいと言われた。

 僕は愕然とした。まだ十歳となると、燦々と輝く太陽の下で思いっきり走り回りたいはずだ。しかも、こんなに広い庭があるというのに指をくわえて部屋の中から見ているだけなど、幼い子供にとっては地獄とも言えるのではないだろうか。

 勢いに任せて声を掛けてしまったが、これはかなり責任重大だとごくりと喉を鳴らした。

「申し遅れました。わたくし、ハミルトン家に仕えております執事のフランク・アンダーソンと申します。どうぞフランクとお呼び下さい」

 客間に通じる扉の前で一度僕の方を向くと、右手を差し出し僕達は握手を交わした。
 フランクが扉に向き直り、ゆっくりとその部屋のドアを開ける。と、突然、目の前が真っ白になり僕は目を丸くした。

「きゃははははははっ!」

 舞い上がった白い煙の中で、フランクは頭のてっぺんからつま先まで、見事なまでに真っ白な粉まみれになっている。そっとフランクの横から客間の中を覗きこむと、粉が入った小さな風船を持った少女がソファーの肘掛に座り、足をバタバタしながら笑い転げていた。

 それが僕と彼女、スージーとの最初の出会いだった。





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