B級彼女とS級彼氏

まる。

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最終章

第2話〜守る、という事〜

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 ジャッ君と食事をした時に感じた違和感は、時が経過するとともに薄らいでいった。今となってはそんな事があったのも忘れ、私達親子と小田桐は今まで通りたまに食事をするといった関係を続けている。勿論、彼が私に触れてくる事などもうない。あの時は羞恥と恐怖に苛まれていたのが嘘の様に、心の中にポッカリと穴が開いた様なこの感覚をどうすれば埋める事が出来るのかと、もやもやとした感情が常に渦巻いていた。

「小田桐さん、遅いねぇー」
「――。……? あ、うん、そうね。仕事が終わらないんじゃないかな」

 今日は、この間行けなかった央のために外食にしようと小田桐から提案があった。時間になったら迎えに行くと言っていたが、どうせ下に降りなきゃいけないのなら下で待っておこうと、私達二人はマンションの前で小田桐が現れるのを待っていた時だった。
 ふと、背後に人が近づいて来る気配を感じた。
 
「――。……?」
「よう、久しぶり」
 
 すぐ側で声が聞こえた事で、私たちに声を掛けたのだなと気付く。聞き慣れない声だと思いつつも後ろを振り返ってみると、やはり見覚えの無い男性が私たちへとその視線を向けていた。
 上着のポケットに両手を突っ込み、目深に帽子を被った見知らぬ男性。この人が一体誰なのかは思い出せないが、向こうは私の事を知っている様だし話してる間に思い出すんじゃないかと、とりあえず頭を下げた。
 
「随分、雰囲気が違うんだね。お陰でなかなか見つけられなかったよ。……小夜子ちゃん」
「小夜子? えっと、人違いじゃないですかね?」
 
 どうりで誰だかわからないわけだ。単なる人違いだったのかと納得していると、私の背後で戦慄く声がかすかに聞こえた。
 
「お、岡本……さ、ん……!」
「え? 央の知り合いなの?」
 
 向き直ったその時。尋常じゃない娘のその表情に、何かよからぬことが起こるのではないかと心がざわつき始めた。


  ◇◆◇
   
「……? 社長!? どこへ行くんですか!」

 ジュディスに見つからない様にと、植木を隠れ蓑にして足早にロビーを駆け抜ける。だが、猟犬並みの嗅覚を持ち合わせているジュディスにその手は全く通用しない。案の定あっさり見つけられた俺は観念し、歩く速度を緩めると植木から姿を現した。
 
「あー、ちょっとメシ食ってくる!」
 
 複数のファイルを抱きしめる様に両手で抱え、ご立腹な様子の秘書に向かって声を張り上げた。
 
「なっ!? ……か、帰ってくるんですよね? だって、社長のサインを貰わないと業務が進められない書類がこんなにあるんですもんね?」

 持っているファイルを俺に見せつけるようにしてそう言った。
 
「それはまた明日やる。俺は明日出来る事は明日やる主義だから」
「ええ!?」
「と言う事で、後は宜しく」
「あ、ちょっと待っ……!」

 追いかけて来ようとするジュディスに向き直り、俺は大きな溜息を吐いた。

「お前さ、生真面目過ぎ。もうちょっと肩の力抜けって。んじゃ、お疲れ」
「し!? しゃちょおおおおー!!」
 
 俺を引き留める為に伸ばした手から、ポロポロとファイルが落下する。ジュディスがそれに気を取られているうちにと、逃げるようにしてその場を去った。
 
 
 
 
 袖口をめくり時間を確認する。いつもの如く、コンビニの前の信号で引っかかってしまい、つい舌打ちを打った。
 片側三車線あるここの道路は当然の様に交通量も多く、歩行者用の信号待ちの時間が極端に長い。それに加えて約束の時間を既に過ぎてしまっているという焦りも追い打ちをかけ、いつもよりも待ち時間が長く感じられた。
 
「……。――?」
 
 芳野たちが暮らすマンションの前。車が走る切れ間に芳野と央の姿を見つける。いつもは部屋まで迎えに行くのだが、今日は俺が遅れてしまったせいか二人は既に外で待っていた。

 ――まずいな、なんて言い訳しよう。
 ジュディスに捕まったせいもあるが、一概にそれだけとは言えない。どういえば、二人の機嫌を損ねることなく、尚且つギャアギャアと責め立てられずに済むかと考えていると、視界の端に見知らぬ男の姿が映った。

 ――知り合い、か? それとも道でも尋ねられた?
 まぁ別にどっちだったとしてもどうでもいい。とにかく早くこの信号が変わってくれと願っていた。
 ふと、もう一度芳野達の方へと視線を移す。央とその男との間に芳野が立ち、何やら揉めている様な雰囲気さえも感じられる。何があったのかは知らないが少し様子が違うと感じた俺は、一刻も早く行ってやらねばと歩行者用の押しボタンに手を伸ばした。
 
「――? ……何やってんだあいつら」
 
 男から引き離すようにして、芳野が央の背を抱き距離を取った。男の方はまだ何か言っている様子で、央が何度も後ろを振り返っている。何が起こってるんだと気が気でないのに、大きなトラックが通るたびに二人の姿が視界から消える。イライラを募らせながらも再び二人の姿を捉えることができたのが、丁度道路を挟んだ向こう側、コンビニの前まで二人が歩いて来た時だった。
 
「――、……? ばっ、嘘だろ!?」
 
 帽子の男が上着のポケットから突っこんでいた手を出すと、その手には青白く光るものが握りしめられている。それにいち早く気付いた央が慌てて芳野にそのことを伝えていたが、悲劇はその直後に起きた。

 男は先端の尖ったそれをもう一方の手に持ち替えると、じわじわと二人に詰め寄り始める。それを見た俺は身体中から血の気が引き、押しボタンを連打しながら道路を走る車の流れを目で追った。
 
「くそっ! 何やってんだ! ……、――芳野!!」
 
 俺の声が届いたのか、芳野が道路の反対側にいる俺へと顔を向ける。俺の姿を見つけた途端ほっと安堵の表情を浮かべるも、すぐにその表情は男によって崩された。
 
「――っ!? 歩!!」
 
 男の手が、芳野の腹部へと伸びている。ここで事の成り行きを黙って見ていられるわけもなく、俺は無我夢中で道路へと飛び出した。
 けたたましく鳴り響くクラクションにブレーキ音。それでもなりふり構わず芳野のもとへと走る。そんな俺の目に飛び込んだのは、先ほどの青白い光ではなく、赤黒く変化した物体を握りしめている男の姿だった。それでも、倒れることなく芳野は立ち向かい続ける。与えられた痛みをも忘れ、娘を守るために無我夢中となっているのがわかった。
 尚も男の刃は央に向けられている。このままでは央もあの男の餌食となってしまう。
 
「おい、止めろっ!!」
「――、……っ!?」
 
 大声を上げることで、相手を興奮させてしまうかもしれないというリスクを恐れたが、その男は俺の姿を見てぎょっとした表情をした。その男の顔にどことなく見覚えがあるも、それが一体どこの誰だったかまでは思い出せない。赤信号を無理に渡る俺に向かって突っ込んで来た車を避けている隙に、その男はその場から走って逃げて行った。
 
「チッ! ――芳野、大丈夫か!?」

 やっとの事で渡りきることが出来、顔を歪ませながら腹部を押さえている芳野に駆け寄った。

「私はいいから、早く、早くあの男を追って!」
 
 逃げる男を指すその手は真っ赤な血で染まっている。こんな時でも自分の事を後回しにする芳野に俺は無性に腹が立った。
 
「――っ! 馬鹿か! そんなのどうだっていい! お前の傷をみる方が先だ!」
「は? 傷?? ……!? ――……」
「え? あ、ちょ、芳野! しっかりしろ!!」
 
 自分の腹部から血が出ていることに気づいた途端、芳野は膝から崩れ落ちた。




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