B級彼女とS級彼氏

まる。

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最終章

第1話〜誓い〜

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 ジャッ君達と一緒の時は普通に会話が出来ていたのだが、二人と別れた途端、またもや小田桐は無口になった。
 私の家へと向かうタクシーの中。小田桐は頬杖を突きながら変わりゆく外の景色をボーっと眺めている。店へと向かうタクシーの中でも無言ではあったが、今はただ黙っていると言うわけではなく、何かをずっと考えている様に見えた。

「じゃあね。今日はありがと」
「――? ああ」

 マンションの前に車が停まっても小田桐は変わらずボーっとしていて、私が声を掛けるまで到着したことにも気づいていない様子だった。
 タクシーの扉が閉まった後、反対側から何故か小田桐も降車する。不思議そうにしている私に気付いた小田桐は、「部屋まで送る」と言い出した。そこまでしてもらわなくてもいいと言ったが、小田桐がそれを聞き入れる事はなかった。

「あー、のさ」
「……あ?」

 扉の前。バッグの中に手を突っ込み、鍵を探しながら声を掛ける。小田桐の様子がどうにもおかしいと感じ取った私は、このまま彼を帰してしまっていいものかと頭を悩ませていた。

「よ、良かったらコーヒーでも飲んでかない?」
「――」
「……あ、ほら! もうすぐ央も帰って来るって連絡あったし、あの子、あんたから推理小説だか何だかの本借りたんだって? そろそろ返さなきゃって言ってたからさ」

 あからさまに不審な目を向けられる。それもそのはず、慌てて取り繕った言い訳は少し無理があると自分でも感じていた。
 小田桐を拒絶したことで彼を傷つけ、挙句、自分の気持ちを自覚した。きっと、分が悪くなったら掌を返す様な人間だと小田桐には思われているだろう。実際、それを否定出来るほどの確固たる理由が、自分でも全く思い浮かばなかった。

「……いや、今日は帰る。タクシーもまだ待たせてるし」
「そんなのっ、別にどうとでもなるじゃん!」

 この後、仕事があるでも用事があるとかでもない。タクシーを待たせてるからと言うだけの、私と同じくして取り繕ろわれたその理由に、ついむきになって声を荒げてしまった。
 小田桐は“今日は”と言っている。と言う事は、次があるのだから焦って無理に引き留めるべきではない。そう思ってるのに、口を衝いて出た言葉は何とも未練たらしいものであった。

「ねっ! いいじゃん。寄ってきなよ」
 
 本人は嫌がっていると言うのにこれほどまでにしつこく誘うだなんて、今までの自分であれば考えられない。ただ、このまま彼を帰してしまってはいけないと言う思いだけが先行し、急いで家の扉を開けた。

「――俺に気を使ってそんな事言ってるのかもしれんが、……気にしなくていい」
 
 背中越しにそう言われ、やはり気づかれていたことを知らされる。
 
「そ、そんなんじゃ……」
 
 振り返ると、小田桐は視線を落としながら小さくため息を吐いた。
 
「俺は別にどーってことない。変に気を使われる方が余計に辛い。……いい加減、俺の性格わかれよ」

 私の考えている事なんて小田桐には全てお見通しだ。よかれと思ってしたことが、逆に傷口に塩を塗りこむ結果になっている。そう思うと、心苦しくなり彼の眼を直視することが出来なかった。

「……。――?」
「また電話する。ああ、それと、本は又今度でいい。……じゃ、おやすみ」

 ぽんぽんっと頭を撫でられた拍子に顔を上げた。その時の小田桐は、レストランで見せた時と同じ穏やかな笑みを見せていた。

 ――何だろう、この胸がざわつく感じ。
 なんでもない日々のやり取りをしているだけなのに、何故か不安に駆られてしまう。いや、なんでもないから不安になるのかもしれない。気に入らない事があれば、もうちょっと気を遣えよと言いたくなるほどいつもズバズバ言う小田桐が、今日はその勢いがないどころか微笑みまでをも浮かべている。年齢的にももうとっくに落ち着いていいはずだし昔とは違うと言えばそれまでなのに、何故かたったそれだけの理由でこれは何でもない事だと済ます事が出来ないでいた。
 
「……」
 
 コツンコツンと革靴の音が遠ざかっていく。私は振り返りもしない小田桐の背中を、ただじっと見つめていた。


 ◇◆◇
 
 翌日。約束通り、仏頂面した桑山さんがやって来た。最初からゆっくりするつもりなど毛頭ないのか、コーヒーを出そうとする私を引き留めパソコンへと向かわせる。流石に仕事の話となるといつまでも私情を引きずっていられないのだろう。さっきまではあからさまに嫌悪の表情を見せていたのが、徐々に普段通りの態度に変わって行った。
 
「ああー、こりゃダメだな」

 こう言われることはわかっていたが、いきなりのダメ出しにムッとする。

「どうダメなんですか?」

 何がどうダメなのかの説明を求める私に対し、桑山さんはあざ笑うかのような視線を私に向けた。

「もうちょい色っぽくしないと、これじゃあせっかく撮った写真が活かせてない」

 せっかくの素材が勿体ない、という事なんだろうが……。

「……トイレの写真を色っぽくって、一体どうやるんですか。そもそも、これはクライアントの指示なんですから、その通りにしないとダメでしょ」
「だーからぁー! 歩はいつまでたっても独り立ち出来ないんだよ」
「ひっ、一言余計です!」
 
 確かに、長年この仕事に携わっているが、いまだに大きな仕事は全部桑山さんが担当している。私自身それでいいと思って今までやってきたが、桑山さんはそう思ってはいなかったと言う事だろうか。そりゃあ本音を言うと、独立出来るものならこの長い人生、一度くらいチャレンジしてみたいという気持ちはある。カメラの腕が無い分、その他では桑山さんには負けていないはずだし。ただ、この仕事で生計を立てるつもりならば、カメラの腕をもっと上げなければお話にもならず、それが出来ない私は結局元鞘に収まっている、と言う事なのだ。
 理想を追い求めてみても、全てが上手くいくとは限らない。若いうちならまだしも、半世紀近く生きた上に守るべき大事な家族がいる。冒険するには時が経ち過ぎたのだと、諦めるしかなかった。
 
「もう! だったらどこをどうすればいいんですか!? 言っときますけど、クライアントから怒られても私は責任持ちませんからね!」
 
 カタカタと音を立て、少し乱暴にマウスを扱う。それでも隣に立つ桑山さんは腕を組んだままで、私に指示を出す素振りが見えなかった。
 
「――桑山さん?」
「ああ、違うか」
「?」
「独り立ち出来ないんじゃなくて、俺がお前を手放したくなかっただけだな」
「……」
 
 やっと気づいたと言った面持ちになり、顎に生やした髭を触る。桑山さんのその言葉の裏には何があるのかだなんて、聞くことは出来なかった。
 
「まぁ、いいじゃないか。ずっといろよ」
「いや、勿論このまま続けさせて頂きたいとは思ってますけど」
 
 何の意図があってそう言ってるのかが判別つかず、どっちとも取れる様な曖昧な返事を返す。マウスを握りしめた手の横に桑山さんが手を付き、もう一方の手を私が座る椅子の背もたれに置いた。
 
「ごまかすなよ。そんな意味で言ったんじゃないってわかってんだろ?」
「まぁ、……はは」
 
 大きな身体に囲われると否応なしに影が作られる。央も誰もいない部屋に桑山さんと二人っきり。意識しても何らおかしくないシチュエーションだと言うのに、それでも一切脈が乱れないという事が私の答えであった。

「そんなにあいつがいいのか?」
 
 改めてそう聞かれると、顔だけでなく耳の先まで熱くなるのが自分でもわかる。
 例え桑山さんの言った通りだとしても、今までの私であれば速攻否定するかとぼけるなどして逃げていた。しかし、いつまでもそんな風に逃げていては、せっかくそう言ってくれている桑山さんにも悪いし、小田桐に対しても嘘を吐いている気がして負い目を感じる。

「……は、い」

 これからは自分の気持ちに正直に生きていく。
 そう思った私は、自らが言った言葉に誓いを立てるつもりでそう答えた。




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