B級彼女とS級彼氏

まる。

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第3章 家族というもの

第4話〜油断〜

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「だから、そんなんじゃないですってば。いい加減機嫌治してくださいよ」

 太陽が沈み始めたオレンジ色の空。ベランダにある椅子に腰かけた私は、電話の相手を必死で説き伏せている。

「おまっ、ひ、人を駄々っ子みたいに言うなよ!」
「同じじゃないですか。どうせ近くまで来るなら取りに来てくれてもいいでしょう!?」

 明日、急ぎで確認して欲しいデータがあり、丁度うちの近くの現場に向かうと聞いていた桑山さんに家に取りに来てもらうようお願いしたものの、何を言っても「行かない」の一点張り。何故かと聞けば、どうにもくだらない理由に呆れて開いた口が塞がらない。どうすればこの頑固者を納得させることが出来るかと、頭を抱えていた。

「お前な、俺はお前にフラれてんだぞ? そんな可愛そうな傷心男に向かって自分たちの愛の巣に来いとか言うか? ったく、何の当てつけだ一体」
「愛の巣……って表現が古いし、そもそもそんなんじゃありませんから」
「メールで送ればいいだろ? わざわざ俺がそこへ行くこたぁない」
「桑山さんに確認してもらって、必要があればその場で訂正したいんです! 先方かなり急いでるみたいなんで! そもそも、私が勝手に画像をいじったら『ここはわざとこんな風に撮ったから弄って欲しくなかった』とかなんとかって、いつもぶつくさ文句言うの誰ですか!?」

 私の我儘でそんな事を言っているのでは無く、これは仕事なんだとピシャリと言い切ると、電話口の向こう側から大きなため息が聞こえた。

「はぁ。……チッ、仕方ねぇな」

 へそを曲げた上司ほど扱い難いものはない。それでもやっと納得のいく言葉を聞くことが出来、安堵の息が漏れた。

「明日朝一に詳細が送られてくる予定なので、そこからすぐに作業に取り掛かります。桑山さんは現場に向かう前にうちに寄って下さい。場所は――」
「んぁあー、知ってる」
「へ? 何で知ってんですか?」
「そりゃ、だってお前」

 途端、口ごもり始めたとこを見ると、余計な事を言ってしまったと言うことだろう。少し気にはなったが、自分の知らぬところで何かが動いている事に耐性がついてしまった私は、それ以上詮索する事をやめた。

「……まぁ、いいです。とりあえず、明日宜しくお願いしますね」
「はいはい」

 電話を切ると、ベランダからリビングへと戻った。

「はぁ。もぅ、んっとに。……? ごめん、お待たせ」

 ソファーの背にふんぞり返り、眉根をぐっと寄せている小田桐に声を掛けた。

 遡る事今から二十分ほど前。ジャッ君たちとの食事会に出かける為の準備をしていると、少し前にかけた私からの着信に気付いたのか桑山さんから折り返しの電話が入ったのだった。
 桑山さんとの電話が長引き、約束の時間は無情にも訪れる。小田桐が到着したのを告げるインターホンが鳴り響くと、仕方なく電話で話しながら玄関の扉を開けた。小田桐は怪訝そうにしていたが説明する時間も勿体ない。後で説明すればいいかと、とりあえず部屋の中へ入ってもらって私はそのままベランダへ出た。
 会話の内容が聞こえていたかどうかは定かではなかったが、小田桐の機嫌が悪いのは確か。桑山さんのご機嫌取りからやっと解放されたというのに、今度は小田桐の機嫌を取らねばならんのかと、深いため息を漏らした。

「央は? さっきから姿が見えんが」

 キョロキョロと辺りを見回しながら小田桐が問う。

「あー、あの子今日から仕事復帰なんだって。ちょっと前に電話が入ったみたいで慌てて出てった」
「はぁ? なんだそりゃ。あいつが来るっつーから、若い奴でも問題なさそうな店を予約したっつーのに」
「いや、もう本当ごめん」
「お前もそれならそうと何故俺に連絡しない?」
「ついさっき出てったのよ。私も電話にかかりっきりだったし」
「……桑山か?」
「ああ、……うん。まぁ、そうだね」

 何やら不穏な空気が漂い始めたのをヒシヒシと感じる。慎吾さんといい、桑山さんといい、私がお世話になっている人ばかりを何故これほどまでに毛嫌いするのかがわからない。本当は央が家出の際にお世話になったと言う“宮川さん”なる人物について詳しく聞きたいところだったが、今この状況でその名前を出すのはどうにも恐ろしい。地雷を踏むようなものだと感じた私は口を噤んだ。
 そもそも今日の食事会は央が行きたいと言い出したから行く羽目になったわけで、その当事者が行かないとなれば私は無理に出かける必要は無い。そうは思うものの、とてもそんな事を言えそうな雰囲気ではなく、ここは潔くあきらめる事にした。

「あっ、私まだ着替えてなかった!」
「は? 別にそれでいいだろ」
「良くないよ、ジャッ君達に会うってのにジーパンなんて。今日の為にわざわざワンピース買ったんだから」
「また似合わんものを」
「うーるーさーい。ちょっと待ってて、すぐ着替えてくるから」
「……」

 昔、小田桐が使用していたベッドルームは今は私が使っていた。
 部屋の灯りを点け、カーテンを閉める。最大限に灯しても尚薄暗い部屋は、最初の方こそ使い難いと感じていたが、どうやら慣れてしまったのか今となればとても心地よい空間だと思うようになっていた。
 着ていた衣服を脱ぎ、クローゼットからワンピースを取り出す。背中側についたファスナーを下ろし、足先をくぐらせるとベッドの上に腰を下ろした。
 ジーパンだと感じる事のないヒンヤリとした感触が妙に気持ちいい。ファスナーに絡まない様に長い髪を片側にまとめ、胸の前で束ねた。

「――。……? えっ!? ちょ、何??」

 背中のファスナーを上げようとした時、薄暗い部屋に光が差し込んだ。現れた一つの黒い影が伸びるとすぐにその光は形を無くす。振り返らずとも相手は誰だかわかっている。ノックもせず、部屋の中へと入って来た小田桐は、ここは自分の部屋だから当然とばかりだった。

「な!? ちょっと着替えてるんだから出てってよ!」

 慌てふためいている私とは違って、無表情を貫く小田桐は何の躊躇いもなく私の横へと座る。肩に掛かっていた服がずり落ち両手で胸元を支えるが、まだファスナーが上げられていない私の背中は勿論素肌を露出させていた。

「――っ、……!?」

 丸めた背中に温かい指先が這う。その指が腰元に辿り着いたと同時にもう一方の手が私の髪をかき分け、露わになった首筋に唇が押し当てられた。腰元に置いた右手は腹部に回り込み、もう一方の手によって私の左手の自由が奪われる。背中を反らし、刺激から逃げようとする私を、そうやって小田桐の両手が阻んだ。
 徐々に下降を始めた唇にピクンッと身体が跳ねる。まるでそれを楽しむかのように悪戯に唇を押し当てられ、時折感じる生暖かい感触に声が漏れそうになるのを必死で堪えた。
 唯一空いている右手で腹部に掛かる腕を払いのけようともがけば、ワンピースの前身頃がはだけてしまって胸元が心許ない。そうやってじたばたと抵抗を続けていると、もうお遊びは終わりだとばかりに背中のホックに指が掛かり、ふっと胸部を押さえつける圧が解放された。

「ちょっと、冗談やめてよっ」

 又、拒否反応が出る。
 背中を守る様にして向き直ると、小田桐を睨み付けた。
 私の左手は小田桐の右手に掴まれたまま、脱げかかった前身頃は右手で何とか押さえている。腹部を囲っていた腕は背中側に回っただけで、状況はあまり変わっていない。いや、どちらかと言うとさらに不利になったような気がした。
 しばし睨み合いを続けていたものの、すぐに先ほどの予感が的中する。

「――。……いっ!」

 体重をかけて圧し掛かられ、あっという間にシーツの波に深く沈められる。真上で私を見下ろす熱っぽい小田桐の表情を見て、冗談とかではないのだとゴクリと息を呑んだ。

 私たちがここに住むことになってからは、家の鍵を所有していてもそれを使って勝手に入ってくることもなければ、リビング以外の部屋に入ることなど一度もなかった。央の事があってからというもの、戯言は言えども甘言などもっての外。何度も家に上げて一緒に食事をしていたせいか、すっかり油断しきっていた。
 冷静に考えれば今ここには小田桐と私しかいない。
 全ては私が桑山さんとの電話を長引かせてしまったが為に、こんな結果を招いてしまったのだと痛感した。

「何で急に、……こんなこと」

 そう言うと、それまではずっと無言・無表情を貫いていた小田桐に変化が現れた。僅かに目を見開き、何を言ってるんだと言わんばかりのその表情に冷たさを感じた。

「急でもなんでもない。機会があればいつでもこうしようと思っていた。今なら手に入れられる、そう思ったから俺のものにしようとしているだけだ」
「なっ……」
「もし、俺がそう思ってるという事に気付かなかったと言うなら、それはお前が男と言う生き物を甘く見ていたせいだ」

 私が顔を歪ませているのを面白がる様に口元を吊り上げる。一気に顔を近づけてくるのがわかり、咄嗟に顔を背けた私の耳元に小田桐は口元を寄せた。

「観念しろ」
「……っ」

 低音の掠れた声が耳を通って心臓を抉った。




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