B級彼女とS級彼氏

まる。

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第2章 真実

第1話〜隠されていた真実〜(小田桐視点)

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 頑なに口を閉ざし、何も語ろうとしない芳野。先ほどの父親とのやり取りからして、うちの顧問弁護士である蓮見なら何か知っているのかもしれないと呼び出そうとしたのだが、その時に見せた芳野の態度が図らずも俺の予想を裏付けるものとなった。
 芳野の娘と俺の父親の繋がり。そして蓮見の名を聞いただけで怯えだす芳野。必ず何らかの接点があるはずだ。

「だからっ! ……? ――くそ!」

 電話での蓮見とのやりとりについ気を取られてしまっていたせいで、振り返ればそこに居た筈の芳野の姿はもう既になかった。
 受話器を叩き付け、急いで部屋を飛び出す。当然、部屋の前にある秘書デスクにはジュディスの姿もなく、休憩に行かせてしまった事を悔いた。
 いつもはすぐに来るエレベーターも昼時のせいかなかなかやってこない。こうしてる間に芳野がまたどこか遠くへ行ってしまうのではないかという不安が、頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。
 その日その一瞬が楽しめればいいという考え方だった俺は、女に……いや、人に執着することをしない。そんな俺が何故かあいつだけはやたら執着した。
 仕事が終わる頃を見計らって駅で待ち伏せしたり、あいつの送り迎えをする為に好きな酒を我慢するなんて事も全然平気だった。あいつが嫌がれば無理に身体を繋げる事もしないし、めったなことではなかったものの、求められれば精一杯尽くした。自分でも一番驚いたのは、嫉妬心むき出しであいつの周りに寄って来る虫を必死で排除していたところだろうか。
 俺の人生の中でこんなに人に執着したのは、あいつが初めてだった。

 ――なのに。
 あいつはまた俺から離れようとしている。自分が原因なのであればまだしも、俺の知らない何かによって離れるだなんて到底納得のいくものではない。
 別れ話をした次の日に部屋を引き払うという前科のある芳野の事だ。明日でいいかなんて悠長な事は言ってられず、すぐにあいつの後を追った。



「――っ、芳野!」

 見つけた。俺が追って来るのに気付いた芳野は、必然とその足を速めた。
 あいつが渡っている信号が点滅を始める。交通量の多いこの道路には今か今かと信号が青になるのを待ちわびた車でひしめき合っていた。

「くそっ!」

 間に合わない。そう感じた時、目の前を走っていた芳野の身体がゆっくりと地面へ倒れ込んだ。

「――? 芳野!」

 信号は既に赤になっていたが、構わず道路へと飛び込んだ。

「おい! 芳野、大丈夫か! しっかりしろ!」

 倒れ込んでいる芳野を抱きかかえ、軽く頬を叩く。ちゃんと息をしているということがわかると、安堵の溜息が漏れた。

「――っ」

 ホッとしたのもつかの間、信号は既に青になっている。一向に動く気配のない事に苛立っている後列車から、けたたましいクラクションの音が鳴り響いた。
 このまま道路に二人いつまでもうずくまっているわけにもいかず、すぐさま芳野を抱きかかえると以前住んでいた俺のマンションへと向かった。


 ◇◆◇

「本当に救急車を呼ばなくてもいいのかい?」
「ああ、大丈夫だろう。救急車を呼ぶほどではないにしろ、念のためうちのビルに入ってる医者に診てもらうつもりだ」
「そうした方がいいやね。何か困ったことがあったらいつでも言っておくれ」
「久し振りに来たってのに、面倒なこと頼んで悪かったな」
「いやいや、久々にあんたの顔を見れてわしゃ嬉しいよ」

 年老いた管理人は心配そうな面持ちで部屋の鍵を開けると、そっと扉を閉めて出て行った。
 芳野と別れたあと、しばらくしてアメリカに渡る事になったもののこの家を手放すことは出来なかった。芳野が戻りたくなった時、いつでも戻って来れるような場所を残しておきたかったのだ。
 誰が住むわけでもないこの家に週に一度はハウスクリーニングをいれるなどしていたせいか、久し振りだと言うのに全く埃っぽさは感じられず部屋の中は当時の面影を残したまだった。


 ◇◆◇

「おそらく疲労やストレスが原因でしょう。安静にして栄養のあるものを食べさせてあげてください」
「わかった。恩にきるよ」

 玄関の扉を閉めようとすると、医者と入れ替わるかのようにしてジュディスがやってくるのが見えた。俺が依頼した仕事で使う大量の荷物を両手に抱えている。

「ジュディスこっちだ」

 彼女を招き入れた途端、予想してはいたものの矢継ぎ早になされる質問攻めにうんざりする。このデキる秘書を黙らせるには一体どうすればいいだろうか。
 適当な相槌を打ちながら何かいい方法は無いかと考えていると、一つ使えそうなものが思い浮かんだ。

「しばらくここにいるって、一体仕事はどうす――」
「ああー、そうだ。今日はジャックが新婚旅行から帰って来る日だった」
「えっ?」
「お土産渡したいから帰りに寄るっつってたかなぁ?」

 わざとらしくそう言いながら手首の時計を見ると、ジュディスは急に慌てふためいた。

「そっ!? そういうことはもっと早めに……しっ、失礼します!」
「はいはい。ジャックによろしく」

 ――まぁ、嘘だけど。
 とりあえず、やっと邪魔者は消えた。後は芳野が目を覚ます前に色々片をつけとかないとな。あいつを引き留める為だとはいえ、娘の居場所を知っている様な素振りをしてしまったからには、それなりの答えを用意しておかなければならない。
 ジュディスから受け取った荷物を玄関に下ろし、内ポケットから携帯電話を取り出した。

「……ああ俺。ちょっと聞きたい事があるんだけど」

 蓮見が駄目なら当の本人に聞いてみるしかない。俺はためらうことなく当事者である父親に電話を掛けた。

「何を勘違いしてるのかは知らんが、私はあの女の娘の居場所など知らん」
「居場所は知らないにしても、なんであいつが親父に頭を下げたのかがわからない。あんた達、俺の知らないところで一体何をやってんだ?」

 所詮、その場を取り繕うためだけの答えしか返ってこないだろうという俺の予想に反し、父親はあっさりと自分の非を認めた。
 どうしてもカレンと結婚をさせたくて、手切れ金を持って蓮見と一緒に芳野の家へと行った事。芳野の口から別れると聞いたものの金は受け取らなかった事。しかし、これらの話は芳野を追いかけて桑山の家に行ったときに聞かされていたから、それほど驚く事ではない。当時の俺は、これ位の事で壊れてしまう関係ならば遅かれ早かれ終わりは来るんだと“諦めて”しまっていたのだ。だからこの話を聞いても親父一人を責める事は出来なかった。
 でももう諦めるのはやめた。なぜ芳野が自分の娘の居場所を全く関係のない俺の父親に聞きにきたのか。なぜ蓮見の名を聞いて怯える様に逃げ出すのか。俺はその答えを知る必要があった。
 そうして得た答えは、俺の想像をはるかに絶するものだった。

「本人は否定しているが、あれはおそらく……お前との間に出来た子だ」
「……は?」
「だから、二度とお前と関わらせないようにする為にお前をアメリカに異動させた後、もう一度蓮見を行かせた」
「ち、ちょっと待っ……、――俺に子供は作れないって知ってるだろ? なのになんで俺の子だと」
「知ってるからこそだ。お前に子種が無いとわかって諦めていたところにそんな話を耳にすれば、私でなくても皆そうしたはずだ。どこの家だって長男の子を跡取りにしたいと思うのは当たり前だからな」
「……」

 ――なんだ、それ? あの眼鏡が俺の子供だと? 似ても似つかねーだろ。
 いや、問題はそこじゃない。俺はその事を二十年近く知らなかったって事と何故蓮見を行かせたのかって事だ。「皆そうしたはず」って一体何をしたって言うんだ? 

「仮に俺の子供だったとして、蓮見に一体何を――」

 そこまで言って俺は自分で悟った。この人が今まで芳野に対してやってきたこと、そして跡取りにやたら固執していたというその事が、ある一つの答えを生み出した。

「まさか」
「金でお前の子を買おうとした」
「っ!」
「だが、お前との子じゃないと言い張ってきかなかった。こっちは医者を買収して口を割らせたっていうのにだ。ならばと子供を諦める代わりにもう二度とトレス家の周りをうろつくなと警告し、誓約書を書かせたんだ」

 携帯電話を握りしめる手がプルプルと震える。それが怒りから来るものなのかそれともショックから来るものなのかすらわからなくなっていた。

「あんた……、いま自分が一体何を言ってるのかわかってんのか?」
「ああ」
「人はモノじゃない!」
「ああ、そうだな」
「……ふ、っざけんなっ! 人の人生なんだと思ってやがんだ!」
「本当だな」
「何かもっともらし言い訳でもしてみろよ!」
「言い訳などしない。これが全てだ。金で人の心は買えないのだとあの女に教えられた」

 信じられない言葉を次々と発する父親に愕然とする。電話でなく目の前で話をしていたとすれば、俺はきっと実の父親に向かって殴りかかっていただろう。
 両親が既に他界している芳野が以前言った『生きてさえいればいつかわかりあえる日が来る』という言葉をふと思い出す。なぁ、芳野。俺にはやっぱりそんな日は来そうにないぞ。

「ブランドン」
「……」
「すまなかった」

 あの傲慢な父親が初めて謝罪の言葉を口にした。たった一言ではあったが、あの父親から発せられたという事がどれだけ珍しい事か、知っている者にしかその言葉の価値はわからないだろう。

 初めて知らされた真実に返す言葉がみつからない。俺は無言を貫き、そして電話は一方的に切られた。

「はは……、マジか、よ……。結構キツイなこれ」

 今にも膝から崩れ落ちそうになるのを必死で堪え、なんとかソファーへと辿りつく。今、芳野が眠っている寝室の扉に目を向け、俺はこれからどうするべきかを考えていた。






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