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第二部 第1章 時を経て再び出会う
第9話〜恐れていたこと〜
しおりを挟む「そう。……うん、じゃあ……お願いね」
家を飛び出した央を探す為に幾つか心当たりをあたってみたが、あの子の姿は何処にも無く、央が働いているアルバイト先や数少ない友人に当たってみたものの、どれも空振りで終わった。
「どうだって?」
受話器を置いた途端、横に立っていた桑山さんが声をかけて来る。何も言わずにただ首を横に振ると、『弱ったなぁ』とポツリと零し大きな掌で首の後ろを撫でた。
「……私、やっぱり警察に行ってきます」
「あゆむ!」
出かける準備をするために荷物を取りに向かおうとすると、大きな身体が私の行く手を阻んだ。
「警察なんか行ってもとりあってくれねーって。……小さい子供だったらまだしも央はもうとっくにハタチ超えてんだろ?」
「そうかも知れないけど、このままじっとしてられないんです」
横にずれて進もうとしたが、また桑山さんに阻まれてしまった。
「央はお前が思うほど子供じゃない。すぐにしれっとした顔で帰って来るさ。だから、ここは落ち着いて様子を――」
「――っ!」
何を根拠にそんな事が言えるのか。桑山さんのその呑気な言葉についカッとなり、俯いていた顔を上げてキッと睨みつけた。
「落ち着いてられるわけないじゃないですか! 今までこんな事一度もなかったのに……」
「いや、そうなんだろうけど」
「元はと言えば全部桑山さんのせいじゃないですかっ! 急に……あんな変な事言い出して」
「……っ、すまん」
ついさっきまで、人の所為になんてしてはいけないと、私の中に僅かばかりではあるがまだ良心は残っていた。しかし、あまりにも他人事の様に話す桑山さんに我慢の限界が来て堪えきれず思った事をぶちまけると、目の前の大きな身体が半分に折られた。
「もう、バカッ……桑山さんの所為だよ、央になんかあったら私、わた、……し」
その広い背中を両手で力なく殴っていると、今まで我慢していたものが込み上げ一気に涙が溢れ出す。
私の様子が変わったのを感じ取ったのか、桑山さんは下げていた頭をゆっくりと上げると申し訳無さそうな目で私を見下ろした。
そして、私はその広い胸元を、軽く握った拳で幾度となく叩きつけた。
「本当に悪かった。……今、こんなことを言うのは不謹慎かもしれないが、でも、ちゃんとお前にはわかっていて欲しい。歩に対する俺の気持ちは嘘じゃないってことを」
とうとう泣き崩れてしまった私を桑山さんはまるで腫れ物にさわるかのようにそっと抱き寄せると、消え入りそうな声でそう呟いた。
◇◆◇
「はい、サンセット芳野です。……いつもお世話になっております。あ、はい。――ええ」
央が家を飛び出してから丸三日が経った。何度も央の携帯に電話をしてみたが呼び出し音がなるだけで留守電にも切り替わらない。全く繋がらないわけではないという事は、どこでかはわからないがちゃんと充電はしているのだろう。
たったそれだけのことでも央が無事でいるということがわかり、ひとまず安心することが出来た。
「わかりました。ではすぐにデータを送ります」
こういうときに限って仕事が立て込んでくる。桑山さんにお世話になるようになってからは、桑山さんが撮ってきた写真の加工をしたりして生計を立てていた。時には私が現場に出向いてカメラを構えることもあるが、ほぼ在宅でもできるこの仕事は央を育てるのにとても適していた。
「では、失礼します」
受話器を置いてすぐにパソコンへと向かう。この仕事を終えたらやはり警察に相談しに行こうと決め、急ピッチで仕事を進めていた。
「――? ……あー、もう誰よっ! 人が急いでるってのに!」
再び携帯電話が鳴り響き、机の上に置いた携帯を取り上げる。ディスプレイ画面に表示された名前に思わず息を呑むと、すぐにそれを耳に押しあてた。
「央! あんた今どこにいるの!?」
「……あゆむちゃん?」
三日ぶりに聞く我が子の声に自然と涙が頬を伝う。いつにも増しておどおどとしてはいるものの、元気そうな声音に安堵の溜息を漏らした。
「今一体どこにいるの? ちゃんとご飯食べてる?」
「大丈夫……」
「すぐ迎えに行くから場所を教えて」
依頼を受けていたデータの送信を手早く済ませると、電話で話しながら上着と荷物を取りに向かう。
「……言えない」
「え?」
上着に袖を通していた手をピタリと止めた。
「なんで? 大丈夫、全然怒ってないから、ね? ちゃんと話し合おうよ」
「もう、その家には帰らないって決めたの」
「な、どうしてそんなこと言うの!? 第一、住むとことかどうするつもりなの?」
「……」
「央、ちゃんと答えて」
「……」
「なかば!」
「――おじいちゃんの所に居るの」
「え? 誰? どこのおじいちゃんのこと言ってるの?」
「私の、――本当のおじいちゃん」
「……っ!?」
ドクンッと一際大きく脈を打った瞬間だった。もしかして、まさか、そんな馬鹿なという思いが次から次へと駆け巡る。
私が一番恐れていた事が今まさに起こっているのではと思うと、自然と声が震え始めた。
「な、に言って……。央のおじいちゃんはもうとっくに亡くなったって――」
「そんなの全部嘘なんだから!」
先ほどまでか細い声を発していたのが、急にはっきりとした口調へと変わる。あまり自己主張をすることの無い子がこんなにもはっきりとものを言うという事は、もしかしたら何か知ってしまったのだろうか、という不安がつきまとう。
「何で嘘なんか。……っ」
そう言えば、と、この間小田桐の会社でトレス氏に出くわしてしまったのを思い出す。もう二度と小田桐には関わらないと約束をしたのにも関わらず、彼と会っていたところを見られてしまった。多分、無理矢理されたとはいえ、小田桐とキスをしていたところも。
もしかしたら、トレス氏が央を取り戻そうと――。
「――っ」
点と点が線になり、背筋が一瞬で凍りつく。あの人なら、――きっとやりかねない。
どうしよう、どうしたらいいのだろうか。最良の答えを導き出そうと必死で頭を悩ませる。しかし、すぐにこんなのは本の序の口であり、本当の悪夢はこれから本番を迎えるのだということを知らされることとなった。
「お父さんも、おじいちゃんも、おばあちゃんもみんな亡くなったって歩ちゃんから教えられてきたけど、本当はまだみんな生きてるってことくらい私知ってる! え、恵美さんに聞いたんだから!」
「恵美……? って私の友達の恵美ちゃんのこと? いつどこで会ったの!?」
「そ、そんなのいつだっていいじゃん! とにかく、私は今おじいちゃんと一緒に暮らしてるんだから、心配しないで! ……じゃあ、またね」
「えっ!? ……あ、央! 待って、なか……、――」
すぐに電話を掛け直したが、今までは聞こえていた呼び出し音はなく、無情にも無機質な音声がただ繰り返し流されるだけだった。
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