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第二部 第1章 時を経て再び出会う
第5話〜疑心暗鬼〜
しおりを挟む「おわっ!? 一体全体どうしたんだコレ??」
「桑山さん!?」
人間ドックを終え家に帰る為に荷造りをしていると、桑山さんが花で埋もれた道なき道を慎重に進んでくる。元々今日は桑山さんに迎えに来て貰う約束をしていたのだが、こんな状況をみせるのが嫌で昨日断りを入れていた。
「迎えに来なくていいって言ったのに」
「あー、そう言ってたけど近くまで来たからまぁついでに寄ってみたんだ。んで、歩の部屋はどこかって白衣の天使に聞いてみたら特別室だとかって聞いてよ。何かの間違いじゃねぇかって思いつつも来てみたら、部屋の前にお前の名前がちゃんと書いてあるし」
「あはは……。まぁ、色々あって」
「花で部屋を埋め尽くすって、今どきの病院の特別室ってすげえのな!」
この花を病院のサービスかなんかと勘違いしたのか、感心しきりな桑山さんには本当の事を言えず、私はただ苦笑いを浮かべていた。
「しかし、お前この花どーすんだ? 俺の車にこれ全部は乗らねーぞ?」
「あ、それは――」
「芳野さーん、失礼しますね」
「おっ?」
言いかけた時、タイミング悪く先ほど声を掛けた看護師さんやクラークさん達がゾロゾロと部屋の中へと入って来た。白衣の天使が大勢でやってきたことに桑山さんの目は色めき立っていたが、すぐにその表情は違ったものになる。
「――? うわぁっ! 本当だ! 凄い沢山のお花!」
「今まで色んな患者さん見て来たけど、ここまで凄いのはないわ」
事情を知らない人が噂を聞いてから来たのか、口々にそう言い始める。流石の桑山さんでも何かおかしいと感じ取ったらしく、デレていた顔がだんだん険しいものに変わっていった。
「芳野さん、本当に全部頂いちゃっていいんでしょうか?」
一番先頭に居た看護師長が申し訳なさそうにしてそう言った。後ろに控えている看護師たちは看護師長の肩越しから自分はどれを貰おうかと既に吟味を始めている。
「あ、はい。流石にこれだけあると持って帰れませんし、ズボラな私だとすぐに枯らしてしまうので。皆さんで分けるなり病院のロビーとかに飾るなりして頂ければ助かります」
「……」
私の返事を聞くと、看護師長の合図と共にドッと皆が部屋の中へとなだれ込んだ。あーだこーだと言い合いながらも、皆思い思いに自分の欲しい花を手に取り品定めをしている。その傍らにはあっけにとられた様子の桑山さんが無言で私を見つめていた。
――くっ、桑山さんの視線が痛い。
後で何を言われるのかと思うと胃がキリキリと痛み出し、もう一晩入院でもして再度検査をして欲しくなった。
「あっ! 私この薔薇の花束にしよーっと」
「……。――っ」
とある若い看護師さんが手にしていたのは、小田桐が最初に持ってきた花瓶に生けてある真っ赤な薔薇の花束であった。
「あっ! ……ごめんなさい、それは――」
「え?」
全部貰ってくれと言っておきながらも、その花だけは渡すのを躊躇った。『その花は持って帰ります』と一言いえばいいだけなのに、なんだか未練たらしい気がしてハッキリ伝えることが出来ない。
言い淀んでいると、全ての事情を把握している私の担当だった看護師さんが私の気持ちを代弁してくれた。
「その花は芳野さんにとって特別なものだからダメよ。他のになさい」
「あっ、そうだったんですね。すみません、気付かなくて」
「あ、いえ……。こちらこそ勝手言っちゃって。他のは全部いいですから。……あっ、良かったら冷凍庫に入っているアイスもみなさんで召し上がってください」
そう言った途端、看護師さんたちの目の色が変わる。まさに花より団子。「キャーッ」と言う黄色い声と共に冷凍庫の中から次々とアイスが無くなっていった。
◇◆◇
「でも、それじゃあ私が困ります」
「そう言われましてもねー。こちらはちゃんとお支払いさえして頂ければ、どなたが払ったとしても何の問題も無いわけですし」
退院の手続きがあるからと全ての荷物を桑山さんに託し、私は受付へと向かった。小田桐が勝手に支払ったとされる料金をなかったものにして改めて私が払いたいのだと詰め寄るが、相手はどうにも首を縦に振ろうとはしない。それどころか『芳野さんがその方にお返しすればよいのでは?』と、これ以上は関与する意味が無いと突き放されてしまった。
正論過ぎてぐうの音も出ない。でも、それじゃあまた小田桐に会わなければならなくなる。それでは困るから支払わせてほしいと頭を下げるも、現金で支払った小田桐とは病院としても連絡のつけようが無いのだと、あからさまに面倒臭そうな顔をして相手にすらしてもらえなかった。
最終的には私が折れる形となり、すごすごと桑山さんの待つ駐車場へと向かった。
「……すみません、お待たせしました」
車で待っていてくれた桑山さんに頭を下げると、溜息を吐きながら助手席へと座る。私を待っている間に聞きたいことを整理していたのか、すぐに桑山さんに質問攻めされた。
「小田桐が来たのか」
直球過ぎるその問いに対し、躊躇いながらも僅かに頷いた。
「なんで今頃……」
「私にもわかりません」
「央は? 昨日歩に会いに行っただろ? あいつとは会ったのか?」
静かに頷くと、一際大きなため息が桑山さんの口から零れ落ちた。
「やばいな。央があいつの子供だってバレたんじゃないか?」
「いや、それに関しては全く気付いてないと思います」
「じゃあなんで急に現れたんだ? 跡継ぎがいたってのがわかったから来たんじゃないのか?」
「し、知りません。そんな事」
「チッ……。あいつの双子の弟には子供がいるが、一番上でも確かまだ中学生だからな。既に成人した自分の子供がいたのがわかって、これであの会社を自分のものに出来るって思ったからこそ、央を手に入れる為に突然現れたんじゃないのか? でないと辻褄が合わんだろうが」
「……っ」
桑山さんのその言葉が深く胸に突き刺さる。私が危篤状態に陥っていると、ジャッ君に騙されたのだと言っていたが、桑山さんの言う通り実際はそうでは無かったのかもしれない。付き合っていた当時では小田桐がそんな事を考えるとは思い難いが、あの時と二十年余り経った今とでは事情が変わったとしても何らおかしくない。
もっとも過ぎる桑山さんの話に反論する事も出来ず、私はただ押し黙るだけだった。
あの頃以上に大きくなった小田桐の会社はメディアに取り立たされることも度々あり、それを見聞きしてはかつての恋人の近況を知る、と言うような状態だった。長男である小田桐が未だ独身であることや、双子の弟ジャッ君は結婚と離婚を繰り返しながらも三人の子供を育てているという私的な事までもが電波に乗って届けられ、私だけではなく余り日本にはいない桑山さんまでもが知っている事だった。
どっちが後継者になるのかなどワイドショーでも面白おかしく取り上げられ、トレス家の人間関係などが事細かく図で表されてはあーでもないこーでもないと無関係の人達により騒ぎ立てられる。他人事ながらも可愛そうにと憐れんでいた。
「あいつに騙されるなよ、歩」
「……」
小田桐はそんな奴じゃないのだと思いたい。だけどそれをハッキリと口に出して言うには、少しばかり時間が経ち過ぎていた。
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