B級彼女とS級彼氏

まる。

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第0章 彼の苦悩

第9話〜親の心子知らず〜

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 日本に来てからは家や職場からも近いことから、時折あのコンビニを利用していた。いつもレジ横の陳列ケースが気にはなりつつも、面倒臭くていつもスルーしていたのだが、“からあげちゃん”と銘打ってあるその食べ物に興味が沸き、一度買って食べてみれば予想以上に美味くたちまちマイブームとなった。
 それからというもの、あのコンビニに行く頻度が高くなったわけだが、よもやそこで芳野と再び会う事になるとは思ってもいなかった。全力で敵意を剥き出しにしてくるあいつを何とか黙らせたくて、やたらと執着してしまう。俺の事を知らないなんてすっとぼける事など出来ないくらい追い詰めてやる。と妙な執念に駆られていた。


 ◇◆◇

「何あれ? 酔っ払い?」

 事務所へ戻る途中。そんな声を耳にし、何となくそっちの方へ視線を向けた。まださほど時間も遅くないと言うのに酒にでも酔ったのか、若い女と男が道端で座り込んでいる。この辺りは飲み屋街だから別段珍しくも無い光景だったが、俺の目は一点に集中した。そして徐々に近づいてみて確信する。

「――芳野?」

 問いかけると一旦俺に視線を移した芳野は、そのままゆっくりと瞼を閉じていった。

「おいお前、こんなとこで寝るなよ」

 側へと近づき、手にしたビジネスバッグで芳野を小突くが反応が無い。こんなとこでほっぽっていくわけにもいかず、芳野を連れて帰ろうと腕を引っ張り上げた。

「ち、ちょっと!」
「あ?」

 ――そう言えば傍らに男もいたな。なんだコイツは。芳野とどういう関係なんだ?
 芳野の腕を離し、先にこの男を片付けようと屈んでいた身体を起こすとそいつも一緒に立ち上がった。

「――何?」
「この子は僕の連れなんだ、余計な事しないでくれないか!」

 威勢良くそう言ってはいるものの、顔がピクピクと引き攣っている。俺が手を上にあげただけでも、大きく身体がビクッと反応するんじゃないかと思えるほど弱腰なその男は、立て続けにキャンキャンと無駄に吠えまくった。

「あー、うっせぇな! お前が芳野とどう言う関係か知らんが、こんな状態になるまで飲ませるなんてろくな奴じゃないだろ。そんな奴に芳野を任せられると思うか?」
「……っ」

 やっと黙ったのを見届けると再度芳野の腕を掴もうとしたが、又この男によってそれを阻まれる。頑として「自分が連れて帰る」と言い放つこの男はきっと芳野の恋人、若しくは芳野の事が好きなのだろう。世の中には物好きがいるもんだと関心しつつも、果たしてこの男にこの芳野を受け入れるだけの器があるのかどうかが知りたくなった。
 意識を取り戻した芳野の腕を掴み立ち上がらせると、その男は俺の手から無理に芳野を引き剥がした。そいつの胸に収まった芳野を見て、さっき抱いていた疑念をぶつける。

「――お前、本気なのか?」
「は?」
「こいつの背負ってる過去。それごと全部、お前一人で背負いきれるだけの覚悟があるのかって聞いてんの」

 ここで首を縦に振っていれば俺も引き下がるつもりだった。なのに、俺の言った台詞に対して動揺してしまったのか返事を濁し、有ろう事か俺に話をすり替えてきた。
 この時点で、こいつは俺の中で目出度く“ろくでもない男”認定されたのだった。
 その後、芳野がそいつに向けてゲロを吐き、それを見て俺はしてやったりだと笑い転げたが、窮地から救ってやったはずの俺に何故か芳野は睨みをきかせ、あろう事かその男と一緒に去っていった。

「――なんだ、それ」

 無駄な時間を過ごしてしまったと、むしゃくしゃして側にあったゴミ箱を蹴っ飛ばした。


 ◇◆◇

聖夜まさやさん、良かったのですか? 何かお話があったのでは?」
「いや、もういい。――もう、済んだことだ」

 ――そう、もう済んだこと。
 俺が芳野の家に置いていた部屋着を何故かあの男が持っていた。あいつの家に行き風呂にまで入る仲だという事を知らされた今、俺が踏み入る隙などもう無いに等しい。俺の事を思い出させてやるだなんて息巻いていたのは最初だけで、あの部屋着をゴミ箱の中へ捨てたと同時に、もうそんな事などどうでもいいのだと思えるようになってしまった。

「……それより、親父は今どこにいる?」
「建設現場に入ったと先程連絡が入りました」
「わかった。すぐ行く」

 あの頃の楽しかった思い出と一緒に、俺はゴミ箱の中へ投げ捨てた。


 ◇◆◇

「――? ああ、ブランドン、丁度いいとこに来た。このロビーの照明は――」

 久々に会ったと言うのに『久し振り』の言葉も無く、俺の顔を見るなりいきなり本題に入りだした。この人らしいと言えばそれまでだが、居を日本に移した事で少しでも父親らしいところが見られるんじゃないか。なんて、どう考えてもありえない事を馬鹿みたいに本気で思っていた。
 やはり、そんな期待はするだけ無駄。仕事の事しか頭に無い父親は、二ヶ月ぶりの対面だと言うのに、相変わらず何も変わっちゃいなかった。

「……そう言えば、カレンも一緒に来るって聞いたんですが」
「ああ、今ちょっと……。ああ、来たな」

 父親が手を上げると、この場にそぐわない出で立ちをした派手な女がぶーたれた顔で近づいてきた。

「おじ様、私こんなの被るの恥ずかしいわ。どうしても被らないと中へ入れないと言うなら、私別に見なくても全然構わないですし」

 ネイルが施された華奢な手に、むさくるしいヘルメットがぶら下がっている。ベルト部分を触るのも嫌なのか、人差し指一本でぶら提げていた。
 このビルはまだ建設工事中の為、ヘルメットの着用が義務付けられている。何の為にここに来たのか当初の目的も忘れ、お嬢様なカレンにはどうしてもそこは譲れないようだった。

「ああ、では私が事務所にご案内しましょう。そこには模型やら図面やらがありますからそれをご覧になればいい。――勿論、ヘルメットは不要ですよ」

 俺の提案に気をよくした父親は、さもご満悦と言った様子だ。梨乃に父親の守りを任せ、カレンと一緒にその場を後にした。




「ちょっと、何処行くの? 事務所は隣の建物じゃないの?」
「別にこのビルになんの興味も無いだろ?」

 ――ビルだけじゃない、どうせこの俺のことも……。
 言いかけて俺はその言葉を飲み込んだ。


 ◇◆◇

「へぇ。あのトレス家の長男が住んでる家とは思えないほど、随分こじんまりとした部屋なのね」

 ビルから徒歩三分の俺の家にカレンを招き入れた。ソファーに座った途端、早速煙草に火を点けキョロキョロと人の家を物珍しそうに見物している。

「コーヒーでいいか」

 カレンと会話を愉しむ気など毛頭無い俺は、脱いだジャケットを椅子に放り投げ袖口を捲っていた。

「? ……何だ」
「いやぁね、とぼけちゃって。この為に私を家に呼んだんじゃないの?」
「はっ、凄まじい自惚れだな」

 煙草を手にしたままカレンが俺に擦り寄り、空いている方の手でぷつんぷつんとシャツのボタンを外しだした。シャツの隙間からその手を滑らせ現れた素肌を撫で回すと、いやらしい水音を立てながら何度も胸板に紅い唇を押し当てる。

「お前の父親からは結婚するまで指一本触れるなと言われている」
「あはは、結婚してからこっちの相性が合わなかったらどうすんのよ、ねぇ?」

 セックスの相性が合うか合わないかなんてこの際どうでもいい。この結婚は“絶対”であって、互いの感情などは二の次なんだ。相性が合わなければしなければいい、したくなったら他の奴とすればいい。ただ、それだけのこと。
 俺の言った話を真剣に聞く気が無いのか、今度は手にした煙草を口にくわえ両手を使って本格的に脱がしに来た。

「おい、どうでもいいが煙草は消せ。煙くてたまらん」

 そう言うと、カレンは黙って煙草を灰皿に押し付けている。意外に従順な面があるのだなと一瞬思ったが、こいつはただ単に早く欲求を満たしたいだけなのだろう。ブラウスを脱ぎ、自ら下着姿になったカレンを見てそう思った。
 何の戸惑いも無くすぐに重なる唇。触れたと同時に絡まる舌と舌。俺の手が動くよりも先にカレンの手が俺のベルトを外しにかかり、むっちりとした足を俺の身体に巻きつけてきた。
 唇を離すと一筋の銀糸が互いを結ぶ。半分伏せられたカレンの瞼が再度近づいてきた時、俺は声を出した。

「一応聞いておくが、……お前、初めてじゃないよな?」

 先程まで蕩けていたカレンの目が一気に拡大した。

「は? 何それ。どう言う意味? バージンの方がいいわけ?」
「いや、その逆。俺が初めてとか面倒なだけだからな。お前の父親に『手を出すな』とかしつこく言われてたし、もしかして……って思っただけ」
「あはは、ないない! あたしもう来年二十歳よ? この歳で男性経験無いなんてありえないんだけど」
「……まっ、そうだろな」

 全てに納得した俺は再びそのふくよかな胸に顔を埋めた。




「で? 実際どうだったんだ? お前の言う相性ってのは」

 冷蔵庫からペットボトルに入った水を取り、乱れた息を整えようとぐったりしているカレンに差し出す。横にした身体をゆっくりと起こすとペットボトルを受け取り、喉を鳴らしながら一気に水を流し込んだ。

「……っはぁー。……まぁ、そうね。いいんじゃない?」
「あ、そう」

 返されたペットボトルに今度は俺が口をつけると、カレンはまた煙草に火を点けた。深く吸い込んでしばらくおいた後、一気に煙を吐き出す。身体を隠すことなど一切必要としないカレンに、お嬢様の“お”の字も感じられない。その姿を見ていると、まさに“親の心子知らず”と言う言葉が妙にしっくりきた。

「どうする? 付き合うの?」

 水を口に含みながら横目でカレンを見ると、煙草の煙を揺らめかせながら頬杖をつき、組んだ足の上に肘をついている。薄っすらと笑みを浮かべているその表情からして、やはり俺とのセックスは満足できるものだったのだと、遠まわしに言っている様なものだった。

「……。――いや、どうせ来年結婚するんだし、なのにあえて付き合うとか。んなの、どうでもいいだろ」
「まっ、そうよねー」

 俺の返答にショックを受けるでも、激高するわけでもない。カレンは至って飄々としていた。

「? ――わっ、ちょ」

 まだ口をつけているペットボトルを急に取り上げられ、口元から水が滴り落ちる。手の甲でそれを拭いながら横に座るカレンに目を向けると、取り上げたペットボトルはテーブルへと置き、代わりに豊満な肉体をすり寄せてきた。

「……何」
「うふふー、二回戦」
「もうちょっと休憩させろよ。十代のガキじゃあるまいし、そんなペースで出来るわけ――」
「あんたはそこで座ってればいいわよ。勝手にするから」
「……ったく、……っ」

 カレンの頭が視界から消え、次第に俺の頭がぼんやりとし始める。無理矢理高みに持っていかれそうになった俺は、何故か別の事を考えていた。
 十九歳でこんな女もいれば、二十五歳にもなって色気もクソもない芳野みたいなのもいる。そもそも芳野は男経験すらないだろう。でもあいつといつも一緒にいるあの男。あいつとはもうヤってるのだろうか。
 あの芳野が? このカレンと同じ様な事をしている?

 ――ありえねぇ。

「……あ」
「――え? なにこれ? 急にどうしちゃったのよ!」

 くだらない事を考えていたらさっきまで元気だったのがみるみる萎み始め、俺の意思ではもうどうにもできなくなっていた。
 そして、カレンの努力もむなしく、俺の息子は親である俺の命令に背き頑なにそれを拒み続けた。





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