B級彼女とS級彼氏

まる。

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第5章 予想もつかないことって結構あるもんですね

第7話〜絶望〜

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 小田桐からはその日の夜電話が入った。あの女性について何かしらの言いわけをするわけでも無く『今日は悪かった』、たったその一言だけだった。そしてまた出張でしばらく留守にすることを伝えると電話はすぐに切られた。
 自分と小田桐の関係。今更ながら思い返す。
 小田桐からの告白を受けてから、二人はちゃんと付き合っているものだと思っていた。幾度となくキスを交わし、互いの愛も確かめ合った。アノ最中の小田桐は日頃の偉そうな態度とはうって変わって信じられないほど優しく私に触れる。私の嫌がる事は絶対しないし、それが愛されているからこそなのだと私は思いこんでいた。
 しかし、そう思っていたのは私だけだったのだろうか。
 突如現れた金髪美女を優先し、小田桐の恋人なはずの私には何の説明もないまま有無を言わさず帰らされた。
 私の存在意義を今一度考え直す。
 あの女性が小田桐の婚約者だとすれば火遊びの相手は私の方? 小田桐がおいたをしていても婚約者故の余裕と言う奴が発動し、別段怒り狂う事もせずとも私を追い出すことが出来た……。って事?
 あの時は突然のことで上手く頭の中の整理が出来なかったが、日を追うごとにジリジリと胸を絞めつけ、ゆっくり眠ることさえもままならなくなっていた。

 小田桐から電話があった二日後。食事も喉を通らなければぐっすりと眠る事すら出来なかった私は、頭痛、胸痛、吐き気その他諸々の症状に悩まされる様になっていた。しかも今日は熱まで出てしまい、心配した桑山さんにより早退するよう命じられた。

 ふらふらとした足取りでアパートに辿り着き、手すりに掴まりながら鉄の階段をゆっくりと進む。いつも上っているこの階段がこんなに長かったかなとぼんやりした頭で考えながらやっとの事で上までのぼりきると、廊下で誰かが話している声が聞こえてきて私はその方向に視線を向けた。
 私の部屋の前に二人の男性が立っていて、何やら話をしている。ゆっくりと近づいていくと私に気付いた男性が向かいの男性に目配せをし、背を向けていた男性が私の方へと振り向いた。

「……あ」

 この人見た事がある。と言うレベルでは無かった。今この時期にこの人がここへ来たと言う事が一体どう言う事なのかは、わざわざ説明を受けなくても何となくわかってしまった。そして、この人がここ最近の私の悩みを全て解決してくれる。そんな気がした。

「あの」

 彼らに近づく為に再び足を動かした。最初に私に気付いた見たことのない男性がスッと前へ出ると、ご丁寧に一礼した。

「初めまして、蓮見はすみと申します。トレス氏の会社の顧問弁護士をしております」

 そう言って、両手で差し出された名刺。私には到底理解不能な仰々しい文字の羅列に困惑した。

「……一度お会いしていらっしゃるようなのでご存知かも知れませんが、こちらはトレス氏。ブラ……、失礼。小田桐 聖夜まさや様のお父上です」
「あ、はい。……知ってます」

 蓮見と名乗る男性の後ろに立っている小田桐の父親を見ると、眉間に皺を寄せまるで汚い物でも見るかのような目で私を見下ろしていた。

「アポイントも取らず突然やって来てしまって申し訳御座いません」
「――。あ、いえ」

 再び蓮見が話し出し、私は小田桐の父親から視線を逸らした。

「少しお話があるのですが」
「……はい。あ、じゃあ近くの喫茶店にでも」

 立ち話もなんだし、と思っての事だった。

「多少、込み入った内容ですので。人目に付くところではちょっと」

 蓮見は辺りをキョロキョロと伺いながら前傾し、小さな声でそう言った。

「――あ、じゃあ部屋を片付けますので少し待ってて貰っていいですか?」
「助かります」

 ニッコリと胡散臭い笑みを浮かべると、蓮見は一歩後ろへ下がった。
 思いも寄らぬ人の突然の訪問に、当然何の用意もしていなかったのが少々悔やまれる。少しでもまともな生活をしていると思われたくて押入れの奥から座布団を引っ張り出してみたものの、しばらくお天道様に当たっていなかったこの座布団は少しかび臭く、そのせいなのかはたまた遠慮しているのかどうかはわからないが、二人ともその座布団を避けて座っていた。
 来客用の湯飲みもお茶もない我が家。いつも小田桐も飲んでいるし大丈夫だろうと出したコーヒーですら、トレス氏はジロリとカップの中を覗きこみまた眉根を寄せて拒絶反応を示していた。

「用件だけ伝えたら我々はすぐに帰りますので。どうぞお構いなく」
「はぁ」

 ――もうこれ以上出すもの無いんだけど。
 熱でボーっとした頭では蓮見が言ったこの台詞が嫌味なのだと気付くのに、少々時間が掛かった。
 蓮見の前に私も正座をして腰を落ち着かせる。礼儀正しく正座をした蓮見の後ろに胡坐をかいて座る小田桐の父親は、私でも失礼だなと思うほどキョロキョロと部屋の中を見回していた。

「トレス氏は奥様が日本人と言うこともあり日本語が大変堪能ではありますが、ご存知の通りアメリカでの生活が長く、ほんの少しの語句の間違いで誤解が生じないようにとの事で、今回わたくしがトレス氏の代わりにお話をさせて頂きます。……申し訳ありませんが、念のため音声を録らせて頂きますが宜しいでしょうか?」
「えっ?」

 蓮見は胸元に手を入れると掌サイズの小さな機械を取り出した。

「職業柄これは必須なので」

 そう言ってまた胡散臭い笑みを浮かべると、私の返事も聞かずにその機械のスイッチを入れた。

「では、まず初めに――」
「――」

 聞かされた話は予想通りのものだった。
 私と出会うずっと以前から小田桐は大手通信社の重役の娘と婚約をしており、彼女が二十歳になるのを待ってから式を挙げる予定だった。そしてそれが来年の春なのだと言う。今まで色恋沙汰も数々としてきたようだが、小田桐自身にその気が無いのがわかり、その事については若気の至りなのだとトレス氏もずっと知らぬ振りをしていた。なのに、つい最近。急にアメリカに帰って来たと思いきや父親には何も言わずに婚約者のもとを訪れ、婚約を破棄したいと言い出したらしい。そして、突然の婚約破棄の申し出に怒り心頭になった相手の父親は小田桐に対し訴訟を起こすと息巻いているそうだ。

「私が何を言いたいのか、頭のいい貴女のことです。既におわかりですよね?」

 頭は良くないけれど、何が言いたいのかはよくわかる。私は何も言わず小さく頷くと、また蓮見は胸元から何かを取り出した。宛名も何も書かれていない一枚の薄っぺらい白い封筒。

「これは?」
「小切手です。トレス氏のご意向により、失礼ですが貴女の今の収入の何十倍にもあたる額をご用意させて頂きました」
「こんなっ、」
「――? ああ、小切手の扱いはご存知ないですか? では、現金をご用意させて頂きますので、振込み先の口座番号を――」
「っ! こんなのいりません!」

 熱のせいなのだろうか。ふと気が付けば普段めったなことでは決して声を荒げることの無いこの私が、事も有ろうか小田桐の父親の前で――、小田桐の父親が雇い入れた弁護士と言う名の“別れさせ屋”に向かって大声を出し、その封筒を叩き返していた。
 叩き返された蓮見はと言うと先程までの胡散臭い表情は跡形も無く消え、後ろにいるトレス氏と同じようにただただ私の豹変振りに驚いている様子だった。しかし一度堰を切って溢れ出した感情はそう簡単に抑える事は出来ず、私は勢いに任せて、熱のせいにして、思っていることをありのまま曝け出した。

「わ、私だって身分違いだってのは重々承知してます! でも! ……、――それでもあいつの事、放って置く事が出来なくて、……あいつの側に居たくて。――あいつが、小田桐のことが、好き、だからっ」

 だが、言っていることと思っている事は全然別のものだった。
 胸が苦しい。喉が渇く。もうどうにでもなってしまえ。ぐるぐる頭を悩ませていたこの辛い日々から、早く解放されたい。
 自分の気持ちを押し通すか今の現実から目を背けるかの狭間で、感情が揺れ動いた。

「し、しかし、芳野さん。この件に関しては法律上――」
「だからっ!」

 蓮見は弁護士らしく“法律”と言う言葉で私に圧力を掛けてきた。何の法律があるのかはわからないが、弁護士からその言葉を聞かされてびびらない人間は居ないと踏んでのことだろう。そんな風に蓮見が策を練ったのだという事は、馬鹿な私でもわかっていた。だけど何の法律に違反しているのかを問い詰めるより、そこまでして私を小田桐から遠ざけたいのだと言う意思が見えただけで、もうどうでもよくなってしまった。

「……私がいることで小田桐に迷惑が掛かるんだったら、もう……終りにします」

 何年経とうが私達は高校時代となんら変わりなく、小田桐は“S級”ランクの人間であって、所詮私は“B級”。雲の上の人間と少しの間だけでも同じ空気を吸う事が出来た、――ただ、……それだけのこと。

「ちゃんと、――別れます」

 声にならない声でその言葉を搾り出し、膝に置いた手をぎゅっと握り締めた。




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