63 / 124
第5章 予想もつかないことって結構あるもんですね
第5話〜訪問者〜
しおりを挟む通された部屋は、つい最近までそこに人が住んでいたとは感じさせられないほど綺麗に整理整頓されていた。壁に埋め込まれた大きなクローゼットに鏡が三面ついたドレッサー、セミダブルのベッド。いずれも使い古した感は全くといっていいほど無い。言われなければ先住者がいたなんて到底思えず、日頃から丁寧に扱っていたのだろうと言う事が伺えた。
見ただけでわかる、寝心地の良さそうな白いシーツが敷かれたベッド。風をはらむ度に揺れるカーテンから、零れ落ちる明るい日差し。黒を基調にした小田桐の部屋とは違い、この部屋は全体的に明るい雰囲気がした。
「どうだ? 悪くないだろ」
後方から声が聞こえ振り返ると、扉の入り口に前腕を付いた小田桐が私の様子を伺っていた。
「うん。凄く綺麗だし、2DKある私の家より広い気がする」
「お前ん家はごちゃごちゃと物を置き過ぎなだけだろ」
つい先日。一緒に住まないかと小田桐に突然言われたのだが、私がはっきりと返事をしないからか『実物を見た方が現実味が湧く』と、半ば強引に此度の内覧会に連れて来られた。そもそも前に一度ワインを零した私に梨乃さんが着替えを用意してくれて、この部屋を借りて着替えた事があったからわざわざもう一度見なくても良かったのに。……まぁ、あの時は他人の部屋だからジロジロ見ちゃいけないって思ってたのと、スカートの生地の少なさにどうしようかと頭が一杯であまりこの部屋の記憶は頭に残ってはいなかったのだが。
立地も部屋も申し分ないという事は見なくてもわかっているのに、それでもすぐに首を縦に振らなかったのには私なりに理由があった。どうしてもその事が納得いかなくて、踏ん切りをつけられないで居た。
「――やっぱ無理かも」
「何で?」
「家賃を折半したとしても、今の家より高いのは目に見えてる」
またその話か。
そう言いたげに小田桐は鼻から息を吐いた。
「いらんって言ったろ」
「そういうわけには。やっぱりお金の事はきっちりしないと後々気持ち悪いし」
そう言って目を逸らした私に、今度は大きな溜息を零しながら頭を垂れた。再び頭を上げたときには既に眉間に皺を刻んでいて、今無性にイラついているということを私に示すように目を細めながら私を睨みつけている。
「……前にも言ったけど、別にお前が住んでも住まなくても俺は同じ家賃を払うわけだし変わりないっての」
「あんたが良くても、私が嫌なんだって!」
そしていつも小田桐のそんな態度に私も釣られ、つい喧嘩口調になってしまう。お互い顔を合わせればいつもそうなるのに、何故未だにこの関係が続いているのかもはや誰にもわからない。いつ喧嘩別離れしてもおかしく無いはずが、どこでどうなったか一緒に住む話にまでなっている。一緒に住んでしまっていざ別離れる事になったら、その時私は何処に住めばいいのかと。
先の事を考え無しにその場の感情に流されてしまわないよう、現実から目を背けてはいけないのだと必死で自分に言い聞かせた。
「別に“身体”で払ってくれてもいいんだが」
「はぁっ!?」
――あんたは一体何処のお代官様ですかっ!?
毎夜毎夜、『よいではないか』とか言いながらこの部屋に侵入するおつもりか!? ってか私の身体ってここの家賃半分程の価値があるのか。とか、ろくでもない事が頭を過ぎっているのを見透かされてしまったのか、具体的に話を詰めてきた。
「掃除とか洗濯とか? たまにメシ作ってくれたら御の字」
「あ、ああ、そうですか」
意外とまともな交換条件が返って来て、邪な感情を抱いていたのは小田桐では無く自分だったのかもと、恥ずかしくて顔が熱くなるのがわかった。
「そ、そん位だったら別にいつもしてることだし? 出来ないわけじゃあないけ、――ど」
小田桐の顔を直視するのが難しくなって背を向けた途端、後ろから抱き締められた。背中に伝わる熱も、小田桐が愛用している嫌味の無い爽やかな香りも直で感じ、脈が一気に速くなった。
「別に――」
「……ひゃっ! ち、……ちょっと、耳元で喋んなっていつも言って――」
耳元での低音の声は心臓に悪い。それだけでも十分弱いのに、囁くように声を発するのは私がそれに弱いのを心得ているからなのだろう。息が吹きかかる度に背筋が震え、巻きつく腕を剥がそうとした手は自らの意思とは反し、ぎゅっときつく握り締めてしまう。逃げ出したいはずなのに捕らわれているのが妙に心地良い。本当に自分でもどうかしてるんじゃないかと思うくらい、自分をコントロールすることが出来なくなっていた。
「……ここのベッドいらなくね?」
「っわ、も……やめっ」
徐々に迫り来る波。この後どうなってしまうのかなんてわからない振りをしているだけで本当は判っていて、それどころか期待すらしてしまっている。頭のてっぺんから足のつま先まで、身体全体を一気に血が巡り始めたような感覚が私を襲った。
「どうせ同じベッドで寝る事になるんだろーし」
「――っ、……や、もっ……」
ゾワリと首筋を生暖かい舌が滑り、一気に腰砕け状態になった。さっきまで喧嘩腰で話していた相手だというのに、小田桐の手に掛かればそんな空気はいとも簡単に一変させられてしまう。首筋を攻めながら大きな掌がTシャツの裾から這い上がり、その行く手を遮ろうと込めたはずの力は、あっさりとその侵入を許してしまった。
「――? ……チッ」
と、その時。訪問者が現れた事を知らせる軽い音が聞こえ、小田桐が舌打ちをした。彼の気が逸れたと同時に我に返った私は急いで彼の腕から抜け出た。
服の乱れを直し自らを抱き締めるようにして両手を組む。背中越しに衣擦れの音が遠のいていくのがわかり、小さく息を吐いた。
――どんどん、……飼い慣らされてる、私。
自分が自分じゃないようなそんな気がして、その恐怖でブルッと身体が震えた。
プッと通信を切る音が僅かに聞こえ、もう用件は済んだのかと部屋の入り口からリビングを覗いてみると、何も映っていないモニターの前で小田桐は立ち呆けている。
「……どうしたの?」
声を掛けられた小田桐はハッとした表情を浮かべ、明らかな動揺の色を見せた。
「何でもない。……そろそろメシにするか」
「え? あ、うん。――?」
不自然に目を逸らした小田桐の事が気になりつつも、私達は食事の準備に取り掛かった。
しばらくして、再びチャイムが鳴った。小田桐の包丁捌きに見惚れていた私はその音が聞こえた瞬間、彼の手がビクッと大きく震えたのがわかった。
二人してキッチンからドアモニターに映る映像に目を向けると、そこには帽子を被り作業服を着た男性が、手にした大きなダンボール箱を見せ付けるようにしてジーッと画面越しに見つめていた。恐らく宅配業者だろうと言う事がわかると、横にいる小田桐の口から小さな――、本当に小さな安堵の溜息が零れたことに気が付いた。
包丁を置いた小田桐はモニターへと向かい、ピッと何やらボタンを押す。その男性はオートロックのドアが開いた事に気付くとすぐにモニターから姿を消した。
「芳野。荷物が届いたみたいだから、代わりに受け取り頼む」
「あ、うん」
ホッとした様な表情を浮かべた小田桐はシンクで手を洗うと、再び包丁を握り締めた。
「……」
――なんだろう? この胸の奥がざわつく感じは。
滅多なことではそのポーカーフェイスが崩れる事は無いのに、さっきは必死で平静を保とうとしてるようなそんな雰囲気が感じ取れた。いつも沈着冷静な小田桐にあんな顔させるなんて一体何があったのだろう。
部屋のチャイムが再び鳴り、頭の片隅でそんな事を考えながら私はその扉を開けた。
0
お気に入りに追加
105
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる