B級彼女とS級彼氏

まる。

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第4章 恋の手ほどきお願いします

第18~痛みの向こう側・後編~

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「い、……も、やめっ」

 柔らかくて暖かい掌が、冷え切っていた太ももを撫でまわす。心地いいと思う反面、力なく触れられる箇所がくすぐったくもあった。見得を切った手前、はっきりと拒絶の言葉を吐き出すことができない。両足でシーツの波を蹴るようにしてその掌から逃げようとすると、熱い吐息を吐きながら小田桐の顔が目前に迫った。

「もう逃げないって言ったの、どこのどいつだよ」
「言った、けど……」

 そう何度も言われると責められている気分になる。自分の発言に責任を持たない人間だと思われたくなくて、小田桐の目を見ることが出来ずにうつむき加減で目を固く瞑ると、何故かフッと笑う声が頭上から聞こえた。

「……? ――」

 恐る恐る目を開けると、小田桐はまるで小さな子供でも見るように目を細め、今まで見たこともないような穏やかな笑みを浮かべている。そんな彼の表情を見ていると、私もつられて眉間に作った皺が徐々にほぐれていった。

「かわいいな、芳野」

 そう言って小田桐が頬に軽くキスを落とすと、両手で顔を包み込まれて互いの額を合わせた。

「そんっ、なの」
「ちょっと……抑えがきかなくなりそう」
「? ――あ、え?」

 いつの間にか背中に回っていた手が、ドレスのファスナーを器用におろす。もう一方の掌は首筋から肩を撫でるようにして、いとも簡単に肩ひもを滑らせた。

「……っ」

 まだ下着姿とはいえ、明るい所で見られていると思うと恥ずかしさで気が狂いそうになる。この貧相な身体を見られたくなくて両手で隠そうとすれば、大きな掌がそれを阻んだ。首筋に顔をうずめられ、温かい吐息と共に唇が押し付けられる。引きはがされた私の両手を自身の肩に乗せると、二人の間にある距離を狭めた。
 押し付けられた唇の隙間から熱い舌が現れる。徐々に下降を始めた唇が胸元に到達しようかという時、いつの間にか最後の砦となる下着が既になくなっていた事に、私は狼狽えた。

「おねがっ……、電気消して」

 呼吸いきもままならない状態になりながらも、せめてもの願いを聞き入れてもらうために懇願する。小田桐の方もだんだん余裕がなくなってきているのか何か返事をするでもなく、身体を上の方へとずらすと長い腕をぐんと伸ばした。
 部屋の明かりが絞られ、私の上に跨っている小田桐が上体を起こす。ベッドの上に横たわる私を無表情で見つめながら途中まで外されていたシャツのボタンを全部外すと、邪魔だと言わんばかりにそれを脱ぎ捨てた。
 再び肌が重なる。先ほどまでと違うのは、二人を隔てるものが何もないということ。身体を覆う布が無くなっただけでなく、互いを想う気持ちが色んなしがらみから解き放たれ、ただ純粋に“ひとつになりたい”という感情が勝った。
 糖度を増した口づけと共に、遠慮がちにふくらみに触れる掌。声を殺し、徐々に迫りくる快感に耐え忍んでいると、それを察知したのかその手つきが荒々しくなった。
 再び下降を始めた唇がピンっと立ち上がった尖りを含んだ時、自分でも驚くほど艶っぽい声が漏れ出し大きく首をのけぞらせた。
 硬くなった先端に決して触れない様に動き回る舌の動きが、嫌でも焦らされているのだと実感する。いつその時がやってくるのかと胸の鼓動が激しさを増す中、それは突然にやってきた。

「い、やぁっ……」

 舌先で弄ぶように優しく転がしてみたかと思えば、音を立てるほどの激しい動きに変わる。同時に、下腹部に移動した指が熱くなった箇所へ伸びると、小田桐の肩に回していた腕に自然と力が入った。
 先ほどまでの荒々しさとは一転し、掌を押し付けるようにしてゆっくりと触れる。悶える様に内腿を擦り合わせていると、男らしい太い指がショーツの隙間から侵入を始めた。
 耐え切れず、漏れ出す声が大きくなる。と共に、小田桐の息も先ほどまでとは比べ物にならない程、熱く――、乱れていた。

「も……、やだぁ」

 拒絶の言葉はこの行為に対してではない。未知なる体験に少しずつではあるものの順応し始めている自分がいるのがわかり、これから一体どうなってしまうのかという不安から出た言葉だった。全て小田桐にはお見通しなのだろう。彼は動くのを止めるどころか、ぴったりと合わさる内腿が邪魔だと言わんばかりに右足を割りいれた。

「――あっ……んっ」

 少しの空間が生まれた事で、必死で隠していた秘所が露になる。先程よりも強い刺激が与えられると、しがみつくようにして回していた腕から一気に力が抜け落ちた。
 もう、何も考えられない。
 ピリピリとした刺激が、身体を、頭を駆け巡り、真っ白に塗り替えられた思考はただ、目の前にいる彼を求めていた。




 どれ位時間が経ったのかはわからないが、恐らくかなり長い時間ときが経ったのだと感じる。脱がされるたびに大騒ぎしていたのが嘘のように、今はこの貧相な身体を隠す気力も残っておらず息も絶え絶えにベッドの上でだらしなく横たわっていた。
 精根共に尽き果てた私はもう動くことが出来ない。目の前に綺麗に割れた腹筋をした小田桐の姿が見え、私は肩で息をしながらその美しい身体をぼんやりと眺めていた。

「芳野。挿れるぞ」
「……は? ……、――!? ぎゃぁっ!! なにすん、や、やめっ、い、痛っ!」

 あまりにも長時間恥ずかしいことを一杯されたせいで、自分の中ではもう終わったものだと思っていた。妙な気分にさせられたり恥ずかしくなったりする事はあったが、そう言えば初体験の感想でよく耳にする“痛み”をまだ感じていなかったのを、突然下半身を襲った激痛が私にその事を思い出させた。

「っ、芳野、力抜けって。キツイから」
「ぎゃー! 馬鹿、痛いってば! もう、やめ、……向こう行って!!」

 額に薄っすらと汗を浮かべ、眉根を寄せながら苦しそうにしている小田桐の肩をぐいぐいと押し返しては宙に浮いた格好になった両足をバタつかせる。余りの激痛に目尻から涙が零れ落ち、せっかく梨乃さんにしてもらったお化粧もきっとぐしゃぐしゃに崩れて酷い顔になっているだろう。だけど今の私はそんな事を気にするよりも、どうにかしてこの痛みから解放される術はないかと必死だった。

「いっ、やだ! 痛いっ!! ……もう嫌い、あんたなんか大ッ嫌い!!」
「――っ」

 肩を押し返していた手はいつの間にか小田桐を叩きつけていた。狭いところへ無理に押し広げて入ってこようとするその痛みに耐え切れず、何度も何度も「あんたなんか嫌いだ」「向こうに行け」と小田桐を罵っていた。
 ふと、押し入ってくる感覚が弱まり、同時に痛みも無くなった。その事を不思議に思いゆっくりと目を開け見上げてみると、小田桐が悲しそうな目で私を見下ろしていた。

「お、だぎり……?」
「言、うな」
「え?」
「『嫌いだ』なんて言わないでくれ。……俺は、お前には、お前だけには嫌われたく……っ」

 全部言い切る前に、小田桐の顔がぐしゃっと歪んだのがわかった。小田桐自身もその事に気付き、そしてそんな顔を私に見せたくないと思ったのかすぐに私の肩に顔を埋めた。
 思わず口走ってしまったこととは言え、「嫌いだ」なんていうべきでは無かった。親の愛情に飢えていた子ども時代を送ってきた小田桐は、人一倍愛情には敏感なのかも知れない。その事を一番よく知っているはずの私が、よりによって嫌いだ等とこれっぽっちも思ってもいない言葉を吐いてしまうなんて。こうなることを私は望んでいて、それは小田桐も一緒だ。今更尻込みした所で小田桐に対する気持ちは変わらないのだと改めて実感し、叩きつけていた手を彼の背中に回しぎゅっと力を入れた。

「好きだよ」
「――」

 ゆっくりと、小田桐が頭を上げる。

「ちゃんと小田桐のこと好きだから、大丈夫。――続けて」
「芳、野」

 それでもまだ不安な表情を浮かべている小田桐に、精一杯微笑んで見せる。小田桐の顔に張り付いた髪を掻き分けると、しばらくしてまた下半身に痛みが走った。

「――いっ!!」

 やはり、感じる痛みはなんら変わる事はない。歯を食いしばり、また流れ始めた涙を小田桐の親指が拭い取った。力を抜こうと思っても、痛みに気を取られ上手く抜くことが出来ない。小田桐の首に回した両腕はどんどん彼の首を締め付け、気付けば目と鼻の先に小田桐を感じた。

「あゆむ」
「……っ」

 固く閉じていた瞼をゆっくりと開く。その時の小田桐の表情は決して自惚れとかでは無く、まるで愛しいものを見つめるような愛情に満ち溢れた顔をしていた。

「あゆむ」
「なっ、に……? ――いっ、つ!」

 名前を呼ぶ度徐々に押し進められ、それによって当然痛みも伴う。それでも、最初の方と比べると幾分ましになったような気がした。

「あゆむ」
「だからっ、なに……って」

「愛してる」

「……」
「ずっと、俺の側にいてくれるよな?」
「……うん」

 この時、愛の言葉というものはどんな痛みをも拭い去ってくれる特効薬なのだということを身をもって体験することとなった。浴びせるように繰り返されるキスと愛の言葉に酔いしれながら、二人の初めての長い夜は更けていった。




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