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第4章 恋の手ほどきお願いします
第14話〜心地よいこと〜
しおりを挟む宴会場の前に着くと、丁度開かれた扉の中からパラパラと人が出てきた。ジャッ君に気付いたスタッフにより、丁度お父さんによる挨拶が終わった所だと知らされる。それを聞いても特に焦った様子のないジャッ君に遅れたけど大丈夫なのかと訊ねてみれば、『父さんの挨拶って長くて退屈だからね』と言ってその確信犯は悪戯な顔で笑って見せた。
分厚い大きな扉を開け会場の中へ足を踏み入れてみると、そこは既に綺麗に着飾った大勢の人たちで賑わっていた。自分の格好が派手過ぎやしないかと危惧していたが、それは全く無駄な事だったのだとわかる。この様子なら自分は浮くどころか存在自体も気付かれないであろうと高を括っていたのだが、会場の中にまだ二、三歩程しか足を踏み入れていないのにも関わらず何故だか多くの視線を感じてしまった。
「ああ、しまった。やっぱり見つかっちゃったか」
「?」
「歩。もうすぐ兄さん来ると思うからそこでじっとしてて」
「あ、うん」
そう言ってジャッ君はまた数歩歩くと、あっと言う間に無数の人達に取り囲まれて見えなくなり、先程感じた視線は私ではなくジャッ君へと注がれていたのだと言うことに気付くと、なんだか自惚れているようで恥ずかしくなった。
「あの、もし良かったら少しお話しませんか?」
「――え? 私ですか?」
ジャッ君に言われた通りその場でじっと立っていると、いつの間にか目の前に男性が立っていた。まさか自分に対して向けられた言葉だとは思わず聞き返すと、グラスを手にした見た感じ三十代半ば頃の男性は苦笑いを浮かべながら「そうです」と頷いた。
男性は私の返事を待たずして色々と喋りかけてくる。迂闊に喋ると素性がバレてここからつまみ出されるのではないかと気が気で無かった私は、苦手な愛想笑いを浮かべ小田桐の姿を探しながら適当に相槌を打っていた。
「僕はどうもこういった場所が苦手でして」
「……あ、私もです」
自分と同じ気持ちの人が他にもいた事に親近感を覚える。その男性の言葉に警戒心が少し和らぎ、周囲に向けていた視線をその男性へと向けた。ニッコリと笑いかけるその目尻には、笑い皺がうっすらと出来ている。仮に素性がバレたとしてもこの人ならつまみ出すような事はしないだろう。どうせ暇だったからと、ほんの少し話に付き合う事にした。
「しかし、さっきのセレモニーといいこのパーティといい。トレス氏は随分羽振りがいいみたいですね」
「トレス……。あ、ええ、そうですね」
都心にあれほど大きな高層ビルを建てただけでなく、一流ホテルの宴会場を貸し切って盛大なパーティを開いたりゲストの為にスイートルームを確保するなど、そう言われてみれば確かに並大抵の会社では出来ない事だと改めて思った。お金のせいで人生が破綻した両親を見てそういう人たちとは自然と一線を置いていたのが、お金持ちの家に生まれた小田桐と付き合う事になるなんて数ヶ月前の私では想像すら出来なかった。こんな事になったのも、小田桐自身と接していて“お金持ち”だと言う雰囲気が一切感じられないと言うのが一番大きいのかもしれない。2LDKのマンションもきっと家賃が高いとは思うが、バリバリ働いている二十六歳の独身男性が払えない額だとは思えない。私と会う時は必ずと言っていいほどから揚げちゃんを持参し、それを私が一つ摘んだりでもしようものなら真剣にキレる。そんな、漫画と鶏肉をこよなく愛する男に、一体誰が“お金持ちの人種”などと結び付けられるであろうか。
「どうしました?」
「……あ、いえ! 何も」
そんな事を思い出していたら思わずプッと噴出してしまい、男性は首を傾げた。
その後も他愛のない会話を交わし、初めに抱いていた不信感もいつの間にか薄れていた。
「さて」
「?」
男性は、右手に持っていたグラスをすぐ側のテーブルへと置くと、パンと手を叩いてから擦り合わせた。
「ここにいてもお互いつまらないですし、良かったら少し静かなところで話しませんか?」
「え?」
先程まで引っ込み思案風だったのが一変。「良かったら」と言う割にはまたもや返事を待たずして私の背中に手を添えると、会場から出る為に出口へと誘導を始めた。静かなところイコール扉を出たところだと思った私は戸惑いながらもはっきり断る事が出来ず、言われるがままについて行ってしまった。
「あゆむ」
ふと、私を呼ぶ声が聞こえて振り返ってみると、いつからそこにいたのか眉間に皺を寄せた小田桐が立っていた。
「お前、勝手にどこほっつき歩いてんだ。ちゃんとついて来いって言ってるだろ?」
「えっ? ――っと、あの……」
普段、下の名前で呼ぶことなんて一度も無かった上に、意味不明な事を言われて返事をどう返していいのかわからなかったが、とりあえずあまり快く思われていないと言う事だけは小田桐の表情から感じ取れた。
「すみません、こいつ俺の連れなんで」
「あっ、ああ! トレスさんのお連れさんでしたか、これは失礼」
バツが悪そうな表情をし、その男性は私の背中からパッと手を離すと両手を顔の横に上げた。すかさず小田桐の手が私の背中に添えられ、今度は小田桐に誘導されてまた会場の中へと戻っていく。
「お前、何ナンパされてホイホイついてってんだよ」
「は? ナンパ? そんなんじゃないって。こういう場所が苦手だって言うから少し話をしてただけで」
「それがあのおっさんの“手”だよ。後ろ振り返ってみろ、もう別の女に声かけてるから」
そう言われて後ろを振り返って見れば、小田桐の言ったとおり先程の男性が別の女性に話しかけようとしているところだった。
「あー、ちょっと挨拶をしないとならないのが何人かいるから、お前も一緒について来い」
「え? 私も??」
後ろを振り返っていた頭を一気に戻し小田桐を見た。いつもは下から見上げる感じなのが、高いヒールを履いているからか目線がさほど変わらなくなっている。それに、背中に手を添えられているせいで小田桐の顔が思ったより近くに感じた。
小田桐もその事を意識してしまったのか、急にパッと離れて数歩先を行ったところで顔だけ振り返り話を続けた。
「別にお前一人でもいいんならここに置いていくが、またさっきの奴みたいなのが寄って来ても次は助けてやれないぞ。それでもいいなら――」
「行きます!」
さっきの今でここに一人で残るという選択など出来るわけがない。スカートを踏んづけて躓いてしまわないように両手でたくし上げると、急いで小田桐の側まで歩いて行った。
「心配しなくてもお前に何かを期待してるわけじゃない。俺の後ろで適当に笑っておけばいいから」
「……それが一番難しいんだけど」
「はっ、そうだろうな」
人を馬鹿にしたような態度を見せ、再び小田桐は歩き出した。それを追うようにしてついていくも、人の間を縫うように長いコンパスで歩く小田桐に履き慣れないハイヒールの私はどんどん距離が広がっていく。小田桐を見失いそうになり、こんなところではぐれてしまったら元の木阿弥だと慌てて声を出した。
「ちょっと、待っ――、……!」
気付いた小田桐は足を止め、私が側まで来るのを待っている。やっとの事で追いつくと、目の前に小田桐の肘がスッと出された。
「?」
「そんな似合わないもん履いてるからまともに歩けないんだよ。――しっかり掴ってろ」
「う、うるさいなぁ」
いつもの様に一言多い小田桐だけど、結局そんなこんなも単なる照れ隠しなのでは無いかと思えるようになった。その証拠と言ってはなんだが彼の腕に手を添えるとフッと優しい笑みを見せ、私の歩く速度に合わせて歩いてくれる。ジャッ君みたいにまるでコンビニの如く24時間常に優しい人も魅力的だとは思うが、異性に優しくされる事に免疫の無い私にはそういった部分を全面に出されるとかえって萎縮してしまう。だから、小田桐のように口の悪い所が彼本来の優しさと上手く中和されて、私にはそっちの方が心地よいのだとつくづく思った。
一通り、挨拶を済ませるとジャッ君と梨乃さんと合流することが出来た。皆で円卓を囲みウェイターが持ってきたグラスを傾けている。周りには仕事関係と思しき人の影は無く、その事にホッと一息吐いていたのはどうやら私だけのようで、ジャッ君、小田桐、そして梨乃さんまでもが真剣な表情で辺りの様子をまるで警戒しているように見えた。
「聖夜さん。……そろそろ」
「ああ、そうだな」
「行ってらっしゃい」
梨乃さんは円卓にグラスを置くと、すぐそばの人だかりに向かって歩き始めた。その輪の中心にいる人物こそが小田桐とジャッ君の父親なのだとわざわざ説明を受けなくても一目見ただけでわかる。周りの人たちに比べ飛びぬけて背が高く、二人と同じ薄いブラウンの瞳を持つ白人男性。顔つきもよく似ていて、改めて二人は父親に似たのだなと言うことがわかった。
「梨乃さん、何処に行ったの?」
「んー、まぁすぐにわかると思うよ」
すぐにわかるなら今教えてくれてもいいのに。と思いながら私は不満顔でグラスに口をつけた。
「いい加減にしないかっ!!」
後方から怒号が聞こえ、この会場にBGMが流れていた事に気が付くほど一気にシンと静まり返った。突然の大声にビクッと肩をすくめてしまった私は恐る恐る後ろを振り返ると、その声の主と思われる顔を真っ赤にしたトレス氏とその傍らに梨乃さんの姿を見つけた。
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