B級彼女とS級彼氏

まる。

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第4章 恋の手ほどきお願いします

第12話〜心の闇〜

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 さて、どうしたものか。
 シャワー中に突然扉を開け放たれ、当然の事ながら素っ裸の私はなす術も無く激しくうろたえた。咄嗟に上と下を手で隠してみたものの、今小田桐の視界に入るであろうものはきっとお尻なわけで。下を隠す手をお尻に持って行くも今度は前が心もとなくなり、結局また上と下を隠すようにした。

「ちょっと! な、何で開けんのよ! 早く閉めっ、……」

 猫背で丸まった背中一杯に、シャワーの温水とは違う人の温もりを感じる。私の左肩に顔を埋め腹部に回された両手と温水が弾く音が変化した事が、今、私は小田桐に抱き締められているのだと言う事をまざまざと感じさせられた。
 腹部に置かれた小田桐の両手がピクリと動き、更に強く抱き締められる。胸の鼓動がドクンドクンと激しく脈打ち、ついに来るべき時がやって来たのかと覚悟を決めたが、それは思っても居ない展開へと変わっていった。

「……の、――な……か」
「え? 何? 聞こえない」

 恥ずかしくて小声になってしまうのは素っ裸でいる私の方なのに、いつに無く弱々しい声で話す小田桐が気に掛かる。今すぐどうこうするつもりは無いのだろう。裸を見られる事は無いと思った私は胸元に置いた手をそっと外し、出しっぱなしになっているシャワーを止めた。
 びしょ濡れになってしまった袖口から、ポタリポタリとタイルに向かって雫が流れ落ちる。シャワーを止めたせいでシンと静まり返った浴室は、ただ熱気だけがこもっていた。

「お前も、……俺をジャックの代わりにしてるのか」
「なに、それ」

 小田桐が発した言葉に当惑した。見た目が同じってだけで私が小田桐をジャッ君の代わりにしてるとかありえない。本来なら鼻で笑ってお終いってところなのだが、尋常ではない彼の様子を見ると、とてもじゃないがそんな風に簡単に片付ける事が出来なかった。
 私の知らないところで何かあったのだろうと容易に推測出来る『お前も』と言った三文字のその言葉。親も姉妹も居ない私にとってどちらも持っている小田桐が羨ましいとさえ思っていたが、一概にそうとは言えないのだなと感じさせられた。

「ジャッ君に嫉妬するなんて、そんな無駄なこと止めなよ。きっと向こうもいい迷惑だって」
「どうだかな」
「とっ、とにかく! 話は後で聞くからさ、さっさとここから出てってよ!」

 小田桐が変な事を口走ったから思わず会話を続けてしまっていたが、自分だけが今素っ裸だと言う事を改めて認識する。お尻はもう隠しようが無いと流石に諦めもついたが、せめて前だけは死守せねばと必死になる。私の片腕と一緒に腹部に巻き付いた腕を解くため、下を守りつつグイグイと腕で払い除けようと試みたが、その腕は決して解かれる事は無かった。

「ち、ちょっともう離し――」
「それと」
「――え?」
「今の仕事も辞めたきゃ辞めればいい。カメラの仕事がやりたきゃもっと他のちゃんとした所に俺が幾らでも口利いてやる」
「な、いや、別に辞めたいわけじゃ」

 その言葉を聞いた途端、ピタリ、と私の手は動きを止めた。
 小田桐は人の心を読むことが出来るのだろうか。意気揚々として足を踏み入れたアシスタントの仕事だったからこそ、そう簡単に愚痴や弱音など吐く事が出来なかった。己が選んだ道は正しいのだといつも自分に言い聞かせ、周囲にも私が不安に思っていることなど悟られないように接してきたつもりだった。なのに、小田桐の目は誤魔化せなかったのか、簡単に本音を言い当てられてしまったような気分だった。

「そもそも、お前は別に仕事なんかしなくていいんだ」
「何言ってんの。仕事しなきゃ生きてけないじゃん」
「芳野一人位、俺でも――」

 何かを言いかけて小田桐は口を噤んだ。その先の言葉が一体何なのかが気にはなったが、聞かなくて良かったとも思った。今の私だときっと小田桐のその厚意に甘え、簡単に自分を見失ってしまいそうな、そんな気がした。

「はっ、俺ってマジ情けねー。芳野に関わる人間全員排除してやろうとまで思ってしまう」
「小田桐……」
「正直、こんな剥き出しの嫉妬心を自分が持ち合わせていたって事自体驚きだ」

 クックッと自嘲すると腹部に回していた腕を離し、私の両腕を掴みながら背中に額を寄せた。

「すまん、今日の事は忘れてくれ。……俺、どうかしてた」
「え?」
「帰る」
「か、帰るって、そんなビショビショじゃん! せめて着替えてから――」
「いい。このままここに居たら、またお前に嫌われるようなことしてしまいそうになる」
「そ、んな」

 ――嫌ったりしない。だからここに居て。
 すぐそこまで出掛かっていた言葉は結局吐き出されることは無く、小田桐は背中を向けると振り返りもせずに立ち去ったのだった。


 ◇◆◇

 翌日――。
 迎えに来た小田桐は昨夜の事など何も覚えていないかの様に普段通りに振る舞い、当然その事に自ら触れてくることも無かった。
 自身を覆い尽くす闇を必死で払い除けようとしても、結局払いきれずに又その闇に埋もれてしまう。そこから抜け出る為に誰かに向けて手を伸ばそうと思っても、ポケットから手を出せないまま時が過ぎて行く。
 言いたい事は全て吐き出してるように見えて実はそれが全てでは無いのだと、そんな風に心の中で訴えながらもがき苦しんでいるようだった。

「中に梨乃がいるから。準備を手伝って貰うといい」

 連れて来られたのはとある高級ホテルの一室。カードキーを通し、部屋の扉を開けると見たことも無い空間が私の目の前に飛び込んできた。
 宿泊施設だというのに見た感じそこにベッドなどは見当たらない。その代わりと言っては何だが、大きな応接セットがこれ見よがしに部屋の中央で鎮座していた。きっとベッドルームは他の部屋にでもあるのだろう。学生時代の修学旅行で泊まったホテルなど足元にも及ばないほど、絢爛豪華な部屋を前に私は目を見張った。

「すっご、これってスイート?」
「いや、スイートはゲスト用にあてたからジュニアスイートしか空いて無かった」
「ほえー、ジュニアスイートねー」

 特に関心も無いくせに、大きなテレビの横に置いてある高そうな壺をしげしげと見つめていた。

「あら、いらしてたんですね」

 別の扉から梨乃さんが出てきた。すっかりドレスアップしていて、太腿まで切れ込みの入った赤のロングドレス姿はまさに“梨乃さん”って感じがしてとても似合っている。
 ボケーッとその美しさに見惚れていると、小田桐は用事でもあったのか「後は任せたぞ」とだけ言って、さっさと部屋から出て行った。

「ところで歩さん。贈り物は気に入って頂けましたか?」
「あっ! そうですよ! 梨乃さん何であんな、……し、下着なんか」
「お気に召さなかった?」
「いや、そうじゃないですけど。……何かもう色々といっぱいいっぱいで」

『役に立つから』との伝言を思い出し、私は顔が徐々に熱くなってきたのを感じた。

「さあ、これからが私の腕の見せ所。歩さんの本来の美しさを存分に引き出して見せますよ」

 梨乃さんはニッコリと微笑んで私の手を取り、奥の部屋へと導いた。




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