B級彼女とS級彼氏

まる。

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第4章 恋の手ほどきお願いします

第7話〜初出勤〜

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 晴れ渡る青い空を見上げ、大きく息を吸い込んだ。今日はカメラアシスタントとしての初出の日。てっきり朝も早いのかと思いきや、太陽がすっかり真上に昇った頃からの勤務開始となった。
 今日はモデルを使って外での撮影と言うことで、カメラなどの機材を取りに一旦事務所に寄ってから桑山さんと共に現場の最寄り駅へと向かう。二人で手分けして荷物を持っているものの、重いわ取り扱いに気をつけなければならないわで、変なところに力が入る。面接時に『体力はあるか?』と問われた事に今更ながら納得した。

「……あの子かな?」

 駅前に着き、待ち合わせの目印となる公衆電話の横に佇む一人の女性を見て、桑山さんがそう言った。確信を得たのかそう言いながらも足はずんずんその女性へと向かっていく。桑山さんが彼女の前に立つ前に、先に女性の方が桑山さんに気が付いた。その女性は『あ』の口をしながら視線を外す事無く軽く会釈をしている。どうやら正解のようだ。

「すんませーん、“週刊エレクト”からの依頼で来た者ですけど。えーっと、山野辺さん?」
「あ、はいっ」
「あ、良かった。えーっと僕は……」

 図体がでかいわりに軽いノリの桑山さんに少々戸惑った。いや、人を外見で判断するのはよくないが昼間に見る桑山さんはさしずめ動物園から脱走したクマと見紛う程だ。そんなわけだからノリの軽さに驚くのも無理は無いと思う。
 桑山さんが名刺を出して一通り挨拶を済ませている間、私はキョロキョロと辺りを見渡していた。

「――じゃ、現場すぐそこなんで。いきましょーか。――芳野? 何してんだ、いくぞ」
「あっ、はい!」

 桑山さんと談笑しながら歩くモデルさんの後姿を見ながら私は首を傾げた。モデルの割りに背も低く、身体の線も細くない。どちらかと言うとぽっちゃりな彼女。髪も肩くらいで揃えた真っ黒のストレートでモデルの様な派手さが全く感じられない。正直、彼女がモデルになれるなら恵美ちゃんでもなれるんじゃないかと思う程だ。それに、モデルってマネージャーとか居ないのだろうか? 先程キョロキョロとそれらしき人物を探してみたのだが、やっぱりこの女性一人だけの様だった。
 モデルの世界も色々あるんだなーと、うんうんと一人頷いていた。


 ◇◆◇

「あ、じゃー彼女、どっかで適当に衣装に着替えてきてくれるかな」
「は、はいっ」

 撮影現場に到着し、桑山さんが機材を床に広げだす。私はと言うと、その撮影現場と称したこの部屋の中央でドーンとその存在を主張するように設置された大きなベッドに目が釘付けになっていた。ここに入ってくる前から歩いている人たちの雰囲気がやや怪しげだとは思っていたが、こんな場所に来た事の無い私はこのまあるいベッドを目の前にするまで確信出来なかった。
 天井を見上げてみれば何人もの私と目が合い、その傍らで同じく何人もの桑山さんがしゃがんでいる。

「――。……っ!」

 パタンっとバスルームの扉が閉まった音が聞こえると、私はやっと意識を戻す事が出来た。

「あ、あの、桑山さんっ? こ、ここって、その、……あの」
「あーん?」

 桑山さんは視線を動かさず、レンズをカメラに装着している。話しかけている私など眼中に無い様で生返事を繰り返した。

「あの! ここって、つまり……ラブなホテルです、……よねっ?」
「は? 見ての通りだ。お前も一緒に入り口から入って来たろ?」
「いや、そうですけど!」
「なら、別に初めて来たとかじゃないだろうし、そん位で慌てなくて……も」
「――っ、」

 下から私を見上げた瞬間、桑山さんの顔が一気に引き攣ったのがわかった。私は機材を床に置く事もせず両手でバックの持ち手をギュッと握っている。

「――まさか、……ラブホテル入ったの初めてとか?」

 桑山さんのその言葉に肩が小さく震えた。徐々に熱くなってくる頬を感じながら私は小さく頷くしか出来無かった。
 最悪だ。初勤務にていきなり私の“性的な事に奥手”な部分が明らかにされてしまうなんて。私がラブホテルに入った事が無いなんて事は、三年近く勤めたコンビニメンバー誰一人知らないことだと言うのに、桑山さんはたった一日でその事を知ったのだ。
 ここがラブホテルだと知った途端、視界に入るものが全てがいかがわしい物に見えてきて、私はどこに視線を定めればいいのかわからなかった。……こんなんじゃ、仕事はおろかじっとすることすら出来やしない。
 情けなくて、……涙が込み上げてきた。

「――。……あっはっ! そうか、そうか! お前こんなトコくんの初めてだったのか! いやーそりゃ悪かったな。初めて来たラブホテルがこんなクマみたいな男とだなんて!」

 桑山さんはその事を別段気にも留めず、自虐的にそう言って一蹴すると自分の後頭部をペチッと叩いた。自分がクマだと言うことは自覚しているんだと思いつつ、私は必死で愛想笑いを浮かべる。ふと気付けば、いつの間にやら込みあがっていた涙は引っ込んでいた。
 ひとしきり桑山さんは笑った後、「じゃ――」とその場のスイッチを切り替えるように優しく微笑んだ。

「取りあえず、モデルさんバスルームでメイク直しして待ってると思うからそこの衣装渡してきて。んでメイクとヘアセットの確認もよろしく」
「あ、あの、私メイクとかへアセットとか良くわからないんですけど」
「あー、適当でいいよ。“歩”がこれでいいかなって思う感じで」

 急に呼び名が“芳野”から“歩”に変わった事に少々困惑しつつも、今は目先の事で頭が一杯になっていた。

「いえ、あの、私いつも髪型はおろしたまんまで何もしないですし、化粧も……。すみません」

 桑山さんが又目を見張った。おもむろに立ち上がり、私の顔をジーッと見つめてくる。「あれま、歩はスッピン派か」と呟いたときに息がフッとかかってしまうほどの距離に桑山さんの顔があった。あからさまに避けた風に悟られない様に少しだけ首を後ろに下げると、桑山さんも屈んでいた身体を起こし腕を組んだ。

「んー、まっ、今日は俺が後でチェックするわ」
「今日、は――?」
「メイクとヘアセット。ちょっと勉強しといて。そういうのも専門家を雇えないへっぽこスタジオのアシスタントの仕事」
「はぁ」
「ほら、わかったら早く行った行った! モデルさん風邪引いちゃうぞ」
「あ、はい!」

 私は両手に握り締めていたバッグをやっとの事で床に置くと、衣装が入っているバッグを持ち直しバスルームへと向かった。

「あの、入っていいですか? 衣装持ってきました」
(はいっ、どうぞ!)
「失礼しまーす」

 洗面台の前で先程とは特に変わった所も無くモデルさんが手持ち無沙汰に立っている。私はそそくさと中に入って座り込むとバッグの中を開けて衣装を探してみたが、フィルムやら書類やらばかりで衣装らしきものが入っていなかった。
 ――おっかしいな? このバックに入ってるって言ってたはずなんだけど……。
 ガサゴソと探しているとモデルさんが小さな声で話しかけてきた。

「あの、多分、ソレだと思います」
「え?」
「その、小さな袋に入った……あ、そうです、きっとソレだと」

 モデルさんの言う小さな袋を持ち、こんな小さな袋に衣装なんて入ってるわけないと思いつつ中身を出してみて愕然とした。 
 片方の掌にすっぽり収まってしまいそうなほどに軽く小さい黒いレース素材のソレは、紛れも無く女性用の下着だった。


 ◇◆◇

「ああ、いいよー。はい、もうちょっとエロい顔してみてー……あ、そう! いいねーそそるわ。じゃあ今度はもっとおっぱい寄せてみよっか。うん! そう! もっとギューッと……、あーもう最高! 俺襲っちゃいそう」

 先生、私は今一体何をしてるんでしょうか。先程までクマだったのがいきなりエロ親父に変身し、目の前で繰り広げられている出来事に私は直視する事ができず、この現実から目を背け耳を両手で塞いでいます。さっきまでおどおどしていたモデルさんはいつの間にやら桑山さんのトークと言うか、エロエロな言葉にまんまと踊らされてかどんどんポーズがエスカレートしていっているようです。
 ……つーか、『早くしないとモデルさん風邪ひいちゃうぞ』って。だからって総レースの下着を渡して一体どうなるのかと。
 普段は隠されているはずの場所が開けっぴろげな事に、私は同性とは言え目のやり場に困ってしまった。
 
 最初のうちはそれでもまだ我慢出来た方だった。しかし、桑山さんの甘言に上手い具合にのせられどんどん解き放たれていくモデルさんを見ていると、とうとう私は限界を感じレフ板係を放棄してしまったのだった。

「うん、いいよー、……歩? ちゃんと当ててくれよ? せっかく綺麗に写る様に頑張ってんのに」
「あ、ああっ、はい。すみません」
「あ~、桑山さん。自分の腕がいいって言いたいんだ~」
「いやー違うよー、カオリちゃんが綺麗だからもっと綺麗に写そうとしてるだけだよ~」

 モデルさんも言うが、桑山さんも負けていない。いつの間にやら名前で呼び合っている軽さも相まって、聞いてる私はさっきから鳥肌が出っぱなしだ。

「……」

 ――早く帰りたい!
 私の魂の叫びはここにいる二人には勿論、誰にも伝わる事は無かった。




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