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第3章 とうとう自覚してしまいました
第4話〜チャンスの神様〜
しおりを挟む目は口ほどにものを言うとはよく言ったものだ。
去り際に見た小田桐の目はまさにそれだった。私の事を軽蔑するような、そしてもうお前の言うことなんて信じてたまるものかとでも言いたげなあの表情。小田桐の腕を掴んだ手を振り解かれた時、私は自分でも信じられない程のショックを受けてしまった。
そして後悔先に立たず。
あの時から小田桐はピタリと姿を見せなくなった。もう一週間位姿を見ていない。……嘘、本当は今日で四日目だ。キッチリ覚えている自分が嫌だったからついぼかしてしまっただけ。
四日の内、一日休みがあったからもしかしたらそこで来ている可能性は否定出来なくも無いが、なぜそこまでして自分が小田桐の事を気にしなきゃなんないんだろうって思うと、なんだか胸がモヤモヤしてすっきりとしない。
小田桐が現れてはイライラしていたのが嘘のように、今ではあの無愛想な顔でも見かけなくなった途端、寂しいとまで思うようになっていた。
――寂しい?
私は何を言ってるのだろう。
ちゃんと『あれは全部嘘』って小田桐に言ったじゃないか。それなのに“寂しい”とか思う時点で矛盾している。そんな日替わり定食みたいに毎日毎日コロコロと気持ちが変わられると流石の小田桐でも付き合い切れな……、
「……あ」
自分の言っていることも行動も、今、冷静になって考えてみれば辻褄の合わない事だらけだと言う事に私は気が付いてしまった。――そして、その事が知らず知らず小田桐を傷つけてしまっていたのでは無いのだろうか、とも。
――って、それもちょっと違うだろ。しっとりモードに浸っていたせいで、自分の所為だとつい思ってしまった。
小田桐だって私を十分傷つけた。冷やかしとはいえ二度も辱められて、仕舞いには私の事をオモチャだとかなんだとか言った。そんな人の気持ちを蔑ろにするような奴が、たったこれしきの事で傷つくはずなど無いではないか。
危ない危ない。もうちょっとで自分が悪いとか思ってしまうところだった。
「さてと」
頭の中の整理がついたところで店に出ようとロッカーの鍵を閉めていると、丁度深町君が出勤して来た。もう五分前だと言うのに慌てる様子も無く、相変わらず余裕をかましている。
「……あ、ざまーっす!」
「おはよう。先行ってるね」
「あ、はい、自分もすぐ行きます!」
今日も彼が出勤と言う事はまた輝ちゃんはお休みなのだろう。
――大丈夫かな、ちょっと心配になってきた。
あれからというもの、基本深夜勤務の多い慎吾さんとは一緒にならないし、結局二人はどうなったのかは依然不明のままだ。輝ちゃんに電話をするにも電話番号も知らない私は、こんなとこで自分の人付き合いの悪さを恨む事になるとは思わなかった。
「後で宮川さんに聞いてみよ」
ひとりごちながら店内に入る扉を開けると早速レジに宮川さんの姿が見えたが、丁度接客中だったので仕方なく私は隣のレジに立ち、この客が立ち去るのを待っていた。
「はは……? あ、歩! やっと来たね」
聞き覚えのあるその声に顔を上げると、宮川さんの接客の相手はなんとジャッ君だった。宮川さんはもう既にジャッ君と知り合いになっていたらしい。流石、自称マーケティング部長。
「あれ? ジャッ君どうしたの?」
「あ、なんだかつれないなぁー。キスまでした仲だって言うのに」
「こっ!? こらっ!」
――朝っぱらからジャッ君は何て事言うんだ。ほら、宮川さんだって口を押さえて驚いているじゃないかっ。
宮川さんは勿論、この私だってジャッ君のこういう何でも素直に口に出して言ってしまうところにまだ慣れていないと言うのに、当の本人はそんな事全く気にしていないようだから困る。
「あ、じゃあ宮川さん。ちょっとだけ歩をお借りしますね?」
「え?」
「ええ、どうぞごゆっくり」
「ありがとう。――さ、あゆむ行くよ?」
「は? え?」
ジャッ君においでおいでされるし宮川さんも笑顔で送り出してくれる。そんな二人に疑問を抱きつつ私はジャッ君と共に店の外へと出て行った。
向かった先は店の裏口。どうやらただ単に誰にも邪魔されずに話がしたかっただけの様だ。
しかし、お得意様という立場を利用してまで一体何の話がしたいのだろう。
「あのさ、コレ。歩が困るんじゃないかと思って持ってきたんだ」
「――? あ……有難う」
渡されたのは、私が忘れて帰って来てしまったあの時のジーンズ。きっちりとクリーニングの袋に入っていました。もう諦めていたから返されてもあまり喜べなかったりする。
「兄さんに『持っていってあげれば?』ってずっと言ってたんだけど、生返事するばかりでずっと置いたまんまでさ」
「ああ、そうなんだ」
やっぱり小田桐は怒ってるんだ。あんなに毎日のように店に来ていたのに、用があっても来ようとしないなんて。
「――何かあった?」
「ん?」
「いや、歩にクリーニングに出したって事を言いに行った日から、何だか兄さんの様子がおかしいんだ。だから、歩となんかあったのかなぁって」
「いや、別に何も無いけど」
心配そうな顔をして、覗き込んでくるジャッ君の目を正視することが出来ない。渡された紙袋の中をゴソゴソと見ては動揺しているのを悟られまいと必死だった。
「――あ、それと、この間は無理矢理キスしちゃってごめんね?」
「べ! べべべつにっ!!」
一瞬の内にあの時の事が思い出されて赤面した。そうだ、さっきは思わずスルーしちゃったけど、宮川さんにもちゃんと誤解を解いておかなければ。あの人の事だからきっと勘違いして店長や慎吾さん、その他諸々に吹聴して回るに違いない。しかも尾ヒレ付きでだ。
「本当はあそこまでするつもりじゃなかったんだけどねー、酔っ払ってたからついノリで。いやー二人が出て行った後、梨乃にこっぴどく叱られたよー、『話と違う』って」
「へ? あの時のアレって」
「うん。僕と梨乃の計画的犯行だよ?」
「はぁっ!?」
――な、なぁにが、『計画的犯行だよ?』よ! ウィンクとかまでかましちゃってんじゃないっての!
悪戯に笑うジャッ君に思わず見惚れながらも、私のファーストキスがジャッ君と梨乃さんで仕組まれた罠によって奪われたのだと言う事を知り、動悸息切れ眩暈が一斉に押し寄せて来たみたいで倒れそうになる。
ジャッ君って昔からこんな人だっただろうか。
まぁ、でもあの小田桐も七年前と今では変わったと思うところが沢山ある。主に、男のクセに妙な色気がある所とか、こんな私にさえも『やらせろ』とかトンデモ発言をしちゃう所とか。一言で言うとエロさが増した。と言う事だろうか。
七年の月日って大きいんだなぁっと、目の前の天使の様な微笑を浮かべているジャッ君を見つめながらそんな事を考えていた。
「……で、何の為にそんな計画練ったの!?」
「えー? だってさ二人を見てるとイライラするんだよ。二人とも好き同士なんでしょ?」
「は、はいぃ!?」
「だからー、そんなウブでかわいい二人でもきっかけさえ与えてあげれば、後は芋づる式にーって、梨乃がね」
「え? もしかして梨乃さんが言い出したの?」
「そうだよ? 本当は抱きつくだけだったんだけど、ついつい、ね。でも、結果オーライだったし別にいいよね?」
「いやいやいや……」
――良くないっての!! 私があの後、どんだけ怖い思いをしたと思ってるんだ!
そんな事口に出して言おうもんなら、じゃあ何があったのかときっと問い詰められる。言い返したい気持ちをぐっと堪えて私は仕方なく苦笑いを浮かべていた。
にしても、何で梨乃さんが私と小田桐をくっつけるような計画を思いついたんだろう。梨乃さんは小田桐の事好きじゃないのだろうか。
「でもさ、……梨乃さんは小田桐の事、好きなんじゃないの?」
「え?」
こんな事ジャッ君に聞くのはいけないとは思ったけど、聞かずには居れなかった。
ジャッ君は私の言った事に対し、瞬きもせずじーっと私の顔を見つめている。その顔はまるで何を聞かれたのかわからないと言う風な表情をしていた。
しばらくして、『ああ、そうか。歩は知らないのか』って意味深なセリフをポツリと呟いたと思ったら次ににんまりと楽しそうな顔に変わった。それがやけに気味が悪い。
「え? なになに? 教えてよ」
「あー、いや、うん。世の中にはさ、知らなくてもいい事だってあると思うんだ」
「……そうじゃないでしょ。“教えない方が面白くなりそう”って顔に書いてあるよ」
「あ、バレたか」
屈託の無い笑顔を見せているジャッ君に、それ以上何も言えず私は溜息を零した。
それにしても、やっぱり私が小田桐の事を好きだと周りに思われていると言う事に軽くショックを受ける。しかも小田桐までもが私を好きとかありえない事まで言い出す始末だ。呆れてものも言えない。普通、好きな相手に対して何度も襲い掛かったり、人を馬鹿にするような暴言吐いたりしないと思うんだけどな。一体、何を根拠にそんなとんでもない話になってしまったのだろうか。
「それじゃあ、仕事中なのに時間とらせちゃってごめんね」
「あ、ううん。……あ、そうだ。私も梨乃さんの服を返さないといけないんだけど」
小田桐と顔を合わせ辛かった私は、ジャッ君に持って帰ってもらえるかなとあつかましい考えをしていたが、あっさりと拒否されてしまった。と言うのも、今日これからジャッ君は一旦アメリカに帰るらしいのだ。『恋人が待ってるから』とサラッと言ってのけたが、流石にこう連続でびっくりさせられてしまうと私も耐性がついてしまったのか、その事に関してさほどの驚きはなかった。
「明日さ、僕たちの誕生日なんだ。兄さんなら七時頃には家に居る筈だからその頃に持っていったらどうかな?」
『最後のチャンスだよ、しっかりね』と、ジャッ君はウィンクを放ち、早々とアメリカへと旅立っていった。
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