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第一部 第1章 再会してしまいました
第3話〜恋する乙女は盲目ナリ〜
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「あら? 芳野さん。今日は昼勤なの?」
「ええ、そうなんですよ、望月さん」
正確に言うと“今日も”ですが。って、昨日も確かこんなやりとりが脳内で行われた様な気がする。
私は今日も昼勤である。確か昨日も代理で昼勤務をして、一旦家に帰って少しだけ休んで又夜勤をしたはず。もう流石に疲れ果て、まさに泥のように眠っていたら悪夢の再来か。又二時間程寝たところでけたたましく電話が鳴り響いた。
どうも巷では最近の電話と言うものは、留守番電話と言う機能が当たり前のようについているらしい。しかもなにやらファックスと言う大そう優れた機能がついているものもあるそうな。
道端で中学生が意味を判って言っているのかどうかは判らないが、クイズ形式で“ファックス”と言う言葉の文字を一字入れ替え、それを女の子に言わせてみてはニヤニヤと嬉しそうにしている光景を何度か見た事がある。
そんな、お留守番もいやらしい妄想すらも出来ない我が家の電話は、鳴ったが最後。受話器を取るか、放置するか、線を抜いてしまうか、しか選択肢が残されていないのだ。時間的に誰からの電話なのか取らなくても判る私は、店長の困った顔がチラついてオチオチ眠る事も出来やしない。
なので、今朝も爽やかな朝日と共に、このコンビニにやって来たのだ。
ただでさえ、極度の睡眠不足のせいで目がしょぼしょぼしていると言うのに、朝日と望月さんの眩しさのダブルパンチをもろに受け、まさにダウン寸前であった。
「ねぇ、芳野さん。もし良かったら、私も慎吾さんみたいに“歩ちゃん”って呼んでもいいかしら?」
「え? ええ、全然いいですよ」
「わぁ、本当? じゃあ、芳野さ……、じゃなかった、あゆむちゃんも“輝ちゃん”って呼んでね」
「はぁ」
望月輝子さん、二十八歳。会社を経営している父を持つ生まれながらのお嬢様で、私の周りには今までいなかったタイプの人。ジーパンとTシャツ、髪は朝一度梳かしただけの私と比べ、輝ちゃんはいつも女の子らしいふわふわとしたワンピースとローヒールのパンプスを履き、艶のあるストレートの髪を頭頂部で一つにまとめテールを揺らしている。そんな可憐な出で立ちの上に青と白の縞々模様の制服を着て居るのだから、色んな意味で眩しい人であった。
昼勤務のバイトさんなのでそうそう会うことも無く、そもそもお金に困ってるような人ではなさそうなのになぜバイトなんてしているのだろうと常々思っていた。
バイトをしている事自体も不思議ではあるが、当の本人も働くという事にあまり意欲が湧かない様で、昨日みたいに突然休んだりするから他のバイトや宮川家にしわ寄せが来たりする。しかも、全く悪気はないと言うから厄介だった。
噂によると、どうやらバイトは輝ちゃんのお母さんが花嫁修業的にやらせているものらしいが、コンビニのアルバイトで一体何を学ばせたいのだろうか。
「ねね、昨日のお昼って慎吾さんだったんでしょ? シフト読み間違えちゃった。休むんじゃ無かったな」
そして驚くことに、あの慎吾さんが好きらしいのだ。己の発言に悪びれることもなくそう言うと、ころころと愛くるしい笑顔を見せた。
この店のシフト表はアルバイトのみが組まれていて、宮川さん一家は特に名前が記されていない。まずはアルバイトの希望を聞いて、足りないところを一家で補う。という感じになっている。そして、この輝ちゃんは日ごろのシフトを読み、慎吾さんが出る日と出ない日を大体把握出来ると言うのだから、愛の力は計り知れないのだなと思わず感心してしまった。
て、言うか、今はそんな所に感心するより、誰の所為で私がこんな連勤地獄になっているかを教えてあげた方がいいんじゃないだろうか。
どんな反応が返って来るかとドキドキしながら、思い切って言ってみる事にした。
「私、昨日も夜勤明けの昼勤だったんですよね。ま、今日もそうなるんですが」
若干、遠まわし気味ではあったが、普通の人なら何が言いたいのか理解できるだろう。だが、ある意味期待を裏切らない輝ちゃんは、私の言葉を明後日の方向に解釈していた。
「え? そうなの? ……歩ちゃん、そんなにお金に困ってるんだ」
――って、何故にそうなる!?
しかも私の両手を掬い上げ、輝ちゃん特有の慈愛に満ち溢れた濡れた瞳で、黙って私を見上げるというオプション付きであった。
――もうイヤ、この人……
決して悪意があって言っているわけではないとわかっているからこそ、彼女を傷つけない様に理解させるのは極めて困難だった。
「や、あのですね」
「それはそうと!」
「ええ?」
パッと手を離すと、あっさり話を切り替えた。この変わり身の速さは見習いたいものである。
「昨日暇だったからお家でビデオ鑑賞してたんだけど、歩ちゃんトミー・クルーズってアメリカの俳優さん、知ってる?」
――ひ、暇だったのか……
心の中の声は決して発せられることは無かった。
「あ、ああ、はい。コックス・テールに出てる人ですよね? あの、やたらお酒の入った瓶を振り回している」
「そうなの! あの俳優さん、慎吾さんに凄く似てるわよね」
「え? 一体どこが……」
両手で頬を覆い、トミーさんを思い浮かべて居るのか慎吾さんを思い浮かべて居るのかはわかないけれども、とにかく自分の世界に入り込んでしまったようだ。
私は慎吾さんのどこがトミー・クルーズに似ているのかすら判らず、どうにも話をあわせられずにいた。
――似てるってどこがだろう? カクテルを巧みに作り上げる所と、絶妙なタイミングでから揚げちゃんを揚げる所とか?
あれ程お兄ちゃん的存在だと慕っていた慎吾さんをそんな風に思うようになってしまったのは、昨日の一件があった所為だった。
思い出すのも腹が立つ。私の大ッ嫌いな小田桐に首根っこを掴まれ、店から引き摺り出されたのだが、その時両手を伸ばして慎吾さんに助けを求めたというのに当の慎吾さんはただじっと見送っているだけだった。
結局の所、慎吾さんはあの時突然の事で驚いたには驚いたけど、小田桐から滲み出るいかにもな威圧感に向かっていく勇気が出なかったらしい。
自分の店のバイトが拉致されていると言うのに黙って見てるだけなんてと、全くもって慎吾さんには失望した。
そんな私を余所に、輝ちゃんは相変わらずキラキラと目を輝かせ、両手を組んだ。
「目元とか、トミーと似てない?」
「は!? 似てるって、まさか顔がって事ですか!?」
「“顔が”じゃなくてね。奥二重なところと、笑ったら目尻が下がるって言う所だよ」
「は、はぁ」
顔の一部分が似ていると言う以前に、“様式”が似ている……とでも言いたいのだろうか。A4のコピー用紙と、同じくA4サイズのダンボール紙を並べて、A4な所がそっくりって事を言いたいのだろうか。だけどそんな事言ったら、慎吾さんに似た人なんてごまんと居るだろう。
そもそも、トミーさんの目って奥二重なのかも疑問だ。
「それって、流石に慎吾さんに失礼過ぎやしませんかね。仮にも輝ちゃんの好きな人だと言うの、に……、ぐほっ!」
って言うと、本気で照れた輝ちゃんに背中を思いっきり叩かれてしまった。この人は手加減と言うものを知らない。
「イタタ……って? あ、もうこんな時間。“恐怖の昼休み”の前に在庫補充行ってきます」
「あ、はーい、宜しく」
輝ちゃんの慎吾さんネタが過熱する前に、この場から離れようと上手く理由をつけてバックルームへと逃げ込んだ。
「ん? もうお水が無くなってるな」
とうとう水にお金を出してまで買う時代になったのか、と、ひとりごちると商品が並べられている冷蔵庫の裏側へと向かった。ここは保管庫兼冷蔵庫となっていて、裏側から商品を補充すれば先入先出の必要もなくとても便利。保管庫に置いてあるダンボールの中からペットボトルを数本取り出すと冷蔵庫の扉を開け、いつものようにペットボトルを陳列しようとした。
「……? ――うわっ!!」
「おい。“俺”の水がないぞ」
何かしらの違和感を感じる。薄暗い保管庫から明るい店内側に目をやると、あろう事か冷蔵庫を挟んだ向こう側に、鋭い目つきで私を睨む小田桐が居た。
「ええ、そうなんですよ、望月さん」
正確に言うと“今日も”ですが。って、昨日も確かこんなやりとりが脳内で行われた様な気がする。
私は今日も昼勤である。確か昨日も代理で昼勤務をして、一旦家に帰って少しだけ休んで又夜勤をしたはず。もう流石に疲れ果て、まさに泥のように眠っていたら悪夢の再来か。又二時間程寝たところでけたたましく電話が鳴り響いた。
どうも巷では最近の電話と言うものは、留守番電話と言う機能が当たり前のようについているらしい。しかもなにやらファックスと言う大そう優れた機能がついているものもあるそうな。
道端で中学生が意味を判って言っているのかどうかは判らないが、クイズ形式で“ファックス”と言う言葉の文字を一字入れ替え、それを女の子に言わせてみてはニヤニヤと嬉しそうにしている光景を何度か見た事がある。
そんな、お留守番もいやらしい妄想すらも出来ない我が家の電話は、鳴ったが最後。受話器を取るか、放置するか、線を抜いてしまうか、しか選択肢が残されていないのだ。時間的に誰からの電話なのか取らなくても判る私は、店長の困った顔がチラついてオチオチ眠る事も出来やしない。
なので、今朝も爽やかな朝日と共に、このコンビニにやって来たのだ。
ただでさえ、極度の睡眠不足のせいで目がしょぼしょぼしていると言うのに、朝日と望月さんの眩しさのダブルパンチをもろに受け、まさにダウン寸前であった。
「ねぇ、芳野さん。もし良かったら、私も慎吾さんみたいに“歩ちゃん”って呼んでもいいかしら?」
「え? ええ、全然いいですよ」
「わぁ、本当? じゃあ、芳野さ……、じゃなかった、あゆむちゃんも“輝ちゃん”って呼んでね」
「はぁ」
望月輝子さん、二十八歳。会社を経営している父を持つ生まれながらのお嬢様で、私の周りには今までいなかったタイプの人。ジーパンとTシャツ、髪は朝一度梳かしただけの私と比べ、輝ちゃんはいつも女の子らしいふわふわとしたワンピースとローヒールのパンプスを履き、艶のあるストレートの髪を頭頂部で一つにまとめテールを揺らしている。そんな可憐な出で立ちの上に青と白の縞々模様の制服を着て居るのだから、色んな意味で眩しい人であった。
昼勤務のバイトさんなのでそうそう会うことも無く、そもそもお金に困ってるような人ではなさそうなのになぜバイトなんてしているのだろうと常々思っていた。
バイトをしている事自体も不思議ではあるが、当の本人も働くという事にあまり意欲が湧かない様で、昨日みたいに突然休んだりするから他のバイトや宮川家にしわ寄せが来たりする。しかも、全く悪気はないと言うから厄介だった。
噂によると、どうやらバイトは輝ちゃんのお母さんが花嫁修業的にやらせているものらしいが、コンビニのアルバイトで一体何を学ばせたいのだろうか。
「ねね、昨日のお昼って慎吾さんだったんでしょ? シフト読み間違えちゃった。休むんじゃ無かったな」
そして驚くことに、あの慎吾さんが好きらしいのだ。己の発言に悪びれることもなくそう言うと、ころころと愛くるしい笑顔を見せた。
この店のシフト表はアルバイトのみが組まれていて、宮川さん一家は特に名前が記されていない。まずはアルバイトの希望を聞いて、足りないところを一家で補う。という感じになっている。そして、この輝ちゃんは日ごろのシフトを読み、慎吾さんが出る日と出ない日を大体把握出来ると言うのだから、愛の力は計り知れないのだなと思わず感心してしまった。
て、言うか、今はそんな所に感心するより、誰の所為で私がこんな連勤地獄になっているかを教えてあげた方がいいんじゃないだろうか。
どんな反応が返って来るかとドキドキしながら、思い切って言ってみる事にした。
「私、昨日も夜勤明けの昼勤だったんですよね。ま、今日もそうなるんですが」
若干、遠まわし気味ではあったが、普通の人なら何が言いたいのか理解できるだろう。だが、ある意味期待を裏切らない輝ちゃんは、私の言葉を明後日の方向に解釈していた。
「え? そうなの? ……歩ちゃん、そんなにお金に困ってるんだ」
――って、何故にそうなる!?
しかも私の両手を掬い上げ、輝ちゃん特有の慈愛に満ち溢れた濡れた瞳で、黙って私を見上げるというオプション付きであった。
――もうイヤ、この人……
決して悪意があって言っているわけではないとわかっているからこそ、彼女を傷つけない様に理解させるのは極めて困難だった。
「や、あのですね」
「それはそうと!」
「ええ?」
パッと手を離すと、あっさり話を切り替えた。この変わり身の速さは見習いたいものである。
「昨日暇だったからお家でビデオ鑑賞してたんだけど、歩ちゃんトミー・クルーズってアメリカの俳優さん、知ってる?」
――ひ、暇だったのか……
心の中の声は決して発せられることは無かった。
「あ、ああ、はい。コックス・テールに出てる人ですよね? あの、やたらお酒の入った瓶を振り回している」
「そうなの! あの俳優さん、慎吾さんに凄く似てるわよね」
「え? 一体どこが……」
両手で頬を覆い、トミーさんを思い浮かべて居るのか慎吾さんを思い浮かべて居るのかはわかないけれども、とにかく自分の世界に入り込んでしまったようだ。
私は慎吾さんのどこがトミー・クルーズに似ているのかすら判らず、どうにも話をあわせられずにいた。
――似てるってどこがだろう? カクテルを巧みに作り上げる所と、絶妙なタイミングでから揚げちゃんを揚げる所とか?
あれ程お兄ちゃん的存在だと慕っていた慎吾さんをそんな風に思うようになってしまったのは、昨日の一件があった所為だった。
思い出すのも腹が立つ。私の大ッ嫌いな小田桐に首根っこを掴まれ、店から引き摺り出されたのだが、その時両手を伸ばして慎吾さんに助けを求めたというのに当の慎吾さんはただじっと見送っているだけだった。
結局の所、慎吾さんはあの時突然の事で驚いたには驚いたけど、小田桐から滲み出るいかにもな威圧感に向かっていく勇気が出なかったらしい。
自分の店のバイトが拉致されていると言うのに黙って見てるだけなんてと、全くもって慎吾さんには失望した。
そんな私を余所に、輝ちゃんは相変わらずキラキラと目を輝かせ、両手を組んだ。
「目元とか、トミーと似てない?」
「は!? 似てるって、まさか顔がって事ですか!?」
「“顔が”じゃなくてね。奥二重なところと、笑ったら目尻が下がるって言う所だよ」
「は、はぁ」
顔の一部分が似ていると言う以前に、“様式”が似ている……とでも言いたいのだろうか。A4のコピー用紙と、同じくA4サイズのダンボール紙を並べて、A4な所がそっくりって事を言いたいのだろうか。だけどそんな事言ったら、慎吾さんに似た人なんてごまんと居るだろう。
そもそも、トミーさんの目って奥二重なのかも疑問だ。
「それって、流石に慎吾さんに失礼過ぎやしませんかね。仮にも輝ちゃんの好きな人だと言うの、に……、ぐほっ!」
って言うと、本気で照れた輝ちゃんに背中を思いっきり叩かれてしまった。この人は手加減と言うものを知らない。
「イタタ……って? あ、もうこんな時間。“恐怖の昼休み”の前に在庫補充行ってきます」
「あ、はーい、宜しく」
輝ちゃんの慎吾さんネタが過熱する前に、この場から離れようと上手く理由をつけてバックルームへと逃げ込んだ。
「ん? もうお水が無くなってるな」
とうとう水にお金を出してまで買う時代になったのか、と、ひとりごちると商品が並べられている冷蔵庫の裏側へと向かった。ここは保管庫兼冷蔵庫となっていて、裏側から商品を補充すれば先入先出の必要もなくとても便利。保管庫に置いてあるダンボールの中からペットボトルを数本取り出すと冷蔵庫の扉を開け、いつものようにペットボトルを陳列しようとした。
「……? ――うわっ!!」
「おい。“俺”の水がないぞ」
何かしらの違和感を感じる。薄暗い保管庫から明るい店内側に目をやると、あろう事か冷蔵庫を挟んだ向こう側に、鋭い目つきで私を睨む小田桐が居た。
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