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第一章 赤いゼラニウム

11.優しい殿方

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「こういう場所って、ダンジョンの中にいくつかあるのでしょうか?」
「あんまり見かけませんけど、魔王城ここにはあるみたいですね」

 エイルさんが部屋を見渡しながら口にした疑問に、僕は答えた。
 彼女の疑問はもっともなことだと思う。

 今僕たちは、森の中の休憩小屋──というよりも、もうこれは宿泊可能なロッジに近いそこそこ立派な建物にいる。
 丸太を組み合わせて作られた建物は趣もあり、天井も高く開放感がある。大きなリビングスペースには六人くらい一緒に食事ができる大きな机があり、暖炉まである。奥にはベッドルームが四部屋あって、なんとお風呂まで完備されている。近くに川があるからそこから水を汲んでくる形だけれど、僕たちの場合はマリアさんが水魔法を使えるから簡単に利用できる。キッチンスペースも完備されていて、一般的な家族が住む家より立派だ。
 探索の中で、このロッジを見つけることができたのだから、僕たちは幸運だろう。

 マオちゃんはベッドルームのベッドで眠っている。まだ意識は回復していないけれど、エイルさんが献身的に診てくれているから容体は安定しているようだ。

「細かいことは良いじゃないですか。便利に使わせてもらいましょうよー」

 そう言うマリアさんは、テーブルに突っ伏してとてもリラックスしている様子だ。リラックスしすぎていると言ってもいい。気持ちは良く分かるけどね。

 リビングスペースのテーブルには僕たち三人がいる。
 それぞれの前には、エイルさんが淹れてくれたハーブティ。コップは、このロッジにあったものを利用している。本当に至れり尽くせりだ。

 ロッジとその周辺は、マリアさんの結界魔術を使って保護してもらっているので、魔物が襲ってくる心配はない。この前のような侵入者はくる可能性があるけれど、一応対策も講じているので前回よりは安心できる。
 休めるときに休むのも大事なことだから、マリアさんにはしっかり休んでいてもらおうと思う。


「快適ですよー。木の香りが心地良いし、ハーブティは美味しいし。はふー、癒される」
「しっかり体を休めてください。ここを発見できたのは、マリアさんのお陰ですから」
「えへへ。ノアさん優しー。大好き」
「ありがとうございます」

 「あれれ、おかしいな。ここで照れてくれる筈なのに」なんて言っているマリアさんを横目に見ながら、僕はハーブティを飲み干して立ち上がった。

「どちらへ行かれるのですか?」
「時間があるので、近くで食べられそうなものが無いか見てきます」
「それなら私も一緒に……」
「エイルさんも休んでいてください。マオちゃんの看病とかもしていただいているので、僕だけで大丈夫ですよ。遠くには行きませんから」

 そう言って、僕はロッジを出た。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



■□■---Side: エイル---■□■



 ノアさんがロッジを出るのを見送った私は、ハーブティのカップに口をつけました。
 うん、自分で淹れたものだけれど良い塩梅だと思います。ダンジョン内で見つけたハーブを独自にブレンドしたものですが、爽やかな口当たりで飲みやすい味に仕上がっています。


「ノアさんは働き者ですね~」

 マリアさんの言葉に、私は首肯だけ返します。

「多分、今外に行かれた一番の理由は、現在位置を確かめる為ですよね。食料調達なんて嘘つかなくて良いのに」
「そうだと思います」

 この場所を発見できたのは、本当に偶然です。
 マリアさんの転移魔術・・・・で何度も転移を繰り返している間に、偶々発見できたのがこのロッジなのですから。

 破界のネックレスを使った疑似『転移』ではなく、正真正銘、本物の転移魔術を、マリアさんは身に着けてしまいました。彼女の魔術の才能は本物です。
 疑似とは言え、転移現象を何度も体験できたからこそ習得できたと言っていましたが、同じだけ体験した私は全く理解できないので、私以上の才能があることは間違いありません。

 ただ、それで何度も転移を繰り返した結果、本当に現在位置が分からなくなってしまったのは痛手でした。
 私もマリアさんも方向感覚が、その……、あまり優れておりませんので、現在位置は把握できておりませんでした。しかし、あまりにも転移を繰り返してしまったことで、ノアさんも現在位置が把握できなくなってしまったようなのです。
 ノアさんがはっきりとそう仰られたわけではありませんが、疑似『転移』を繰り返していた頃からそのような独り言を呟いておられたので、きっと間違えありません。
 私たちにはっきりと言わないのは、ノアさんの心遣いなんだと思います。……もしかすると方向感覚では戦力外だと思われているからかも知れませんが、きっとノアさんなりの優しさに違いありません。そうだと思っています。


「良いですよねぇ、ノアさん。そう思いません?」
「はい。……はぇ?」

 私、何と聞かれました? というか、私、何と答えました?!
 思わず顔が、耳が熱くなるのを感じます。

「あら、素直に認めるんですね」
「ち、違いますっ。いえ、違わないですけど、そうではなくてですね、えぇと……」
「エイルさんはああいう殿方がタイプなのですね~」
「うう……っ」

 絶大な勘違いをされてしまった気がします。恥ずかしさが勝って思わず否定してしまいましたが、本当に勘違いなのでしょうか……。
 あまりにも自然に零れた言葉だったと思います。
 確かに整ったお顔をしていますし、礼儀正しいですし、優しいです。でも、だからと言って。

「恥ずかしがること無いじゃないですか。ノアさんは素敵な殿方だと思いますよ」

 満面の笑みのマリアさん。


 ですが。


「私もそう思いますから」


 ぞくりと、背筋に寒気を覚えました。
 まるで龍に睨みつけられたかのように体が動かなくなり、電撃のような怖気が体を奔りました。
 真っ赤なマリアさんの双眸に見つめられ、蛇に睨まれた蛙のように。息をすることすら忘れ。

 笑顔なのに、睨まれているような。


「ね?」

 でも、小首を傾げ、改めて笑みを深くするマリアさんを見ると、恐怖に似た感情は初めから無かったかのように消え去ります。
 本当に一瞬の出来事。何かの勘違いではないかと思うような落差。


 思わず私は立ち上がりました。

「マオちゃんの様子を診てきます」
「はぁい、よろしくお願いします。エイルさんも、休んで下さいね」
「はい、ありがとうございます」

 ひらひらと手を振るマリアさんに、私は軽く頭を下げてから、部屋を出ました。



 ──マオちゃんの眠る部屋へと行き、後ろ手に扉を閉めます。

 そこで、私は大きく息を吐きました。


 部屋の隅にあるベッドには、マオちゃんが眠っています。

 相変わらず目を覚ます様子はありません。
 ただ眠っているように見えますが、いつまでたっても魔力が一定以上回復しない状況です。

 そんなマオちゃんの顔を見て、私は漸く平静を取り戻せたような気がしました。


「……しっかりしないと」

 そう言って、私は両頬を叩いてから、マオちゃんの容態を確認し始めました。

 マオちゃんは私の患者です。
 私の気持ちなんかよりも、患者さんを救うことこそが私の使命なのだから。

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