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第一章
16.無情な一撃
しおりを挟む(かなり、厳しいですね……)
私――マリアベルは、今自分達が置かれている状況を、そう分析しました。
――いえ、分析というほどのことではありません。考えるまでもなく、危機的な状況です。
スケルトン軍隊に囲まれた時から、嫌な予感はしていましたが、悪い予想が悉く現実のものになってしまった状況が、まさに今です。
私のような小娘が言うのは烏滸がましいかも知れませんが、これまで、聖女として色々な場所で活動してきた経験から考えても、【祝福された炎】は良いパーティとは言えない気がします。
勿論、実力のあるパーティだとは思いますが、Sランク――国の顔となるようなパーティかと言われると、少し疑問が残ります。
リーダのハンスさんは、やや粗野で軽い印象を受けますが、冒険者の方はそういった性格の方も多いので、それは特別悪いとは思いません。
裏を返せば、勇敢で行動力があるということでもありますからね。
しかし、戦闘に関しては弱点があるように思えました。
簡単に言うと、格上相手の戦いが弱点であるということです。
良いパーティでは、相手が格上であっても、実力差が開きすぎていなければ、メンバ間で連携して圧倒します。ですが、ハンスさんは、スキルの威力任せで前に出る癖があり、連携も、自分の補助をメンバに求めるような立ち回りを要求します。
だから、格下や同程度の実力の相手であれば、戦闘を有利に進めることが出来ますが、ハンスさんが敵わない相手には手も足も出なくなります。
本来であれば、ステラさんやアネッサさんがそれを指摘すべきなのでしょうけれど、ハンスさんにそういう意見はしないようです。
――アーデルハイトさんに対するハンスさんの態度と、それを目の当たりにした二人の様子を見ると、……やっぱり、とは思ってしまいますが。
ステラさんやアネッサさんも、個人の実力は高いと思います。でも、ハンスさんに無条件で従ってしまうところが玉に瑕です。
フリッツさんは……、ご自分の意思を殆ど示さない方なので良く分かりませんが、積極的にパーティの問題を解決しようとはされないようです。
なので、【祝福された炎】というパーティは、良くも悪くもハンスさん頼みのパーティという事になってしまっています。
アーデルハイトさんも、このことには気付いているようでした。
ただ、私と同じで、その辺りのことを指摘できない侭、ここまで来てしまいました。
今だから言えることですが、仮に関係が悪くなったとしても、きちんと指摘していればと後悔しています。
もしそうしていたなら、今という状況が少しは変わっていたかも知れませんから――。
私が使用した魔術、≪賢明なる光の神≫は、その名の通り、光の神様の御加護を現世に顕現させるものです。
効果は絶大で、特にアンデッドに属する魔物の活動を著しく制限します。実際、スケルトンソルジャー達は、スケルトンキングやジェネラルの存在により、かなり強化されている状態でしたが、まともに動くことが出来なくなっていました。
そして、彼の光の神様は防御にも優れた神様です。その恩恵を受け、私はほぼ全ての攻撃を無効化してしまう防御力を得ることが出来ます。
強力な術なので、魔力の消費が激しいことと、長く維持することが難しいことは欠点ではありますが、あの場では必要な魔術だったと思っています。
致命傷ではないにせよ、重傷のステラさんを助ける為にも、加護領域は必須でした。
ポーションで何とか応急処置は済ませることができたようですが、ステラさんは未だ気を失った侭です。
私が回復魔術を掛ければ意識を取り戻せるかも知れませんが、流石にその余裕は無さそうです。
フリッツさんは動けないステラさんを守りながら、矢で援護射撃をしてくれています。
ヘイトを稼ぎすぎないよう、最小限の矢数で役割を果たしている様は圧巻です。優秀な仕事ぶりだと思います。
開戦早々にステラさんとフリッツさんがほぼ無力化されてしまったことは痛手でしたが、その分、アーデルハイトさんは獅子奮迅の活躍を見せてくれました。
見惚れる程鮮やかな双剣捌きと、強力なエンチャントで、一人で一○○体以上のスケルトンソルジャーを圧倒する様は、まさに戦場に舞い降りたヴァルキュリアそのものでした。
それだけではありません。スケルトンジェネラルも、二体、危なげなく倒してしまいました。
ハンスさんとアネッサさんも、最初は相手の連携に苦戦していましたが、二人で七○体ほどのスケルトンソルジャーと、一体のスケルトンジェネラルを倒してくれました。
しかし、半数以上の敵を倒してもなお、まだかなりのスケルトン達が立ちはだかります。
スケルトンジェネラル二体、スケルトンキング一体。これが残りの大物達です。
スケルトンジェネラルを三体倒したお陰で、スケルトンソルジャー達の強さはやや緩和されましたが、それでもまだ気を抜ける状況ではありません。
人間の軍隊が相手であれば、半数以上倒した時点で相手は潰走してもおかしくありませんが、相手はまさに死兵。最後の一体になるまで、戦いの手を緩めてはくれません。
ですから、ここはまず、敵の数を減らし、なるべく私達に有利な状況に変えていくべきところだと思うのですが……。
「ええい、このままじゃキリが無い。ついてこい、アネッサ!」
敵の多さにしびれを切らしたハンスさんが叫びました。
それに呼応するように、アネッサさんがハンスさんのすぐ後ろを付いて行きます。
「待ちなさい!」
きっとアーデルハイトさんは、ハンスさんの目的に気付いたのでしょう。
私も思わず口を開きかけてしまいました。
ハンスさんが狙ったのは、スケルトンキングです。
確かに、スケルトンキングはこの軍隊の要ですし、スケルトンソルジャーだけでなく、スケルトンジェネラルすらも強化しているのですから、討伐できれば一気に楽になります。
しかし、まだ無理なのです。
アーデルハイトさんが常に狙っているのに、未だ攻めあぐねているのだから。
ですが、私の術もあと一分は保たないでしょう。
せめて、アーデルハイトさんがスケルトンジェネラルを突破出来たタイミングでと思っていましたが――
私は、腰のポーチから白い晶石を取り出します。
珍しい、光属性を持つ魔物から取れた魔晶石を精練したものです。
「アーデルハイトさん、ハンスさん、援護します!」
≪賢明なる光の神≫の強化――。
光属性の力を秘めた晶石で、術を強化します。
晶石を掲げることで、一時的に私の魔力が底上げされ、≪賢明なる光の神≫の威力が強化される仕組みです。
その分、私の身体への負担が上がりますが、このタイミングをチャンスに変えなければ、勝てないかも知れないのだから――。
光の領域が輝きを増し、私達を癒します。
そして、輝きが影を退け、スケルトン軍隊の動きを更に封じます。
腕すら動かせなくなったスケルトンソルジャー達が、棒立ち状態に追い込まれます。
スケルトンジェネラルも、見るからに動きが鈍っています。
「ありがとう! 流石ね」
アーデルハイトさんが纏う魔力が、一層強くなりました。
彼女も、最後に残していたらしい力を開放したようです。
彼女の双剣が煌めき、一気に、スケルトンジェネラルまでの道を開きます。
棒立ち状態のスケルトンソルジャー達が、まるで木の葉を散らすかのように屠られ、彼女とスケルトンジェネラルの間の障害が無くなりました。
その間を一息に駆け抜け、目にも止まらぬ速さでスケルトンジェネラルに肉薄すると、勢いそのままに、彼の魔物の核があるであろう胸部を斬りつけました。スケルトンジェネラルは立派な鎧を着けていますが、その鎧をバターの様に切り裂いて、同時に核までも破断する必殺の一撃です。
実に鮮やかな攻撃でした。
ですが、敵はその隙に、アーデルハイトさんの背後を取っていました。
「仲間がやられたのよ。もう少し悔しがるとか、怯むとか、してくれないかしら」
背後からの斬撃を、アーデルハイトさんは双剣で受け止めます。
――ですが、何か変です。
「大丈夫ですか?! アーデルハイトさん!」
「え、えぇ。これはもしかして……ッ」
今までは、スケルトンジェネラルの剣を防ぎ、受け流したり弾き返したりしていたアーデルハイトさんが、そのどちらも出来ずに押し込まれています。
「まさか、加護を集中させた?」
アーデルハイトさんの呟きに、はっとさせられました。
他のスケルトンソルジャー達は、私の術によって、動けはしないものの、何とか動こうと抵抗を見せていました。しかし、今はその僅かな抵抗すら諦め、完全に棒立ちになっています。
その代わり、アーデルハイトさんを攻め立てているスケルトンジェネラルは、私の目から見ても、明らかに動きが良くなっているように見えます。
「数の利を捨てられた――」
動けないなら、無理には動かさないという事なのでしょう。
どうせ的になるだけなら加護を切り、唯一動ける者に集中させる。
やられました。
私のブーストは、一度発動したら止められませんし、狙った相手だけに強く作用させるようなことも出来ません。
まさか、こんな方法で加護領域が対策されるなんて……。
「心配無いわよ。倒す数が減ったのだから」
目の前のコイツさえ倒せば、あとはキングだけ。
アーデルハイトさんがスケルトンジェネラルの剣を弾き返しました。更に、魔力が高まっています。
もう、私の目では追うことすら難しいスピードの剣撃がスケルトンジェネラルを襲います。
敵は何とか凌いでいるようですが、徐々に押し込まれていくのが分かりました。
流石としか言いようがありません。
圧倒的な手数で、アーデルハイトさんはスケルトンジェネラルの剣を弾き飛ばし、がら空きとなった胸部を切りつけました。
またも、バターのように鎧が切り裂かれ、スケルトンジェネラルが倒れます。
その瞬間でした。
「きゃああああっ!!」
「ぐあああああっ!!」
ハンスさんと、アネッサさんが、スケルトンキングの攻撃を受け、吹き飛ばされてしまいました。
「嘘でしょう?! 私が行くまでくらいは持たせなさいよね!」
スケルトンキングはハンスさん達は無視し、一気にアーデルハイトさんへと駆けました。
三メートル程ある身体に、立派な装飾の鎧を着込んでいるにも関わらず、凄まじいスピードです。
アーデルハイトさんは何とか振り返りましたが、既に攻撃モーションに入っているスケルトンキングの剣を回避することは出来ないと悟ったのでしょう。双剣をクロスして構え、防御の態勢を取りました。
「くああ……ッ」
防御の上からでもお構い無しに、スケルトンキングのツーハンドソードが振り下ろされました。
禍々しい闇の瘴気を纏った剣は、アーデルハイトさんを吹き飛ばします。
「大丈夫ですか?!」
私の術が効いているにも関わらず、あれだけの力を出すことが出来るスケルトンキング。恐らく、通常のスケルトンキングよりも強固な個体なのでしょう。
私は最後の力を振り絞って、術の力を更に高めますが、どれ程の効果が期待できるのか、正直不安です。
「ええ、攻撃後の隙を突かれただけ。防御も間に合ってるから、怪我は無いわ」
アーデルハイトさんは大丈夫な様子です。
「直ぐに倒してあげる。覚悟なさい!」
激しい剣撃でした。
アーデルハイトさんの魔力を帯びた双剣が、スケルトンキングに迫ります。
一度攻撃に入ったアーデルハイトさんは、スケルトンキングに一切攻撃させることなく、その手を完全に封じる程の剣撃を繰り出しています。
あの強力なツーハンドソードをもってしても、防御に専念せねばならない程、彼女の攻撃は苛烈でした。
一つ、また一つ、と、スケルトンキングの鎧に傷が付いていきます。
一歩、また一歩、と、スケルトンキングが後退します。
彼女はスケルトンキングを圧倒しています。
表情の無い魔物のため、傍目に焦りが見えるようなことはありませんが、低い呻き声のような音が、スケルトンキングの苦悶を表しているように思えました。
ツーハンドソードの刃が欠けています。
王冠のような頭部の棘が、幾つか切り落とされています。
アーデルハイトさんは、間違い無く、スケルトンキングを追い詰めました。
ですが――
「す、すいませ……ん……」
空間を支配していた光の領域が――消えました。
私が、もう限界でした――。
意識を失いそうな程の目眩。翳む視界。
スケルトンソルジャー達が、再び動き始めるのが見えました。
彼女は、アーデルハイトさんは……ッ。
スケルトンキングが、双剣を弾き飛ばし、ツーハンドソードを掲げているのが、うっすらと霞む視界に映りました。
「アーデルハイトさんっ」
さっきまでとは比べものにならない程の闇の瘴気を纏った大剣が、振り下ろされました――。
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