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第一章
15.まだ見ぬ誰かの窮地
しおりを挟む「あー、美味しいッ。これが燻製」
幸せそうに、燻製肉を頬張るフェリン。
≪美味しそうに食べるのぅ≫
「実際美味しいからね。初めて食べる味だよ」
≪妾もどうにかして味わえぬものか……≫
「ごめんねヴィクトリア、僕たちだけで食べちゃって」
≪主殿……。嗚呼、主殿の神力は美味じゃが、主殿の手料理が、手料理が……≫
「あ、あはは……」
食事の時には定番になりつつあるやりとりに、アーカイルが思わず苦笑した。
≪もう少し、あと少しで何か掴めそうなのじゃが……≫
『勝利の剣』ことヴィクトリアは、ぶつぶつと独り言を言い始めた。
「何か、食事になると独り言が多くなるね、ヴィクトリア」
「仕方ないよ。僕も、叶うならヴィクトリアと一緒に食事がしたいしね」
一人と一匹と一振りの種族の垣根どころか、生物の垣根すら越えた混成パーティだったが、意外な程にチームワークは良く、バランスも良いパーティだった。
圧倒的な実力で、どんな敵も屠ることが出来る神獣のフェリン。今は『グレイプニルの盟約』により、使い放題と言っても過言ではない神力を得ており、継戦能力も高くなっている。
ただ立っているだけでもフェリンの神力ポーション代わりになることが出来るアーカイル。
アーカイル自身も、装備や『グレイプニルの盟約』でBランク冒険者くらいの実力は十分に発揮出来ているため、お荷物という側面は全く無い。
そして、いざとなればアーカイルを自律的に守ることも出来る『勝利の剣』ことヴィクトリア。
≪む。主殿、どうやら魔物が三匹こちらに向かってきているようじゃ。移動速度は遅いが、このままだと数分後に鉢合わせるのぅ。恐らく三匹ともスケルトンジェネラルじゃ≫
ヴィクトリアは索敵能力にも優れていたのだ。
自動戦闘で敵を屠る為に必要な能力なのだが、このお陰で奇襲は全く受けていない。
「ボクの食事の邪魔をするなんて許せない。ちょっとやっつけてくる」
「ちょ、フェリン?!」
燻製肉をもぐもぐと咀嚼しながら駆けだしたフェリンを呼び止めようとしたが、子犬の影は既に遥か向こう。ダンジョンの暗がりに消えてしまった。
≪せっかちじゃのぅ≫
ヴィクトリアの呟きの少し後、フェリンが駆けて行った方向に、一瞬何かが光った。
「オオオォォォォ……」
何かの叫びが静かなダンジョンに響く。
「やっつけた?」
≪そのようじゃ。一瞬で魔物の気配が消えてしもうたの。フェリンの食事を邪魔するのは、妾達も気をつけた方が良さそうじゃ≫
「そ、そうだね……」
どうやら瞬殺だったようだ。
暫くすると、どこか機嫌が悪いフェリンが戻って来た。
「うー、骨を囓っちゃった。ジャリジャリする……」
ぺっ、ぺっ、と何かを吐き出すような仕草をしつつ、床に座り、壁に背を預けた状態のアーカイルの所までくるフェリン。
可愛い肉球をアーカイルの脚に置いて、つぶらな瞳で見上げる。
「水と、燻製肉のおかわりが欲しいな。折角口の中が幸せだったのに、骨さんのせいで台無しだよ」
「はいはい」
アーカイルは少しだけ苦笑いしつつ、マジックバッグから水と燻製肉を取り出した。
燻製肉から薫るのは、エルダートレントの薪の香りだ。木がそれしかなかったため使ったのだが、これがなかなか良い香りで、食欲を刺激する。
「わーい! いただきまーす」
まず水を口に含んだフェリンは、一気に燻製肉を頬張った。
「うーん、幸せー」
アーカイル達の向かう先に、敵となる障害は、今の所何も無かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
≪む……≫
相も変わらず順調にダンジョンを進むアーカイル達。
探索自体は順調だったが、アーカイルが自分で倒したスケルトンジェネラルの魔晶石を取っていた時に、ヴィクトリアが呟いた。
「どうしたの? ヴィクトリア」
≪進行方向に、誰かが居るようじゃ≫
「魔物?」
≪いや、この気配は人間……かの?≫
アーカイルの肩が、びくりと反応した。
最下層が何層になるのかが分からないまま、神獣の谷を上ってきているため、今自分たちが居る階層が何階層であるかは分からなかったが、上の階層に行けば行くほど、遭遇する可能性は上がる。
アーカイル自身も、その可能性には気付いていた。だからこそ、ヴィクトリアの言葉に過剰な反応を示したとも言えた。
フェリンはそんなアーカイルの様子をみつつ、洞窟のような通路へと視線をやった。
「ヴィクトリア、何人居るかわかるかい?」
≪うーん、多分五……、いや六人じゃな≫
「ハンス達だったら四人の筈じゃない?」
「いや、誰か新しい人を誘ったのかも知れない。四人以上の集団だったら、ハンス達の可能性が一番高いと思うよ」
アーカイルは、自分の頬を叩いた。
地上を目指せばこうなる可能性があることは、分かっていたのだ。
(それもこれも、全部織り込み済みで地上を目指すって決めたんじゃないか)
アーカイルの目に、光が灯る。
今は一人じゃ無い。
フェリンも、ヴィクトリアも居るのだ、と、今一度頬を叩いて気合いを入れる。
「あんまり気負わないでね、アル」
「ありがとう、フェリン。僕は大丈夫だよ。フェリンやヴィクトリアが居るからね」
そう言って笑うアーカイルは、さっきまでの調子を取り戻していた。
ただ、胸の内不安はまだあるのだろう。フェリンにも、ヴィクトリアにも、それは感じられたのだから。
「うん。何があってもボクが守るからね!」
≪妾もおるぞ、主殿。敵ならば、魔物も人も、等しく屠ってくれようぞ≫
「あはは、心強いよ」
仲間を得た今、アーカイルの心は幾分か軽くなっていた。
まだ知り合って時間は経っていないが、フェリンもヴィクトリアも、ちゃんとアーカイルを認めていて、信頼している。アーカイルも、二人のことを信頼しているし、信頼されていることを感じている。
(ぐじぐじするのはもう止めるんだ。こんな僕のことを信じてくれる二人の為にも、逃げることだけはしないって決めたんだ)
笑うアーカイル。
フェリンも釣られて笑うが、ちょうどそのタイミングで、ダンジョンが揺れた。
≪む?≫
ふらつくような揺れではない。微細な揺れではあったが、ダンジョンの中でそれを感じるというのは珍しい。
「なんか、魔力が溢れ出た?」
フェリンが警戒しつつ暗闇の先を見つめた。
≪うむ。どうやら件の六人がボスか何かの部屋に入ったのかの。それとも魔物をおびき寄せる罠にでも嵌まったか……。おぉ、三○○くらいの魔物に囲まれているようじゃ≫
「三○○?!」
アーカイルが驚きの声を上げた。
「わお。群体のボスなのかな?」
≪どうじゃろう。でも、当たらずとも遠からずといった所かも知れぬの。殆どは同じような強さじゃが、幾つか強い個体が居るようじゃ≫
「!」
「アルッ!」
ヴィクトリアの言葉を聞いたアーカイルが駆け出そうとして、フェリンに呼び止められる。
「何処行くのさ?」
「何処って、放っておけないよ!」
アーカイルが駆けつけようとしたのは、反射的だった。
三○○対六。具体的な状況までは分からないけれど、それだけを聞けば冒険者側がピンチであろうことは想像できる。
「ハンス達の可能性が高いんでしょ? 何で助けようとするのさ?」
フェリンの言葉に、アーカイルが一瞬だけ躊躇うが、直ぐに、強い意志を宿した瞳でフェリンを見た。
「ハンス達じゃないかも知れない。それに、仮にハンス達だったとしても……、行かないと後悔する気がするんだ」
アーカイルはそう言って、今度こそ駆けだした。
「ヴィクトリア、その場所まで案内お願い!」
≪うむ、心得た。……しかし、難儀な性格じゃのぅ、主殿は。どちらかと言えば、妾もフェリンの意見寄りじゃ≫
アーカイルは走りながら、自嘲気味な笑みを浮かべた。
指摘されたことは自分でも理解している。自分でも、なんでここまで迷わず走れるのか、疑問に思うところさえある。
それでも――
「そうだね、僕も可笑しいだろうなとは思うよ。――だけど、構わない。僕は僕らしく生きる。僕らしくあることから逃げないって決めたんだから」
フェリンは、遠ざかっていくアーカイルの姿を見遣った。
みるみるうちに遠ざかっていく背中に、小さな溜息を一つ吐いた。
「困ったもんだね。ボクのご主人様は」
フェリンはゆっくりと歩き始めた。
「まぁ、ああ言う所がアルらしいと言えばアルらしいけど」
そう言いながら、徐々にスピードを上げて、フェリンはアーカイルを追いかけた。
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