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第一章
13.トップエクスプローラー
しおりを挟む「はあッ!」
アーデルハイトの鋭い蹴りが、ワイトキングの喉元に突き刺さった。
白骨化した人骨が、ぼろぼろではあるが、元は豪華であったと思われるローブのようなものを羽織り、頭に金属製の王冠をつけた魔物がワイトキングだ。手には杖を持ち、数多の魔術を操る強敵だ。
基本的に、魔術攻撃は高い魔術耐性によって効果が薄れるため、物理攻撃を主体に攻略することが良いとされる魔物だが、生半可な物理攻撃は魔術障壁によって弾かれてしまう。
しかし、アーデルハイトの蹴りは、ワイトキングの魔術障壁を真正面から打ち破り、威力を落とすことなく届き、首の骨を折った。
カラン、カラン――
硬質な音が響く。ワイトキングの頭部が落ち、着けていた王冠が石床を転がる音だ。
「いやー、お見事。惚れ惚れするね」
「……どうも」
アーデルハイトに近づくハンス。二心ありそうな胡散臭い笑顔――と言うのが、アーデルハイトの印象だ。
だからだろう、彼女の言葉は、自然と素っ気なくなっていた。そして、先を急ぐよう、ハンスから逃げるよう、前へと進む。
「俺の活躍の場が無くなっちまうな、これは」
そう言うハンスはご機嫌だった。
アーデルハイトにやや避けられていても、それ以上に、ここにアーデルハイトが居る、【祝福された炎】に彼女が居るという嬉しさが勝っているためだ。
ハンスは良くも悪くも自分の欲望に正直だ。だから、古参のメンバはハンスの心情を正しく理解しているのだが、それ故に、ステラとアネッサの機嫌は、良いものでは無かった。
「何だよ、ハンスのヤツ。ずっと鼻の下伸ばしっぱなし」
「奇遇ね。私もちょっとどうかと思っているところよ」
ハンス達のやや後ろに居た二人は不機嫌そうに眉を顰めている。
彼女達が不機嫌であることを、アーデルハイトは気付いていた。だからこそ、ハンスともう少し距離を置きたいとも思っていたのだが。
そして、もう一人、その様子をしっかりと把握している者が――
「はぁ……」
誰にも分からないよう、小さくため息を吐いたのはマリアベルだ。
彼女も、この状況を正確に把握している一人だった。
回復役という役柄上、彼女はメンバ全員の状態に良く気を配っている。単純に、傷を負ったメンバに回復魔術を掛けるだけではなく、必要に応じて補助魔術を掛けたり、『聖域』と言う領域を展開し、魔物の動きに制限をかけたりと、陰日向にパーティをサポートしているからこそ、気付くのも早かった。
マリアベルは、今のパーティ状態はお世辞にも良いと言える状態では無いと感じていた。
そんな彼女の気も知らないハンスが、アーデルハイトの隣で振り返り、マリアベルに笑顔を向ける。
「マリアベルも、流石だよ。二二層まで来てこんなに消耗が無いのは初めてだ。君のサポートのお陰だ。心に染みるよ」
「……恐縮です」
(ほら、そんな顔するから、またステラさんとアネッサさんが不機嫌に……)
心ではそう思っても、口には出せないマリアベル。
結局、もう一度小さな溜息を吐いた。
「さぁ、どんどん進もう! フリッツ、頼む」
フリッツは無言で一人先行し、周囲の警戒に当たった。
【祝福された炎】は、基本的にフリッツが一人で先行し、索敵や罠の探知を行う。フリッツ一人で楽に倒せる魔物であればそのまま倒してしまうこともあるが、基本的には索敵結果をメンバに伝えて全員で当たる。
罠の対処も似たようなものだ。単純な仕掛けであれば、フリッツが解除してしまえるが、中には魔術士の方が上手く解除できる罠もある。そういうものはメンバと合流して解除にあたるのだ。
フリッツの索敵能力、罠の警戒能力は高い。事実、この階層に至るまで、魔物に不意打ちをされたことは無いし、罠にはまった事も無い。
神獣の谷の二二層以降は、当然ながら【祝福された炎】にとって初見となるダンジョンであるし、先人が残した情報も無い階層だ。だから、索敵や罠の探知を正確に行うためには高い技量が求められるのだが、フリッツはそれを確りとこなしていた。
フリッツから距離を置いた他メンバは、盾役であるアネッサが先頭となり、その後ろにハンスとアーデルハイト、更に後ろにステラとマリアベルが続く形だ。
そんな隊列で進むのだが、アーデルハイトとハンスが一緒にいるのが気にくわないのか、アネッサとステラがハンスの近くに寄っていく。
「ん? どうした、二人とも」
そんなハンスの声を聞きながら、アーデルハイトは自然にハンスから距離を取った。
「全く、嫌になるわね」
アーデルハイトの呟きが、マリアベルの耳に届いた。
それもその筈。アーデルハイトはマリアベルの隣まで下がっており、マリアベルにだけは届く声量で口にしたのだから。
「えぇと、基本的に道が細くて足場が悪いので、大変ですよね」
マリアベルが愛想笑いのような笑顔で答える。
「気を遣う必要は無いわ。前の二人が私のことを面白く無いって思っているのも分かっているし、あの男がそれに気付いていないのも分かってる。そして、それに全部気付いてはいるものの、どうにもできずにもどかしく思っている貴女のことも分かっているつもりよ」
「あ、あはは……。そうでしたか」
「ついでに言うと、貴女が掛けてくれている補助魔術にもね。攻撃や防御の瞬間、本当に一瞬だけ力が必要な部位にだけ掛けているでしょう? 器用なものね」
「す、すいません。達人になればなるほど補助魔術の感覚は邪魔に感じる方もいらっしゃるので、なるべく分からないようにサポートしていたのですけど……」
恐縮し、縮こまるマリアベル。
アーデルハイトは横目で彼女を見遣ると、違うと言いたげに首を横に振った。
「いいえ、感謝しているわ。アレのお陰で私も力をかなり温存して戦えているもの。補助魔術固有の底上げされる感じを殆ど感じないから、自然と闘える。素敵な魔術だわ」
アーデルハイトがマリアベルに笑いかける。
ハンスに向けるような笑みではなく、自然と浮かべた魅力的な笑顔だ。完成された芸術品のようなアーデルハイトの笑みは、それだけで周囲を魅了する。
マリアベルも、その笑顔の魅力に思わず頬を染めた。
「いえ、そんなことは……」
「いいえ、素晴らしい魔術だと思うわよ。私はこれまで、貴女ほどの使い手に出会ったこと無かったもの」
「あ、ありがとうございます」
マリアベルは嬉しそうに笑いながら、手に持った小さな杖を弄った。先端に翼の意匠が施され、魔術を補助する魔晶石が付いた逸品だ。
アーデルハイトの美しさとはベクトルが異なるものの、マリアベルも類い稀な美貌を兼ね備えた女性である。少女から大人になりかけている頃特有の、可愛さと美しさが同居する彼女が浮かべる笑みは、優しさが滲み出ており、見る者の心に訴えかけるような魅力があった。
そんな二人が並ぶ様子は、絵画の中の天使達が飛び出してきたような美しさであったが、今二人に目を向けるものは誰も居なかった。
「……ただ」
す――、と、アーデルハイトの目が細められる。
「彼らは全く気付いていないようだけれど」
ハンス、ステラ、アネッサの三名にも、マリアベルは補助魔法で支援を行っている。
しかし、その魔術の効果時間が極小であることと、基本的に無詠唱で絶妙のタイミングでかけられることとで、ハンス達は補助魔術に気付いていないようだった。
ハンスが、「今日は調子が良い。きっと、聖女様とヴァルキュリアの魅力が俺のやる気を奮い立たせているに違いない」と口にしていたのは、パーティメンバ全員の記憶に残っている。
「まぁ、私が気付かれにくいように魔術をかけているだけですから」
「それはさっきも言ったけど、補助魔術固有の底上げ感を感じさせないために貴女が努力してくれているからでしょ? 凡百の冒険者なら、貴女の補助魔術に気付かなくても、そんなものなのね、って思うけれど、彼らはSランクパーティ【祝福された炎】なのよ? 正直言って、期待外れだわ」
「そう、ですか?」
「そうよ。フリッツと言ったかしら。斥候の無口な彼は良い腕だと思うけれど、他のメンバは、ちょっと……ね。単に、スキルの力に頼って考え無しに戦っているだけにしか見えないもの。この戦い方だと、格下相手には通じても、格上には通じないわよ」
アーデルハイトの視線は冷やかだった。
その視線の先では、ダンジョンの中だというのに、腕を組んで歩くハンス達の姿。
右腕にはアネッサが抱きついており、左腕はステラが撓垂れかかっている。
その様子に、流石のマリアベルも苦笑した。
「こう言うといけないとは思うのですが、あのような姿を見てしまうと、仲間を庇って谷に落ちてしまったというポーターの方が不憫でなりません」
アーデルハイトが、少し驚いたようにマリアベルを見る。
沈痛な表情のマリアベルは、視線を感じてアーデルハイトを見るが、驚いた表情の彼女を見て首を傾げた。
「あ、あの、私変なことを言いましたか?」
「いいえ。変なことでは無いけれど、ハンスが言っていたことを信じているのかしらって思って。気を悪くさせてしまったのであれば謝るわ。ごめんなさい」
ぶんぶん、とマリアベルが手を振る。
滅相も無いと、全身で表現するように。
「そんなことありませんっ。ですが、信じているのか、と言うことは、アーデルハイトさんは信じていないのですか?」
マリアベルは意外そうだった。
「えぇ。だって、ダンジョンの中の出来事ですもの。例えば、彼らと口論になって崖から突き落とされたのだとしても、生き残ったメンバが口裏を合わせれば、いくらでも真実はねじ曲げることができてしまう。私は、まだハンスという人間を知らないけれど、背中を預けたいと思えるような人とは思えないから――」
「それは……」
基本的に、彼女は誰かを疑ってかかるという事はしない。勿論、誰かと話していて、これは嘘だなと思うことはあるが、そう感じた時には何故嘘を吐くのかということを考えてしまう。だから、あまり良く知らないハンスの言うことは、嘘と判断できる材料が何もないから、本当の事だと思っていた。
しかし、アーデルハイトに言われてみて、その前提条件であれば、真実であると判断出来る材料も無いのだと気付かされた。
ハンスは相変わらず二人と腕を組み、まるで街の大通りを歩くかのような感じでダンジョンを進んでいく。
Sランク【祝福された炎】というフィルタを通さず、目の前の光景をそのまま評価すると、アーデルハイトの言うことも一理あるのだろうと感じた。
「新進気鋭のSランクパーティー。神獣の谷を、誰よりも深く散策しているトップエクスプローラー。 ……と、思っていたけれど」
「不安、ですね」
二人の溜息が、重なった。
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