誰が為の理想郷

古河夜空

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第一章

12.地上を目指して

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 「さぁ、行こう」

 アーカイルの口調は明るかった。
 今、彼らは『家』から出た広場にある大きな扉、神獣の谷のダンジョンへと至る石扉の前に居た。

「ねぇねぇ、アル、ちゃんと食料は持った? 燻製肉忘れてない?」
「持ってるよ。干し肉もちゃんとある。フェリンは本当食いしん坊だなぁ」
「アルの料理が美味しいからだよ」
≪むぅ、主殿の手料理を食せぬとは……≫

 悔しがる『勝利の剣』は、アーカイルの左腰にあった。
 専用の鞘を装備したアーカイルは、サブウエポンとして、腰の後ろに魔法銀ミスリル製のナイフと一緒に装備していた。
 そして、これまでは革製の胸当てだけだった防具も、魔法銀ミスリル製の胸当てと脛当てに変わっている。
 全身鎧フルプレートメイルもあったが、動きやすい方がしっくりきたため、軽めの装備で整えた結果だ。

「ごめんね、ヴィクトリア。代わりじゃないけど、僕の神力はいつでも食べて貰って良いからね」
≪嗚呼、主殿の神力が食べ放題、飲み放題。蕩けてしまうのじゃ……≫
「ヴィクトリアが変態さんだったのが凄く意外だったなー」
≪妾は変態ではない。主殿の神力が甘露の如き至高の味であるだけのこと……。嗚呼、美味、美味……≫

 早速吸われているようだ。

 『勝利の剣』――神話にも登場する神世の剣に、アーカイルは“ヴィクトリア”と名前を付けた。
 古の言葉で“勝利”を意味し、神話に登場する勝利の女神の名前。
 『勝利の剣』――ヴィクトリアは、この名前をとても気に入ったようで、自分の事を『勝利の剣』ではなく、ヴィクトリアと名乗るようになっていた。

 因みに、装備だけではなく、所持品も充実している。
 その中でも特筆すべきは『マジックバッグリング』の存在だろう。

 これは指輪状のマジックバッグだ。
 マジックバッグとは、収納用に作成された別空間に道具をしまっておくことができるアイテムである。
 重い素材も、嵩張る装備も、アイテムも、全て別空間に格納してしまうので、重さも体積も気にする必要が無い。保存用の空間が許す限りいくらでも格納が可能な代物だ。

 ただ指輪を嵌めているだけで大容量の荷物を持ち運びできるのだから、その有用さは計り知れない。
 しかも、リンクする指輪が二つあり、そのどちらからも出し入れが可能になる優れものだ。

 更に言うと、収納用の別空間は時間の流れが極端に遅くなっているため、生鮮食料品でも腐らない。
 そのため、干し肉や燻製肉に加えて、獲れたてのオークキング肉やマイコニドキングも大量に所持できている。

 長所はそれだけに留まらない。
 収納容量もかなり大きいのだ。少なくとも、宝物庫にある宝物を全て格納しても、まだまだ空きがありそうなくらいの容量があった。

 アーカイルは、このマジックバックリングに、有用そうな装備とアイテム、金塊を次々と詰め込み、探索の準備を整えていた。


「ねぇ、アル。本当に、アルも戦闘に参加するの?」

 そう、不安そうに訊ねるのはフェリンだ。

「勿論さ。そうしないと強くなれないしね。だから、ヴィクトリアも協力してね・・・・・
≪それは良いのじゃが……、何もしないことが協力とは、残念な限りじゃ……≫


 準備に充てていたこの五日間で、アーカイルの地力強化を行うべく、『家』近くのダンジョン探索を行っていた。
 その中で、ヴィクトリアの自動戦闘も試していたのだが――

「ごめんね。ヴィクトリアの自動戦闘だと、オークキングの群れでも瞬殺できちゃうから……」

 そう。強すぎたのだ。
 桁外れのアーカイルの神力を源とする『勝利の剣』は、文字通り比類無き力を発揮した。
 元々、神世の巨人であろうとも屠る事ができる性能を持った剣ではあったのだが、アーカイルの神力とのシナジーにより、その力は強大なものとなっていた。
 主であるアーカイルが指示を出せば、オークキング五体を、一瞬で輪切りにしてしまうという凄まじい威力の剣となっていたのである。

「うんうん。戦力としては凄いけど、これじゃアルの訓練にはならないもんね」
≪むぅ。妾が力を振るう事が主殿の成長を妨げる結果になってしまうとは……。無念でならぬっ≫
「あ、でも危なくなったら助けてね、頼りにしてるよ」

 アーカイルの言葉に、ヴィクトリアが笑顔になった。――ような気がした。
 表情は無いのだが、何となくそんな気がする。
 このどこか本能に訴えかけるような感情表現の正体は不明だったが、アーカイル達はヴィクトリアの感情表現をとても気に入っていた。

≪うむ、任せるのじゃ。主殿に傷一つ付けぬと誓おうぞ≫
「そ、それはちょっとやりすぎかなぁ。僕、ちゃんと成長出来るかな……」

 因みに、この五日間、フェリンやヴィクトリアの手助けを受け、オークキング達相手に訓練をした結果、アーカイルのステータスは確りと成長していた。


====================================
 アーカイル・マグナディア
 年齢: 16

 グレイプニルの盟約
   →神獣フェンリル(フェリン)

 『勝利の剣』(ヴィクトリア)所持者

 神力
   ■■■

 スキル
   補助神術     Lv3(+Lv1)
   治癒神術     Lv3(+Lv2)
   氷神術      Lv1(+Lv2)
   火神術      Lv1(+Lv2)
   補助魔術     Lv2
   治癒魔術     Lv1
   (暴食の顎)   Lv0(+Lv3)
   (自己再生)   Lv0(+Lv3)
   (状態異常耐性) Lv0(+Lv2)

 体力値  706/ 356(+350)
 神力値 9944/9714(+230)
 魔力値  533/ 343(+190)

 力強さ 38(+42)
 生命力 27(+35)
 知力  51(+20)
 素早さ 42(+57)
 器用さ 40(+46)
 運    1(+ 2)
====================================

 グレイプニルの盟約により、神獣フェンリルの力が宿り、各種能力が向上している。

 特に大きな成長点は、神術のスキルだろう。
 魔術は、魔力を使って発動する術式だが、神術は、神力を使って発動する術式だ。
 フェリンが使える神術を何度か使ううちに、アーカイルも使用することが出来るようになったのだ。
 特に、これまで習得に努力を重ねてきていた、補助術と治癒術は、神術に応用出来ることも多く、ほんの数日で目覚ましい成長を遂げていた。


 それ以外に、アーカイルの地力も確実に強化されていた。

 神獣の谷の谷底へ落ちた時には、一般人よりは少し強いかも知れない程度だった各種値が、今はD~Cランク程度の強さに成長している。
 グレイプニルの盟約による強化値も加味すると、B~Aランク程度の強さにもなっていた。

 因みに、各種スキルの最大値は『Lv9』、体力、神力、魔力の各種値は、ドラゴンスレイヤーレベルでも一○○○を越える程度。
 その他、力強さ等については、Aランク冒険者の最大の項目が一○○前後。
 それらを考えれば、この五日間で、アーカイルはほぼ別人と言っても差し支え無いほどの成長を遂げているのだ。

 それこそ、フェリンやヴィクトリアの支援を受ければ、オークキング単体であれば良い勝負が出来るくらいには強くなった。



「ボクは、アーカイルが戦って強くなるのは賛成だけど、本当に無理はしないでね」

 フェリンが、アーカイルの脚を肉球でぺしぺしと叩きながら見上げていた。

「分かってるよ、フェリン」
「約束だよ? 伸び代しか無い筈なのになかなか伸びない運のせいで、ちょっとだけ不安なのさ」
≪本当に、妾の運を分けて差し上げたいのぅ≫
「あ、あはは……」

 相変わらず、人類ほぼ最弱レベルの運を誇るアーカイル。
 これは、グレイプニルの盟約でも改善されることは無かったようだ。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 神獣の谷のダンジョン探索は、非常に順調と言えた。
 アーカイル自身の実力は、まだ神獣の谷ダンジョンを探索するには足りないと言わざるを得なかったが、どんな魔物であっても負け知らずのフェリンが、的確に氷魔法で足止めをするため、アーカイルが複数の魔物を一度に相手にするような事態に陥ることが殆ど無い。
 あるとすれば、敵が複数いる戦闘に慣れるために、敢えて複数を相手取る時くらいのものだった。

 そして、戦闘中、魔物が予想外の動きでアーカイルを窮地に追い込んだとしても、フェリンがあっさりと魔物を倒してしまう。
 フェリンの手が回らなくとも、ヴィクトリアが自ら動き、あっさりと敵を両断してしまう。


 ――更には。


「どうもー。通らせてもらうね」
「ヴォッ?! ヴォー」

 フェリンの言葉に驚いたように顔を上げた後、どうぞと言わんばかりに頷くのは、見上げる程の巨躯を誇るドラゴンだ。
 身体を覆う鱗は金属のよう。鋭い牙に、強靱な爪、そして空を羽ばたく翼。
 圧倒的な強者が、そこに居た。

≪懐かしいのぉ、ファフニールか≫
「ヴォッ?」

 まるで、「えっ、誰?」とでも言うように、ドラゴンがその顔を上げて周囲を見遣った。

≪妾じゃ。『勝利の剣』と言えば分かるかの。今は主殿からヴィクトリアという名を授かったため、そう名乗っておるが≫
 ファフニールと呼ばれたドラゴンが何と言ったのかは分からなかったが、声の主が名乗れば、ドラゴンは目を閉じて眠り始めてしまった。


「……凄いね。ボスモンスターと知り合いなんだ」
「今の所はそうだねー。誰が居るかまでは知らないけど、結構知り合いが多そう」
≪うむ。馴染みの顔や、昔やり合った者達が多いようじゃ≫


 ダンジョンには途中で必ず倒さなければ先へと進めない、ボスモンスターと言われる魔物が存在する。
 このファフニールと呼ばれる古のドラゴンも、その一体だ。
 名を持つ古龍は、当然その名や伝説に見合った強さを持つ。実際、ファフニールと正面から戦うとなれば、フェリンでも圧勝は難しい。
 だが、そんな魔物が、戦わずに道を譲ってくれるのだ。

 因みに、最初にファフニールが驚いていたのは、自分の後ろからアーカイル達が現われたからだ。
 アーカイル達はダンジョンを逆に進んでいる。そのため、ファフニールからすれば、自分を倒す程の強者のみを通す筈の通路から、通した覚えの無い者達が現われたということになる。そのための驚きだった。


「ここが、Sランク指定の神獣の谷だって、忘れそうになるよ……」

 こうして、ダンジョン探索は、想像以上に順調に進んでいくのだった。

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