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第一章
10.ヴァルキュリア(アーデルハイト with 祝福された炎)
しおりを挟むローゼリア王国の東に位置する街、カナン。
その周辺には多くのダンジョンが存在し、常に多くの冒険者で賑わっているため、最近では冒険者の街とも呼ばれている。
この街の歴史は古いが、冒険者の街と呼ばれ始めたのはここ十年以内のことである。
ローゼリア王国の東の国境付近にある、『大渓谷』と呼ばれる、まるで大地を超巨大な爪で抉り取ったかのような四つの巨大な谷付近に、新たなダンジョンが幾つも発見された。
『大渓谷』の近くには、強力な魔物が多数棲みついていて、力の無いものは近寄ることすら難しい地域なのだが、新しいダンジョンが発見されたことにより、一獲千金を夢見る冒険者が多数訪れることになった。
この新規ダンジョン群に一番近い街が、カナンだったのである。
冒険者が多数集まれば、多くの物が売れる。街が潤う。
そして、冒険者がダンジョンから持ち帰る宝や、魔物の素材が商機を生み、街は更に栄えていく。
ダンジョンが見つかれば、その近くの街は一気に発展すると言われているが、そのダンジョンが幾つも近くに現れたのだ。
カナンは今や、ローゼリア王国の中でも指折りの大都市に発展しているのだった。
その、カナンの街にある冒険者ギルドは、つい最近建て替えられた、新しい立派な建物だ。
この街では高層に分類される五階建ての立派な建物には、多くのギルド職員が働いている。
建物の中には、武具店や道具屋、酒場などがあり、常に冒険者で賑わっている。
また、建物の裏手にある闘技スペースは、荒れくれ者が多い冒険者が鍛錬に使ったり、一騎討ちを行って己が武勇を示したり、購入した武器の試し切りをしたりと、熱気に満ちていた。
そんな冒険者ギルドのホールに、一人の女性が現れた。
「おい見ろよ、ヴァルキュリアだ」
ホールに居た、冒険者の誰かが言った。
それを機に、ホールに居た冒険者達の視線が、彼女に集まる。
陽の光を受けて輝く白銀の長い髪をツインテールにした彼女は、気品ある鎧に身を包んでいた。
鎧と言っても動きやすさを重視しているもので、肩や肘、胸部、腰回りといった部位を守るデザインで、首元や胸元、腕、太股といった箇所は白磁のような肌が見えていた。
芸術品のように整った顔立ちに、印象的な真紅の瞳。大きな胸に、細く縊れた腰。神懸った美貌も、周囲の視線を集める一因であることは疑いようが無かった。
彼女──アーデルハイト──は、冒険者の中では有名人だ。
どこのパーティにも所属せず、ソロでカナン周辺のダンジョンを踏破し、ドラゴンすらも単独討伐してみせた実力者。
その実績と美しさから、戦乙女とも呼ばれるようになった彼女を知らない者は、少なくともこのホールには一人もいなかった。
そんな冒険者達のことは全く気にする素振りを見せないアーデルハイト。それは、彼女にとっては、これこそが日常だからだった。
彼女は真っすぐに酒場に向かう。
そこには既に彼女の待ち合わせ相手達が居た。
窓際のテーブル。
六人掛けのテーブル席に座る四人の男女。
特徴的な赤髪の男を見つけたアーデルハイトは、迷わずに彼らへと近づいて行った。
「貴方達が、【祝福された炎】かしら?」
彼女の言葉に、赤髪の男──ハンスが振り返った。
少し引いてしまう程の、満面の笑みである。
「ああ、俺達が【祝福された炎】だ。待っていたよ、ヴァルキュリア」
立ち上がったハンスは、アーデルハイトをエスコートするよう、椅子を一つ引いた。
その様子を見た、ステラとアネッサの視線は、やや冷たい。
アーデルハイトは一瞬躊躇いを見せたが、小さく息を吐いてから、ハンスが促した椅子に腰を下ろした。
「その通り名はあまり好きではないの。アーデルハイトと呼んで貰えるかしら?」
「分かったよ、アーデルハイト」
馴れ馴れしいハンスの言葉に、アーデルハイトは形の良い眉を顰めた。
下心が透けて見える態度というのは、それを向けられた者の方が敏感に感じ取るのかも知れない。
ただ、彼女もそれを特に指摘するような事はせず、それ以上は表情にも表さずにメンバへ視線を向けた。
「アーデルハイトです。ハンスさんから伺っているかも知れませんが、暫く行動を共にさせて頂くことになりました。よろしくお願いします」
その言葉に一番反応したのは、このテーブルの様子を窺っていた周囲の冒険者達だった。
【祝福された炎】という、今注目のSランクパーティ。それに、孤高のヴァルキュリアこと、アーデルハイトという組み合わせは、注目の的だ。
しかも、今までどのパーティにも属さなかったアーデルハイトが、【祝福された炎】と行動を共にするという発言まで飛び出たのだ。彼女を知る者からすれば、それは大ニュースだ。
アーデルハイトから見ると、【祝福された炎】のメンバは全員が年上だ。
それ故か、別の意図があってかは分からないが、簡潔ではあるが自ら自己紹介を行い、頭を下げた。
絹糸のような、白銀の髪が、さらりと流れる。
「こちらこそよろしく。アタシはアネッサ。【祝福された炎】で盾役を務めてる」
「ステラよ。魔術なら一通り扱えるけど、攻撃魔術が一番得意。よろしく」
アネッサは快活に、ステラはどこか不満げに、アーデルハイトを見た。
アーデルハイトはそれぞれと目を合わせ、小さく頷いて見せる。
そして、残りの男性へと、視線を向けた。
「……フリッツだ」
フリッツは、ただ名前だけを告げると、腕を組んで目を閉じてしまう。
その様子を見たハンスは、頭を掻きながらフォローする。
「あー、コイツは元々無口だから気にしないでくれ。 で、俺がリーダのハンスだ。ハンスと呼んでくれれば良い。歓迎するぜ、【祝福された炎】へようこそ」
「ありがとうございます。ハンスさん」
アーデルハイトの様子に、ハンスがやや固まってしまうが、直ぐに気を取り直して手を叩く。
「皆にはさっき話したが、一時的にアーデルハイトが仲間に加わってくれる。目的は、神獣の谷の攻略だ。彼女の今の目標も、神獣の谷の攻略らしい。だから、一緒に探索してはどうかと打診してみたら、なんとオーケーを貰った」
得意気に語るハンス。
そうだよな、とでも言う様に、アーデルハイトを見るが、彼女はハンスの視線には目をくれず、パーティメンバの方を向いて、話始めた。
「皆さんは先日、神獣の谷の二二層に到達したと聞いています。これは、現時点での最高到達記録です」
神獣の谷、二二層。
それは、アーカイルを犠牲にして進んだ先の階層だ。
「私も神獣の谷の攻略を目指しています。そこで、ハンスさんと話をさせて頂き、二二層へ至る道を切り開いた皆様から最新の情報をご提供頂く代わりに、戦力としてお手伝いさせて頂く事になりました。
まだどれくらいの期間、または何回に渡って、皆さんと共同探索をするかは決まっていませんが、是非とも、まずは一度一緒に探索してみたいという要望を受けたので、今回の探索にご一緒させて頂くこととなりました」
アーデルハイトの言葉に、ハンスが頷く。
ステラは頬杖をつき、気怠げにアーデルハイトの言葉を聞いていた。不機嫌な理由は、勿論ハンスにある。だが、ハンスはそれに気付いているのかいないのか、年下の美少女に、熱い視線を送っていた。
一方で、アネッサは興味深げにアーデルハイトの言葉に耳を傾けている。これは、単純に、今話題のヴァルキュリアに対する興味が勝っているのと、ある意味で実直、悪く言えば色々な事をあまり考えない直情型の性格が故の反応だ。
フリッツは何の反応も見せず、目を閉じ、腕を組んだ侭、話を聞いていた。
「と、言う訳だ。Sランクの俺様率いる【祝福された炎】と、アーデルハイトが手を取り合うんだ。しかも、明日には聖女マリアベル様も合流する!」
その言葉に、このテーブルを見ていた冒険者達が、思わず声を上げた。
「おいおい、マジかよ。ヴァルキュリアだけじゃ無く、聖女様まで仲間になるってのか?」
「どのパーティにも参加しないヴァルキュリアに加えて、冒険者とは基本的に共同探索しない聖女様まで……。【祝福された炎】はどうなってんだよ」
「ハンスが話をまとめた、のか? 一体どうやったんだ」
「二人追加となると、七人になるだろ? ギルドでパーティー登録できるの六人までじゃなかったか?」
「何だお前、知らないのか? 荷物持ちのアーカイルは死んじまったんだよ。何でもメンバを魔物から庇って、神獣の谷の谷底に落ちちまったらしいぜ」
「マジか? じゃぁ、人数的には六人ギリギリ登録できちまうんだな。 ……って、アーカイル死んだのか?!」
「そうだが、知らなかったのか?」
「初耳だよ。まぁ、天稟無しだし、仕方ないっちゃぁ仕方ないのかも知れないけど……、やるせないなぁ。俺、あいつのこと、人としては好きだったんだ」
「俺だってそうさ。冒険者として背中を預けるのは難しいけど、人としては凄く良い奴だったと思うぜ」
「それよりも、今はハンス達だろ。ヴァルキュリアに聖女、そして次世代剣聖。こりゃぁ、ひょっとすると伝説のパーティになるんじゃねぇか?」
「今のうちに仲良くなっておくのが得策かしら」
「バカヤロー。聖女様達だけじゃなく、ステラやアネッサも居るのに、お前なんか相手にされっかよ」
色んな声が聞こえる。
ハンスは周りが自分たちを噂し、注目していることに鼻息を荒くした。
皆の羨望を集めたい、それを直接感じたいが為に、わざわざギルド併設の酒場を待ち合わせ場所としていたのだから。
また、自分たちが崖から落としたアーカイルの事も、“仲間の犠牲となって谷底に落ちてしまった”と報告し、真実は闇に葬っている。
仲間が次の階層へと進むための犠牲となって、仕掛けを動作させるための動力源とした結果、谷底に落ちてしまったのだから、まるっきり嘘という訳では無いのだが、ギルド側はハンス達の言い分を信じたようだし、周囲の冒険者もあり得る話だと納得している者が殆どだった。
つまりは、全てがハンスの思う通りに進んでいるのだ。
アーカイルという邪魔者を追放し、ヴァルキュリアと聖女という、話題性も十分な美少女達が仲間になるという事実に、分かりやすく有頂天になっていた。
勿論、アーデルハイトは正式に仲間になったわけではない。しかし、自分の実力があれば、今後も一緒にやっていきたいと思うに違いないと、ハンスは根拠の無い自信で満ちあふれていた。
確かに、ハンスは冒険者としては一流だ。Sランクになるにあたって、運が味方した要素はあるが、それだけでなれるほどSランクは甘くない。
そして、Sランクにもなればそれなりの人気も出てくる。それこそ、自分は選ばれた者だと勘違いしてしまう程度には。
元々自信過剰な傾向もあり、ナルシストでもあるハンスにとって、Sランクという地位が悪い影響を与えていることは間違い無いのだが、無論、本人はその事実に気付いていなかった。
また、聖女マリアベルも、自分と一緒にダンジョン攻略を繰り返せば、ヴァルキュリア同様、パーティメンバになってくれるに違いないと思い込んでいる。
全てが、自分の思い描いたシナリオ通りに。
自分の、都合が良い様に――。
「ところで――」
アーデルハイトが、初めてハンスを見た。
「何かな?」
「【祝福された炎】は五人だと聞いていましたが、残りのお一方は?」
アーデルハイトには、周囲の喧噪の声は聞こえて居ないのか、そんな質問をハンスへと向ける。
ハンスは、わざとらしく眉尻を下げ、大袈裟なほど沈痛な表情をつくった。
「先日、メンバを庇って神獣の谷の谷底に……。あまりにも突然の出来事で、どうすることも出来なかったのですよ」
そう言う、ハンスの表情を、アーデルハイトは真っ直ぐに見遣った。
「……そう、ですか。破竹の勢いで神獣の谷を攻略している【祝福された炎】でも、そういう事はあるんですね」
「これは手厳しい。しかし、アーデルハイトがそうなることは無いよ。なぜなら、俺が絶対に守りますからね」
ハンスが笑う。
その様子を見たアーデルハイトが、小さく息を吐いた。
「そうですか」
それだけ言って、アーデルハイトはハンスから視線を切った。
「ああ、神獣の谷は攻略したも同然だよ!」
有頂天になり、自分に酔っているハンスは、一人テンション高く、酒場に良く響く大きな声で、高らかに言い放った。
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