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第一章
09.聖女様の憂鬱(side: マリアベル)
しおりを挟む「それでは聖女様、私はこれで失礼いたします」
そう言って、私に恭しく頭を垂れるのは、今私が訪れいる街とその周辺を治めている領主である男爵。
老齢と言っても差し支えが無い彼の顔は、幾つもの深い皺が刻まれています。
白髪と相まって、これまでの彼の苦労が伺えるよう。
この街は、質素ながらも活気があり、住民たちの笑顔が印象的でした。恐らく、この男爵の領地経営手腕が優れているという証なのでしょうね。
「はい。貴方の未来に、最高神ヴォーダンのお導きがありますように」
私がそう言うと、男爵は、人好きする笑みを浮かべて部屋を出ていきました。
「ふぅ……」
誰も居なくなると、自然と溜息が漏れてしまいました。
ここは、この街で一番の高級宿のスイートルーム。
今私は、カナンという名前の街へ向けて旅をしている最中。この街はその中継で立ち寄っただけだけれど、彼の男爵はそんな私に表敬訪問してくれたのです。
「聖女なんて柄じゃないんだけどなぁ」
鏡に映る自分の姿。
どう見てもまだ小娘という表現がしっくりきます。
「そんなことでは困りますよ、マリアベル様」
「ヨシュアさん……」
男爵と入れ替わりで入って来たのは、ブラウンの髪を短く揃えてた、凜々しい顔立ちだけれど、優しい目をした騎士。
その身を包む白銀の鎧は、ヴォーダン教聖騎士団に所属している聖騎士である証です。
「マリアベル、とお呼び頂ければ良いと何度も申し上げているではありませんか」
「そうはまいりません。貴女は、ヴォーダン教の聖女様です」
「そうは言っても、まだ一五歳の小娘ですし、本来は聖女なんて呼ばれる資格なんてありませんわ」
「またそれですか。もう聞き飽きてしまいましたよ」
ヨシュアさんは溜息を吐きながら私の傍にやってきました。
「貴女が聖女と呼ばれる切欠となった、アマリアの街での一件は、貴女の功績ではないという話ですよね」
そう。私がヴォーダン教の聖女として名を馳せる切欠になった事件。
四年前、アマリアという街で起きた、魔物の大量発生。
街の近くにあるダンジョンから溢れた大量の魔物が、アマリアの街を襲い、多くの命が失われた痛ましい事件。
街に押し寄せた魔物を聖なる力で退け、傷ついた住人を癒した勇気ある少女。彼女のお陰で、被害は最小限で食い止められ、アマリアの街は早期の復興を遂げた。
その少女こそが、四年前の私、マリアベル・ラインハルト。
――という、作り話。
「はい。確かに私は傷ついた人々を癒しましたが、私でも救えなかった重傷者や多くの人々を癒し、魔物を退けたのは別の者です」
「だから、私は聖女と呼ばれる資格がない――。ですよね?」
「……はい」
もう、ヨシュアさんには何度もした話です。
ヨシュアさんは、暗記できてしまっているのではないかと思います。
良く出来た作り話です。
本当の英雄の存在を知る者は殆どいません。何せ、あの時あの場に居たのは、私と彼の英雄の二人だけだったのだから。
その英雄の存在を証明するものは、私が口を噤んでしまえば、何も無い。
それを良いことに、周囲が、ヴォーダン教が都合の良い話を作り上げ、私という聖女が誕生しました。
「では、次に私が言う台詞も、マリアベル様には分かりますよね?」
「……えぇ。“仮にそうだとしても、この四年間の貴女の行いは、聖女に相応しいものです”――ですよね」
「はい、その通りです」
ヨシュアさんが私の話を覚えているのなら、その逆もしかり。ヨシュアさんが私に何を言うのかも、覚えてしまいました。
私がこの話をする度に、ヨシュアさんはそう言って、自信を持って良いのだと諭してくれます。
「……すいません。いつもの問答、いつもの愚痴でしたね」
「いいえ。それを聞くのも、私の役目です」
ここまでも、いつもの話です。
こうして毎回私の話に付き合ってくれるヨシュアさんには、本当に頭が上がりません。
「ですが、少々意外でした」
「何がですか?」
「マリアベル様が、【祝福された炎】に加わると言う話です。この手の話は大概断っていらしたので」
「そう、ですね……」
これまでも何度か、優秀なパーティへの加入依頼があったけれど、私はその全てを断ってきました。
聖女として自信を持てないということもあるけれど、一番の理由は自由が利かなくなるからです。
私は聖女としてヴォーダン教に入ってからの四年間、アマリアの街を救った本当の英雄を探し続けています。
だから、なるべく自由に活動できるよう、特定のパーティには属さずに活動してきました。聖女として各地を行脚する傍らに。
「少し、気になる話を聞いたのです」
「どのような話か、お窺いしても?」
「えぇ。――【祝福された炎】のメンバーの一人が、私の探している人かも知れないのです」
「それは、アマリアの街を救った人物ということですか?」
「はい、恐らくは」
「【祝福された炎】のメンバーで、ソロでスタンピードに立ち向かえそうな人物は居なかったように思いますが……」
ヨシュアさんは、事前に仕入れている【祝福された炎】のメンバーの情報と照らし合わせているのでしょう。
でも、そもそもスタンピードにたった一人で立ち向かえるような人なんて、世界中に視点を広げてみても、思いつく人物はそういません。
だから、そんな人物が【祝福された炎】に居なかったとしても、不思議はないのですが、それを踏まえても、彼のパーティにはそういった人物は居ないと感じたのでしょう。
「リーダのハンスが唯一のSランク冒険者です。次代の剣聖ともてはやされてはいますが、スタンピードに立ち向かえるような人材かと言えば、疑問は残りますな」
「……あくまでも、可能性があるという話です。ですから、私自身の目で確かめてみたいと思ったのです」
「そうでしたか……」
ヨシュアさんは、何かを考え込むように腕を組みました。
鎧同士がこすれ合う金属音。聞き慣れた音です。
「では、仮にマリアベル様の探し人が【祝福された炎】に居なかった場合は、パーティ加入の話はどうなさるので?」
「それは……」
できるなら断りたい。
パーティに所属してしまうと自由が制限される。ただでさえ、聖女という立場の制限があるのに。
しかし、今回は何故か、【祝福された炎】に探し人が居るような気がしてなりません。
冷静に分析してみれば、メンバーの外見情報が、私の記憶の中の英雄と酷似しているというだけ。
同じような外見の人物は、それこそ沢山存在するのだろうけれど──。
私が言葉を繋げられずにいると、ヨシュアさんが大きな溜息を吐きました。
「本当に、探し人が絡むと、途端に周りが見えなくなるところは、数少ないマリアベル様の欠点ですね」
「……ごめんなさい」
ヨシュアさんの言う通りだと思います。
自分でも、周りを振り回している自覚があるのだから。
「いいえ、構いませんよ。それ以外は、しっかりと聖女様としての務めを果たしていらっしゃる。大きな声では言えませんが、私はもう少し我儘になっても良いと思っております」
ヨシュアさんはそう言って、笑いかけてくれます。
いつも迷惑ばかり掛けてしまいますが、私は彼のあの笑顔が好きです。
「上手くいくか保証まではできませんが、私の方で対策致しましょう。ですから、今日は早めにお休み下さい。明日も朝早くからの移動となります」
ヨシュアさんはそう言うと、頭を下げて部屋を出ていきました。
「ありがとう、ヨシュアさん」
聞こえないとは分かっていますが、彼が出て行った扉に向かって頭を下げました。
少しだけ、胸の靄が晴れたような、そんな気がしました。
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