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第一章
06.食後のひととき
しおりを挟むぱちぱち、と、薪の爆ぜる音がする。
アーカイルは今、『家』――神殿のような建物の前の広場で起こした火の傍に座って、ゆらゆらと揺れる炎を見ていた。
ああ、癒やされる。
「お腹いっぱいー」
フェリンは、アーカイルの隣で横になって寛いでいる。
「アルは料理も出来るんだね。凄く美味しかったから食べ過ぎちゃったよー」
「口に合ったなら何よりだよ」
【祝福された炎】では、野営の準備や食事の準備は殆どアーカイルの担当だったため、簡単な野外料理は慣れたものだった。
本当は、『家』の中にあった調理場を使いたかったアーカイルだが、今まで全く使われておらず、様々な魔晶石をセッティングしないと使えない状態だったため、今回は使わない事にした。
――空腹過ぎて、セッティングする時間すらも省きたかったのだ。
因みに、食べたのはさっきのオークキングのお肉だ。
あの後、『家』に運び込んだオークキングを何とか血抜きして、細切れにして、焼いて食べた。
巨体の解体といった力仕事は、フェリンに担当してもらう。というか、アーカイルは力が足りなくて無理だったのだ。
フェリンは、身体こそ小さいが、氷の魔術もあるし、オークキングの頭部を消し飛ばす程の力も持っているため、どんな作業も器用に、そして大胆にこなせる、できる子だった。
現地調達で肉を得た時の為に、アーカイルはいつも塩やハーブといった簡単な調味料を持ち合わせているので、本日のメニューはオークキングステーキだ。大胆にカットした分厚い肉に火を通し、軽く塩とハーブをかける。素材の旨味勝負の一品だが、オークキングの肉はポテンシャルが高く、絶品だった。
因みに、メインのリックサックは崖から落とされる前に取られていたが、腰に付けていたサブバッグの中に、最低限の道具を揃えている。今回使った調味料は、サブバッグにあったものだ。
絶品だったオークキングの肉は大量に余っているので、これからの食事がちょっと楽しみなアーカイルだった。
食べられ無さそうな分は、この後干し肉にでもしておこうと心に誓った。
フェリンは、オークキングの肉は食べ慣れているようだったけど、普段は魔術で適当に丸焼きにして、焦げすぎてないところを食べるだけだったようで、ちゃんと味付けされたステーキにいたく感動した様子。
嬉しそうに、何枚もおかわりして、ぺろりと平らげていた。
合計すると、フェリンの身体より大きなお肉を食べきった気がするけど、何処へ消えていったんだろう、とアーカイルは首を捻る。
しかし、考えたら負けだと、思考を放棄した。
「アルの料理だったら毎日食べたいなー。明日も作ってね。ボク、楽しみにしてるよ」
「分かったよ。それくらいならお安いご用さ」
褒められて悪い気はしない。それに、料理や家事は別に嫌いではないから、アーカイルに断る理由は何も無かった。
「あー、でも、ごめんね?」
急に、フェリンが申し訳無さそうに謝罪する。
見れば、いつもはピンと立っている三角耳が力なく項垂れていて、とても申し訳無さそうな視線でアーカイルを見ていた。
「え、何が?」
急に謝られ、何のことか分からなかったアーカイルは、首を傾げた。
「いや、アルがそんなに弱いなんて思わなかったからさ」
ああ、事実ではあるけど、心に刺さるなぁ。
アーカイルは項垂れた。
悪気は無いんだろう。
だからこそ、アーカイルの心は余計に抉られる。
「ここに来ることが出来る人だったら、それなりに力を持ってるだろうって勝手に思っちゃってたよ」
「そりゃ、そうだよね……」
アーカイルは膝を抱えて座り直し、顔を伏せた。
ここは神獣の谷の最下層なのだろう。
未だ誰も踏破したことの無い最高難易度ダンジョンの最下層なら、見たことの無い宝の山があることにも頷けるし、オークキングレベルの魔物が雑魚モンスターとして出てきても納得できる。
「大丈夫だよ! 豚さんはボクが獲ってくるから。アルは料理を作ってよ。ボクならあの豚さんに負けることは無いからさ」
元気出して、とでも言う様に、てしてしとアーカイルの足を可愛らしい肉球で叩くフェン。
正直、凄く悲しい気分にはなるけど、弱いのは事実だし、オークキングになんか逆立ちしたって敵いっこないんだから仕方ないことなのだ。
アーカイルは、強引に心の中を整理して、顔を上げた。
「うん。ごめんね。フェリンが頼りだよ」
ぎこちない笑顔を作って、フェリンに笑いかける。
フェリンは、アーカイルの気持ちを察したのか、何度もこくこくと頷いてくれた。
薪の爆ぜる音が小さくなってきたので、新しい薪を火にくべる。
「そういえば、此処には木とか生えてないのに、この薪はどうやって調達したの?」
仄かに、独特な香りが立つ不思議な薪だった。
良く燃えるけれど、アーカイルが知っている木の薪より火が長持ちする、理想的な薪だろう。
しかし、ここは崖の下。そして、木はおろか植物すら生えていないように見える。
「薪はね、あの大きな扉の外に出て、ずーっと右に進んでいくと優しい樹が居るんだよ。そこに行くと、沢山貰えるんだ」
「優しい樹?」
アーカイルはまたちょっと嫌な予感がした。
「そうそう。最初に会った時は、枝でビュンビュンボクのことを叩いてきて腹が立ったんだけどさ、枝を沢山切ってやったら大人しくなって話を聞いてくれるようになったんだ。それからは、会いにいくと薪をくれるようになったんだよ」
「へぇ。因みにだけど、その優しい樹って言うのは、もしかすると、トレントか何か?」
「良く分かったね。アルは樹にも詳しいんだね。そこに居るのは樹齢4000年は下らないエルダートレントさんだよ。エルダーの中でもエルダーな方のトレントさん。薪以外にも、その近くにある木の果物とかもくれるんだ。優しいでしょ?
最近、漸くボクが切った枝が生えそろってきたみたいで、凄く機嫌が良いみたい」
フェリンは得意気に語る。
きっと、フェリンには敵わないと思ったエルダートレントが、貢ぎ物として差し出してるんだろうな、と推測したアーカイルは、見たことも無いエルダートレントに心の中で合掌した。
アーカイルは、改めて、フェリンの強さを理解した。
そして、彼の言う『豚さん』とか『キノコ』とか、そういった名詞や言葉には先入観を持たずに当たることにしようと心に誓った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食事が済んでしまえば、特にやることも無く、アーカイルたちは時間を持て余していた。
火は消して、『家』の中にある寝床――奥にある謁見の間のような部屋の、自然光のような明かりが降り注いでいる場所をそう呼ぶことにした――にやってきて、フェリンをもふりながら過ごしている。
ここは適度に温かいし、どんどん疲労が取れていくのが分かる。
降り注ぐこの光に、癒やしの効果があるのだろう。きっと。
そして、フェリンを撫でていると、心の方もほんわか癒やされてくる。
フェリンも、気持ち良さそうにしているから、Win-Winだ。
でも――
「どうしようかな、これから……」
アーカイルの小さな呟きに、フェリンが閉じていた目を開く。
「好きにすれば良いと思うよ。戻りたければ戻れば良いし、ここに居るなら歓迎するし」
フェリンは、くぁ、と欠伸をすると、目の端に僅かに涙が溜まった目を、アーカイルへと向けた。
そして、顎の下を撫でて欲しいのか、アーカイルの手に顎下を擦りつける。
「うん……」
顎下を撫でると、フェリンは気持ち良さそうに目を閉じた。甘え上手なもふもふだ。
「アルは、戻りたくないの?」
「……どうして、そう思うの?」
「だって、家に帰るのは普通のことでしょ。それなのに、悩んでるってことは普通じゃ無い理由があるって事だよね」
アーカイルは、はっとして息を飲んだ。
「それに、崖の上から落ちてきたことを聞いたときも、話をはぐらかしたでしょ。言いたくないことがあるんだろうなー、とは思ってたよ」
上手くはぐらかせたと思っていたアーカイルだったけれど、そう言われてみればその通りだと思い直す。
そして、そんな事すら思いつかない程、焦燥しきっていたらしい自分に、今更ながら苦笑を禁じ得なかった。
不慮の事故でここに落ちてきて、身体が無事ともなれば、帰りたいと思うのが自然な流れだろうに――。
だから、あの時、敢えて詳しく聞かずにいてくれたフェリンの心遣いに、今更ながら感謝するのだった。
「フェリンは、優しいね」
「うーん、どうだろう? 人が嫌だなって思うことをわざわざ聞き出す必要は無いかなって思うだけだよ。ボクは、こうやって撫でてくれるアルが好きだから、それで十分さ」
ごろごろと喉を鳴らすフェリンは、まるで猫のようだ。
とても純粋で、とても真っ直ぐなフェリンを見ていると、アーカイルは胸が温かくなってくるのを感じた。
いつ振りだろう。こうやって、誰かと話してて嬉しいなんて思うのは、と――
「アル?」
不意に、フェリンがアーカイルを呼んだ。
「ん、何?」
「何で泣いてるのさ?」
「え?」
ぽたり、ぽたりと涙が零れていた。そして、その雫がフェリンの鼻頭に落ちていた。
フェリンに指摘されるまで気付かなかった。
アーカイルは慌てて手の甲で涙を拭うと、無理矢理笑ってみせる。
「分かんないや。でも、きっとフェリンと話すのが嬉しくて、泣いちゃったんだと思う」
「変なの。別に感動的な話をしたわけでも無いのに」
フェリンは笑った。
アーカイルも、釣られて笑みを深くする。
フェリンはそれで満足したのか、またアーカイルの手に顎下を擦りつけるようにして、目を細めて気持ち良さそうにしている。
アーカイルはフェリンのリクエストに応えるべく、優しく顎下を撫で続けた。
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