5 / 16
第一章
05.今日の食事は『豚さん』です
しおりを挟む「うぅ、恥ずかしい……」
「恥ずかしがることなんか無いよ。誰だって、生きていればお腹は空くものさ」
アーカイルはお腹をさすりながら、羞恥からくる鼓動の早まりが落ち着くのを待った。
「……そう言えば、食事ってどうしてるの?」
お腹の音が鳴った事からも分かるとおり、アーカイルは空腹だ。
気を失っていた時間がどれくらいなのかは分からないが、ダンジョンに入る前に少し固いパンを囓った程度だから、かなりの時間何も食べていないことになる。
『家』を探索していても、食料はなかった。
調理する場所はあっても、流石に食材は保存されていないようだ。
「うーん、ボクはあまり食べなくても大丈夫だから殆ど食べないけど、何か食べたくなったら、肉とかキノコとかを食べてるよ」
「肉? あったっけ、食材なんて」
「ううん。無いよ。でも、豚さんとかキノコが居るんだ。ほら、この『家』とは反対に大きな扉があっただろ? あの外にいっぱい」
「そうなんだね。食料にも困らないなら、ここ、住み心地良さそうだね」
「うん。ここはボクのお気に入りさ」
フェリンは尻尾をぱたぱたと振りながら、歩き始めた。
「アルと話してたら、ボクも何か食べたくなってきたよ。ちょっと豚さんのトコへ行こう」
「あ、待って。僕も行くよ」
アーカイルはフェリンの後をついていった。
でも、安易についていく前に気付くべきだった。
豚はともかく、キノコが居るという表現が示す意味に――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
今、アーカイルは全力で逃げていた。
空腹で辛いけど、そんな事も忘れてしまうくらいの恐怖が後ろから迫ってくるからだ。
「アル、どこ行くのさ?!」
フェリンはそんなアーカイルのすぐ横を駆けている。
小さな体躯だけれど、アーカイルよりもずっと速く走ることができるのか、可愛らしく首を傾げながら走る程の余裕っぷりだ。
「ど、どこって、魔物から逃げるんだよ!」
アーカイルが肩越しに振り返ると、そこには五メートルはあろうかと言う巨大なキノコが飛びはねながら追いかけてきていた。それも二つ。
「来てる来てる! 凄いのが追いかけてきてる!」
肉厚な椎茸を巨大化させたようなそれは、柄の部分に赤く光る目と口があり、明らかに人体に悪影響がありそうな胞子をまき散らしながら、キノコにあるまじき速度で二人を追いかけてきていた。
時折聞こえる「キシェェェェェッ!」という金切り声の様な音は、あの魔物の叫び声に違いない。
「そりゃぁ、来るよ、キノコだもん」
「キノコは普通飛び跳ねたりして追いかけてこないよね?!」
「えー? キノコは跳ねるよ。新鮮だから」
「新鮮だからじゃないと思う!!」
アーカイルは必死に逃げているが、フェリンは楽しそうだった。まるで、かけっこを楽しむ子供のよう。
「ていうか、アレ、僕の記憶が正しければ、マイコニドキングじゃない?! 図鑑で見たのと色が違うから自信無いけどっ」
「うん、正解。マイコニドキングだよ。色が違うのは変異種だからね。黄色っぽいから、胞子に痺れ効果がある変異種だ。吸い過ぎると身体がピリピリするよ」
「全然キノコじゃ無いじゃん! それに、絶対ピリピリじゃ済まないやつ!」
「えー」
フェリンは走りながら、追いかけてくるマイコニドキングを見やった。
そして、不思議そうに眉を寄せ、首を傾げて思案する。
「笠と柄。撒き散らされる胞子。明らかに菌糸類だし、キノコじゃない?」
「魔物でしょ?!」
「でもちゃんと胞子を洗い流して焼くと美味しいよ? ピリピリも、食感の良いアクセントになるし」
「本当?! っていうか、その前に僕達が食べられちゃうって!」
アーカイルに、全力で走って逃げる以外の選択肢は無かった。
どうしてこうなった? と激しい後悔を覚えながらに。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あの大きな扉を開けた向こう側に広がっていたのは、大きな洞窟のような空間だった。
最初は一本道だったが、暫く行くと道が幾重にも枝分かれしていて、さながら巨大蟻の巣を探検しているような気分だった。
「豚さんいないかな~?」なんて、陽気なフェンの後をついていきつつも、非常に嫌な予感を感じて後ろを見た瞬間、アーカイルは生まれて初めてマイコニドキングに遭遇した。
そして、今に至る。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「これどうするのさ?!」
「どうしようか~?」
フェリンは楽しそうだ。本当に、かけっこを楽しんでいるのかも知れないと思う程に。
「どうしようかじゃ無いよ。助け「あ、豚さんだ!」」
アーカイルの言葉の途中で、何かに気付いたらしいフェリンが、急に速度を上げて前方に駆けて行く。
置いて行かれまいと、アーカイルも一生懸命走った。
だが、フェリンの姿はどんどん小さくなっていく。
「待って」と言おうとした瞬間、フェリンは急に立ち止まり、こちらへ振り返った。
「ほらほら、豚さんだよ。見つけた見つけた」
フェリンがそう言うと、通路の暗闇の向こうから、マイコニドキングよりも一回り巨大な二足歩行の豚顔の何かが、突如現れた。
「グフォォォォォ!」
豚顔の魔物が咆吼する。
周囲の土壁が震え、天井から土埃が落ちる程の咆吼だ。
「……オークキング」
「正解! アルは豚さんにも詳しいんだね!」
フェリンは相変わらず楽しそうだ。
三○センチメートルくらいしかない小さな体躯の向こうには、巨大なオークキングが居るというのに。
浅黒い肌に、棘のついた巨大な棍棒を担ぎ持つオークキング。薄汚れてはいるものの、しっかりとした鎧を着込み、真っ赤な目をこちらに向けて走り来る様を目の当たりにすると、恐怖以外の感情は浮かばなかった。
「豚さんってオークキングの事だったの?!」
いつの間にか、背後のマイコニドキングは居なくなっていた。
恐らく、オークキングの方が格上であるため、逃げていったのだろう。
一難去ってまた一難。
「ダメだ、死ぬ……」
アーカイルは本気で死を覚悟した。
――が、事態は急変した。
「豚さんゲットー!」
フェリンが飛び上がった。体長が三○センチメートル程しか無いというのに、軽々とオークキングの顔の高さまで飛び上がると、可愛い尻尾をオークキングの顔に叩きつける。
尻尾はアーカイルの手のひらくらいの長さしかないというのに、その一撃で、オークキングの頭部が、消滅した。
「はぇ?」
豚の顔は、地面に転がるでもなく、一瞬で血煙と共に粉砕されたのだ。肉片すら残すことを許さない、強烈な一撃で。
アーカイルは、現実を認識はできたけれど、理解は出来なかった。
そして、理解できない現実はまだ続く。
「ほいっ、と」
次は、頭部を無くしたオークキングが、一瞬で氷漬けにされた。
直方体の巨大な氷の中に、オークキングの死体が固められている。
フェリンは氷塊を軽く尻尾で叩く。 すると、縦長の直方体が倒れ、まるで氷の棺の様に横たわった。
「一丁上がり! じゃぁ、運ぼう。獲れたては美味しいんだよ。ちょっと大きめの豚さんだから、血抜きは大変だけど」
フェリンは、その可愛らしい鼻先で氷を押し始める。
すると、氷漬けになったオークキングは、するすると地面を滑り始めた。
「…………」
アーカイルはその様子を黙って見ていることしか出来なかった。
「そう言えばさっきのキノコはどこに行ったんだろう。アレもなかなか美味しいんだけどな」
オークキングの体長は八メートルくらいだろうか。ただ、上背だけでなく横にも大きな体躯を氷漬けにしているのだから、フェリンが押している氷はかなり巨大な氷塊だ。
フェリンの体が小さいため、端から見ると、氷漬けにされた巨大なオブジェが勝手に動いているように見えた。
「どうなってるのさ……」
呆けた声を漏らすアーカイル。
しかし、ここに一人で置いてけぼりにされるのは危険過ぎると我に返り、慌ててフェリンの後をついて、『家』へと戻って行った。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~
hisa
ファンタジー
受験生の少年が、大学受験前にいきなり異世界に転生してしまった。
自称天使に与えられたチートは、社会に出たら役に立たないことで定評のある、学校の教科書。
戦争で下級貴族に成り上がった脳筋親父の英才教育をくぐり抜けて、少年は知識チートで生きていけるのか?
教科書の力で、目指せ異世界成り上がり!!
※なろうとカクヨムにそれぞれ別のスピンオフがあるのでそちらもよろしく!
※第5章に突入しました。
※小説家になろう96万PV突破!
※カクヨム68万PV突破!
※令和4年10月2日タイトルを『転生した受験生の異世界成り上がり 〜生まれは脳筋な下級貴族家ですが、教科書の知識だけで成り上がってやります〜』から変更しました
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
手違いで勝手に転生させられたので、女神からチート能力を盗んでハーレムを形成してやりました
2u10
ファンタジー
魔術指輪は鉄砲だ。魔法適性がなくても魔法が使えるし人も殺せる。女神から奪い取った〝能力付与〟能力と、〝魔術指輪の効果コピー〟能力で、俺は世界一強い『魔法適性のない魔術師』となる。その途中で何人かの勇者を倒したり、女神を陥れたり、あとは魔王を倒したりしながらも、いろんな可愛い女の子たちと仲間になってハーレムを作ったが、そんなことは俺の人生のほんの一部でしかない。無能力・無アイテム(所持品はラノベのみ)で異世界に手違いで転生されたただのオタクだった俺が世界を救う勇者となる。これより紡がれるのはそんな俺の物語。
※この作品は小説家になろうにて同時連載中です。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
F級スキル持ちのモブ陰キャ、諦めきれず毎日のようにダンジョンに潜ってたら【Lv.99999】まで急成長して敵がいなくなりました
藍坂いつき
ファンタジー
ある日、世界に突如として現れた迷宮区《ダンジョン》と呼ばれる謎の地下迷宮。
同時にスキルと呼ばれる異能の能力、レベルという概念までが現れた。
各国の政府機関は国連と結託し、探索者ギルトというものを設立し、大探索者時代が到来する。
そんな中、長年引きこもりニート生活を極めていた高校生「國田元春」はニート生活から脱却すべく探索者免許を手に入れたのだが……開眼したスキルはF級と呼ばれる一番弱いスキルだった。
しかし、そのスキルには秘密があった。
それは、レベルが99999になると言うバグが発生すると言うもので……。
「え、俺のレベル高すぎない??」
※筆者は長年ラブコメを書いている恋愛厨です。恋愛要素が多く、ファンタジーが上手いわけではありません。お手柔らかにお願いします。
※カクヨムからの転載になります。カクヨムでは3000フォロワー、☆1000突破しました!
HOTランキングトップ5入りありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる