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第一章
05.今日の食事は『豚さん』です
しおりを挟む「うぅ、恥ずかしい……」
「恥ずかしがることなんか無いよ。誰だって、生きていればお腹は空くものさ」
アーカイルはお腹をさすりながら、羞恥からくる鼓動の早まりが落ち着くのを待った。
「……そう言えば、食事ってどうしてるの?」
お腹の音が鳴った事からも分かるとおり、アーカイルは空腹だ。
気を失っていた時間がどれくらいなのかは分からないが、ダンジョンに入る前に少し固いパンを囓った程度だから、かなりの時間何も食べていないことになる。
『家』を探索していても、食料はなかった。
調理する場所はあっても、流石に食材は保存されていないようだ。
「うーん、ボクはあまり食べなくても大丈夫だから殆ど食べないけど、何か食べたくなったら、肉とかキノコとかを食べてるよ」
「肉? あったっけ、食材なんて」
「ううん。無いよ。でも、豚さんとかキノコが居るんだ。ほら、この『家』とは反対に大きな扉があっただろ? あの外にいっぱい」
「そうなんだね。食料にも困らないなら、ここ、住み心地良さそうだね」
「うん。ここはボクのお気に入りさ」
フェリンは尻尾をぱたぱたと振りながら、歩き始めた。
「アルと話してたら、ボクも何か食べたくなってきたよ。ちょっと豚さんのトコへ行こう」
「あ、待って。僕も行くよ」
アーカイルはフェリンの後をついていった。
でも、安易についていく前に気付くべきだった。
豚はともかく、キノコが居るという表現が示す意味に――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
今、アーカイルは全力で逃げていた。
空腹で辛いけど、そんな事も忘れてしまうくらいの恐怖が後ろから迫ってくるからだ。
「アル、どこ行くのさ?!」
フェリンはそんなアーカイルのすぐ横を駆けている。
小さな体躯だけれど、アーカイルよりもずっと速く走ることができるのか、可愛らしく首を傾げながら走る程の余裕っぷりだ。
「ど、どこって、魔物から逃げるんだよ!」
アーカイルが肩越しに振り返ると、そこには五メートルはあろうかと言う巨大なキノコが飛びはねながら追いかけてきていた。それも二つ。
「来てる来てる! 凄いのが追いかけてきてる!」
肉厚な椎茸を巨大化させたようなそれは、柄の部分に赤く光る目と口があり、明らかに人体に悪影響がありそうな胞子をまき散らしながら、キノコにあるまじき速度で二人を追いかけてきていた。
時折聞こえる「キシェェェェェッ!」という金切り声の様な音は、あの魔物の叫び声に違いない。
「そりゃぁ、来るよ、キノコだもん」
「キノコは普通飛び跳ねたりして追いかけてこないよね?!」
「えー? キノコは跳ねるよ。新鮮だから」
「新鮮だからじゃないと思う!!」
アーカイルは必死に逃げているが、フェリンは楽しそうだった。まるで、かけっこを楽しむ子供のよう。
「ていうか、アレ、僕の記憶が正しければ、マイコニドキングじゃない?! 図鑑で見たのと色が違うから自信無いけどっ」
「うん、正解。マイコニドキングだよ。色が違うのは変異種だからね。黄色っぽいから、胞子に痺れ効果がある変異種だ。吸い過ぎると身体がピリピリするよ」
「全然キノコじゃ無いじゃん! それに、絶対ピリピリじゃ済まないやつ!」
「えー」
フェリンは走りながら、追いかけてくるマイコニドキングを見やった。
そして、不思議そうに眉を寄せ、首を傾げて思案する。
「笠と柄。撒き散らされる胞子。明らかに菌糸類だし、キノコじゃない?」
「魔物でしょ?!」
「でもちゃんと胞子を洗い流して焼くと美味しいよ? ピリピリも、食感の良いアクセントになるし」
「本当?! っていうか、その前に僕達が食べられちゃうって!」
アーカイルに、全力で走って逃げる以外の選択肢は無かった。
どうしてこうなった? と激しい後悔を覚えながらに。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あの大きな扉を開けた向こう側に広がっていたのは、大きな洞窟のような空間だった。
最初は一本道だったが、暫く行くと道が幾重にも枝分かれしていて、さながら巨大蟻の巣を探検しているような気分だった。
「豚さんいないかな~?」なんて、陽気なフェンの後をついていきつつも、非常に嫌な予感を感じて後ろを見た瞬間、アーカイルは生まれて初めてマイコニドキングに遭遇した。
そして、今に至る。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「これどうするのさ?!」
「どうしようか~?」
フェリンは楽しそうだ。本当に、かけっこを楽しんでいるのかも知れないと思う程に。
「どうしようかじゃ無いよ。助け「あ、豚さんだ!」」
アーカイルの言葉の途中で、何かに気付いたらしいフェリンが、急に速度を上げて前方に駆けて行く。
置いて行かれまいと、アーカイルも一生懸命走った。
だが、フェリンの姿はどんどん小さくなっていく。
「待って」と言おうとした瞬間、フェリンは急に立ち止まり、こちらへ振り返った。
「ほらほら、豚さんだよ。見つけた見つけた」
フェリンがそう言うと、通路の暗闇の向こうから、マイコニドキングよりも一回り巨大な二足歩行の豚顔の何かが、突如現れた。
「グフォォォォォ!」
豚顔の魔物が咆吼する。
周囲の土壁が震え、天井から土埃が落ちる程の咆吼だ。
「……オークキング」
「正解! アルは豚さんにも詳しいんだね!」
フェリンは相変わらず楽しそうだ。
三○センチメートルくらいしかない小さな体躯の向こうには、巨大なオークキングが居るというのに。
浅黒い肌に、棘のついた巨大な棍棒を担ぎ持つオークキング。薄汚れてはいるものの、しっかりとした鎧を着込み、真っ赤な目をこちらに向けて走り来る様を目の当たりにすると、恐怖以外の感情は浮かばなかった。
「豚さんってオークキングの事だったの?!」
いつの間にか、背後のマイコニドキングは居なくなっていた。
恐らく、オークキングの方が格上であるため、逃げていったのだろう。
一難去ってまた一難。
「ダメだ、死ぬ……」
アーカイルは本気で死を覚悟した。
――が、事態は急変した。
「豚さんゲットー!」
フェリンが飛び上がった。体長が三○センチメートル程しか無いというのに、軽々とオークキングの顔の高さまで飛び上がると、可愛い尻尾をオークキングの顔に叩きつける。
尻尾はアーカイルの手のひらくらいの長さしかないというのに、その一撃で、オークキングの頭部が、消滅した。
「はぇ?」
豚の顔は、地面に転がるでもなく、一瞬で血煙と共に粉砕されたのだ。肉片すら残すことを許さない、強烈な一撃で。
アーカイルは、現実を認識はできたけれど、理解は出来なかった。
そして、理解できない現実はまだ続く。
「ほいっ、と」
次は、頭部を無くしたオークキングが、一瞬で氷漬けにされた。
直方体の巨大な氷の中に、オークキングの死体が固められている。
フェリンは氷塊を軽く尻尾で叩く。 すると、縦長の直方体が倒れ、まるで氷の棺の様に横たわった。
「一丁上がり! じゃぁ、運ぼう。獲れたては美味しいんだよ。ちょっと大きめの豚さんだから、血抜きは大変だけど」
フェリンは、その可愛らしい鼻先で氷を押し始める。
すると、氷漬けになったオークキングは、するすると地面を滑り始めた。
「…………」
アーカイルはその様子を黙って見ていることしか出来なかった。
「そう言えばさっきのキノコはどこに行ったんだろう。アレもなかなか美味しいんだけどな」
オークキングの体長は八メートルくらいだろうか。ただ、上背だけでなく横にも大きな体躯を氷漬けにしているのだから、フェリンが押している氷はかなり巨大な氷塊だ。
フェリンの体が小さいため、端から見ると、氷漬けにされた巨大なオブジェが勝手に動いているように見えた。
「どうなってるのさ……」
呆けた声を漏らすアーカイル。
しかし、ここに一人で置いてけぼりにされるのは危険過ぎると我に返り、慌ててフェリンの後をついて、『家』へと戻って行った。
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