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第一章
04.フェリンの『家』
しおりを挟む「ところで、フェリン、此処は何処なの?」
アーカイルは改めて周囲を見回しながら聞いた。
両側は、切り立った岩壁になっている。多少の凹凸はあるが、ほぼ垂直にそびえ、何より頂が見えないほど高いのだから、上っていくことはほぼ不可能だろう。
前方には、何やら神殿のような建築物が存在している。
石造りのそれは、直径が二メートルくらいありそうな太い石柱が並び、細かなレリーフが刻まれた石の天井を支えている。扉が閉まっているため、その中を窺い知ることは出来ないが、外観から想像するに、かなり大きな建物のようだ。
後ろには、神殿の扉が小さく見えるような大きな扉がある。飾り気の無い石製の扉に見えるが、どうやって開け閉めするのかが全く想像出来ない巨大さだ。
「うーん、知らない」
「えっ?」
まさかの答えに、アーカイルは目を見開いた。
「ボク、ここに来る前の記憶が曖昧なんだよね。どこか大きな屋敷に居たような気がするんだけど、気が付いたらここに居たんだよ」
「ご、ごめんね。変なこと聞いちゃって……」
「良いよ良いよ、気にしないで。それに、全部の記憶が無いというより、部分的に抜け落ちてるような感じの記憶喪失だから、こうして生きていく分には特に困らないからさ」
フェリンはそう言いながら、小さな歩幅でてくてくと歩いて行く。
アーカイルもフェリンについて行った。
フェリンは、神殿のような建物へとやってきた。
神殿は扉が閉ざされている。
六枚の翼を持つ美しい姿の女性と、荒々しい獅子のような顔を持つ男性の絵が描かれた扉。
フェリンがその近くに立つと、その扉が重々しい音を立てて開き始めた。
「うわ……凄い」
どうやって動いているのかは分からないが、扉は一定の速度で開いていき、やがて完全に開いた。
中は薄暗い通路になっているようだが、ある程度の感覚で光を放つ魔晶石が置かれているようで、歩くのには不自由しない程度の明るさが保たれている。
「普段はこの奥で寝てるんだ。凄く気持ち良いんだよね。元気が漲ってくる。だから普段は殆ど寝て過ごしてるんだ」
「そうなんだ……」
フェリンの事も気になるが、アーカイルはこの神殿のような建物に釘付けだった。
末席とは言え、冒険者として活動しているのは、少なからず冒険に憧れる心があるからだ。眉唾だと分かっていても、世界樹へ至ることを夢見る程に。
だから、今、目の前に広がっている光景は、アーカイルの心に大きな感動を与えた。
「アル、目が輝いてきたね」
フェリンは嬉しそうに笑い、尻尾を振っている。
「そ、そう?」
自分が我を忘れて感動している所を指摘されるというのは、存外恥ずかしさを伴うもの。アーカイルは自分の頬が上気するのを感じた。
視線が宙を彷徨う。
「うん。ここに落ちてきた時は、誇張抜きで死にそうな顔してたよ。さっきまでもどこかおどおどしてたけど、今は良い顔してるよ」
「そ、そうかな」
「うん。ふさぎ込んでる顔よりよっぽど良いよ」
にしし、と歯を見せて笑うフェリン。
「あはは、確かに、そうだね」
釣られてアーカイルも笑った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、フェリンに連れられ、神殿と思われる建物を探索した。
因みに、この建物のことを、フェリンは『家』と呼んでいたので、アーカイルもそう呼ぶ事にした。
もっと別の呼び方が良かったけど、フェリンに呼び方を変える気が無く、アーカイルの意見は却下されてしまった。
扉から伸びている通路は、建物の中心にある広間に繋がっていた。そこは、王城にある謁見の間のような広間であり、高い天井と、柱が極端に少ない広々とした空間だった。
その奥には一段高くなった場所があり、まるで自然光のような明かりが降り注いでいた。
その場所に座ると、まるで大自然の中にいるような清々しい感覚に包まれた。フェリンが言っていた場所は、ここのことだった。
広間以外にも、こんこんと清水の湧き出る泉がある部屋や、何十人もの料理人が一斉に作業できそうなキッチン設備のある部屋、パントリーの様な部屋、果ては遊技場のような部屋まであった。
特に用途が判然としない部屋も多く、大勢で此処に住むことができるような設備が一通り揃っていた。
保存状態も良く、ちょっとした貴族の屋敷よりも立派なくらいだ。
アーカイルは、神殿とか、そういった呼び方が良かったのだが、こういう設備を見ると『家』という呼び方も案外的を射ているのかも知れない。
そして、地下には宝物庫も存在した。
大量の金塊に宝石類、古代魔術道具や、魔術のスクロール、巨大な魔晶石、刀剣類を初めとする装備品などなど。
一部分だけでも持ち帰れば大金持ちになれるであろう宝が、所狭しと保存されていた。
「ねぇ、凄いよ、フェリン! こんな沢山宝物があるなんて!」
アーカイルは興奮を隠しきれず、宝の山を見て回った。
下手に触って古代魔術道具が起動してしまっても困るので、丁寧に、それでいてがっつりと。
「んー、綺麗だとは思うけど、どれもこれも食べられないからなぁ」
「フェリン……」
フェリンの方は、宝物に対して感慨は特に無いようだった。
確かに、神獣フェンリルからしてみれば、宝飾品や古代魔術道具には興味が湧かないのかも知れない。
しかし、アーカイルはこの感動を少しでもフェリンに分かって欲しくて、近くにあった剣を指さした。
細やかな装飾が施された鞘に収められている片手剣だ。
「ほら、見てよこの剣。きっと名剣だよ。光のオーラが半端ないし、綺麗だ」
「それは『勝利の剣』だね。持ち主の為に勝手に戦ってくれる優秀な剣だよ」
「え、フェリン知ってるの? ていうか、勝手に戦うの?!」
「そりゃ知ってるよ。昔知り合いが使ってた……ような気がするし。 ――あ、そっちにある黒い鞘の剣は抜いちゃダメだよ」
「これのこと?」
アーカイルは、フェリンが示したであろう剣を指さす。
フェリンは一度頷いてから目を細めた。
「そう、それ。鞘から抜いたら誰かを一回斬らないと鞘に戻ってくれないからね。ここには敵なんていないから、鞘に戻すのに自分の指とかを切り落とさないといけなくなるよ」
「うぇっ?!」
アーカイルは黒い鞘の剣から思わず距離を取った。
やはり、中には気軽に触ってはいけないものも多そうだ。
それでも、この宝の山は魅力に満ちていた。寧ろ魅力しか無い。
価値があるものもある。歴史あるものもある。高度な魔術遺産であるものもある。
だから、目の輝きが止まらない。
しかし。
「お腹を満たせるわけでも無いんだから、ボクはあんまり興味を持てないよ」
くぁ、と欠伸をするフェリン。
入り口近くに寝そべり、目線だけをアーカイルへと向けている。
残念ながら、アーカイルとフェリンの温度差は、かなりのものだった。
「え、でもほら、この金塊があれば、美味しいものいっぱい買えるんだよ?」
「そうかも知れないけど、どこで買うのさ。ここにお店なんて無いよ?」
「そうだけど、さ」
とてつもない壁があった。フェリンと分かり合えないことが、アーカイルにはどうしようも無く悔しい。
どうしたらフェリンにこの感動が伝わるのか。
アーカイルは改めて、一生懸命考えた。
そんな時だった。
――ぐぅぅぅぅ。
「お。腹の虫ー」
そう、さっきの音はアーカイルのお腹の音だった。かなり大きく鳴ったため、ばっちりフェリンにも聞かれたようだ。
アーカイルの顔は、真っ赤だった。
「気持ちが良い程、綺麗に鳴ったね」
フェリンは楽しそうに笑って、アーカイルを見上げた。
「身体が治って元気になったから、お腹が空いたんだよ。良い事じゃないかな」
「そうかも知れないけど、やっぱり恥ずかしいって……。凄く良い音したしさ……」
アーカイルは目を覆って盛大な溜息を吐いた。
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