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継章

46.継章

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 「ノア殿、お体は大丈夫でござるか?」

 馬車の御者台にいるウルガーさんから掛けられた声に、僕は「大丈夫」と答えた。
 大きく息を吐きながら、幌を見上げる。

 僕たちは今、田舎道を幌馬車で北上している。
 今ここにいるのは、ウルガーさんと僕、そして、リーゼとマオちゃんの四人だ。

 かつてのマキーナ=ユーリウス王国の王城跡を『ルイーザ』と命名し、ルイーザ国の中心とするよう定めたまでは良かったけれど、如何せん、僕の体がボロボロすぎたのだ。
 リーゼもお手上げで、ウルガーさん達雪犬人族シュネーコボルトでも僕を治療できる人が居なかった。
 両腕の骨折や外傷の応急手当はしたけれど、結局それだけ。内臓にどれくらいの損傷があるのかも判断できないし、問題が他にあるのかどうかも分からない。結局、専門家──つまりは医者に診てもらう必要があるという話になって、僕たちは医者を求めて旅をしている。

 拠点のルイーザは、ラウラさん達が管理してくれているので安心だ。
 魔物除けとして優秀なオドルアリウムの実もいっぱいあるので、暫く心配は無いだろう。



 向かう先は、エルフ達の国であり、僕の故郷テールス王国の隣国でもあるシルウァ王国だ。
 一番近いテールス王国ではなく、わざわざ隣国であるシルウァ王国を目指しているのには、もちろん理由がある。

 第一の理由は、テールス王国の状況だ。元魔王四天王のアドヴェルザが破壊したテールス王国東部のキースリング領は大量の怪我人や難民で溢れて人手が足りない状況のため、僕たちの力になってくれる人が少ないだろうと考えている。
 第二の理由は、シルウァ王国が人類圏の中で一番医療技術が発達している医療先進国だと言う点だ。
 僕の体を診てもらうことが最低限の目標ではあるけれど、できるのであればルイーザ国に医者を招待したい。これから僕たちが辺境──しかも魔王国領内で生きていくために、医者は必須だと言える。
 しかも、ルイーザ国からシルウァ王国は距離的にはそこまで離れていないのだ。だったらシルウァ王国に向かって目的を果たそうという判断の元、僕たちはシルウァ王国を目指している。

 今乗っている馬車は、途中の村で安く譲ってもらったものだ。
 かなり年代物ではあるけれど、譲ってもらえる幌馬車があったというだけでもありがたい。

「辛くなったらいつでも膝枕しますからねー」
「マオもするー!」

 リーゼとマオちゃんは平常運転だ。

「今のところ大丈夫かな。ありがとう」
「断られてしまいました……」
「ママ、落ち込んでる?」
「大丈夫ですよ。それに、私よりも素直になれないノア様の方が重症ですからね」
「? そうなんだ」

 マオちゃん、多分分かってないよね。
 というか、マオちゃんまでリーゼみたく育ったらどうしよう。ちょっと考えた方が良いのかな。

「ははっ、大丈夫そうで何よりでござる。馬車の揺れもノア殿の体にはキツいと思います故、休みたいときは早めに言って下され。リーゼ殿、マオ殿も疲れたら一声お願いしまする」

 ウルガーさんはそう言って、御者台の方へと顔を引っ込めた。



 旅は順調だった。
 特に急ぎでもないため、余裕をもって進めるのも大きい。旅の費用も、ウルガーさんが村々の特産品を購入して行く先々で行商してくれるお陰で、利益が出ているくらいだ。

「ピルツ村のキノコと、バンブスシュプロス村のタケノコはどこに行っても重宝されるでござる。それに、この時期に採れるテールスの野菜は、シルウァ王国で良い値が付くでござる」

 行商でシルウァ王国に行くこともあるウルガーさんは、道中の村の事情にも詳しく、この旅をする中で一番心強い存在だった。



 そんなこんなで、ルイーザを出て五日目に、僕たちは無事にシルウァ王国へ入ることができた。

「木ばっかりー」

 マオちゃんがそんな感想を漏らすのも仕方ないだろう。
 自然豊かなシルウァ王国は、その殆どが大自然──豊かな森となっている。
 人々は森の中で、森と共に暮らしているのだ。

「ははっ、確かにシルウァ王国は豊かな森が多いでござる。エルフ族はこの豊かな森を誇りに思っている故、マオ殿の感想は案外喜ばれるかも知れませぬな」
「確か、シルウァ王国の王都には世界樹があるんでしたっけ?」

 リーゼの言葉に、ウルガーさんが頷いた。

「えぇ。世界樹ユグドラシル。あれは見事な樹でござる」
「ウルガーさんは見たことがあるんですか?」
「もちろん。ノア殿はまだ見たことが無いでござるか?」
「うん。シルウァ王国の王都には行ったことが無くて」

 シルウァ王国の王都アルフヘイムは、世界樹ユグドラシルの元にある。
 巨大な樹木で、大量の魔力を生み出す源泉になっていることから、この世界を支える樹なのではないかとされている。

「なるほど。あれは死ぬまでに一度見ることをお勧めするでござるよ。それほど立派な、大自然の神秘でござる」
「そうなんだ。余裕があったら王都アルフヘイムにも行ってみたいね」
「マオも、大きな木見てみたい!」
「ノア様ノア様っ、折角だからアルフヘイムを目指しませんか? 途中の村や町でお医者様が見つからなければ、王都の方まで足をのばしちゃいましょうよ」
「それもアリだね」

 シルウァ王国には来たけれど、目的地が定まっているわけではない。ならば、仮の目的地として王都アルフヘイムを目指すのは悪くないだろう。

「では、アルフヘイムを目指しまする」

 ウルガーさんがそう言って、手綱を握る手に力を入れたその時だった。



「それは難しいかも知れないわね」



 突然、頭上から女性の声が聞こえた。
 その声に、僕は背筋がゾクりと震えた。

 あの声をこれ以上聞いては・・・・・・・・いけない・・・・
 直感的にそう思った。

「みんな耳を塞いで!」

 大きな声で警戒を促すけれど、リーゼもマオちゃんも倒れている。
 本当に、あっという間の出来事だった。

「くっ、リーゼ……ッ」

 眠気なのか何なのか。とにかく、意識を刈り取るほどの何かが僕たちを襲っていることだけは理解できた。
 微睡む意識の中で、必死に手を伸ばす。

「あら、まだ意識があるのね。驚いたわ」

 声の主は見当たらない。
 上を見ても、ただそこには幌があるだけで、何者の姿も無い。

 再び、リーゼ達を見ると、彼女たちの近くに一輪の赤い花──ゼラニウムが落ちていた。


「でも、もうお終いよ」


 僕の首筋に何かが触れ。


 ──僕の意識は暗転した。



―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
およそ一か月の間、ご無沙汰しておりました。
古河夜空です。

突然の完結で驚いた方もいらっしゃると思いますが、物語は続いていきます。

ちなみに、続きはこちらです。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/211067254/907647386

タイトル:アーク・キングダム~【悲報】勇者パーティから追放され、最難関ダンジョン『魔王城』で迷子になる【嘘のような話】


このような形を取らせて頂いたのは、一人でも多くの皆様にお読みいただきたいという気持ち故です。
この物語もおよそ20万字となり、初めましての方にはやや敷居が高くなっているのではないかなと思い、思い切って続きを別の物語として書いてみました。

賛否はあるかも知れませんが、続きが気になるという方は、ぜひ続編をお読みいただければと思います。

皆様の日常に、少しでも彩を添えられますよう、これからも執筆を続けてまいりますので、よろしくお願いいたします。


古川夜空


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