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第一章 ルイーザ建国

40.或る若人の物語~前編~

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ちょっと長くなってしまいましたので、前後編に分けました。
こちらは前編です。
後編はお昼頃に(いつも通りの時間)に投稿予定です。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―

■□■---Side: ???---■□■

  僕の父ちゃんも母ちゃんも、隣に住んでるおじちゃんもおばちゃんも、一緒に畑を耕しているおじちゃんも、外から来た人のことを余所者と言って辛くあたっていた。一秒でも早くどこかに行って欲しいと思っているみたいだ。
 何でだろうなって思っていた。外から来たというだけで、その人が何か悪いことをしたわけでも無いのに、怒鳴りつけて、鎌を振り上げてまで追い返すのはやり過ぎじゃないかなって思った。

「じゃぁ、お前の夕飯を余所者に渡すか?」
「何それ、関係無くない?」
「大ありなんじゃ」

 父ちゃんの言ってることが、僕には分からなかった。だけど、母ちゃんもおじちゃんもおばちゃんも、みんな疲れたような顔で溜息を吐くだけで、父ちゃんの意見に反論は無いようだった。どちらかと言うと、首を傾げる僕のことを変な目で見ているようにすら思えた。

 余所者が来るたびに、そんなやり取りが繰り返されていく。
 僕達が住んでいる場所は他に比べて魔物が多い場所らしくて、それが余所者が多い大きな原因だそうだ。それ以外の理由もあるらしいけど、それは余所者の事情だから突っ込むなと言われていた。知っても意味が無いというのが、その理由だそうだ。



 そんな感じで何年かが過ぎた。

 僕──いや、俺はだいぶ身体つきもしっかりしてきて、みんなの為に仕事をするようになっていた。
 畑を耕して作物を作ったり、川から水を引くための水路を修理したり、山へ入って狩りをしたり、ゴブリンを退治をしたり。どれもこれも大変な仕事だけど、働き盛りの俺達がやらなければいけないことだし、俺と同じ年の頃の者達は、これまでもそうしてきているから、否やは無かった。
 今までそうだったから、これからもそうなのだろうと思っていた。


 余所者もそれなりにやってきた。

 小麦が穫れなかった年の冬なんか、凄い数の余所者が来たのを覚えている。
 俺達も人のことを言えるような状態では無かったが、本当に骨と皮ばかりで、生きているのがやっとという風体が衝撃的だったからか、今でも鮮明に思い出せる。

 そんな彼らも、父ちゃんは追い払った。
 父ちゃんの行動は、今も昔も一貫して変わらない。だけど、俺の感じ方は大分変わったように思う。

 相変わらず、どうしてだろう、という気持ちが沸くことはあるけれど、良かったと胸をなでおろす自分がいることも理解できていた。


 ──じゃぁ、お前の夕飯を余所者に渡すか?

 俺が父ちゃん達の行動に意見することが無くなったから、その言葉を聞くことは殆ど無くなったけれど。
 骨と皮だけになっている余所者の背中を見送る俺は、今のこの行為が夕飯に繋がることを理解していたんだろうと思う。


 小さすぎる畑。
 広げる為には、俺の様に働ける者たちが沢山必要だ。
 だけど、俺達が畑仕事をしないと、お年寄り達が飢えてしまう。俺達が狩りに行かないと、子供たちが大きく育たなくなってしまう。俺達がゴブリン退治をしないと、みんなが死んでしまう。
 俺達がこうして働けるのは、今のお年寄りが働いてくれたお陰だから恩がある。
 俺達がいつまでも働けるわけではないのだから、子供たちが大きくする責任が俺達にはある。

 だから、畑を広くする余裕が無い。

 畑が狭いから、食べるものに余裕は無い。
 食べるものに余裕が無いから、不用意に子も産めない。産み過ぎたら口減らしが必要だ。

 けれど、今の仲間達とはこれまで生きてこられたし、これからも生きていくんだ。


 ──じゃぁ、お前の夕飯を余所者に渡すか?

 俺の夕飯だけで済むなら良いが、話はそれだけではない。
 無邪気に疑問を持っていた頃から比べて世間を知り、賢くなるにつれて、何かを失っていく──何かを諦めていく俺がいた。



 彼女に出会ったのはそんな時だった。

 雪のような真っ白な髪に、真っ白な肌。くりっとした黒目が印象的な女性だった。
 長い髪を緩く三つ編みにして、肩から手前に流している。絹のように美しい髪だと思った。

 余所者だ。
 俺が知らないということは、そういうことだ。

 彼女は俺達と同じような服の上に、軽鎧をつけていた。そして、俺の前に来た時には大きく肩で息をしていて、疲れ果てていた。
 汗で白く美しい髪が頬に張り付いていて、顎先から滴った雫が胸元を濡らして張り付いている。
 女性を見て、ここまで目を奪われたのは初めてかも知れない。

 右の足首に怪我でもしているのか、幾重にも包帯が巻かれているのが少しだけ気になった。


 そんな、彼女が言う。

「ゴブリンの群れが、こちらに、向かってきています!」

 緊急事態だった。
 彼女の言葉が本当なら、冒険者を雇って対処してもらうような案件だ。いくら働ける者達が束になっても、流石に群れになったゴブリンには敵わない。単体のはぐれゴブリンなら兎も角、数が揃うと非常に厄介な魔物だ。

 今は彼女の仲間が足止めをして時間稼ぎをしているようだが、ここに襲い来るのは時間の問題だと言う。


「どうする?」

 仲間が聞いてくる。
 どうするも何も、話を聞く限り余裕は無さそうだ。

「デニスにひとっ走り行ってもらって、状況を把握しよう。みんなには家に入って出てこないように言って、戦えるモンは入り口に集合だ」
「分かった、行ってくる!」

 近くにいた幼馴染──ウッツが緊急事態を知らせに走った。──まぁ、幼馴染とは言うものの、同じ年頃の連中はみんな幼馴染なんだけどな。


 俺は一人残り、余所者の彼女に話を聞く。

「申し訳、ありません。私達が、もう少し、しっかりと、対処、できていれば……。こちらの村、に、ご迷惑を、お掛けすることも、なかった、と、思います……」

 両手を太股について粗い息を整えながら謝罪を口にする彼女。襟元から白い胸元が見え隠れしていることに気付いてしまい、全く会話に集中できなくなっていた。
 不思議そうに眉根を寄せる女性を見て、俺は大きく頭を振る。

「いや、起きたことは仕方ない」

 何が仕方ないだ。
 自分の対応が合っているのか分からないが、目の前の女性に対する態度として最適でないことは何となく分かった。これじゃない。けれど、正解は分からない。


 そうこうしていると、村の中からいつも一緒に狩りに出るメンバが集まってきた。
 各々武器を持ってはいるが、手製の弓だったり槍だったりで、ゴブリンの群れを相手にするには心許ない。

 そして、デニスが偵察から戻ってきて、余所者の彼女が言うことが本当であることと、本体では無さそうだが、十匹程度のゴブリンの群れが此処にやって来そうだという事実が伝えられた。


「……覚悟を決めよう」

 俺の言葉に、皆一様に嫌そうな顔をしたが、誰も文句は言わなかった。
 仕方ない。人が減っても増えても、俺達の生活は成り立たない。そして、俺達で対処できない問題にぶち当たった時にこうなることは分かっていたことだ。
 不条理だとは思うが、誰に言える訳でも無い。
 そしてきっと、俺達が追い返した余所者達も、少なからずそう思っていたのだろうから。


「私にも、私達にもお手伝いさせてください!」


 だから、俺は彼女のその言葉に、衝撃を受けた。
 そんな選択肢があるのかと驚愕した。

「い、いやそれは……」
「元は、私達がこの村の近くでゴブリンの群れに遭遇してしまったことが悪いのです。旅で転々としている身の上ですから、多少の心得は、あります」

 大分息が落ち着いてきたようで、彼女の言葉は聞き取りやすくなっていた。
 落ち着いているけれども良く通る、不思議な魅力がある声だと思った。

 だが、言っていることはどうしても理解できない。

「何故だ? 俺達の村の事情に、君たちは関係ないだろう?」

 気が付いたら問うていた。
 確かに、俺達の村は巻き込まれてしまったのだろう。それは不幸なことだ。そして、彼女が言うように、彼女達に原因があるのかも知れない。

 しかし、それは単なる切欠きっかけに過ぎないのだ。
 彼女達が居なかったとしても、ゴブリンの群れはこの村を探し当てていたかも知れない。寧ろ、周囲に集落は殆ど無いから、その可能性は高いだろう。


「私達は、もう疲れたのです……」

 訥々とつとつと、彼女は語り始めた。
 もう長い間各地を放浪し続けているらしい。魔物に元居た村を襲撃され、何とか逃げ延びはしたものの、どこの村にも受け入れて貰えない。
 王都の方まで行けば違うのかも知れないけれど、体の悪い年寄りもいるから遠くへは行けない。
 だが、この国境付近で自分達を受け入れてくれるような村は無く、行商の真似事をしながら何とか食いつないできていたんだとか。

 しかし、そんな生活が長続きする筈も無く、年寄りは自分で動くことも儘ならなくなり、動ける若者も徐々に減っていく。魔物に襲われ命を落とす者、夜盗に襲われ命を落とす者──。彼女達の集団は、もう崩壊寸前なのだと言う。

「ですから、もし貴方に断られたとしても構わないんです。此処で戦って死ぬのか、緩やかに死んでいくのかの違いしかありませんから」


 彼女の言葉を聞いて、デニスとウッツは涙を流していた。彼女の境遇に同情したのだろうか。
 しきりに、彼女を仲間にしようと、俺に訴えてくる二人。

 何故だ?
 これまで何人もの余所者を見限ってきたのに、何故彼女はそうしないのだ?


「だってここまで正直に話してくれて、自分達の非を認め、命を懸けようとしてくれてるんだぞ?」
「そうだ。その思いには報いたいじゃないか」

 じゃぁ、今まで見限ってきた余所者達はどうなんだ?
 彼らが文句も言わず、暴れもせずに立ち去ったのは、受け入れたら共倒れになってしまうことを分かってくれたからこそなんじゃないのか?

 どうして、この世の中はこんなにも生き辛いんだろう。どうして、彼らが理不尽な不幸に見舞われたんだろう。
 これだけ辛い思いをしているのにどうして、俺達から奪わず、自ら去っていくことを選べるのだろう。
 また、彼らの優しさに甘えて、俺達は今日もこの場所に留まり続けている。否、留まり続けていられるんだ。──そう思い、胸を撫で下ろしていた。



 ──じゃぁ、お前の夕飯を余所者に渡すか?

 ふと、父ちゃんの声が聞こえた気がした。
 父ちゃんは村の中で全体指揮を執っているはずだからここにはいない。だけど、俺には声が聞こえた気がしたんだ。


「そうは言うけどやっぱり──」

 俺が、彼女達を拒絶する言葉を吐こうとした時だった。

「良ぇじゃろ。彼女達にも手伝ぉてもらおう」

 急に声がした。
 振り返ると、そこには父ちゃんと、村の長老衆が居た。

「父ちゃん?」
「ああ、もう良いのじゃ。──緩やかに死んでいく。何とも憐れな言葉じゃ」

 父ちゃんの言葉に、デニスとウッツが笑みを浮かべて拳を突き上げた。何がそんなに嬉しいのか、俺には今一つ分からなかったが。
 父ちゃんは俺の肩を軽く叩くと、俺を見上げてこう言った。

「儂達も、変わらなければ緩やかに死んでいくしかない。お主がいつも、余所者を門前払いしてくれておったことには感謝しておる。──辛い思いをさせ続けてしもうて、すまなんだの。
 じゃが、一歩踏み出してみよう。その娘さんが言うように、今死ぬか、緩やかに死ぬか。──上手くいけば、強く生きることができるようになるやも知れぬしな」

 そういって笑う父ちゃんと、父ちゃんの言葉に頷く長老達。


 皆が、余所者の彼女と話し合う姿を、俺は少しだけ遠くから見ていた──。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
■Tips■
村[名詞]
人が集まって住んでいる所。街よりも小さい。
イルテア大陸には数多くの村が存在するが、それは人が集まり住んでいるという意味だけに留まらない。
課税に魔物、悪天候による不作、病気──
様々な困難に対して力を合わせて生きている運命共同体。

人は協力無しに生きてはいけないし、協力して生きている中に余所者が混じるのは難しい。
椅子取りゲームの椅子の数は限られているし、新しい椅子一つを作り出す労力は生半可な物ではないのだ。


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