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第一章 ルイーザ建国
38.『継承』
しおりを挟む■□■---Side: ダミアン---■□■
一体私は何を見ているのだろうか。
眼前の現実を、理解し難いものとして脳が拒絶しているようだ。
それほどまでに信じられないものを、今私は見せられている。
勇者が倒された。ほんの少し前――ピルツ村を出発する頃の私がそれを聞いたとしても、感情にさざ波すら立たなかったかも知れないが、今は違う。
倒される直前に勇者が見せた『聖炎』の力は、確かに素晴らしいものだった。
まだ荒削りなところはあるようにも思えたが、それを差し引いても素晴らしい炎であった。『聖炎』は、私の知るどんな魔術の炎よりも熱く、そして輝いていた。人類の旗印になるべき炎だと思えた。年甲斐も無く、心の奥底に沸き立つ思いすらも覚えた程だ。
持論になるが、勇者の存在に歓喜し、期待を寄せる資格を、我々軍人騎士は持つべきでは無いと思っている。勇者が神託――つまるところ、神という存在に認められた存在であるのだとしてもだ。
何故か?
本来、人々を守り、魔物を倒し、仇なす魔族を駆逐することは、軍人騎士の領分ではなかったのか。天稟の儀によってスキルを授かり、磨き上げ、その力を人々の安寧の為に振るうと決めた大人である軍人騎士が果たすべき役割ではなかったのか。
いくら優れたスキルを得ているとは言え、成人したばかりの青年に押しつけるのは酷であろう。それは、少なくとも大人が取るべき行動ではないと考えているし、ましてや軍人騎士であれば尚更、許されざる行為だと思っている。
寧ろ、勇者という存在に頼らなければならない世にしてしまった事を、我々は悔いるべきなのだ。
確かに鼻につく所はある。だが、私が彼くらいの頃はどうだった? 先代のキースリング様に生意気なガキだとしごかれていたではないか。
彼は勇者かも知れないが、一五歳なのだ。
つまり、何が言いたいかというと、あの『聖炎』に、私は心を奮わされたということだ。
だからこそ、勇者が倒された時、恐怖した。
アレを倒すには、まだ足りないのか。『聖炎』を以てしても届かないのかと。
しかし――。
そんな存在を、何処の誰かも分からない仮面の男が圧倒している。
男? ――青年? いや、少年かも知れない。顔が見えないからか、または別の理由があるのかは分からないが、どうにも判断がぶれる存在だ。ただ、強い。
新たに現われた魔族も同時に抑えこむ技量。龍族とまともにぶつかり合っても引けを取らない膂力。そして、あの巨大龍であっても真っ向勝負を挑む気概。
そんな彼が、今――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
覚悟を決めろ。後には引けない。
考えてもみろ、アレがまともに放たれたならこの周辺が更地になってしまうかも知れない。もしそうなってしまったら――
『守るべき者が居ると、取り得る選択肢が限られるな』
くつくつと、喉奥を鳴らして笑うマキーナ。言葉を聞けば馬鹿にされているようにも聞こえるけれど、真意は別にあることが何となく分かる。彼が僕の中に居るからだろうか? それとも、僕も同じ気持ちだからだろうか?
「良いじゃ無いか。悩まずに済むよ!」
僕の中で、マキーナが笑ったように思えた。
『言うではないか。では守り切ってみせよ。――ただし、其方の身体は、我が再び現世を感じるために必要なモノだ。死は許さぬぞ』
「我が儘だね」
『欲に忠実なのは魔族の性である。――さぁ、征くが良い!』
「言われずとも!」
巨大黒龍の顎。その奥から放たれる、破滅の波動。
眩い程の漆黒という、不思議な輝きが迫る。
左手には紫の血が滴る巨大な羽根剣。眼前には、切っ先をアドヴェルザに向けて並ぶ六つの羽根剣。そのどれもが、十メルト程ある。今の僕の、ありったけの魔力を持っていったばかりの羽根達は、一つ一つが凄まじい力を秘めている。
――すぅ、と。僕は息を吸った。
アドヴェルザのブレスはもう眼前にまで迫っているが、不思議と落ち着いている。
手始めに、左手の剣を大上段に構えて振り下ろし、切っ先をアドヴェルザ――その口腔内に向けた。
「密集突撃陣形!」
僕の合図で、宙に浮かんでいた巨大羽根剣六振りのそれぞれが、無数に分裂して一列に並んだ。刃渡り十メルトの羽根剣が並ぶその光景は、城壁のようでもあり。鋭い切っ先が一分の狂いも無くブレスに向かう姿は、恐れを知らぬ精兵の大軍団のようでもあり。
『ほう、この使い方を知っていたか』
「みたいだね」
つ、鼻とこめかみから血が滴った。
成る程、これは流石に、今の僕が扱うにはオーバースペックに過ぎるらしい。
けれど、運命はそれを止めないし、僕求める心算は無い。つまりは、それほどの無茶を押し通さなければ、この窮地を脱することは出来ないという事だろう。
――ズン、と、大地が揺れた。
ついにブレスと熾天使の羽根が接敵した。全てを破壊し尽くさんとする漆黒の輝きが大地を抉り、空気を軋ませ、耳を塞ぎたくなるような大爆音を立てながら迫り来る。それを真正面から受ける羽根剣の軍勢は、白く、眩く輝いて対抗する。切っ先は変わらずアドヴェルザに向けられた侭。されど、ブレスを一片たりとも後ろへは通さず、全てを受け止めきる。
滴る血の量が増える。
頭の中を掻き乱されるような苦痛が、僕を襲った。
「アアアアアアアアッ!!!!」
頭を振って、吼える。
此処が最終防衛戦なんだ。限界が来ようが、倒れるわけにはいかない。守るべき人達が後ろに居る以上、倒れたとしても倒れる訳にはいかないんだ!
偽者と罵られた僕のスキル『継承』――。
======================================
継承 スキルレベル:4
汝、数多の命が世界に刻みし軌跡を承け継ぐ者也
汝、其の軌跡を世界に承け継がせし者也
・知識の継承
・リインカーネーション
======================================
数多の命が世界に刻みし軌跡とは、恐らく過去に生きた人々のことだろう。それぞれの時代に生き、世界の礎をなってきた人々を承け継いで。
其の軌跡を世界に承け継がせ、繋いでいく。
そして、熾天使の羽根の力の一端を、知識として継承し。
更に、使い手だったマキーナをリインカーネーションして、力を行使している。
――パキン。
幾つかの羽根剣に亀裂が入った。
分裂させた羽根剣は、その分だけ硬度が落ちる。それ故に、部分的に耐えられなくなったものがあるのだろう。
だがしかし、例え分裂させた剣一振り分であっても、そこからブレスが溢れたとなれば――。
「させるかァァッ!!!」
魔力はもう無い。だったら、気力を振り絞ってでも力を生み出せ!
膝を付いている場合か。立ち上がるんだ。折れ曲がった右腕を支えにしてでも立ち上がれ。
肘から骨が突き出ようが、気にはならなかった。
寧ろその痛みで、朦朧としかかっていた思考がクリアになった。感謝しかない。
思考がクリアになったということは、僕にはまだ余力があるんだ。それが魔力なのか気力なのか、はたまた別の何かなのかは分からないけど。何でも良い。あるなら在るだけ持って行け!
「ぬううぅ!」
アドヴェルザの声が聞こえる。
亀裂の入った羽根剣が修復された。
しかし、立ち上がった筈の膝が、再び地に付いた。
「がハッ」
何だ、今度は内臓でもイカれたのか? 僕は口元の血を右手で拭った。
勿体ない。血の一滴にも魔力が宿るんだぞ。吐くぐらいなら羽根剣の礎になりやがれ。
「何だ?!」
アドヴェルザが驚いたような声を上げたが、もうそれに構うだけの余裕は無かった。
僕は右手を羽根剣に添えて、両手で羽柄を持つ。拭った時に付いた僕の血が、羽柄を通して吸い上げられる。
――ドクン!
心臓が跳ねた。また、吐血しそうになったけれど、下唇を噛みしめて堪え。
なんだ? 白かった羽根剣の輝きに、赤みが混ざった。その輝きはまるで炎のよう。
あぁ、成る程、これこそが本当の輝きなのか。魔力だけじゃ飽き足らず、血潮まで持って行って漸く真価を発揮するなんて、悪魔みたいな奴だよ。
でもそうか、そう言えば、魔族が持っていた武器だったな。
「密集突撃陣形、前進ッ」
今なら行けるだろ?
血と共に、僕の覚悟も感じ取ってくれただろ?
倒したいんだよ!
倒さなきゃならないんだ!
血の通った軍団なら、今この瞬間、死ぬ気で一歩踏み出しやがれ!!
「オォオオオオォォォォッ!!!!」
アドヴェルザが吼える。
「進めェェェェ!!!!!」
僕が叫ぶ。
渾身の力で、手にした羽根剣を突き出し、一歩、踏み出す。
勇者という存在に振り回された犬人族達を守るために。
――踏み出す。
僕を信じてくれるウルガーさん達の想いに応える為に。
――もう一歩、踏み出す。
マオちゃんの笑顔を守るために。
――前へ、踏み出す。
いつも僕を支えてくれるリーゼを守るために。
――駆ける。
眼前に並ぶ顎の牙。破滅を齎す漆黒の輝きの源泉。
「ぬぅぅぅぅッ!!!」
「ああああァッ!!!」
両手で大上段に構えた羽根剣を振り下ろす。
赤と黒が爆ぜ、混じり合って逆巻き、周囲の木々を、大地を抉り暴れる。
今も昔も、僕を信じてくれるリーゼに応えるために!
――勝つ!!!
巨大な羽根剣が、巨大な牙ごと顎を斬り飛ばした。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
■Tips■
継承[名詞・スキル]
ノアのファーストスキル。
まともに使えるようになるまで三年もかかった、超スロースターター。
漸く、その謎の一端が、今回の話で明らかとなった。
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