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第一章 ルイーザ建国
36.熾天使の化身
しおりを挟むマキーナと、マキーナの装備を手に入れた僕は確かに強くなった。
けれど、眼前に居る黒龍族と執事風魔族は、どちらも格上の存在だ。
しかも、今は中立的な立ち位置になっている騎士団や勇者も、敵か味方かと言えば敵になる。
四面楚歌。
周りは敵ばかり。
そんな状況だからこそ真価を発揮するスキル。
『継承』スキルで、僕の中に存在する大魔族マキーナが持っていたユニークスキル、機械仕掛けの神。
絡み合った運命の糸を手繰り、術者の意思を押し通す神の力――。
それは、術者が窮地であればあるほど、劇的だ。
『はははっ、人の身で使ったのは初めてだが、これはこれは……』
僕は、悲鳴を上げることすら出来なかった。
想像を絶する負荷が、僕の体を蝕んでいる。逆に言えば、それほどの力をプラスしなければ、この場の運命の糸を僕が手繰ることが出来ないという訳だ。
「この力……、危険ですね」
執事風魔族の表情が変わる。今まではこの場に居ながらも傍観者の様に一歩引いて全体を見渡し、涼しい笑みを口許に貼り付けていたが、今はその顔に驚きと僅かな焦りが見て取れる。初めて、この青年の感情が表に出てきたと感じた。
一方で、より喜色満面の笑みを浮かべるのが黒龍族の男だ。
「面白いッ! 良かろう、我が力に抗ってみs――」
僕はいつの間にか、黒龍族の男に斬りかかっていた。
倒さなければとは思っていたが、今すぐに斬りかかろうと思ってはいないにも関わらず。
え、何で?
心中で自問するが、それを口に出来る程の余裕が、無い。唇を動かすだけのことが、今の僕にとっては異常なほど重労働なのだ。
『ほら、早く対処せねば自壊するぞ? 自分で何もせずとも運命が勝手に目的遂行のために動き始めるが、辛かろう?』
マジかよ――ッ。
それって、ぐずぐずしてると、運命が僕の体を使って勝手に対処するってこと? そんな出鱈目なスキルがあるなんて。
ていうか、何でマキーナは大丈夫そうなんだよっ。リィンカーネーションで僕の体を共有してるんだから、苦しいのは同じ筈だろ?
『元が機械の体だからな。我の意識に痛覚などと言う概念は存在せぬよ』
「何を一人でほざいているッ」
黒龍族の男が吼えた。
その迫力に思わず体が竦み――そうになると思ったんだけど、そんな無駄は運命が許してくれないらしい。
黒龍族の男は、手に何の武器も持っていない。
手足の長さは彼の方が長いが、それでも、武器を持った僕よりはリーチが短くなる。
暴風のような魔力を纏った巨躯が、僕の眼前に迫った。
咄嗟に手に持った剣を突き出して牽制するが、男は分かっていると言わんばかりに僕の体くらいありそうな腕を振り、撥ね除ける。
強烈な力が僕の腕に伝わってくる。何とか堪えようと羽柄を持つ手に力を篭めるが、運命がそれを許さない。
僕の右手は、あっさりと剣を手放した。弾かれた剣はまるで弾丸の様に横へ飛び、近くの木々を切り刻みながら森の奥へと消えていく。
「は!?」
今度は声を出せた。
少しばかり自発的に動いた結果だろうか。先程よりは体に余裕がある。
しかし、今はそれどころでは無い。武器が無くなってしまったのだ。周囲を蝕む程の圧倒的魔力と存在感の前に息を飲むが、剣を弾かれることを選んだ運命は、当然の様に対策を講じていたようだ。
不意に、僕の中からごっそりと魔力が無くなるのを感じた次の瞬間だった。
「ぐうっッ!」
僕の剣を撥ね除けるという動作の代償として一瞬その動きを止めた黒龍族の男の腕に、宙に浮いていた一振りの羽根剣が深々と突き刺さっている。
彼の男の血は紫色らしく、まるで毒のような液体が宙に舞い散った。
それだけでは無い。
黒龍族の男によって撥ね除けられた剣は、その勢いで激しく回転しながら旋回し、執事風の魔族へと肉薄している。
「チッ」
舌打ちが聞こえた。視界の端で捉えた執事風の魔族は、こちらを攻撃する為の魔術を詠唱していたようで、彼の周りには真冬の夜の如き冷たい魔力が逆巻いていた。だが、飛んでいった羽根剣は、その魔力を切り刻み、霧散させ、執事風魔族に襲いかかっていた。
元々半透明の体をしていた彼は、一瞬自らの姿を完全に消すことで羽根剣を回避していたが、詠唱魔術は完全に消えてしまったらしく、忌々しげな視線を僕に向けている。
「油断も隙もありませんね」
彼がそう言った時には、僕の手にはまた別の羽根剣が握られていた。
――成る程。それぞれの剣は、魔力を使って僕が思った様に動かすことが出来るし、どの羽根も手に取ることで剣として使えるのか。
『熾天使の羽根の扱いに早く慣れることだ。剣として振るうことは、それにとって選択肢の一つに過ぎない』
成る程。固定観念を捨てないと真価を発揮出来ない武器なんだね。
――面白い。こういう武器は好みだよ。
「貴様、中に何かを飼っているのか?」
腕の傷を強引に修復し、今度は爪で僕の体を斬り裂こうとしながら問うてくる黒龍族の男。
「さてね。どうでも良いでしょ、それは」
本来なら、この男の豪腕と剣で切り結ぶなんて出来ないのだろうけど、運命を手繰る為に底上げされた僕の力は正面からの力比べに耐え抜いた。それでも腕がもげてしまいそうな程の衝撃だったけれど、このまま力比べをすれば負けてしまう状況ではあるけれど、切り結ぶことが出来るという事実で、僕は圧倒的に戦いやすくなる。
そう、攻撃を受けた瞬間に、宙を漂う別の羽根剣を、彼に叩き付ければ良いのだから。
また、僕の体から魔力が消えて行く。
かなり消費が激しいけれど、僕がどんな魔術を行使するよりも劇的な結果が生み出されていった。
隙を見て魔術を放とうとする執事風魔族を牽制する為に二振り、僕の手元に一振り、残りの四振りを全て黒龍族の男に向けた。
背後から彼の左右の首筋を目掛けて突き立てんと迫る羽根剣と、左右から両脚の付け根を貫かんとする羽根剣。攻撃を受ける瞬間を完璧に捉えるコンビネーションは、僕の意思を緻密に反映するが故だ。
それだけでは無い。
光と魔力で世界を識る仮面、熾天使の仮面から送られてくる精細な世界情報が、熾天使の羽根の操作を因り精緻なものへと昇華させているのが理解できる。
見えている世界が、まるで別世界だ。
「意識の間隙を突くのが上手いようだが――ッ」
両の首筋を狙った剣は防いだが、両脚を狙った剣はまともに受けた男。流れ出る紫血を拭うことも無く大きく後方へ飛び距離を取れば、身に纏っていた魔力を爆発させた。
「本気ですか、アドヴェルザ様!」
「黙れ下僕! 此奴はそれだけの力を持った強者。嘗めてかかると命を落とすぞ!」
「だからと言って……ッ」
執事風の男が、逃げる様に距離を取った。
僕に攻撃をするでもない。攻撃の準備をするでもない。ただ、僕から――否、アドヴェルザから距離を取った。
次の瞬間、眼前には至高の暴力が顕現していた。
小さな山の様な黒々とした巨躯に、ごつごつとした無数の鱗。漆黒で彩られた全身は先程までとは比べものにならない程の魔力で覆われ、山麓のような尾が遥か向こうまで伸びている。
ギラリとこちらを睨む金色の瞳は、その中に僕自身が入ってしまえそうな程大きく。縦に割れた瞳孔がに変わらず歓喜を宿していた。
「我が名は、アドヴェルザ。誇り高き黒龍族の王也。――汝、名を名乗れ」
口元には僕の体よりも大きな牙が覗いている。
背にある翼を広げ、羽ばたかせ、信じられない程の巨躯を中空に浮かべる巨大龍が、僕を見下ろしていた。
一瞬、名乗ることを躊躇った。
しかし、僕は大地を踏みしめた侭、漆黒の暴威を見上げて口にする。
「ノアだ」
アドヴェルザが、嗤った。
「覚えたぞ。ノアよ、第二幕と参ろう――」
巨躯の羽ばたきを受けた森が、まるで悲鳴を上げているかのように葉擦れの音で噎び泣いている。
執事風魔族も、眼前を腕で覆いながらアドヴェルザを見上げていた。
「アドヴェルザ様、まだこのエリアには……ッ」
「分かっておる。――それは下僕が何とかせよ。我は、ノアを――屠る!」
何の事だろう。
何故か、魔族達の会話に引っ掛かりを覚えた。少し考えればその先に辿り着けそうな予感もあったのだが――今まで大人しかった運命が、それを許さない。
体の中からごっそりと魔力が無くなる感覚と引き替えに、宙に浮いていた羽根剣が巨大化する。
魔力次第で大きさすら変えられるのかと驚くも、まるで操り人形の様に、僕はアドヴェルザの眼前まで飛び上がっていた。
「自分勝手な事をッ!」
執事風魔族は魔力を錬り始める。熾天使の仮面から伝わってくる魔力の流れが、その意図を看破させた。
――防御魔術?
それは、まるで自分を守るように展開された、強力な結界魔術だ。
『余所見をしていると、自壊が早まるぞ?』
愉快げなマキーナの声。次の瞬間、僕はアドヴェルザの顔面に巨大化した羽根剣を叩き付けていた。
めきり。
湿った、嫌な音が僕の体から聞こえてきた。強引に斬りつけた代償か、僕の右腕が折れたようだ。
あり得ない形に曲がった僕の腕。だが、巨大羽根剣は正確に、アドヴェルザの左眼を斬り裂いていた。
「ギャアオォォオオアアアア!!!!!」
空気が震える程の絶叫。紫色の鮮血がまるで雨の様に降り注ぎ、森を染める。
「アドヴェルザ様!」
「黙っておれ、問題無いわ!」
浅く無い傷の筈だ。実際、アドヴェルザの左眼は閉じられたままであるし、流血は止まっていない。僕の体ほどあろうかという雫が、ぼたり、ぼたりと落ちていく。
「この程度、傷の内に入らぬ!」
巨大な口が開かれた。
鋭い歯がずらりと並び、巨大熊すら丸呑みできそうな程の喉奥までもが露わになる。それは、黒龍最大にして最強の一手。
「アドヴェルザ様ァァッ!!」
モノクルが落ちてしまいそうな程、ギョッとして見開かれた目。執事風魔族は、怒りにも似た視線をアドヴェルザに向けながら、慌てて防御結界を更に複数構築していく。
だが、黒龍はもう止まらなかった。
喉の奥、漆黒の闇が仄かに光ったかと思えば、視界を埋め尽くす程の莫大な光が爆ぜた。
僕の体から、残った魔力の殆どが消え去った。
全ての羽根剣が眼前に並び――否、アドヴェルザに切っ先を向けて、集う。
『はははっ、運命は剛毅だな。正面から受けて立つとは』
楽しげなマキーナの声を聞きながら、僕は剣を左手に持ち替えて、再び地を蹴った。
全てを消滅させる巨大黒龍の息吹。
運命を手繰る機械仕掛けの神。
その二つが今、真正面から交錯する――!
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
■Tips■
熾天使の羽根[固有名詞・装備品]
嘗ての大魔族マキーナが装備していた武器。そう、剣では無く武器。
羽根を模した剣が七つ。
羽柄が持ち手にあたり、羽軸が剣の芯となっている。薄氷のような色合いで、全体的にうっすらと白い。反対側が、少しだけ透けて見える。
外弁が刃になっている片刃の剣。ただし、段刻も刃になっているため、刺すことも可能。
魔力を消費して、自由自在に動かしたり、大きさを変えたり出来る。
ファ○ネル!(ぇ
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