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第一章 ルイーザ建国
25.東の空を覆う漆黒
しおりを挟む「隙ありーっ」
そんな声と共に、僕の頬に何かが突き立った。
うん。リーゼに何度もやられたことがあるから、何となく分かる。これは誰かの指だね。
振り向くとそこには、白く綺麗な歯を見せながら笑うラウラさんがいた。
少し後ろには、ウルガーさんもいる。
「申し訳ありません、ノア殿。拙者、散々止めたのですが……」
「良ふぃれふよ、気ふぃひなひふぇ」
うん。ラウラさんの指、見事にクリーンヒットしてる。
「わー、ノア様の頬っぺた柔らかーい」
楽しそうだから良いか。
それにしても、ラウラさん、僕より年上だけど、なんかお姉さんって感じがしないなぁ。本人に言ったら怒られるだろうから口には出さないけど。
いや、それが駄目だって言ってる訳じゃないんだよ? 可愛らしい感じがして良いと思うし。
ウルガーさんもそうだけど、犬人族が人化した姿って、なんだか年齢より下に見えるんだよね。
実年齢は二○歳越えてるって言ってたけど、同年代の友達と話してる感じがする。
「それにしても、二人ともどうして此処に?」
ピルツ村は僕の担当だ。顔が知られてしまっているウルガーさん達にはなるべく近づいて欲しく無かったんだけど、もうここまで来ちゃってる以上、それを言っても仕方ない。
それに、申し訳無さそうなウルガーさんの表情を見るに、態々僕がそれを指摘しなくても分かってくれていそうだし。
「申し訳ありません。ピルツ村に近づくリスクは理解しておりましたが、向こうで調査している中で、一刻も早くノア様と合流した方が良さそうな情報を掴みましたので、慌ててこちらへ来た次第です」
「ウルガーの言う通りだよ。ごめんね、ノア様」
さっきの笑顔はどこへやら。しゅん、と眉尻を下げ、申し訳無さそうに俯くラウラさん。
「いや、大丈夫だよ。そういう事情があったなら仕方ない。それに、事情を気にしてくれたから、そうやって顔を隠して待っててくれたんでしょ?」
ラウラさんも、ウルガーさんも、今は目元だけが見える外套を羽織っていた。
フードで髪の様子は見えなくなっており、口許は布を巻いて隠している。
怪しい恰好と言えば怪しい恰好ではあるけれど、長距離を移動するような場合には、今のウルガーさん達のような恰好をすることもあるので、冒険者だと言ってしまえば、大きな違和感は無い恰好だ。
僕の言葉に頷く二人。
そういうことなら、まずはこの場を去ることが先決だろう。
「分かったよ。じゃぁ、色々話すことはあるだろうけど、まずはピルツ村を離れよう。僕の方でもちょっとややこしくなりそうな情報を手に入れたから、メイジシュタットの冒険者ギルド経由で、早めに湖に戻ろう」
「承知」
「了解ー」
二人の返事を聞いた僕は、一度頷きを返して足早に歩き始めた。
元々行商をしているウルガーさんと、その手伝いで移動することも多かったラウラさんは、二人とも健脚だ。僕が急ぎ気味で歩いても、難なく付いてきてくれる。
だが、今回はその健脚が裏目に出てしまった。
メイジシュタットを目指して街道を進み始めて暫く歩いた頃、僕達は正面から騎士の集団がこちらへ向かってくる様子を目の当たりにした。
嫌な予感がする。
予感、じゃないね。正面から来るって事は、あの騎士団はピルツ村の方へ向かってるってことだ。
ピルツ村に用がある騎士団なんて、そう幾つも無いだろう。
「如何しましたか?」
僕の様子が可笑しいことに気付いたらしいウルガーさんが、声を潜めて問うてきた。
僕は視線で前方の騎士団を促す。
「詳しい話は後でするけど、あの騎士団に出会うのは、ちょっと色んな意味で拙いんだよね」
「え、どうするの? この街道、ここからメイジシュタットまでは一本道だから、避けようがないよ」
慌てた様子のラウラさん。
それでも、声は小さくしてくれているので、冷静さは保っているらしい。
とは言え、ラウラさんが言う様に一本道。もう少しゆっくり来ていれば、分かれ道もあったのですれ違わずに済んだのだが、ここまで来てしまってはどうしようも無い。
下手に引き返せば逆に目立つ。
となれば、気付かれないことを祈りながらすれ違うしか無いわけだが……。
「参ったね。あからさまに顔を隠すわけにもいかないし……。腹を括って普通にすれ違うしかないかなぁ……」
顔を隠す、急ぐ、引き返す等の行動は、逆に興味を持たれる可能性がある。
かといって身を隠せるような場所も無く、策を練る時間も無い。もうすぐそこまで、騎士団が来ていた。
「一応、私とウルガーが前に出るね。ノア様は私達の影に隠れて?」
「うん、そうさせて貰う」
ウルガーさん達は、旅装束の範疇で顔がある程度隠れる外套を纏っている。だから、素顔が見えづらくはなっているため、前に立って貰うことにした。
あの騎士団の中に、ピルツ村の住人が紛れていないか、紛れていたとしてもウルガーさん達に気付かないことを祈るばかりだけど……。
うじうじ悩んでも仕方ない。行くか。
そう、覚悟を決めた時だった。
「――む?」
初めに、ウルガーさんが何かに気付いた。
そして次に、騎士団側の斥候と思われる者達と、ラウラさんが気付いた。
それに遅れること十数秒、僕も異変に気付く。
「何だ、アレは」
東の空――魔王国側の空が、黒く染まったのだ。
騎士団もざわつき始め、皆の視線が東の空へと向けられる。
「……蝙蝠でござる。それも、夥しい数の」
ヒク、と鼻を動かしたウルガーさんが、東の空を覆う漆黒の何かを睨みながら断じた。
言われて見れば、空の漆黒は蠢いている。遠目には、べったりと空にヘドロが張り付いたように見えるけれど、その黒々しい何かを注視すれば、感じるのだ。それが、尋常ならざる数の小さな何かが折り重なって出来たものであることに。
背筋が、体が、ぞわりと粟立った。
そして、目が離せなくなった。
「あんな大群、見たことが無い……」
ラウラさんは、ウルガーさんの腕にしがみついて、東の空を見遣っている。小刻みに震える腕が、彼女が感じている恐怖を物語っているのだろう。
あの漆黒の正体まで分からずとも、尋常ならざる気配が伝わり、騎士団もざわめき始めた。
「あの空は何だ?」「空が黒く染まっている?」「斥候、どうなっている?」「早く報告を寄越せ!!」
様々な声が聞こえてきた。
そして、その中に、聞き慣れた声が聞こえた気がした。
――まぁ、そりゃ居るよね。
クラウスは間違い無く中心人物の一人なんだろうから、あの中に居るはずだ。無駄に存在感を撒き散らす奴だから、声も大きい。
だけど、そのお陰で、恐らく僕は此処に居る全員の中で、一番早く冷静を取り戻せた。
「ウルガーさん、今のうち」
「……そ、そうだな。承知した。ラウラ、行くぞ」
腕にしがみついた侭のラウラさんを、一度引きはがそうとしたウルガーさんだったが、未だ消えぬ恐怖故か、ラウラさんは頑なに離れない。
ウルガーさんは、小さな溜息を一つ吐くと、腕はそのままに、歩き始めた。
「遅れるなよ?」
「う、うん」
「無理はしちゃ駄目だよ」
「だ、大丈夫。ごめんなさい」
ラウラさんは、一度自分の頬を軽く叩いた。それだけで、彼女の目に活力が戻る。
尤も、それの大半が空元気であることは容易に知れたけれど、何であれ、冷静さが少しでも戻ってくるのなら、今は大歓迎だ。
「行こう」
僕の言葉に頷く二人。
僕達は、そのまま、騎士団のすぐ傍を通り抜け、メイジシュタットの町へと急いだ。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
■Tips■
騎士[名詞]
くっ、殺せ! が一番似合う職業。くっころ万歳。
騎士爵[名詞・爵位]
国王に仕える武士
多くは貴族出身者であるが、平民でも優秀な功績を残した冒険者などが騎士に任ぜられることもある。
テールス王国では、騎士爵が与えられた者を騎士と呼び、名目上は貴族となるが、その生活は平民とあまり変わらない。
それどころか、騎士爵は当代限り爵位となるため、そこから更に爵位を上げて準男爵にならなければ、先行きは平民と大差無かったりする。
くっ、殺せ!
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