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第一章 ルイーザ建国

20.虐殺未遂?

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 「アレはもう、オドルアリウムによる大量虐殺未遂事件よ」
「う、うむ。面目ない……」


 ウルガーさんが項垂れている。
 そんなウルガーさんの前には、ウルガーさんによく似た犬人族コボルトの女性がいる。大量虐殺未遂事件だと主張するのは、その女性だ。
 ウルガーさんと同じ真っ白な毛並みを持ち、黒のくりっとした瞳が印象的な愛らしい小型犬──に、見える犬人族コボルトのラウラさんだ。ウルガーさんの幼馴染らしい。
 ラウラさん達も、ウルガーさん同様、衣服や専用の鎧を身に纏っている。衣服の柄は様々だが、テールス王国では珍しい民族衣装で、確か着物という一部地域で着用されているものに近いデザインだ。そして、腕や足、肩や胸といった、要所要所を守るような軽鎧を、その上から装着している。
 装備品は人それぞれ違うようだが、全員が似たような恰好をしていた。

 それにしても虐殺未遂って、凄い言い回しだね。
 それだけ、彼女達にとってみれば衝撃的だったってことなんだろうな。

「臭いで死ぬかと思ったもの」
「……謝ることしか出来ぬ。本当に申し訳ない」

 オドルアリウムを投げ入れた洞窟から転がり出てきたのは、ラウラさん達犬人族コボルトの皆さんだった。ラウラさん含め、計九世帯、二五人の犬人族コボルトが、あの自然洞窟に身を隠していたようだ。
 そして、彼らこそが、ウルガーさんが探していた犬人族コボルトだ。

 僕がオドルアリウムを投げ入れた洞窟は、実は中で繋がっていたらしい。つまり、別々の洞窟に投げ入れたと思っていたオドルアリウムの臭気は、全部まとめてラウラさん達が身を隠していた空間に襲来したようだ。
 想像しただけで気持ち悪くなってきたよ。本当にごめんなさい。

 だから、僕はラウラさんに話しかけた。

「えっと、オドルアリウムを投げ入れて魔物を燻り出そうって作戦を考えたのは僕だから、あまりウルガーさんを責めないでくれませんか?」
「いいえ、ノア様は悪くありません。魔物を警戒するのは当然ですし、人数も少ないようですから、安全策を取ることは理に適っていると思います。悪いのは、ウルガーなんです」

 ラウラさんはそう言うと、鋭い視線をウルガーさんに向けた。

「聞けば、ウルガーもオドルアリウムで卒倒して気絶したとか。オドルアリウムの臭気を、その身をもって体験して、アレが私達犬人族コボルトの嗅覚にどれほど強烈な影響を及ぼすかを理解していながら、私達が居るかも知れない洞窟に致死量とも言える量を投げ入れる作戦に、何の注意喚起もせずに同意してしまう間抜けさが許せません。
 犬人族コボルトの嗅覚が、他の種族に比べて鋭いのは子供でも知っていることなのに、全く考慮しないのね、このあんぽんたん」

 致死量……。その表現はちょっと大げさなんじゃないかと思うけど、それだけ犬人族コボルトにとっては強烈ってことなんだろうね、オドルアリウム。気を付けよう。
 ていうか、ラウラさん、ウルガーさんに滅茶苦茶厳しいんだね。

「ラウラや、その辺りにしておきなさい。ウルガーが悪いわけではない。寧ろ、私達のことを、その身を挺して逃がしてくれた上に、こうして助けまで呼んでくれた。感謝するのが筋ではないかえ?」
「う、お母さん……」

 言い淀むラウラさん。犬人族コボルト達からも、「ラウラはウルガーに厳し過ぎるんだよ」「照れ隠しにしちゃ酷いわよね」なんて野次が飛んでくる。
 それを聞いたラウラさんは、小さく呻ってそっぽを向いてしまった。


「なるほどなるほどー。そういうことなんですね。ふふふ、良き良き」

 リーゼがにまにまと笑いながらラウラさんを見ている。凄く、楽しそうだ。



 僕達がこうもリラックスして話をしているのは、ここがマキーナ=ユーリウス王国跡のダンジョン内だからだ。
 マオちゃんによって――正確には、マオちゃんが丸呑みした迷宮核ダンジョンコアによって完全管理されているため、ダンジョン内は安全だ。
 自然洞窟でラウラさん達を発見した時は、常に敵が居ないかを警戒しながら隠れていたため、体力的にも精神的にも追い詰められていたようで、会話も少なかった。……まぁ、オドルアリウムの影響もあったんだろうけど。

 何とかダンジョンまで移動して貰って、リーゼ特製のポタージュスープを振る舞ったんだ。
 それで漸く一息つけたのか、皆の顔に笑顔が戻り始めたんだ。


「ノア様。改めて、御礼申し上げまする」

 そう言って、僕に頭を下げるのは、ラウラさんのお母さんこと、ルイーザさんだ。
 見た目はラウラさんそっくりで、愛らしい小型犬という様相なんだけど、彼女が纏う雰囲気は大人のそれだ。ピルツ村に住む犬人族コボルト達の長老で、まとめ役なのだそう。

 ルイーザさんがそう言ったのを聞いた犬人族コボルト達が、一斉に僕達の方を向いて頭を下げる。
 さっきまでラウラさんをからかっていた人達も、みんなが同じように頭を下げる様子に、僕は思わず仰け反ってしまった。

「いえっ、困った時はお互い様です。頭を上げて下さい」

 慌てながらそう言うと、ルイーザさんは口許に柔らかな笑みを湛えながら顔を上げて。

「可愛らしい恩人様だこと。
 ここに来る道すがら、ウルガーからこれまでの経緯を聞きました。貴方様は謙遜されるかも知れませんが、貴方様の行いで私達が救われ、明日に希望を見出せるようになったことは紛れも無い事実です。だから、私達はその事実に、心から感謝しているのですよ」
「そうだよ、ノア様。あのままだったら、私達は何れ死んじゃってたと思うんだ。だから、こうしてみんなで笑えるのは、ノア様のお陰だよ」

 ルイーザさんとラウラさんの言葉に、胸の奥がジンとした。
 こうして、真っ直ぐな感謝を伝えられる事って、今まで殆ど経験が無かったから――。

「どう致しまして。僕も、皆様が無事で、ほっとしました。
 僕達も、訳あってこんな場所で暮らしているだけあって、あんまり便利な暮らしをしているわけではないですけど、安全な寝床と美味しい野菜ならありますので、ゆっくりしていって下さい」

 何だか凄くむず痒いというか、照れてしまうというか――。
 ほら、リーゼだって、何かちょっとにまにましながら僕のこと見てるし。

「パパは、恩人?」

 とことこと、僕の足下に来たマオちゃんが、服の裾を引っ張りながら首を傾げた。

「えぇ。マオちゃんのパパは、私達の恩人だよ。 立派なお父様だねぇ」
「立派……。ふふーん」

 マオちゃんが得意気に笑って、僕の服を更に力強く引っ張った。喜んでくれているみたいだ。
 パパって呼ばれるのは未だに慣れなくてむず痒いけど、慕ってくれるのは嬉しいよね。

 僕は、マオちゃんを抱き上げた。
 まだまだ小さなマオちゃんの体は軽くて、簡単に抱き上げることができる。左腕をマオちゃんのお尻を支えるように回して抱え、右手でマオちゃんの真っ白な髪を撫でる。柔らかい髪は上質のシルクみたいで、とてもさらさらしている。

 目線の高さが僕と同じになったマオちゃんは、嬉しそうに細めた目を真っ直ぐ僕に向けて微笑むと、首に腕を回して抱きついてきた。

「パパ、立派ー」
「ありがとう」

 とても恥ずかしくてむず痒いけど、嫌な気は全くしない。
 ぽかぽかするよね。心が。

 そんな僕達を、皆が優しく見守ってくれるのも、嬉しいものだ。


「えぇと、何日も森を移動されていてお疲れだと思いますので、ゆっくり休んで下さい。 あちらに、皆さんが休憩できる部屋がありますので、適当に使って頂いて構いませんから」

 嬉しいとは言え、ずっとこのままというのは流石に居心地が悪くなりそうだったので、僕は話を変えることにした。
 犬人族コボルトの皆さんに促したのは、地下広場から続く通路だ。今回、マオちゃんにお願いして作って貰った、新しいダンジョンスペースだ。

 地下広場はほぼ円形で、ドーム状の空間だけど、入り口を背にして右側に馬車が通れるくらい大きな通路と、その奥に部屋を作ってもらった。
 ただの部屋で、家具とかは何も無いけど、各世帯ごとに一部屋使っても余るくらいの数は用意したので、家族毎に使って貰おうと思っている。

 あと、奥にトイレとお風呂も幾つか作った。大事だよね。
 因みにトイレは、ダンジョンの落とし穴トラップを改造して作った。本当に便利だね、ダンジョン。
 お風呂はリーゼの生活魔術ありきではあるけど、聞けば犬人族コボルトの皆さんの中でも魔術を使える人は居るらしいので、好きなときに好きなように使って貰おうと思っている。

 少し前までは、こう言ったものをダンジョン改変として作るのに、マオちゃんへ僕達のイメージを伝えることに苦労したんだけど、今はマオちゃんが僕達の言葉を理解してくれるので、大分楽に、そして思い通りのものが作れるようになってきた。
 マオちゃん、本当に感謝しています。


「ほんに、何から何までありがとうございます。お返し……というには小さな事ではありますが、せめて料理や畑仕事は手伝わせて下さい」
「うん。私も料理出来るし、ピルツ村で農作業もしてた人がいるから、役立てると思うよ。というか、やらせて欲しい」

 ルイーザさんとラウラさんが言う。
 断る理由は無いから、その申し出を受けることにした。特に、農作業を手伝ってくれるというのは本当にありがたい。人手さえあれば、規模や種類を増やすことも出来るしね。

「是非お願いします。でも、今日の所はしっかり休んで下さいね」
「マオが、お部屋案内する!」

 マオちゃんは元気にそう言うと、するりと僕の腕から下りて駆けて行った。
 そして、通路の前まで行くとこちらを振り返り「早く、早く」と手招きしている。
 うん、後はマオちゃんに任せちゃおう。

 僕とリーゼは、ガゼボから皆を見送った。



「マオちゃん、嬉しそうでしたねー。私も嬉しかったですけどっ」

 僕の直ぐ隣に立ったリーゼ。淡い紫色の房が、近くで揺れた。

「何? 僕をからかうつもり?」
「そんなことしませんよー。メイドとして、ご主人様が認められるのは嬉しくて誇らしいものですから」
「そ、そう? 何か、そうやってストレートに言われると、やっぱり照れくさいね」
「あはは、ノア様、褒められ馴れてませんもんねー。蔑ろにされ続けた人生でしたからねー」
「間違っては無いけど、そう言われると悲しくなるね」
「どんまいっ。悲しい時は私が寄り添うので、頑張って乗り切るのですよー」

 リーゼの言葉で悲しさが増した気がしたんだけど、それは突っ込んじゃ駄目なんだろうな。きっと。

「はいはい。ありがとう。リーゼには感謝してもしきれないよ」

 隣に佇むリーゼの横顔を見ていると、自然と口角が緩む。
 リーゼの冗談は辛口だけど、その中にちゃんと気遣いが感じられるんだから凄いよね。だからかな、凄く落ち着く。
 それと同時に、大事にしないといけないなって思う。



 ――だからこそ。
























「ピルツ村に、行ってこようと思うんだ」

 リーゼの目を見ながら、僕は告げた。

―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
■Tips■
ピルツ村[固有名詞・地名]
テールス王国東部の、キースリング辺境伯領内にある集落。一二○人ほどが住んでいる。
ピルツ山の麓にあって、城塞都市フレイスバウムの北に位置している。
キースリング辺境伯領の中でも東に位置しており、魔王国に隣接していると言っても良い場所にある。

主要産業は農業。キノコが有名。美味しい。
ピルツ山に自生していたキノコを村で人工栽培して出荷している。

村はずれには、犬人族コボルト達が人に紛れて住んでいる。
因みに、人と会う時には人化の術を使い、外見は人族に扮している。


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