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第一章 ルイーザ建国
14.畑を作ろう
しおりを挟む『つーわけで、儂が力になるべ。困った時ぁ助け合わねば』
「うーん、未だに信じられないですし、慣れません……。ちょっとキモいし」
リーゼの複雑そうな表情がとても印象的だ。
だけど、僕はきっとリーゼ以上に信じられない気持ちでいっぱいだ。でも、キモいは酷い。僕だって傷つくんだよっ。
僕の中には僕じゃない誰かが居て、そいつが勝手に喋るんだよ? 本当にどうなってるんだ、『継承』スキル。
『信じんでも構わんけど、現実は早ぉ受け入れた方が良ぇでよ?』
「そう簡単に割り切れないって。勝手に喋られるのには、やっぱり慣れないよ」
本当、勝手に喋るのはちょっと気持ち悪い。言葉通り、僕の体が僕じゃないみたいなんだよ。
でも、慣れてくると何か僕の体が勝手に喋ってるなって感覚はあるんだ。一瞬だけ、主導権を取られている感じって言えば良いのかな。今の所、戸惑いしかないけど。
因みに、僕の体で勝手に喋っている訛りたっぷりの人格?は、ナポスさんと言うらしい。
ナポスさん曰く、魔導農業の達人とのことだ。と言うか、農業の古代語だとアグリクルトゥーラじゃないんだろうか。微妙に訛っているような気がしてならない。
そして、リインカーネーション。
『継承』スキルの新たな能力らしいこの言葉の意味は、再び受肉すること、ってところかな。過去の誰かの魂──とでも言うのかな?──を継承するって感じなんだろうね。
しかし、僕の体で受肉するのは、悪趣味が過ぎるというか……。
『兎に角だ。此処はダンジョンの中みてぇだし、魔導農業には最適だべ。ここに畑さ作るべ』
「え、ダンジョンに畑なんて作れるの」
『当たり前よぉ。ダンジョンだべ? そりゃ畑くらい作れるべ』
「いや、そんなこと言われても、ダンジョンに畑を作るなんて聞いたことも見たことも無いよ」
『なんだぁ? 知らねぇのか? まさか魔導農業は廃れつまったってのか? だとしたら泣けてくるべ、儂の人生さ掛けて発展させてきた技術が……」
「……端から見てると、無駄にハイクオリティの一人芝居みたいですねー。ウケる」
「リーゼ?!」
リーゼが生暖かい目でこちらを見ているだと?!
くそっ、僕だってやりたくてやってるわけじゃないのに!
そして話が本当に進まなくなるから、突っ込みは控えて頂きたい。
精神的にも、心にぐっと刺さるものがあるし……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
騒ぎすぎてマオちゃんが起きちゃってもマズいから、僕達はなるべく余計なことは口にせず、余計なことを気にせず、考えるべき事に集中した。
ナポスさんが言うには、魔導農業とは、農業に魔術を絡めた耕作技術の総称で、ナポスさんが存命だった頃には誰でも知っているポピュラーな技術だと言うことだ。
魔力で土壌を整えたり、作物の品質を高めたりと、出来ることは多岐に渡るんだとか。
そんな技術の中に、成長を促進するという技術もあるそうだ。
そして、魔導農業はその名の通り魔力、魔術を使用するため、魔力が管理されているダンジョンだと非常に効率的に行うことが出来るんだとか。
迷宮核が制御下にあるなら、革命的な程効率的な農業を営むことができるらしいのだが、そうでない場合でも、魔力や魔術次第で効率化できるらしい。
迷宮核をマオちゃんが食べてしまったことはナポスさんにも伝えたのだけれど、ダンジョンを見る限り安定しているから大丈夫なのではなかろうか、というのが彼の意見だった。何でも、偶にスライムとかが迷宮核を食べてしまうことがあるらしい。魔導農業では魔物を使う技術もあるそうで、その弊害で偶にそんな事態が発生するんだとか。
話を聞けば聞くほど、奥が深そうな技術である。
そんなこんなで、夜のうちに最低限の打ち合わせをして、迎えた早朝。
僕は地下広間の一角に居た。
作物を成長させるためには、常に一定以上の明るさがあるダンジョン内で耕作するのが良いとのことだ。
『手持ちの種見させて貰ぉたけんど、急ぎならカブだな、カブ。種の状態は良い塩梅だがら、多分五日ぐらいで収穫できるべ』
「本当に?!」
『嘘吐いても仕方無か。ま、そんかわり、ノアの魔力はスッカラカンになるけども』
「それくらいは別に構わないけど」
『言うたな? 最後の一滴まで搾り取ってやっから、覚悟しろ? スッカラカンは苦しいべ』
「大丈夫。魔力枯渇は慣れてるよ」
『ほぉ、かなり苦しいのに慣れるほど経験してるってのか。頼もしいあんちゃだべ』
なんて、一人で会話する僕。
いや、ナポスさんとの会話なんだけどさ、僕一人しかいないのに会話が成り立つなんて凄いよね。
『ともあれ、まずは土作りからだな。魔術で作るんが基本だけども、ちと森さ行ってみんべ。白雲石とかあれば、少ぉしは楽できるべ』
「白雲石?」
『天然肥料だべ。無ければ土魔術で代用するけども、全部を魔力で賄うのは苦しいべ? だがら、利用できそな物、拾ってくるべ』
「なるほど、分かったよ。勉強になるなぁ」
『えぇ心がけだべ。精進すんべ』
それから僕は、何度も拠点と森とを往復する事になった。
質の良さそうな腐葉土を始めとした土なんかを大量にダンジョンへと運び込む。
土や肥料だけではない。
ナポスさんは魔導農業のレベルが十であり、農業や植物に関する知識が豊富だ。それ故、僕が知らなかった食用果実や山菜を沢山知っており、そういったものの採取にも非常に貢献してくれたのだ。
食用以外にも、ナポスさんの植物知識から得たものがあった。それは、魔物が嫌う匂いを発する果実――オドルアリウム――だ。
古い油の臭いに似た不快な臭いがする小さな実なのだが、これを数個持っているだけで魔物との遭遇率が全く変わってくる。因みに、魔力を込めて磨り潰すとその臭いは何倍にも強烈になるため、魔物に襲われてもオドルアリウムの実を潰せば魔物が逃げていく可能性すらある。と、ナポスさんが言っていた。
興味本位で潰してみたけれど、本当に鼻が曲がるかと思う程強烈な臭いがして、気を失いかけた。上手く言語化できない程の強烈な不快感。もうこの場に居るのが嫌だと思わせるような不快感に襲われるんだ。頭の中やら腹の中やらにに腐乱した何かを突っ込まれたような、痛みとも不快感とも取れるような強烈な何かが全身を駆け巡った。魔物でなくても、これは逃げそうだ。僕は、緊急時以外は二度とやらないと心に誓った。
実際、それ以降、魔物とは全く遭遇しなかった。
そんなオドルアリウムだが、これをお守り代わりに持つことで、短時間かつ湖の周辺であればリーゼやマオちゃんが森に行くことが出来るようになったことは大きな利点だ。
──だが。
「え、臭い。何これ。……え? 嘘。凄く臭い。この世の物とは思えません!」
「……あぅ……」
リーゼとマオちゃんが物凄い戸惑いと拒否反応を示した。
「今すぐ元あった場所に戻してきてくださいっ、ノア様っ」
「(こくこく!)」
どうやら、魔力の扱いに長けていればいるほど、不快感というか臭いというか、ともかく激しい忌避感を覚えるようで、リーゼとマオちゃんは僕以上にオドルアリウムを嫌った。
それはもう親の仇かのような扱いだった。
僕だって、オドルアリウムを身近に置いておきたいとは思わないのだが、効果自体はとても有用だ。
ナポスさんと必死に有用性をアピールして、島には最低限の個数を設置し、基本的には湖畔──島では無く森側──に備蓄を置いておくこと決定。
最後までマオちゃんが無表情だったのが印象的だった。
本当にごめんね、マオちゃん。でも有用なんだよ、本当に……。
因みに、この湖周辺に魔物が少ないのは、辺りの森の中にオドルアリウムがある程度群生しているからのように思えた。
特に、湖から見て魔王国側には、結構な数のオドルアリウムがあった。
それらが防波堤のような役割を果たしているのだろう。
そんな、予定外のあれやこれがあったりしつつ、ある程度の材料がそろったところで、畑づくりの開始だ。
広場の片隅に、集めてきた土を置く。
そして、土魔法で大量の土を作り出し、畑へと変えていく。
土を生成すること自体は、土属性魔術の基本だ。難しい魔術ではない。
──の、だが。
「……はぁ、はぁ……」
『がんばるだよー、あんちゃ』
大量の土を魔術だけで生み出すことがこんなにも重労働だったとは。
まだ、魔力に余裕はある。
それに、土魔術の行使にあたって、ナポスさんが補助してくれるから発動もスムーズだ。理屈は分からないけれど、ナポスさんのスキルの一部か何かを借りて術を行使できている感覚もある。
それにしても、魔力を土に──ただの土ではなく、収穫までの間維持し続けられる土に──変換するというのは、どうにも負担が大きかった。
「きゃおー!」
ああ、マオちゃんが癒し──だけれど、それだけではどうにもならない精神的疲労が襲ってくる。
次々と生まれてくる土が面白いのか、両手で掬うように取って上にばら撒いてみたり、ふかふかの土の上に寝転んでみたり。
服が汚れるからほどほどにと言うリーゼの静止を振り切って、笑顔で遊んでいるマオちゃんは、やっぱり天使だった。
『さぁさ、土作りだけでもまだ折り返しにも届いとらんで。気合入れていくだよ』
「了解~。ああ、この倍か。……まぁ、ある程度の広さが無いと収穫量が見込めないから仕方ないよね」
『んだんだ。ここから向こうの壁までは畑にせんと』
「だよなぁ」
それでも決して広いわけではない。幅は十メルト、奥行きが二○メルト程だろうか。
ただ、作物を育てる以上、それなりの深さも必要になってくるから、必要な土の量はそこそこに膨大だ。
溜息を吐く僕。
ふと、引っ張られる感じがしたので下を見ると、服の裾を引っ張るマオちゃんがいた。
鼻の先まで土が付いちゃってるじゃないか。元気いっぱいで微笑ましいけど、洗うの大変だぞ、これは。
「どうしたの?」
「あうあー」
心配そうな表情で見上げてくるマオちゃん。
僕はしゃがんで、マオちゃんと視線を合わせ、その小さな頭に手を置いた。
「大丈夫。ちょっと疲れたけど、ここから向こうまで全部畑にしちゃうからね。そしたら種蒔きを一緒にやろう。きっと楽しいよ?」
笑顔で言いながら、マオちゃんの頭を撫でると、心配そうだった表情はどこへやら。
花が咲いたような満面の笑みで頷くマオちゃんに、心が癒されていく。
マオちゃんはまだ喋れはしないけど、僕達の言葉はある程度理解できているようだ。
これから畑にすると言った場所を見ながら、両手を前へと突き出した。
「うー…………」
「マオちゃん?」
唸るようなマオちゃんの声に首を傾げる僕。
「きっと、ノア様の真似をしてるんですよ。ほら、ノア様が魔術を行使する姿にそっくり」
後ろからやってきたリーゼの声で、僕はマオちゃんが畑づくりの手伝いをしてくれようとしていることに気付いた。
なるほど、確かに僕がさっきやっていた恰好と同じだ。
──あんなしかめっ面はしてなかった……と思いたいけど。
でも、そんな心遣いって、凄く嬉しいよね。
「ありがとう、マオちゃん。僕、頑張るね」
そう言った時だった。
「──ん!」
マオちゃんの声と共に、地下広場の一角が土に埋もれた。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
■Tips■
オドルアリウム[名詞・植物・果実]
遙か昔、魔導農業によって生み出された植物(樹木)。
三メルト程の高さまで成長し、拳大のとっても臭い果実が結実する。
その強烈な刺激臭故に、魔物が寄ってこなくなるが、人も知人も友人も寄ってこなくなる諸刃の果実。
高い内在魔力を持つ者ほど、鼻にくる刺激臭が特徴。ただ臭いだけでなく、魔力に、本能に訴えかける匂い。これを嫌う魔族も多い。
効果を見れば、ある意味で画期的ではあるのだが、魔導農業がコレを生み出した当初は、失敗作扱いされた。
栄養価的には食べられないことは無いのだが、どうやっても匂いが取れない果実を完食した勇者は、未だかつて存在しないのだから、失敗作扱いは致し方ないというのが世間の評価だ。
ただ、少量摂取するだけで気絶する(勿論刺激臭が原因)ため、人を無力化するための薬剤としての研究が行われたことがあるが、気絶させるためにはターゲットに“食べさせる”必要があり、どう頑張ってもその激しすぎる臭い故に食べさせることができなかったため、研究は頓挫した。
尖りに尖りすぎた個性というものは、扱いづらいものらしい。
しかし、臭いが魔物相手にも有効であることが立証されてからは、魔物避けの原料として重宝された。
どんなに匂おうとも、命を失うよりはマシなのである。
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