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第一章 ルイーザ建国
11.迷宮核(ダンジョンコア)
しおりを挟む僕とリーゼは、マキーナ=ユーリウス王国王城跡の、ほぼ中心地点に来ていた。
湖の中にある島。そのほぼ中央が丘の頂となっており、そこには僕達を誘うような穴がぽっかりと開いている。
大きな穴だった。
二頭立ての馬車でそのまま入っていけるような大きさで、石でできた階段が下へと伸びている。
覗いただけでは、その奥がどうなっているのかは分からない程度には、深そうだ。
簡易的な魔術結界が張られていて、侵入できないようになっているのは、雨や土埃が中に入らないようにするためのものなのかも知れない。
実際、入り口のすぐ傍にある水晶のような球体に触れると、魔術結界は一時的に解除される仕組みになっているようだった。
「ここだね」
僕はそう言うと、魔術結界を解除して階段を下り始める。
「待ってください、ノア様。流石に私たち二人で行くのは危険じゃないですか?」
数段降りたところで振り返ると、リーゼが心配そうにこちらを見ていた。
僕は安心させるように笑いながら、リーゼを見上げる。
「多分大丈夫だよ。僕の想像が正しければ、魔物は居ない筈だから」
「本当ですか? ノア様、偶にうっかりやらかすことがあるから心配ですけど……」
探るような視線を向けてくるリーゼ。
やらかすとは失礼な。と言い返したいところではあるけど、彼女の言う通りだから反論できない。
「目が泳いでます。怪しい……」
「……きっと大丈夫だよ。まぁ、魔物の巣窟になってたら、すごすごと帰ってこよう。安全第一さ」
訝しむリーゼを伴い、僕は階段を下りて行った。
特に照明の代わりになりそうなものは何もないけれど、ある程度の光量が保たれている階段は長かった。
天井も高く、幅も広いまま。
立派な階段が、来訪者を地下へと誘うよう、真っすぐ伸びている。
外で見かけた、白っぽい石──恐らく王城に使用されていたもの同じ石──で壁や階段が作られている。
統一感のあるデザインに、高度な加工技術を思わせる出来栄え。しかも、一○○○年以上経っているとは思えない程良好な保存状況。
流石に埃は溜まっているけど、裏を返せば出入りする存在がいないという証拠にもなるだろう。
──空中を飛んで出入りしているとかでもない限り。
「ノア様、ノア様っ。私、ダンジョンに入るのはこれが初めてなんですけど、どこのダンジョンもこんな感じなんですか?」
普段より、ややテンションの高いリーゼの声。
確かに、初めてのことって心が躍るよね。
「テールス王国で入ったダンジョンはもう少しじめじめしてたかなぁ。遺跡って風じゃなくて、地下通路って感じの道が迷路みたくなってた」
「迷路! なんだか楽しそう」
「楽しいよー。うっかり触ると起動する毒矢トラップとか、うっかり踏むと起動する落とし穴トラップとか。侵入者に対して悪意剥き出しの色んな仕掛け満載で、魔物もいっぱいだったから」
「……全然楽しそうじゃなかった! 単純に迷路だったら面白そうなのにー」
「そうだとしたら、とっくに踏破されちゃってるよ、きっと」
テールス王国にもダンジョンはいくつかあるが、そのいずれも踏破はされていない。
それは偏に、侵入者を退ける罠や魔物のせいではあるのだが、目にしたことの無い秘宝を求め、あるいは名声を求め、冒険者達はダンジョンに挑むのだ。
「踏破されちゃう、なんて、まるで踏破するのが困りものみたいな言い回しですね」
「鋭いね。正確には、良いことも悪いこともあるって感じかな」
「そうなんですね。では、良いこととは?」
「ダンジョンを完全に管理出来るようになるってことだね。可能性は高くないけど、放っておくと魔物大量発生が発生するから危険なんだ。完全踏破できてると、全階層定期的に魔物の間引きをすることで発生確率をぐっと抑えることが出来る。未踏の階層があるってことは、そこの魔物は放置され続けてるって事になるからね」
ふむふむ、とリーゼは人差し指を顎のラインに当てている。
「ではでは、悪いこととは?」
「場合によっては冒険者が減る。ほら、ダンジョンの最奥にある宝物や謎に冒険心を掻き立てられて、冒険者が挑むでしょ? だから、宝物や謎が解明されちゃうと、人が減ることが多いんだよね。ダンジョンは危険ではあるけど、そこを中心に冒険者が集まって経済活動が回るわけだからさ」
冒険者が増えれば、近くの街の経済が活性化する。
宿も繁盛するし、飲食店に訪れる者も増える。武器、防具、その他消耗品の消費も進むし、治療院の患者も増える。冒険者がダンジョンから持ち帰った素材や宝物が街に流通もする。
その結果として、街の人々の生活が潤う。
魔物大量発生という危険はつきまとうものの、ダンジョンが社会にもたらす恩恵は大きいのだ。
「なるほどー。……でも、場合によっては、って言うことは、冒険者が減らないパターンもあるってことです?」
「うん。最奥の宝物が再出現するような場合とか、ダンジョンで魔法銀みたいな希少な鉱石が採れたりする場合とかだね」
「ダンジョン自体の魅力が減らなければ、冒険者も減らないって事なんですね」
「そういう事だね」
そうこう話しているうちに、長い石階段が終わる。
段数を数えたわけではないけれど、かなり地下深くまできた筈だ。
階段が終わると、目の前には同じ大きさの直線通路がのびており、五○メルト程の直線通路を進むと、巨大な空間に出た。
「これは……」
「広いですねぇ。お掃除が大変そう」
僕も、リーゼも、その大きさに、広さに圧倒された。
ほぼ円形のその場所は、直径が一○○メルトくらいはありそうに思えた。
ドーム状の天井は高く、一番高いところだと三○メルトくらいはありそうだ。
柱が無いことも、この場所を広く感じる一因なのだろう。
うん。ここを掃除するのは確かに大変そうだ。
「リーゼらしい感想だね」
「だって私、メイドですから」
僕達は、広い空間の中へと踏み入った。
そこはまるで自然光に照らされたような明るい広間になっていた。
広すぎる空間には殆ど何も無かったが、入り口とは反対側の壁の方に、遠目で見るとレリーフのような何かがあるのが見えた。
人、だろうか。
頭と体のような何かと、そこから横に伸びる巨大な何か。埃を被っているのか、詳細は近づいてみないと判断できないけれど、遠目にはかなり細かい装飾がなされたレリーフの様に見える。
僕達はゆっくりと、そのレリーフの方へと近づいて行った。
「ところでノア様、ダンジョンに住むって言ってましたけど、それってここに住むってことですか?」
「そうだね。もう少し見てからにはするけど、危険が無さそうならそうしようと思ってるよ。居住空間としては悪くないでしょ?」
「掃除すれば十分住めると思います。……間取りは極端すぎる気はしますけど」
確かに。
ダンジョンの入り口を玄関とすると、長~い階段と、地下深くのワンルームだもんね、今のところ。
玄関から部屋まで結構あるし、ワンルームも広さが規格外だし。
「まぁ、そこは迷宮核を見つければ、ある程度は解決すると思うんだ」
「ダンジョン、コア、ですか?」
「そう。ダンジョンの中核になる最重要パーツさ。それさえ見つかれば、ダンジョンの形をある程度自由に変えられる筈なんだ。だから、もっと住みやすい形に変えることも可能だと思うんだよね」
「そんな便利な物があるんですね。それが、ここにあるんですか?」
「ここかどうかは分からないけど、ダンジョンが存在する以上、ダンジョンのどこかには在る筈だよ。どうせ時間はたっぷりあるし、のんびり探そうよ」
別に今すぐに見つけなければならないわけでは無い。
この場所さえあれば雨風は凌げる。
しかも周囲には豊かな森がある。狩りをすれば肉も手に入りそうだったし、キノコなんかも手に入るだろう。実際、ここに来るまでに鹿を見かけた。
不自由は多いかも知れないけれど、生きてはいけそうな環境なんだ。
魔物の気配は感じないけれど、念のため周囲に目を配りながら歩いていく。
「ノア様、ノア様っ、迷宮核って、魔力の塊! みたいなものって認識で合ってますか?」
「え、うん。多分そうだと思うよ。ダンジョンの中核で、ダンジョンの形状を定義したり、維持したり、制御するためのものだからね。それなりの魔力を帯びたものになるね」
「それも球体の」
「そうだね。形は自由に変えられると思うけど、僕の知識にあるものは球体が多いかな。 て言うか、なんだか詳しいね。リーゼ、迷宮核を見たことあった?」
「いいえ。見たことはないですけど、なんだかそれらしきものなら今見てます」
「え、どこ?!」
「ほら、あそこです」
リーゼが指さしたのは、広間の奥の方に見えていたレリーフだった。
部分的に崩れており、かなり埃を被っているように見えるが、巨大な人の上半身のような形に見えた。
そして、肩にあたる部分に、何かが居た。
さっきまでは確かに誰も居なかったけれど、そこには二歳児くらいの子供が居て、レリーフの肩に腰かけるように座り、脚をぶらぶらと揺らしている。
真っ白の髪は長く、身長の倍以上あり、だらりと垂れている。
前髪も同様に長く、顔をすっぽりと覆う形となっているため、その表情は見えない。辛うじて、小さく可愛らしい鼻と口が見えている程度だ。
何も服は着ていないようだけれど、その長い髪のおかげでうまい具合に隠れている。
そんな子供が、両手で仄かに輝く白い球体を持っていた。
確かに、魔力を感じる。
直感的に、アレが迷宮核だと分かった。
「本当だ、あんなところに! っていうか、子供なんていたっけ?」
敵意は感じないし、子供から感じる魔力は微弱だ。
こんな場所に居る以上、ただの子供ではないのだろうけど、脅威には感じなかった。
それはリーゼも同じようで、気づけば僕たちは吸い寄せられるように、子供の方へと駆け寄っていく。
そんな僕達に気付いたのか、子供が髪の毛の奥から僕達を見た──ような気がした次の瞬間だった。
「「あっ」」
その子供は、あろうことか、迷宮核を丸呑みしたのだった──。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
■Tips■
迷宮核[名詞]
ダンジョンを制御するコア。
カスタマイズするには欠かせないアイテム。
一家に一つあると便利。
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