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第一章 ルイーザ建国

10.幕間 新しい魔王

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 そこは、人類未到の地と言っても差し支え無い場所。
 少なくとも、現存の人類で、此の地に立った者は誰一人として居ない。


 イルテア大陸、魔王国領内、奥地。
 陽の光を通さない、消炭色けしずみいろの雲には、霹靂が奔る。
 万年雪をたたえる山に、鬱蒼とした大森林。肌に纏わり付くような、濃密な魔力が充満する大気。

 集まり過ぎた魔力は渦を巻き、人の身では呼吸さえも困難となる程。過ぎたるは及ばざるがごとしとは良く言ったもので、平凡な生命にとって、過剰なまでの魔力は、暴威とでも言うべきものだ。
 ただ、その暴威も、この環境に適した非凡なる生命にとっては、得難い恵み。


 暴威の中心。
 陰鬱とした、特異な外囲の中に存在する城の持ち主もまた、他を超越した生命だ。



「ふぁぁ……」

 気怠げに、欠伸を隠そうともせず、大きな応接室に姿を現したのは、絶世の美女だった。
 艶のある薄紫色の長い髪は、寝起きなのだろうか、僅かに乱れが見て取れるが、それすらも敢えて崩された形の芸術の様に女の魅力を引き立てる。下に行くほど緩やかに波打つ髪は、女の太股あたりまで伸びていて、緩慢な動きに合わせて、ゆらりゆらりと揺れていた。

 病的な程白い肌が透けて見える、赤いネグリジェを身に纏う肢体は、女らしさを激しく主張する扇情的であり匂い立つような魅力に溢れている。
 大きいだけでなく形も美しい双丘に、細くくびれた腰。スリムでありながら肉付きの良い臀部や太股。

「眠いわ……」

 まだ半分ほどしか開いていない目は、血のように赤く。
 手近なソファに腰掛け、長い足を組み、背もたれへゆったりと背を預ける一つ一つの所作が、雄を本能から魅了する蠱惑的な魅力を振りまいていた。


 ――マグダレーナ・イヴリーラ。
 それが、この城の今の・・主である彼女の名前だ。
 魔族の中でも強大な力を持つ吸血鬼の真祖にして、魔王側近の一人だった・・・魔族だ。

 大きな応接室には、アンティーク調の贅をこらした調度品が並び、分厚い絨毯が敷き詰められている。彼女が腰掛けるソファは、優に大人五人が座れるほど大きく、それに見合ったサイズのローテーブルを挟んだ向こう側には、同じサイズのソファが置かれていた。


「もう少し寝ていたかったんだけど?」

 マグダレーナは目を細め、対面のソファに座る男を睨め付けた。
 それだけで、魔力が渦を巻き、相手を射殺さんばかりの圧が放たれるが、男は気にした風も無く肩を竦めるだけ。

「五○年も寝ていたのだ。もう十分であろう」

「あら、もうそんなに経つの?」

 予想外だったのだろう。細めていた目が僅かな驚きに開かれる。
 欠伸を一つ挟み、おもむろに手を挙げれば、彼女の背後に一人の男が音も無く現われた。

 黒の執事服に身を包み、モノクルを着けた美丈夫。
 されど、その姿は半透明で向こう側が透けて見える。
 明らかに、人では無い何か。

「喉が渇いたわ」

「畏まりました」

 執事服の男がどこかからティーセットを取り出し、ティーカップに血のような赤い何かを注ぐ。
 そしてソーサーごと、音も無くマグダレーナの前に置いて、執事服の男は姿を消した。


「で、何の用なの?」


 ティーカップを傾けながら、マグダレーナが問う。


 彼女の対面に座る男は、改めて一つ溜息を吐いた。


 マグダレーナの対面に座る男の名は、アドヴェルザ。
 二メルトを優に越える巨体で、筋骨隆々。短めに揃えた灰色の髪で、側頭部からは黒く大きな捻れ角が生えている。
 黄金色の瞳にある瞳孔は縦長。
 肩や腕の一部は鱗に覆われており、臀部には太く大きな尻尾が生えている。
 魔族の中でも強い力を持つドラゴンを、己が力で従える絶対的な強者だ。

 その男が、剣呑な雰囲気を纏い、鋭い視線を向ける。


「忘れているのであれば、思い出させてやらんでもないが?」

 アドヴェルザが拳を握ると、腕の筋肉が一回り膨れ上がり、その周囲を膨大な魔力が渦巻く。

「あーもぅ、相変わらず暑苦しいわね。待ちなさい、今思い出すから」

 アドヴェルザの様子を気にすること無く、気怠げに額を押さえながら目を閉じるマグダレーナ。
 暫くそうしているが、何も思い出すことは無く、刻々と時間だけが過ぎていく。

 アドヴェルザのこめかみが、ひくりと動いた瞬間、マグダレーナの背後に、再び半透明の執事が姿を現した。

「畏れながら。新たな魔王様に関する事かと思われます」

 恭しく頭を垂れながら、マグダレーナに耳うつように告げる執事。
 「あぁ」と、惚けたような声を零したところで、マグダレーナは脚を組み替えた。

「で、何が聞きたいわけ?」

 マグダレーナの言葉に、アドヴェルザは再びこめかみをひくつかせるが、一度大きく深呼吸をして、目を閉じた。

「ご降臨される場所を特定することが貴様の役目だった筈だ。どうなんだ?」
「あー……」

 マグダレーナは、視線を彷徨わせた後、後ろに控える執事を見遣った。
 執事は再び頭を垂れ、口を開く。

「可能性があるのは、人族達の国、シルウァか、テールスの国境付近です。ただ、反応が微弱過ぎるため、ご降臨が予想より遅れているのかも知れません」
「……だ、そうよ」

 アドヴェルザは、何か言いたげにマグダレーナを見据えたが、暫くそうした後、ゆっくりと頭を振って溜息だけ吐いた。

「まぁ良い。前魔王様の星読みでは、今年新たな王が降臨するとなっていたが、数年の誤差は仕方なかろう」

 そう言って、アドヴェルザは立ち上がる。

「命拾いしたな。部下の有能さに感謝すると良い」

 二メルトを越える巨躯が、威圧的な視線でマグダレーナを見下ろす。
 濃密で暴力的な魔力が吹き荒れるが、マグダレーナは眉一つ動かさずにアドヴェルザを見上げ、執事は頭を垂れたまま微動だにしない。

「有能な部下が居ない貴方は大変よねぇ」

 にこにこと微笑みながらアドヴェルザを見上げるマグダレーナ。
 血赤の眼は、見下ろす金眼に怯む事無く。寧ろその威圧を全て飲み込んだ上で見つめ返す様は、妖しい怖気おぞけを感じさせる。



 暫し。視線を交わした後で、アドヴェルザは息を吐いて踵を返し、そのまま部屋を後にした。



 その様子を無言で見送ったマグダレーナ。
 執事はいつの間にか消え失せており、広い部屋には彼女だけが残った。


「新しい魔王様、ね」

 窓から外を見遣ると、そこには薄暗い山麓が見えた。時折奔る霹靂が、鬱蒼とした景色を照らし上げる。

「お探しするのは面倒よねぇ。でも、居てくださらないと色々困っちゃうし」

 この世界のどこかに降臨するはずの魔王を探す手間と、魔王が存在することで自らが得られる実益と。
 それらを天秤に掛けると、僅差で実益が勝った。
 故に、彼女はゆっくりと立ち上がる。

「イルーシオ」
「……此処に」

 現われたのは、姿が透けて見える先程の執事だ。
 マグダレーナの傍で頭を垂れ、己が主の言葉を待つ。

「私の眷属も使って、魔王様を探しなさい。指揮は貴方に一任するわ」
「畏まりました」
「でもその前に、湯浴みと食事ね。いつも通りよろしく」
「そちらの準備は既に整っております」
「あら、流石ね」
「恐縮です」


 マグダレーナは満足そうに微笑み、ゆったりとした足取りで、応接室を後にした。

 応接室の扉が閉まる。
 無人となった応接室を、雷光が照らした。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
■Tips■
真祖吸血鬼[名詞+名詞]
まずは真祖について。
流石に辞書に載るようなことは無いにせよ、吸血鬼を取り扱う物語ではよく見かける「真祖」なる単語。
本作でもありがたく、他の皆様の作品やキャラクターに敬意を表しまして、使わせていただきますっ。
意味合い的には、本物語でも他の吸血鬼に吸血されたりして吸血鬼となった者ではない・・・・吸血鬼を指します。
何かしらの理由があって、吸血鬼となった存在、という意味で捉えて頂ければと思います。
本文中に詳しい説明を入れていないのは、皆様が“真祖”からイメージする存在と考えて頂いても問題無いかなと思ったためです。

そして吸血鬼について。
こちらも色々イメージはありますが、皆様の持つイメージで想像して頂いて問題ありません。
ただ、元・魔王側近の一人で、アドヴェルザ氏相手にも気負うこと無く話せるマグダレーナ女史は、それなりに強いです。
吸血鬼にありがちな弱点も、結構克服していたりします。

そして真祖吸血鬼について。
この二つが合わさることで、耽美的というか、エロティックというか、なんかそんな響きになりますよねっ。
(あれ、そう思うのは私だけ??)
そんなわけで、きっとこの物語でも真祖吸血鬼はお色気担当です(きりっ
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