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第一章 ルイーザ建国

07.マキーナ=ユーリウス王国

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 「聞いたかい? 今朝、トレーネ川で……上がったんだと」
「上がった? ……ああ、またかい。ここ数週間は誰も死んだって聞かなかったけど、やっぱり物騒なんだな」
「だな。 しかも、ご遺体さんは魔物に食われたか何かで、原型を留めていないどころか、骨の一部と装備品だけだったらしい。装備品からして冒険者じゃねぇかって話だけど、そんな状況じゃぁ身元も分からんのだろうなぁ」
「何とも痛ましい話だな。食われちまったか……」
「ああ。でもよ、冒険者でも手に負えないような魔物が川の近くに居るってことだろ? 俺達も気を付けねぇとな」
「違いない。暗くなるまでにちゃんと街に入らねぇと。
 ――あぁ、神託の御子様、じゃなかった。神託の御子様改め、“勇者様”の力に期待だな」
「そうだなぁ。王都でのセレモニーは立派だったし、国王様も本腰入れるみたいだから、早く住みやすい世の中になって欲しいもんだ」



 街道脇に座って休憩している、行商人らしき二人。
 大きな背負子しょいこを脇に置いて、水筒の水で喉を潤しながら交わす会話が聞こえてきた。

「物騒だねぇ」

 旅装束の僕とリーゼは、街道を歩いている。
 第二の拠点に備えてあった荷物を持って、防塵にも防寒にもなるマントを羽織った格好だ。
 因みに、僕はマントの下には、軽めのレザーアーマーをつけ、腰に剣を、背には弓と矢筒を携えて冒険者然とした格好をしているが、リーゼはメイド服のままだ。


 行商人らしき二人の会話は、彼らの傍を通り抜けた時に聞こえてきたものだ。


「そうですね。……ですが、彼らの言う冒険者は、恐らく……」
「ああ、僕のことかも知れないってことでしょ? 偽装工作ありがとね」
「いいえー。でも、できればもうやりたくないですよ。偽装でも悲しくなります」
「ごめん、ね」

 川から落ちて行方不明になっている筈の僕。
 リーゼには、昨日のうちに、僕が着けていた服や装飾品を、魔物に食べられた冒険者に思えるような状態にして川へ捨ててもらっていたのだ。
 骨? それは僕に似た体の亡骸から拝借しました。心苦しくはあったけど、王都のスラム街に行けば、手に入ってしまうんだ。
 お詫びに、供養はさせて貰いました。だから許されるわけじゃないだろうけど。

 上手く行くかどうかは分からないけど、ルートベルク公爵が身元不明の冒険者を僕だと思ってくれるとありがたい。
 死んだと思われたら万々歳だ。


「そうそう。勇者お披露目セレモニーは盛大に行われたようですね。失敗すれば良かったのにー」
「こらこら、滅多なこと言うもんんじゃないよ」


 ぷんすかと語気を荒げるリーゼに苦笑しつつ、僕は肩越しに王都があるであろう方を向いた。

 ここからだと王都を視認することはできない。
 でも、街道近くにあるトレーネ川を下っていけば、王都フリーデンブルグに辿り着く。

 さっきの行商人らしい二人も言っていたけど、今日の王都はお祭り騒ぎになっている筈だ。
 僕が殺されそうになって一晩明けた今日は、僕とクラウスの誕生日。成人した神託の御子をお披露目して、盛大なセレモニーが開かれているんだから。

 そのセレモニーで、神託の御子クラウスは正式に勇者と認定されることになっていた。
 因みに、勇者っていうのは、かつて魔王を討伐した英雄に贈られた称号だ。ずっと使われていなかった称号だけど、神託の御子に希望を託して贈られることになったのだと、公爵様が言っていた。

 これからクラウスは、勇者として魔物や魔族の討伐という重責を担わされることにはなるが、テルース王国だけでは無く、イルテア聖教国など、人類国家の殆どから優遇される人生を歩むこととなる。
 それが幸せなのかどうかは分からないけれど、まぁ、本人は幸せなんだと思う。良くも悪くもそういう奴だ。


「そうは言いますけどー、クラウスあの変態は生理的に受け付けないんです。いっつも私をいやらしい目で見てくるし、キモいんです」

 マントの下で、自分の体を抱きしめて大袈裟に震えて見せるリーゼ。
 クラウスのことは、とうとう呼び捨てよりも酷い扱いになっていた。

「勇者様のことをそこまで扱き下ろすのは、多分リーゼくらいだろうね」
「そうでしょうか? 公爵家の中に結構居そうですよ? メイドの間で評判悪いですから、クラウスあの変態

 そこまで嫌われてるのか、クラウス。

「悪口が止まらないね」
「ええ。もう自重する理由がなくなりましたからね。フリーダムっ」

 公爵家のメイドをやめてから、リーゼはこんな感じだ。
 この明るさが空元気にならないように。無くなってしまわないように、頑張らないとね。
 それが、リーゼのために僕ができる事なんだろうから。


「ところで、ノア様。真っ黄色な百合百合王国って、何処にあるんですか?」
「マキーナ=ユーリウス王国ね」

 そんな男子禁制っぽい国は知らない。
 あるなら、少し興味は湧くけど。


 僕はリーゼに突っ込みながら、鞄の中からイルテア大陸の地図を取り出した。
 この地図、人類圏はそれなりにちゃんと描かれているけど、魔王国領については、適当だ。
 過去に調査隊を派遣することはあったらしいが、まともな情報を得られず逃げ帰ってきたり、そもそも帰ってこなかったりと、大失敗ばかりだったらしい。


 僕は、その地図のとある場所を指さした。
 イルテア大陸の中心よりも少し南側にある、大森林の中。魔王国の領内だ。

 エルフが住むシルウァ王国と、テールス王国からはほぼ同距離くらい離れた場所になる。


「大体、この辺」
「え? ここ、魔王国の領内じゃないですか?」
「そうだよ。でも、シルウァ王国とテールス王国の国境からだと歩いて二、三日だろうから、何とかなるんじゃないかな?」

 魔王国とは言っても、便宜的に国と呼ばれているだけなので、厳密には国境は存在しない。だから、国境警備を担当しているような者も存在しないため、魔王国領内に入ることは簡単だ。ただし、自らの命を賭けるつもりがあるならば、という条件は付くけれど。

「危険、ではないのですか?」
「大丈夫だと思うんだよねぇ。近くに強力な魔族が住んでるって話は無い筈・・・だし、魔物もそんなに強いものはいない
「……ノア様、百合王国のこと、知ってるんですか?」

 百合王国じゃないけどね。

 でも、そりゃ疑問に思うよね。
 急に予定変更したこと然り、こうして場所や周辺の土地柄を知っていること然り、疑問に思うよね。

 さっきまで、ラマーレ王国を目指すって言ってたし、ラマーレ王国を目指すための準備を色々してきたんだから、変だと思うのは当然だ。

「それがね。どうやら知っているみたい・・・・・・・・なんだ」


 僕自身も不思議な感覚だ。

 マキーナ=ユーリウス王国なんて国は、今のイルテア大陸には存在しない。
 昔のイルテア大陸に存在していて、魔族によって滅ぼされた小国の一つなのだ。

 小国であり、外部との交流が殆ど無かった国なので、歴史書の中にも登場しないような、忘れられた亡国。

 そんな国の事を、僕は何故か知っている・・・・・

「知っているみたいって、変な言い回しですね」
「うん、僕もそう思うけど、いつの間にか知識の中にあったんだよね。――多分、『継承』スキルの、“知識の継承”の影響だと思う」

 前から、自分が知らない筈の知識が自分の中に在ることは分かっていた。
 どれもこれも、取るに足らない知識であったり、古い歴史であったり、鉱物知識であったり、そのジャンルは様々だった。
 でも、『継承』スキルが覚醒してから、その知識量が膨大であることに気が付いた。


 “――継承記憶の展開、及びアーカイブ化が完了しました”


 この声が聞こえた後からなのだろう。
 何かを考えると、それに付随する知識が湧水のように湧き出てくる。
 明らかに僕が知らない情報や知識が、僕の考えをフォローするように、次から次へと出てくるのだ。

 マキーナ=ユーリウス王国の情報も、“これからどうしよう?”と、改めて今後の計画を考えた時に、ふと浮かんできた知識なのだ。


 そのことを、リーゼにも説明する。

「良いな、良いなー! 勉強しなくても色んな試験に合格できそうじゃないですか。ノア様、ずるいッ」
「リーゼらしい感想だね」
「私も欲しいです。『継承』羨ましいですー」

 知識が増えるという妙なスキルだから、疑われるかとも思ったけど、リーゼはリーゼだった。
 いや、悪い意味じゃ無くて、良い意味で。

 言うことをちゃんと信じてくれるし、ポジティブに捉えてくれる。


「確かに便利だよね。その、マキーナ=ユーリウス王国の情報も、その周辺に強力な魔族はいなかった筈って情報も、全部『継承』のお陰って考えると、凄い恩恵だと思うよ。
 ――ただ……」

 少しだけ気になることがある。

「これが、何時の・・・情報なのかが、正確には分からないんだよね。僕の記憶じゃないことは確かだけど、記憶の出所が良く分からないんだよね」
「えぇと、つまり、その情報が今も有効な情報なのかは分からないってことですか?」

 リーゼの言葉に頷いた。

「そう。何となーく大丈夫な気はしてるんだけど、もしかしたら違うかも知れない。知らない間に知ってることになってるなんて、あり得ない体験だからまだまだ慣れないし」
「……本当に大丈夫なんですか?」

 向かう先は魔王国領内だ。リーゼが不安になる気持ちは十分分かる。
 というか、僕自身も不安はある。

 でも仕方ないとも思う。
 考えてみて欲しい。自分が何かを知識として記憶する時、記憶する内容は覚えているだろうけど、それを“いつ”覚えたかなんて、わざわざ記憶しないよね。
 この継承した知識も、きっとそういう理由で、覚えた時期が曖昧なんだと思う。

「まぁ、大丈夫だと信じよう。僕の知識が正しいなら、マキーナ=ユーリウス王国、正確には王国跡は、住みやすい所の筈だよ」
「違ったらどうするんですか?」
「すごすごと帰ってこよう」
「えー。何ですか、それ」

 リーゼは可笑しくなって笑った。
 サイドにまとめた淡い紫色の髪房が揺れる。

「良いじゃない。これからの生活は、特に何かの期限がある訳でも無いし、自由なんだから」
「それもそうですねー。行き当たりばったりの放浪生活ですしね」
「そう言うこと。あと、ラマーレ王国へ行くための準備をしちゃってるから、途中の街でマキーナ=ユーリウス王国向けの買い物もしないとね」
「あ、やっぱり必要な物が変わるんですか?」
「うん。ラマーレ王国に行くなら、大抵の物は現地で買えるからお金の準備をしてたけど、マキーナ=ユーリウス王国は未開の地みたいになってるだろうから、食糧とか、開拓用の農工具とか、作物の種とか、そういう準備が必要になってくる」

 公爵家の息子としては決して多いとは言えない小遣いを元手に、経営学や商学の勉強の実践として増やしてきた資金。その元金は目眩ましのために隠れ家に置いていたため、あの夜襲ってきた賊に取られてしまったけれど、増分はきちんと懐に備えている。
 元金に比べれば少額となるが、それでも平民を基準と考えると、それなりのまとまった額になる。僕はそれをリーゼに預け、収納術の中に紛れ込ませてもらっていた。
 本当、凄い便利だよね、収納術。秘匿性も凄く高い。

「未開の地ですかぁ。フロンティアスピリット無しには生きていけなさそうな場所ですねー」
「そうなるね。……ごめんね、へんな旅に付き合わせちゃって」
「大丈夫ですよっ。ノア様と一緒だったら、楽しい旅になると思います。というか、楽しい旅にしましょう。
 幸いなことに、ノア様が貯めて下さった資金はそれなりにありますから、道中の街であれやこれやをしっかり買い込んで、万人が羨むような引き籠もり隠遁生活を目指しましょう! きらりんっ☆」

 ──引き籠もり隠遁生活。
 いや、その通りなのかも知れないけど、響きが後ろ向き過ぎる。

「引き籠もり隠遁生活を、万人が羨むレベルに昇華するのは難しそうだね」
「そこはノア様の腕の見せ所ですよっ。 期待してます!」
「えー。……でも、付いてきてくれたリーゼの為にも、期待を裏切らないよう、楽しく行くとしますか!」
「はいな、どこまでもお供致しますよー、ノア様っ」


 きっと、楽な旅ではないだろう。
 けれど、せめて楽しい旅でありますように。
 そう、願いながら、僕たちは笑い合った。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
■Tips■
トレーネ川[固有名詞・河川]
テールス王国を流れる大河。
特に下流域は一大穀倉地帯となっている。他国への輸出されており、イルテア大陸の食料庫となっている。
中流より上流では畑作が盛んで、数多くの農作物が生産されていたりもする。
中流まではあまり高低差が無いため、船による物資や人の輸送も盛ん。テールス王国は、トレーネ川の賜物と言っても過言では無い。まるでナイ○川。
ただ、たまーに、しばしば?魔物にやられた者が流れてくる。
巨大河川の恩恵を受けているのは、何も人族に限った話では無いのだ。
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