【完結】魔石精製師とときどき魔王 ~家族を失った伯爵令嬢の数奇な人生~

樹結理(きゆり)

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最終章《因果律》編

第241話 アシェルーダへ

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 私たちは回復薬で各々回復させた後、結界の地から神殿へと戻った。そして、そこには大司教が……。

「ま、まさか大穴が閉じるとは……おぉ、女神アシェリアンは我々を見捨てたのではなかったのですね」

 黒ずんでいたアシェリアンの像は元の綺麗な姿に戻っていた。大司教はアシェリアンの像の前で泣き崩れている。背中を丸め蹲る姿はとても小さく、十歳の頃、神託で会った大司教とは全く違う人のようだった。

 この人を好きにはなれない。お父様やお母様を監禁同然に結界の地へ閉じ込めて……でも……この人はこの人なりにきっと辛く苦しかったのだろう、と思った……だからもうこの人を恨むことはない。

 心を病んでしまったのかと思われる大司教は、私たちに気付くことなく泣き崩れている。私たちはそんな大司教を遠目で見据え、そして踵を返した。

 他の司教たちは私たちに深々と頭を下げて見送ってくれていた。そして、数人の司教たちにお願いし、アシェルーダの大聖堂へと転移する。

「ありがとうございました。皆様に女神アシェリアンのご加護がありますことをお祈り致します」

 司教たちがなにかを呟くと、足元に魔法陣が広がった。輝く魔法陣の光に包まれ、そして私たちの身体は神殿から姿を消し、アシェルーダの大聖堂へ。

 大聖堂へと転移した私たちの姿を見た司祭たちは皆驚きの顔をした。ハハ、それはそうか。アシェルーダの大聖堂から転移した訳じゃないのに、なぜか神殿から突然転移してきたんですものね。

「あ、あの、貴女方は一体……」

 そこまで言って、ハッとした顔となった司祭。どうやらお母様に視線がいったようだ。

「大聖堂の人たちもお母様が聖女だって知っているの?」

 こそっとお母様に耳打ちすると、お母様は「うーん」と首を捻った。

「どうかしら。神殿から呼ばれていつも行っていたから、大司祭様なら知っているかもしれないわね」

 そんなことを話していると、ひとりの司祭が声を掛けて来た。

「ミラ・ローグ様ですね。お戻りになられたということはあちらでなにかあったのでしょうか」

 あ、私の洗礼式のときに会ったおじいさん……そういえばこのおじいさんに監禁されたのよね……。ど、どうしよう……お母様のことを知っているということはこの人が大司祭様!?

「そうですね、少しあちらであったことをアシェルーダ王へ報告に行くところです」
「アシェルーダ王に?」

 目を見開き驚いた顔をした大司祭は、考え込む仕草をしようと視線を動かしたとき、私と目が合った。あ、これ、まずいんじゃ……。

 ひとりで焦っていると、ルギニアスが私の前に立って庇ってくれる。

「あの……そちらの方は……」
「お前たちに構っている暇はない。どけ」

 ルギニアスは私の姿を見ようとしてくる大司祭の前に立ち、見下ろすように凄んだ。

「そうですね、今は急いでいますのでこれで失礼しますね」

 ルギニアスを手で制し、お母様がニコリと微笑んだ。有無を言わさないようなそんな笑顔……す、凄いな、お母様。

 大司祭はたじろいだが、お母様のその発言に頭を下げ、後ろへと退いた。そして大聖堂のなかにいる司祭たちに怪訝な目を向けられながらも、私たちは大聖堂を後にした。

 外へと出ると、眩しい光に思わず目を瞑る。陽が少し傾き始めてはいるが、穏やかな日差しに温かい風が吹く。まるで何事もなかったかのように平和な世界。そのことに不思議な気持ちになる。
 先程までの光景があまりに現実離れしていたのに、今この場所は平和そのもの。それが嬉しくもあるのだが、この平和な時間をずっとお母様や代々の聖女がひとりで維持してきたのだ、と思うと胸が苦しくもなった。そんな状況を作ったアシェルーダ王を憎んでしまいそうだ。大司教への恨みはもうないと思えた。あの人はあの人なりに苦しんでいたから……。

 では王は? 王も苦しんでいたのかしら……。ずっとお母様を閉じ込め、私を監視し、ローグ家の使用人たちを離散させ、なんの説明もない。

 世界を守るために聖女を欲していたのだ、ということは分かっている。だから恨んではいけないのだとも思う。でも……私はそこまで大人になれない……大事な人たちを苦しめてきたのだ、という事実は変えることは出来ない。

「大丈夫か?」

 ルギニアスが心配そうにこちらを見ていた。

「うん……大丈夫、と言いたいところだけど……冷静に判断出来るかちょっと心配」

 ハハ、と笑った。するとルギニアスはワシッと私の頭を掴んで、ガシガシッと撫で回した。

「別に冷静になる必要などないだろう。お前は文句を言う権利がある」

「そうだぞー、ルーサはもっと我儘になっていい。アシェルーダ王にも文句を言ってやれ」

 ヴァドがそう言いながら笑った。皆もそれに頷いてくれている。そのことに心が軽くなる。

「フフ、皆ありがとう」

 私は私の思うようにしよう、そう思えた。


「さて、面会の申請をしている訳ではないが、入らせてもらおう」

 大聖堂から歩き続け、そして王城の前までやって来ると、城を見上げオルフィウス王がニヤリと笑った。

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