【完結】魔石精製師とときどき魔王 ~家族を失った伯爵令嬢の数奇な人生~

樹結理(きゆり)

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最終章《因果律》編

第238話 あるべき姿に

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「ルーサ!!」

 ディノたちの叫ぶ声が聞こえるが、私とルギニアスは大穴へと送る魔力に集中していた。

 必死に魔力を送り続け、そして激しい風のなか、地鳴りが続いていると、次第に大穴が小さくなっていることに気付いた。大穴と空の境界線に亀裂を繰り返しながら、そのたびにそれを修復するかのように新たな壁が出来ていく。氷が水の表面に広がっていくような、そうやって少しずつではあるが、確実に穴が塞がっていくのが分かった。

「も、もう少し……」

 周りにはなにもかもが吸い上げられ、残っているものは地面と大きな岩、そして私たちだけだった。魔物の遺体もなくなり、大穴に蠢いていた魔物の姿も今やもうない。風圧のせいなのか、魔力で押し返されたのか、大穴の傍からは去ったようだ。

 出来れば魔物たちだって傷つけたくはない。綺麗事かもしれないが、それでも傷付かずに済むのなら傷つけないでいたい。だから大穴から姿が見えなくなったことは単純に嬉しかった。

 次第に穴が小さくなってくると風も少しずつ弱まってくる。そして、大穴が人ひとりが通れるほどの大きさとなったとき、さらに一層大きな地鳴りが大地を揺らした。

『ゴゴゴゴゴォォォォオオ』

 大穴を覆っていた魔力は激しい光を放ち、目が眩むほどの眩しさに思わず目を瞑った。そしてバキバキッと激しい音がさらに響き渡り、まるで空が悲鳴を上げているような……それを聞いていることに苦しくもなる。

 そして、耳を塞ぎたくなるほどの激しい音を立て……その音は止んだ……。



「ルーサ!! ルギニアス!!」

「うっ」

 ディノたちの声が聞こえ、ゆっくりと目を開ける。そこには心配そうに覗き込む皆の顔があった。どうやら地面に倒れてしまっていたようだ。皆の覗き込む影が落ち、リラーナが魔力回復薬を飲ませてくれる。

 そして落ち着くとハッと我に返り、キョロッと辺りを見回す。すぐ後ろにルギニアスの顔があった。私を抱き締めたまま一緒に倒れ込んだようだ。私の腰辺りに感じるルギニアスの腕の重さが、ずっと私を支えてくれていたということを感じさせてくれる。

 目を瞑るルギニアスを見るのは初めてかもしれない。なんだか少し恥ずかしくもなりつつ、ルギニアスの綺麗で端正な顔を見詰めた。

「ルギニアス」

 ふわふわと落ち着かないような気分で名を呼ぶ。しかし、そう呼んでも返事がない。目を瞑り倒れたままのルギニアス。

「え、ルギニアス? お、起きてよ!」

 ガバッと身体を起こし、ルギニアスの身体を揺さぶるが目を開けない。

「や、やだ……ルギニアス、ねぇ。なにしてるのよ? いつまで寝てるのよ、ねぇ……」

 ボロボロと涙が零れた。

「ルギニアス、ねぇ、早く起きてよ。ずっと私の傍にいるって言ったじゃない」

 横たわるルギニアスの胸に訴えるように突っ伏した。ん? 温かい……それに鼓動が聞こえる……。

「ちょっと……ルギニアス……起きてるんでしょ」

 やたらと低い声が出た。すると「プッ」と噴き出す音が聞こえる。

「ハハ、すまん。魔力消費が多過ぎて動けなかったのは事実だ。お前が泣き出したからどうしたもんかと……」

 そう言葉にしたルギニアスは目を開き、私の頬へと手を伸ばした。私は怒っているのに、それなのに涙が止まらなかった。ボロボロと零れ落ちる涙を拭うこともないまま、ルギニアスを睨んだ。

「死んじゃったのかと思ったじゃない……馬鹿」
「俺が死ぬ訳ないだろ。お前との約束だしな。お前の傍にいるって」

 そう言いながらルギニアスは身体を起こし、私を抱き締めた。宥めるように頭を撫でられ、怒っていたのに、その撫でられる温かさに安心して、しばらく涙が止まらなかった。



「あー、すまん、ルギニアスが起きてることには気付いてた。まさかルーサが気付いていないと思わなかったから」

 ディノが苦笑しながら言った。ルギニアスはリラーナから魔力回復薬をもらって飲んでいた。ルギニアス自身、今まで魔力切れを起こしたことなどないそうで、初めて枯渇するほどの魔力消費に身体が動かなくなったらしい。

「あ、ハハ……ご、ごめん。私も冷静じゃなかったかも」

 なんだか恥ずかしい……ディノとイーザンは苦笑しているし、リラーナはなんだか嬉しそうにウンウンと頷いてるし、ヴァドとオキはニヤニヤしてる……。オルフィウス王は呆れるように小さく溜め息を吐きながらも、どこか嬉しそうな顔だった。


 そうして回復した私たちは立ち上がり、空を見上げた。

 大穴は一切の痕跡もなかった。魔界へと繋がる大穴は跡形もなく消えた。

 空は青く澄み渡り、雲一つない青空が広がっている。本当にここに大穴があったのかと不思議に思うほど綺麗になにもない。夢だったのかと思うほど、ただただ青い空が広がる。

 この世はあるべき姿に戻った……。


『ルーサ、ありがとう』


 アシェリアンの声が聞こえた……

 穏やかで温かい風が吹いていた。



*********

☆更新のお知らせ

完結に近付いて来たため更新頻度を増やします。
明日明後日の土日も更新しますのでよろしくお願いします。
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