【完結】魔石精製師とときどき魔王 ~家族を失った伯爵令嬢の数奇な人生~

樹結理(きゆり)

文字の大きさ
上 下
224 / 247
第5章《旅立ち~天空の国ラフィージア》編

第221話 アリシャとアリサ

しおりを挟む
 ルギニアスが封じられた後は、魔物たちは統率力を失い、あっという間に魔界へと追いやられた。そしてアリシャはその巨大な穴に結界を張り、二度と魔界と人間界が繋がることのないように封じた。

 その後、アリシャはラフィージア王に面会し、自身の記憶を封じた魔石をその弟王へと授けた。弟王はその魔石を手にした瞬間、アリシャとアシェリアンの記憶が流れ込み、魔王が自身の双子の兄だということを知る。

 王となったときに知った双子の兄。父親に投げ捨てられた兄が送って来た人生。それを知り弟王は嘆き悲しんだ。そしてずっと探していた兄が魔王だったという事実。兄を自らの手で殺そうとしていたという現実。
 聖女によって封じられ、封印は二度と解かれることはない。もう二度と対面することが叶わなくなった兄。それらのことに酷く心を痛めた弟王は自ら退位し、そしてその紫の魔石を自身の肖像画へと隠し、その後まるで兄の後を追うかのように亡くなった。

 アリシャはそのことを後に知り、自身が行ったことが正しかったのか、他に方法があったのではないか、と葛藤した。しかしどうしようもなかったことも事実だった。


 アリシャは次代の聖女を生んだ。アシェリアンがアリシャを生み出したときとは似て非なる方法。アリシャの内にある全ての魔力を自身のなかで練り上げ、そして赤子として生み出す。それは次代の聖女となり、今後アリシャの張った結界を見守っていく。

 そして全ての魔力を失ったアリシャはルギニアスと共にこの世を去ることを決意した。アシェリアンの片割れとして生き続けるのではなく、自身がその人生を奪ってしまったルギニアスと共に生涯を終える。そして願わくば、違う人生を歩んでみたい。そんな小さな希望を胸に、ルギニアスを封じた魔石と共に火葬されていったのだ。

『アリシャ……』

 ルギニアスは辛そうではあるが、しかし、アリシャの人生をしっかりと見届けている。私の手をグッと握り締め、もうその瞳に迷いや不安を感じることはなかった。



 そうして火葬されたアリシャは魔石と共に埋葬された。アリシャの願いはアシェリアンに届き、アリシャはアリサとして生まれ変わる。

『お母さん!!』
『どうやらお前の持つ魔石からも記憶が蘇っているようだな』

 ルギニアスが私の手をしっかり握り締めながら振り向いた。私の胸元にある紫の魔石が光り輝いている。まるでお母さんに抱き締められているような温かさを感じる。



 アリサは魔石を持って生まれて来た。その異質さ故か、生まれてすぐに母親に捨てられ児童養護施設で育った。そんな環境のなか育ったアリサだが、明るく前向きな性格だった。
 アリサが五歳の誕生日を迎える頃、前世の記憶を取り戻す。そのとき一気に溢れ出たアリシャの記憶。そして自身が持っていた紫の宝石について理解することとなる。

「ルギニアス、まさかあなたまで一緒にこちらの世界へ来てしまうなんて……ごめんね」

 たった五歳の幼い頃に前世の記憶を、アリシャとしての過酷な人生を思い出したアリサは妙に大人びた子になってしまった。児童養護施設でも優等生で下の子供たちの面倒をよく見ていた。
 しかし、アリサは十八歳を迎えると、躊躇うことなくすぐさま退所していった。そして、自立したと同時に少し年上の男と結婚したのだ。その男との間にひとりの女の子を生んだ。それがサクラだった。

『これが私……?』
『あぁ、アリサは自分が女の子供を生むということを知っているかのようにいつも話していた』
『お母さんが?』
『あぁ。なぜかは知らんが、子供の頃からずっと「私は可愛い女の子を生むんだ」と言っていた』
『…………』

 お母さんはサクラが生まれることを知っていた? いや、それよりもお母さんの意思でサクラを生んだ……?

 アリサの夫はサクラを生んだ後、ほどなくして病で死んでしまった。それからアリサはたったひとりでサクラを育てた。再婚をすることもなく、たったひとりで、持てる全ての愛情を注ぎ育てていた。

 しかし、サクラが後少しで働ける年になる、という頃、アリサは交通事故で死んだ。


 サクラは事故現場を見ていない。目の前に広がる光景に思わず目を瞑る。辛い、苦しい、お母さん……。

『俺は……助けられなかった……』

 ルギニアスが呟いた言葉にガバッと振り向いた。その瞳は悲しそうで……しかし、もう目を背けてはいなかった。ルギニアスの手をグッと握り締め、私も真っ直ぐに目を向けた。お母さんは自分の人生を賭けて私を愛してくれたのよ。

 その後、ひとりとなったサクラは自身も車に轢かれて死ぬ。しかし、そこには……

『ちっ、やはりアシェリアンか……』

 ルギニアスが眉間に皺を寄せ呟いた言葉で私にもその意味が理解出来た。

 サクラがなにかの力によって走る車の前へと引っ張り出されたのだ。そこには先程アリシャの記憶で見た、アシェリアンの気配を感じた……。

 なぜアシェリアンの気配が……どうしてアシェリアンがサクラを死なせる必要があるの……?

 ルギニアスは不機嫌そうな顔のまま。私にも訳が分からず考え込んでいると、今まで周りに溢れ返っていた記憶の映像が薄れていった……。辺りは再び色を失くしていき、真っ白な世界に。

 ルギニアスはグッと私を抱き寄せ、辺りを警戒している。そして、真っ白な空間は大きく眩い光を放ったかと思うと、私たちの姿ですら見えなくさせた……。

しおりを挟む
感想 58

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...