【完結】魔石精製師とときどき魔王 ~家族を失った伯爵令嬢の数奇な人生~

樹結理(きゆり)

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第4章《旅立ち~獣人国ガルヴィオ》編

第183話 命ある人形

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 エミリーと呼ばれた魔傀儡はもう私たちを襲うことはなかった。大人しくフェリオの後に続いている。
 歩きながらフェリオは自身のことを話す。

「フェリオと申します。僕は元々魔導具師だったのですが、あるとき魔傀儡師の師匠と巡り合い、魔傀儡の素晴らしさに感銘を受け弟子入りしたんです……。それから修行し、魔傀儡師となったのですが……」

 フェリオはエミリーを優し気な目で見詰め、手を繋いだ。そして遠目に小屋が見えて来る。あれがフェリオの住む家なのだろう。フェリオはエミリーと共に真っ直ぐその家へと向かう。

 近付くとそれなりに広そうではあったが、なかへと足を踏み入れると、多くの魔導具が溢れ返り、お世辞にも広いとは言えなかった。

「ハハ、散らかっていてすみません。奥の部屋は大丈夫ですので、こちらにどうぞ」

 そう言って雑然とした部屋を通り抜け、奥の部屋はキッチンダイニングらしく、食事をしていたのか、テーブルには皿が置かれたままだった。
 エミリーがそれを片付け、フェリオは私たちに椅子をすすめた。しかし、椅子は四脚しかなかったため、私とリラーナだけが椅子に座り、正面にフェリオ、男性陣は立ったままとなった。

「改めて本当にすみませんでした」

 フェリオは私たちに向かい深々と頭を下げた。

「あー、まあ、とりあえずルギニアスのおかげで、俺たちはなんともなかったし、もうこの話は良いだろう」

 ヴァドは全員を見回し言った。私たちは頷いたが、ルギニアスだけはずっと不機嫌なままだった。そのことに皆苦笑したが、ルギニアスも特になにも言わなかったため話を続ける。

「私たちも、その……エミリー、ですか? 魔傀儡を壊してすみません……」

 エミリーはお茶を用意してくれたが、片腕しかないため大変そうだ。そんな姿にフェリオは眉を下げた。

「いえ、それこそ僕が人には攻撃しないように調整しなかったのが悪いので……それに……魔傀儡はいつかは壊れます……」

 そう言ったフェリオは悲し気だった。

「魔傀儡はエミリーしかいないのですか?」

 回りを見回しても特に魔傀儡らしきものはない。魔導具が多く転がるなかに、人形のようなものは見えたが、動いている様子はなかった。

「はい……もう魔傀儡は作っていないので……」

 眉を下げながら俯くフェリオはテーブルを見詰めていたが、その視線はどこを見ているのか遠い目をしていた。私たちは顔を見合わせた。リラーナは目的の物が見られないということが残念だったようだが、仕方ないとばかりにフェリオに質問した。

「どうして作るのをやめてしまったの? 魔傀儡師ももう貴方しかいないのよね?」

 聞いても良いことなのか分からない、と、リラーナは遠慮がちに質問していたが、フェリオはリラーナのそんな気持ちを理解したのか、眉を下げながらも微笑んだ。

「魔傀儡……貴女方にはただの人形でしかないかもしれませんが……魔傀儡師……というか、僕にとって魔傀儡は……人と同じです……」
「人……」

 全員が無言になった。フェリオはポツリポツリと話し出す。

「昔は多くの魔傀儡師がいたそうです。しかし、徐々に減ってきた。魔傀儡とは人形……人形ですが、人型や動物型、それらに命を吹き込みます」
「命……」
「まるで生きているかのような人形を作る。そしてそれに命を吹き込むのです。それは……普通の人や動物となんら変わらない」

 確かにエミリーを見ても、以前見た魔石屋にいた魔傀儡を思い出しても、ほとんど人間と変わらなかった。魔石屋にいた魔傀儡のように故障していたり、エミリーのように腕が壊れていたり、そういったことがなければ、おそらく魔傀儡とは気付かない。

「人間と同じで、長く使えば傷みが出る。今回のように攻撃されると壊れたり傷が出来る。人間だって病にかかったり、怪我をしたりしますよね? それと同じです。いつまでも壊れないわけじゃない」

 なにが言いたいのか分からなかった。フェリオはエミリーに目をやり、悲しそうに微笑んだ。

「魔傀儡だっていつかは壊れるんです。それは人間でいう『死』と同じ。大切に作り上げ、命を吹き込み、そして共に生きていても、壊れるときがやってくる。そうやっていつも大切な命を失っていくたびに、魔傀儡師も心が疲弊していくのです」
「修理すればいいんじゃ……」

 リラーナが遠慮がちに言った。その言葉にフェリオは再び悲しそうな笑顔を向ける。

「壊れて修理をする……身体の欠損くらいならばそれでも良いかもしれません。しかし、魔傀儡の心臓部。作動させるための魔石部分。ここが壊れてしまうと、修理したにしても、もうそれは以前の『その子』ではありません」

 フェリオはエミリーの手を握った。

「この子は最後の一人なんです。僕が作った魔傀儡の最後の一人。この子が死んだとき、僕も魔傀儡師を辞めようと思っています」

 確かに魔傀儡は人間とほとんど変わらない。見た目も皮膚感も髪も、なにもかもが人間と区別がつかないほどの精巧さ。だから私もルギニアスがエミリーを壊すことに躊躇った。まるでルギニアスが『人間を殺している』ように見えたからだ。

 そうやって魔傀儡が『死』を迎えるところを何度も経験していくと、確かに魔傀儡自体を作る意味が分からなくなりそうだ。魔傀儡の寿命がとれほどなのかは分からないが、終わりが来ることを分かっていて作る、という行為に心が疲弊するのも分かる気がする。

 フェリオは、もう心に決めている、そういった清々しい顔をしていた。



*********

次回、3月18日更新予定です。
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