【完結】魔石精製師とときどき魔王 ~家族を失った伯爵令嬢の数奇な人生~

樹結理(きゆり)

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第3章《試験》編

第106話 遠い日の記憶

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 リラーナが真面目な顔で真っ直ぐダラスさんの顔を見た。

「なんだ?」

 ダラスさんはそれに反応するでもなく、いつも通りに食事を続ける。

 リラーナは私を見た。あ、これは……あのことを言うつもり? じっと私の目を見詰めた後、頷いて見せダラスさんに向き直った。

「父さん、私、旅に出たい」

 そうはっきりと言葉にした。ダラスさんはその言葉を聞き、動揺するでもなく静かに食事をする手を止めた。そしてリラーナを真っ直ぐに見る。

「ルーサとずっと話をしていたの。いつか二人で店を出そうって。そのためにはもっと色々勉強しないとね、とも話してた。だから……私は、私とルーサはガルヴィオに行ってみたいの。ガルヴィオは物づくりに長けた国だと聞いた。だからどんな魔導具があるのか見てみたい。もっと世界の魔導具を見てみたいの」

 真剣な表情で訴えるリラーナ。ダラスさんは一言も発することなく静かに聞いていた。

「国家魔石精製師の資格を取得出来たら、一緒に旅をしようと話していたんです」

 私も真っ直ぐにダラスさんを見詰める。

「まだ結果も出ていないのに、気が早いことだな」

「ルーサは絶対受かってるわよ!」

 ダラスさんが苦笑しているが、リラーナは身を乗り出し訴える。う、うん、まあ気が早いけど、でも絶対受かる自信がある。

「必ず合格してみせます。師匠が私の魔石を認めてくれたんじゃないですか」

 今まで自信がないことのほうが多かった。でも今日ダラスさんに認めてもらえた。それは私の自信に繋がった。

「フッ。確かにそうだな。ルーサももう立派に一人の魔石精製師だ。リラーナ、お前もな。もう二人とも子供じゃないんだ。好きにしろ」

「「!!」」

 リラーナと二人で顔を見合わせた。そして二人で手を取り合い喜び合う。

「ありがとう、父さん!!」

「あぁ」

 二人できゃっきゃと喜んでいたら、リラーナがふと我に返った。

「あ、でも父さん、一人で生活は大丈夫?」

 リラーナが少し聞きにくそうにおずおずと聞いた。

「そんなものなんとでもなる」

 呆れたように小さく溜め息を吐きながらダラスさんが吐き捨てるように言った。


 その後はリラーナと食事の後片付けをしながら、今後の話をウキウキしながら相談し合った。ディノとイーザンが共に行ってくれることも話すと喜んでいた。
 リラーナは旅の準備というものが今まで全くないので、一からレインさんに相談しつつ準備をしておく、だからいつでも出発出来るわよ、と意気込んでいた。


 そしてリラーナと二人、話しながら部屋へ戻ろうとしたとき、ダラスさんに呼び止められる。

「ルーサ、試験の発表後、話がある。時間をあけておいてくれ。リラーナも一緒に聞け」

「? は、はい」

 リラーナと二人、顔を見合わせ、もう一度ダラスさんを見たが、ダラスさんはそれ以上特になにを言うでもなく。自身も部屋へと戻って行った。疑問に思いつつもリラーナとも部屋の前で別れ自室に戻る。

 なんの話なんだろうか。リラーナも一緒に? 全く予想がつかない。

「明後日には分かるんだろうが、今考えても無駄だ」

 ルギニアスに冷静に突っ込まれる。

「ハハ……そうだね」

 疲れ切った身体を休めるために、早々にベッドへ横たわる。ルギニアスは私の頭の横にゴロンと横たわり、早々に寝息を立てていた。

 フフ、ルギニアスの眠っている姿は初めてね。野営のときは私が眠るまでの間、ずっとルギニアスは起きていた。目が覚めたときもすでにルギニアスは起きていた。眠っていないのかと思ったほどだ。だから眠っている姿を見るのはなんだか新鮮だ。

 服のなかから紫の魔石を取り出し見詰める。月明りが差し込む部屋は明るく、紫の魔石はキラキラと輝いている。明るい紫となった魔石の中心部分は、以前は濃い紫のような黒いような色で渦巻いていた。しかし今は中心部分が白く輝くような煌めきの魔石となっている。

 ルギニアスが封じられていたから暗い色だったのかしら。今はもう何も封印されていないから明るい色になった?

 不思議な魔石。おそらく魔石精製師が精製した魔石ではない。魔王が封印されていたということは、聖女が持っていた魔石ということ? 聖女の魔石をなぜ前世のお母さんが持っていたのか。そしてそれをなぜ私が持って生まれてきたのか……。

 ルギニアスは前世のお母さんと会話をしていた。だから聞いたことのある声だった。懐かしい声だった。

「!!」

 ハッとし、ルギニアスを見る。

「ねえ、もしかして前世の私が死ぬとき、必死に声を掛けてくれていたのはルギニアス?」

 眠るルギニアスの小さな背中に向けて、小さく聞いた。ルギニアスがそれに答えることはなかったが……そうか……あの、『サクラ』が車に轢かれたとき、必死に誰かが呼ぶ声が聞こえた。懐かしい声だった。

 あのときには分からなかったけど……あれはお母さんが生きていたときに聞いたルギニアスの声だったんだ……。だから懐かしかった……。

「そっか……あのときからずっと私の傍にいてくれたのね……ありがとう」

 小さなルギニアスの背中にそっと触れ、そのまま私は眠りに就いた。





 むくりと起き上がったルギニアスはぶわっと風を巻き上げながら元の姿に戻った。長い髪がふわりと揺らぐ。ベッドに腰かけるとギシッと音を立てて沈んだ。
 片手をベッドの端に付き、振り返りルーサを見た。ルーサの頬に手を伸ばし、そっと触れる。寝息を立て穏やかに眠るその姿にホッとする自分がいることに驚く。


『フフ、あなたにもあの子の可愛さが分かるでしょう?』
『ふん、知るか』
『フフフ』

『おかあさぁん、誰かいるの?』

『あら、サクラ眠れないの?』
『ううん、トイレに起きただけ』
『そう、ならもうお休みなさい』
『はーい』


 今も思い出すあいつの言葉。


『ルギニアス、あの子をお願いね……』


 遠い日の記憶がいつまでも呪いの言葉のように絡みつく。

 そんなものに従う義理はない。そう思いながらも自由になった今、ルーサを見捨てて離れようとしない自分の感情が分からずに苛立つ。

「アイシャ……」

 遥か遠い日の記憶……忘れたくとも忘れられない記憶。その記憶に縛られていることに、ルギニアスは深く溜め息を吐くのだった。

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