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第1章《因果律》編
第12話 別れ
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私が泣き止むまでお母様はずっと抱き締めてくれていた。お父様もずっと頭を撫でてくれている。それが余計に悲しかった。
「どうして? どうして住み込みなの?」
落ち着いてくるとゆっくりと聞いた。
「どうして屋敷に帰ってからじゃ駄目なの? どうして今すぐなの? せめてみんなにお別れを言いたい」
「すまない、今は理由を言えない。いつかルーサ、お前が大人になったときに分かるだろう。今はそれしか言えないんだ……すまない」
お父様はそれしか言わなかった。
屋敷のみんなに別れを告げることも出来ない。会うことすら出来ない。このまま私はダラスさんの元へ修行に……。
「私は捨てられるの?」
そんな言葉が口をついて出てしまった。
「そんなわけがないだろう!!」
お父様は怒り出し、私の頬を両手で包んだ。その瞳は怒りと悲しさを映し出していた。
「お前は私たちの大事な一人娘だ!! お前を捨てるわけがない!! ダラスさんの元へ行かせることがそう感じてしまうのは仕方がないかもしれないが……決して私たちはお前を見捨てるわけじゃない。私たちはお前を愛しているんだから」
「そうよ、ルーサ、そんなことを言わないで。私たちは貴女を愛している。それだけはどうか忘れないで……」
お母様は涙を流しながら微笑んだ。
「いつかお前が独り立ち出来たら、そのとき私たちに会いに来ておくれ」
「分かった……」
もう頷くしかないということは嫌というほど分かった。愛している……でも私を置いていくのね……。二人の愛を疑うことはなかった……けれど……一人置いて行かれる寂しさはどうしても心に少しばかりの影を落とした……。
貴族の娘だということが周りの人間に与える影響は良いものとは限らない。そのため身分を偽るように、とも言われた。
長い髪は短く切り揃え、お母様譲りの綺麗な銀髪は若草色に染め上げられた。名前もサラルーサ・ローグという名は捨て、平民『ルーサ』として生きるように言われた。
私はサラルーサ・ローグではない別人となった……。
王都まで共に来てくれていた護衛騎士や侍女たちとは別れを告げることが出来た。それだけが救いだった。屋敷に残るみんなによろしく伝えて欲しいと頼んだ。みんな泣きながら別れを告げてくれる。
私はお父様から話をされたあと、その夜にひとしきり泣き尽くした。
だから、もう泣かない。
私は魔石精製師になって独り立ちしたら必ず屋敷に戻る。そう覚悟を決めた。
両親と共に歩くのはこれが最後。三人でダラスさんの店へと向かう。
魔石屋の扉を開けるとダラスさんとリラーナが待っていた。
「ルーサ!! その髪!?」
リラーナが驚いた顔でこちらに駆け寄って来た。
ダラスさんはお父様と話す。
「今朝短くして色を変えたの。似合う?」
極めて明るく話す。リラーナはダラスさんからどう聞いているのだろう。
「うんうん、似合うよ! 前の銀髪もとっても綺麗だったけど、その髪色と短いのも可愛い!」
リラーナは私の髪をそっと触りそう言ってくれた。
「今日からうちで修行するんだってね? しかも住み込みなんでしょ!? ルーサと一緒に暮らせるなんて嬉しいわ! 妹が出来たみたい! フフ」
「ありがとう、リラーナ」
「フフ、姉妹になったからには遠慮はしないからね!」
ニッと笑ったリラーナがおかしくて、二人でアハハと笑い合った。うん、きっと私は大丈夫。
お母様はそんな私を見てホッとしたようだった。
「ダラスさん、こんなことを頼んでしまい本当に申し訳ない。感謝致します。どうか、ルーサのことをよろしくお願いします」
お父様とお母様はダラスさんに向かって丁寧にお辞儀をした。本来なら平民のダラスさんに貴族であるお父様が頭を下げるなんてことは絶対にないのでしょうけれど、今回の話はどうやらかなり無理を言って頼み込んだようだったので当然のことなのだろう。
そうまでして私を一人修行させようとする理由は結局分からないままなのだけれど。
「…………分かりました」
ダラスさんは仕方ない、といった表情で溜め息を吐くと、私の頭に手を置いた。
「これからは俺とリラーナが家族だ、ルーサ」
普段あまり笑わず強面のダラスさんだが、ほんの少し優しい顔でワシワシと頭を撫でてくれた。
「はい、よろしくお願いします、師匠」
「し、師匠!?」
驚いた顔をしたダラスさんはレアだな、と、ちょっとおかしかった。だって魔石精製師の師匠だもんね。間違ってないはず。
「だって師匠でしょ?」
「う、いや、まあ……」
たじろぐダラスさん。
「アハハ! 良いじゃない、ルーサに「父さん」と呼ばれるのもなんか変でしょ」
リラーナが笑いながらダラスさんをバシバシ叩いていた。さすがのダラスさんもリラーナには負けるみたいね、フフ。
「はぁぁ、好きに呼べ……」
がっくりと項垂れながらダラスさんが「師匠」呼びを認めた。
「では、我々は屋敷に戻るよ……ルーサ、元気でな……」
「ルーサ……元気でね……身体に気を付けて……」
「お父様……お母様……お元気で……」
二人にぎゅっと抱き付いた。お父様もお母様も最後にキツく抱き締めてくれる。
別れを告げた両親は魔石屋を出ると街を後にした。
そうして私は両親と別れた……。
私、サラルーサ・ローグはこれから『ルーサ』として生きる……。
******
第一章 完
「どうして? どうして住み込みなの?」
落ち着いてくるとゆっくりと聞いた。
「どうして屋敷に帰ってからじゃ駄目なの? どうして今すぐなの? せめてみんなにお別れを言いたい」
「すまない、今は理由を言えない。いつかルーサ、お前が大人になったときに分かるだろう。今はそれしか言えないんだ……すまない」
お父様はそれしか言わなかった。
屋敷のみんなに別れを告げることも出来ない。会うことすら出来ない。このまま私はダラスさんの元へ修行に……。
「私は捨てられるの?」
そんな言葉が口をついて出てしまった。
「そんなわけがないだろう!!」
お父様は怒り出し、私の頬を両手で包んだ。その瞳は怒りと悲しさを映し出していた。
「お前は私たちの大事な一人娘だ!! お前を捨てるわけがない!! ダラスさんの元へ行かせることがそう感じてしまうのは仕方がないかもしれないが……決して私たちはお前を見捨てるわけじゃない。私たちはお前を愛しているんだから」
「そうよ、ルーサ、そんなことを言わないで。私たちは貴女を愛している。それだけはどうか忘れないで……」
お母様は涙を流しながら微笑んだ。
「いつかお前が独り立ち出来たら、そのとき私たちに会いに来ておくれ」
「分かった……」
もう頷くしかないということは嫌というほど分かった。愛している……でも私を置いていくのね……。二人の愛を疑うことはなかった……けれど……一人置いて行かれる寂しさはどうしても心に少しばかりの影を落とした……。
貴族の娘だということが周りの人間に与える影響は良いものとは限らない。そのため身分を偽るように、とも言われた。
長い髪は短く切り揃え、お母様譲りの綺麗な銀髪は若草色に染め上げられた。名前もサラルーサ・ローグという名は捨て、平民『ルーサ』として生きるように言われた。
私はサラルーサ・ローグではない別人となった……。
王都まで共に来てくれていた護衛騎士や侍女たちとは別れを告げることが出来た。それだけが救いだった。屋敷に残るみんなによろしく伝えて欲しいと頼んだ。みんな泣きながら別れを告げてくれる。
私はお父様から話をされたあと、その夜にひとしきり泣き尽くした。
だから、もう泣かない。
私は魔石精製師になって独り立ちしたら必ず屋敷に戻る。そう覚悟を決めた。
両親と共に歩くのはこれが最後。三人でダラスさんの店へと向かう。
魔石屋の扉を開けるとダラスさんとリラーナが待っていた。
「ルーサ!! その髪!?」
リラーナが驚いた顔でこちらに駆け寄って来た。
ダラスさんはお父様と話す。
「今朝短くして色を変えたの。似合う?」
極めて明るく話す。リラーナはダラスさんからどう聞いているのだろう。
「うんうん、似合うよ! 前の銀髪もとっても綺麗だったけど、その髪色と短いのも可愛い!」
リラーナは私の髪をそっと触りそう言ってくれた。
「今日からうちで修行するんだってね? しかも住み込みなんでしょ!? ルーサと一緒に暮らせるなんて嬉しいわ! 妹が出来たみたい! フフ」
「ありがとう、リラーナ」
「フフ、姉妹になったからには遠慮はしないからね!」
ニッと笑ったリラーナがおかしくて、二人でアハハと笑い合った。うん、きっと私は大丈夫。
お母様はそんな私を見てホッとしたようだった。
「ダラスさん、こんなことを頼んでしまい本当に申し訳ない。感謝致します。どうか、ルーサのことをよろしくお願いします」
お父様とお母様はダラスさんに向かって丁寧にお辞儀をした。本来なら平民のダラスさんに貴族であるお父様が頭を下げるなんてことは絶対にないのでしょうけれど、今回の話はどうやらかなり無理を言って頼み込んだようだったので当然のことなのだろう。
そうまでして私を一人修行させようとする理由は結局分からないままなのだけれど。
「…………分かりました」
ダラスさんは仕方ない、といった表情で溜め息を吐くと、私の頭に手を置いた。
「これからは俺とリラーナが家族だ、ルーサ」
普段あまり笑わず強面のダラスさんだが、ほんの少し優しい顔でワシワシと頭を撫でてくれた。
「はい、よろしくお願いします、師匠」
「し、師匠!?」
驚いた顔をしたダラスさんはレアだな、と、ちょっとおかしかった。だって魔石精製師の師匠だもんね。間違ってないはず。
「だって師匠でしょ?」
「う、いや、まあ……」
たじろぐダラスさん。
「アハハ! 良いじゃない、ルーサに「父さん」と呼ばれるのもなんか変でしょ」
リラーナが笑いながらダラスさんをバシバシ叩いていた。さすがのダラスさんもリラーナには負けるみたいね、フフ。
「はぁぁ、好きに呼べ……」
がっくりと項垂れながらダラスさんが「師匠」呼びを認めた。
「では、我々は屋敷に戻るよ……ルーサ、元気でな……」
「ルーサ……元気でね……身体に気を付けて……」
「お父様……お母様……お元気で……」
二人にぎゅっと抱き付いた。お父様もお母様も最後にキツく抱き締めてくれる。
別れを告げた両親は魔石屋を出ると街を後にした。
そうして私は両親と別れた……。
私、サラルーサ・ローグはこれから『ルーサ』として生きる……。
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第一章 完
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