【完結】魔石精製師とときどき魔王 ~家族を失った伯爵令嬢の数奇な人生~

樹結理(きゆり)

文字の大きさ
上 下
9 / 247
第1章《因果律》編

第8話 記憶

しおりを挟む
『ねぇ、サクラ、あなたは私の大事な大事な宝物よ』

 ぼんやりする意識がハッキリとしてくると、目の前に見知らぬ女性がいた。黒い髪の毛に黒い瞳、とても優し気な目でこちらを見て微笑んでいる。誰だったかしら……なんだか懐かしい……。
 あわあわと伸ばした手が見える。とても小さな手。ん? 赤ちゃん? 声を上げようとしても「あうあう」としか出て来ない……。


『サクラ、立てるようになったのね! 凄いわ!』

 ようやく自力で身動きが取れるようになって来た頃に初めてつかまり立ちをした。目の前の女性はとても喜んでくれている。
 そう、この人は私の母親なのだ。でも、あれ? 私の両親は他にいたはず……おかしいな……うん、いたわよね。私は「サクラ」なんて名前じゃない。私の名前は……。


『もうすぐあなたも幼稚園に通うのよ、嬉しいわね』

 新しい制服に身を包んだ私は嬉しそうな母親に頭を撫でられた。どうやら父親はいないようだ。母親一人に育てられている。
 私は結局誰なのかしら……サクラじゃない、とは分かるのに、自分がサクラなのだとも分かる。一体私は誰?


『フフ、あなたにもあの子の可愛さが分かるでしょう?』
『ふん、知るか』
『フフフ』

 夜中に寝ぼけまなこのままトイレに立つと、母親のいる部屋から話し声が聞こえた。誰だろう。男の人の声だ。父親はいないのだから、誰かと電話でもしているのかしら……。でもとても親しそうな声。嬉しそうな声だった。いつか私のお父さんになるのかしら……などとぼんやり思いながら布団に戻るとすっかり忘れてしまっていた。


『小学校に入学かぁ、早いわねぇ。ランドセルがよく似合うわよ』

 母親と一緒に桜の前で写真を撮った。私の名である花だ。父親が付けてくれたらしい。私が産まれる前には亡くなってしまったそうだ。
 小学生になってからは母親の代わりに家事をするようになってきた。母親は私を育てるために朝から晩まで働いていた。
 それは中学生になっても高校生になっても続いていた。私を女手一つで一生懸命育ててくれているのが分かっていたので、傍にいられる時間が少なくとも不満はなかった。
 それよりも働き過ぎで倒れてしまわないか心配で仕方がなかった。


『サクラちゃん!! お母さんが!!』

 近所のおばちゃんが学校帰りの私に声を掛けて来た。母親が事故に遭ったと。必死に病院まで走った。
 お母さん……お母さん……お母さん……私を独りにしないで……


 お母さんは死んだ。赤信号を無視した車にはねられほぼ即死だった。泣いた。一日中泣き続けた。
 母親には身内がいなかった。近所の人たちが葬儀を手伝ってくれた。母親はあっという間に灰になってしまった。

 二人で暮らしていた部屋も、独りになると広く感じた。母親の遺品の整理をしていると、とても綺麗な石を見付けた。普段はアクセサリーなど身に着けない母親で、宝石の類も持っているのを見たことはなかった。
 しかしこの宝石はとても美しい石だった。紫色の丸い石。光に翳すとなにやらなかで光が揺らぐような不思議な石。母親の形見としてお守りにした。巾着に入れて肌身離さず持ち歩いた。

 母親がいなくなってからはなにをするにしても張り合いがなかった。高校も卒業間際だったため、すぐに働くことも出来て、生活自体は問題なかった。でも……なにをするにしても独りは寂しい……。私はこの先どうやって生きて行こう……。

 そうやって何年か過ぎた頃、まさか自分も車に轢かれて死ぬことになろうとは。



『―――!!』

 誰かに呼ばれたような……誰だっけ……

 懐かしいような温かいような……

 聞いたことがある声のような……


 私はなにかに引っ張られたかと思うと、赤信号の横断歩道へ飛び出し車に轢かれた。

 周りでは悲鳴や叫び声が響き渡るが、なんだか遠くに聞こえる。

 あぁ、これ、私はもう駄目なやつかな……。まあ私が死んでも悲しむ人はもういないし、それでも良いか……。


 遠くで誰かが呼ぶ声が聞こえる……。

 あぁ、そうか、まだお母さんが生きていた頃に聞いたことがある声なんだ……。
 だから懐かしい。

 会ったことはない人。

 それでもなんだか懐かしい声。


 あなたは誰…………



『サクラ……いえ、ルーサ、あなたを独り置いて行ってしまったこと、本当にごめんなさい。これからあなたはまた辛い想いをするかもしれない……でも、忘れないで。あなたには常に味方がたくさんいることを……』

 お母さん!? お母さん!! 叫んで抱き付きたいのに動けない!!

 お母さん!! お母さん!! 私を独りにしないで!!

『大丈夫よ、あなたは独りではないから……を大事にしてね……』

 とても優しい笑顔でそう言葉にした母親は私の頬をそっと撫でて消えた……。
しおりを挟む
感想 58

あなたにおすすめの小説

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...