上 下
72 / 73
その後編

花祭り その三

しおりを挟む
 ジークは人を避けながら、私が人とぶつからないように腕で庇いながら歩いてくれる。
 ジークって本当に紳士的よね。
 私のことがまだ好きだと言われたことを思い出し、なんだかドキドキしてしまった。背後から殺気を感じるから、そっとその想いは封印しました。

 しばらく歩くと開けた場所に出た。中央にはオベリスクのような石で出来た細長い石碑が高くそびえ立っていた。
 その石碑から周りの建物に向かって紐が繋がり、そこにもランタンがたくさん釣られている。

「うわぁ、凄いね」
「明日はここの広場は一面花びらで埋め尽くされるぞ」
「そうなの!?」
「あぁ、明日の花祭りは皆で花びらを投げ合うんだ。街中皆で投げ合うから、一面花びらだらけだ」
「へぇぇえ!! 素敵!!」
「だろ?」

 ジークは嬉しそうに話す。

「元々はその年一年の間にあった祝い事をその日に皆で祝おうってことから始まったらしいんだ。子供が生まれた、とか、結婚した、とか。そういったことを街の皆で祝うために花びらを降らせたことが始まりだそうだ」
「街の皆でかぁ、街中の人たちに祝ってもらえるなんて幸せだろうねぇ」
「あぁ」

 ジークはランタンを見上げながら毎年の祭りを思い出しているようだった。優しい笑顔だ。

「連れて来てくれてありがとう、ジーク」
「ん? ハハ、まだ祭りは明日が本番だぞ?」
「ハハ、そうだね。今でも十分素敵だからなんだかほっこりしちゃった」

 そう言って二人で笑い合うと、背後からラズに抱き締められた。

「ラ、ラズ! ちょっと!」
「俺のことも構ってくれ」

 耳元でボソッと呟かれ、顔がカッと熱くなった。
 な、なんかラズが甘えたになってる!! いや、まあ可愛いんだけど、今はやめてー!!
 ジークが呆れたような顔で見てるし!! 恥ずかしい!!

「ラズ、ヒナタが困ってるぞ。離してやれよ」
「いやだ」
「いやだ、ってお前……」

 ラズがますます子供みたいになっていく……。

「ヒナタは俺のだ」

 むぎゅーっと抱き締められ宣言された。

「ちょ、ちょっと!」

 恥ずかしいし、苦しいし!

「はいはい」

 呆れ顔のジークはそう言いながら近付いたかと思うと、おもむろにラズと私の腕を掴み、べりっとラズを引き剥がした。

「うぉい!!」

 ジークの力が強いものだから、あっさりと引き剥がされたラズは驚きのあまりか変な声が出ていた。

「さて、ヒナタ、何食べる?」
「え、あ、えっと……」

「おい! こら! 俺を無視するなー!!」

 広場にラズの叫びが響き渡った……。



 あちこちの露店を見て周り、どれも美味しそうで決められない! と悩んでいたら、手当たり次第にジークが買ってくれた……。

「いや、ちょっとこんな食べられない!」
「ハハ、ヒナタは好きなだけ食べたら良いよ。残りは俺が食べるし。逆にこれでも足りないくらいだ」

「えぇ……」

 確かに体格の良いジーク。しかも普段から力仕事だしね。それだけたくさん食べるのだろう。王都で一緒に食事をしたときもかなりの量だったしな。

「じゃあお言葉に甘えて……」

 広場にあるベンチに腰を下ろし、露店で買ってきたものを食べて行く。初めて見るものも多かったがどれも美味しく、デザートまでいただいてしまった。
 ラズもどうやら美味しかったらしく、さっきのやり取りをすっかり忘れたかのようにご機嫌で食べていた。ハハ、単純なんだよね、それが可愛かったりする……私も大概だな。

 大量に買った食事は宣言通り、見事にジークが全て完食していた。す、凄い……。

「はー、食った食った。明日も朝から祭りだし、今日はもう帰って寝るか? 馬車で疲れただろ?」
「そうだね」

 そして再びジークの家へと戻るとシャワーを貸してもらい、ラズとジークはジークの部屋に。私は借りた部屋へと就寝した。





「ラズ、せっかくだしどうだ?」
「ん?」

 簡易ベッドに腰を下ろし、寝る準備をしていたラズはジークを見た。
 ジークはテーブルにボトルを置き椅子に腰掛ける。

「いつも寝る前に一杯やるんだよ、付き合えよ」

 コップを二つ置いてテーブルに促した。
 ラズは仕方ないな、とばかりに小さく溜め息を吐きジークの向かいに座った。

 ボトルの蓋を開け、コップに赤い液体を注ぐ。

「この街ではよく飲む、レーブって実の酒だ」

 そう言いながらジークは乾杯とコップを掲げた。仕方なくラズもそれに合わせる。

 レーブ酒はほんのり甘く飲みやすい口当たりだった。
 ジークは軽く一杯飲み干す。

「お前……そんな飲んで大丈夫なのか?」
「ん? あー、俺、酒は強いみたいでな、ほとんど酔わない。ラズは?」
「お、俺はあんまり強くない……」

 なんだかここでも負けた気がして悔しくなってしまうラズだった。力でも敵わない、酒でも敵わない。ならば自分がジークに勝てるものはなんだろうか、とラズは思い悩んでしまった。

「で、でもヒナタは俺のだからな!!」

「は?」

 悶々としてしまい、いきなり脈絡もないことを口走ってしまったことを激しく後悔した。酒の話からなんでいきなりヒナタの話なんだよ! 自分の馬鹿さ加減に情けなくなる。
 ラズはコップにあった酒を一気に飲み干した。

「ヒナタは俺のだ……ねぇ。まあヒナタがそれで幸せなら俺は何も言わない。だけど……、泣かすなよ?」

 ジークは真面目な顔で言った。
 ヒナタを好きだからこそ諦める。

 ラズは恐らくヒナタに好かれている自信がないのだろう。だからこそいつもああやってヒナタは自分のものだ、と何度も言うのだろう。
 ヒナタがラズのことを好きなのは見ていて分かる。ヒナタはいつもラズを気にしている。それなのにラズは全く気付いていないみたいだが。だがそれは教えてやらない。教えてやる義理もないしな。

 我ながらガキ臭いな、そう思い苦笑するジーク。
 好きだからこそ諦めるんだ。だからラズにはヒナタを幸せにしてもらわなければ困る。

「泣かせたらお前を殴って、俺がヒナタをもらうからな」
「だれが泣かせるか!!」

 いや、泣かせたのか? ラズは一瞬目が泳いだ。

「自信なさそうな顔するな」

 ジークはテーブルの下でラズの脛を蹴った。

「いてっ」

 その後も二人でボトルを空にするまで飲んでいると案の定ラズは酔い潰れてしまった。テーブルに突っ伏したまま寝てしまったラズに布団を掛けてやり、自分はベッドに横たわる。

 思いのほか楽しい酒となったジークは心地良く眠りに付いたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。 国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。 カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。 王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。 失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。 公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。 逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。  心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

【完】貴方達が出ていかないと言うのなら、私が出て行きます!その後の事は知りませんからね

さこの
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者は伯爵家の次男、ジェラール様。 私の家は侯爵家で男児がいないから家を継ぐのは私です。お婿さんに来てもらい、侯爵家を未来へ繋いでいく、そう思っていました。 全17話です。 執筆済みなので完結保証( ̇ᵕ​ ̇ ) ホットランキングに入りました。ありがとうございますペコリ(⋆ᵕᴗᵕ⋆).+* 2021/10/04

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

処理中です...