上 下
61 / 73
本編

第六十一話 アルティス殿下の覚悟

しおりを挟む
「おはようございます、ヒナタ殿」

「あ、お、おはようございます」

 にこやかに挨拶をしたアルティス殿下は、城にいたときと違って所謂平民服を着て眼鏡をしていた。見事に王子オーラは消えていたので、ぱっと見その辺にいそうなお兄さんね。
 その後ろにはリュウノスケさんが何やら苦笑しながら立っている。アルティス殿下に気付かれないように「すまない」といったような仕草をしていた。

 うーん、リュウノスケさんにとっても予期せぬ事態だったようね。それで慌ててあの魔石で知らせてくれた訳だ。納得。

「えっと、アルティス殿下、その、何か御用でしょうか?」

 特にこれといって思い当たることがないのでおずおずと聞いてみた。

「あぁ、突然お邪魔してすいません。城では話せなかった内容なもので、ヒナタ殿がお帰りになってから話そうと思っていました」

「城では話せない……」

 その言葉にリュウノスケさんも怪訝な顔をした。

 何だか大事な話のような雰囲気に窓を閉め切り、テーブルへとアルティス殿下を促した。
 お茶を入れようかと思ったが、アルティス殿下に座るように促され、仕方がないので対面して座る。部屋には椅子は二脚しかないため、リュウノスケさんは立ったままだ。ラズは……ね。

 アルティス殿下はにこやかな顔から急に真面目な顔になり話し出す。

「ヒナタ殿、貴女は日本に帰りたいですか?」

「「えっ!?」」

 リュウノスケさんと二人して驚いた。そしてラズが……

『おい!! どういうことだよ!!』

 そう叫ぶとアルティス殿下に飛び掛かった。

「ちょ、ちょっとラズ落ち着いて……」

「ラズ!?」

「「あっ」」

 アルティス殿下がラズの名を呼んでしまい、リュウノスケさんが……まあ気付くよね……。ハハハ。

「やっぱりこの猫、ラズヒルガですか……」
「あー、ハハハ、バレてしまいましたね」

 リュウノスケさんが呆れた顔をすると、アルティス殿下はばつが悪そうに笑った。

『そんなことどうでも良いんだよ! それよりも日本に帰りたいのか、って!』

「あ、あぁ、それは……」

 ラズはちょっと来いとばかりにアルティス殿下の服に噛み付き寝室へと引っ張って行った。何してんのよ。
 いや、まあラズはいつも変だから良いとして、さっきの「日本に帰りたいか」って……、何!? アルティス殿下って日本に帰る方法を知ってるの!?

 リュウノスケさんの顔を見た。リュウノスケさんも驚いた顔をしていた。

「アルティス殿下は日本に帰る方法を知っているんですか?」
「いや、そんな話は聞いたことがない。どういうことだか…………、しかし、それよりも……」

 チラリと寝室を見たリュウノスケさんは苦笑した。

「やはりあの猫ラズヒルガだったんだな。なんか怪しいと思ったら」
「あー、ハハ、何か色々あったみたいで……」

 ラズとアルティス殿下が戻ってくるまで、ジークに話したようにリュウノスケさんにも説明をした。

「なんで猫なんかになるはめになったのかは知らんが、まあ何となく想像はつくな」

 そう言いながらリュウノスケさんは苦笑した。




 ヒナタとリュウノスケがラズの事情を話している間に、ラズとアルティスは寝室でこそこそと話していた。

『ヒナタに日本に帰りたいかってなんだよ! アルは俺の味方じゃないのかよ!』

「落ち着いてよ、ラズ。僕は君の味方だよ? でも、ヒナタ殿は選ぶ権利があると思うんだ。僕は日本人を日本に帰してあげたいと思ってずっと研究をしていたから」

『…………』

「それにさ、ラズ、君……、ちゃんとヒナタ殿に気持ちを伝えたの?」

『うっ』

「はぁぁ、やっぱり……」

 ラズとヒナタの態度からして、おそらくまだラズは気持ちを伝えていないのだろう、と踏んだアルティスは案の定の返事に溜め息を吐いた。

「何もたもたしてるのさ」
『う、うぅ』

「とにかくヒナタ殿と話すからね、良い?」
『分かった……』





 ラズとアルティス殿下が寝室から戻って来ると、アルティス殿下は再び私の前に座った。

「あー、えっと話の途中ですいません。えっとですね、僕が日本の研究をずっとしているのはご存知ですよね?」
「えぇ」
「僕が日本の研究をしている理由、僕は日本人の方を日本に帰してあげたいんです」
「帰れるんですか!?」
「それを今、研究中なんです。そこで……ヒナタ殿にも協力していただきたくて」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 アルティス殿下が続きを話そうとする前にリュウノスケさんが止めた。

「この国は日本について調べることを暗黙的に禁止されていますよね」

 アルティス殿下はリュウノスケさんの顔を見た。

「そうですね……、父上は、というか国が日本について調べることを禁止している……この国の利益のために……」

「ご存知だったんですね……」

「えぇ。僕はまだ父上からその話を直接聞いたことはありませんが、やはりこれだけの日本人の方が流れて来ているのに、今まで誰も帰る方法を研究していないのが不思議だったんです」

 アルティス殿下は目を伏せた。

「城の誰に聞いてもあやふやな答えしか返って来ない。父上に聞いても「お前にはまだ早い」としか返ってこない。だから僕は自分で研究を始めた。表向きはただ日本好きで日本のことが知りたいだけ、というふりをして」

 ただの日本好きじゃなかったのか。アルティス殿下、失礼だけど興味本位だけで日本を調べているのかと思ってた……ごめんなさい。
 おそらくリュウノスケさんも同じように思っていたのだろう、驚いた顔をしている。意外にもアルティス殿下のほうが一枚上手だったという訳だ。さすが次期国王。

「この国が日本人の知識を利用したいという想いは理解出来るのです。やはり誰でも良いものは取り入れたいものですし。でもだからといって日本に帰りたい方をこの国に押さえ付けるのは違うと思うのです。僕は帰りたい方は日本に帰らせてあげたい」

「今はまだ父上の意向が強いので、公には日本に帰る方法を探れません。でも僕が王になったら、今のこの暗黙的に禁止されている日本研究を公に行いたいのです。日本人の方が我々の国に協力しても良いと思われたのなら、この国で発展のために協力してもらい、帰りたい方にはちゃんと帰ることが出来るように助けたい」

「この国に縛り付けるようなことだけはどうしても嫌なんです」

 アルティス殿下は苦悩の表情を浮かべながらも、最後には覚悟を決めているような強い表情になった。

「陛下にバレたら、どう処罰されるか分かりませんよ?」

「覚悟の上です」

 ニコリとリュウノスケさんに笑って見せた。

 あぁ、アルティス殿下は強い方なんだな。城で話しているときは世間知らずの呑気な王子様かと思っていたことを謝りたい。きっとこの方は国の将来を見据えて考えてらっしゃるのね。いつまでも日本人をこの国だけに縛り付けておけるかなんて分からないものね。その縛り付けておけなくなったときに、この国がどうなるか……。

「さすがです、まさか殿下がそのようなことを考えていたとは」

「ハハ、見直してくれましたか? リュウノスケ殿」

 そう言われ、リュウノスケさんはばつの悪そうな顔をした。それを気にするでもなくアルティス殿下は続けた。

「それでですね、ここからが本題なのですが」

 アルティス殿下は私に向き直り話す。

「ヒナタ殿に街での情報収集をお願いしたいのです」
「情報収集?」
「えぇ。日本に帰る方法を探るためにはまず日本人がこちらの世界にやって来た状況を知りたくて」

 アルティス殿下はおもむろに荷物の中から地図を取り出し広げた。

「この地図はヒナタ殿も最初にいたとされるあの森の地図です。この中心にあるのがあの森にある遺跡です」

 アルティス殿下は地図の中心にある円形の図を指差した。

「この遺跡を中心にどうやら日本人が多く現れるらしいのです」

 その地図にはあちこちにバツ印が描かれていた。今までアルティス殿下が調べた、日本人が現れた場所らしい。

「今現在いらっしゃる日本人の方の証言なので、はっきりと場所が特定されている訳ではないのですが、大体で聞いたにしても、この遺跡を中心としたところに固まっているんです。ヒナタ殿もそうですよね?」

「え、えぇ。私は気付いたらこの遺跡にいました」

 遺跡の位置を指差し答えた。

「なぜこの遺跡を中心としたところばかりなのかは解明出来ていませんが、もしかしたら皆さんが現れた場所には何かあるのかもしれない。何か条件を満たせば、日本と繋がるものが現れるのかもしれない、僕はそう思っています」

「だからヒナタ殿に、それを調べる協力をお願いしたいのです」

 アルティス殿下は前のめりに訴えた。

「日本人の方から、この世界に来たときに気付いたことはないか、などを聞いていただいたり、日本人の方が現れた日に何かいつもと違う事例はなかったか、などを調べていただきたい」

「それでもし本当に日本に帰る方法を見付けたとして、ヒナタ殿は自分の意思で帰りたいか帰りたくないかを選んでいただきたい。それは貴女の自由だから。リュウノスケ殿も……」

 アルティス殿下は私とリュウノスケさんの顔を見た。覚悟を決めた意思の強い瞳だ。

「「分かりました」」

 私たちはそう返事をした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...