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本編

第四十八話 ラズの秘密 その一

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 俺はルクナの王子アルティスとその妹の王女エルフィーネの乳母ターナの息子。幼い頃から二人と一緒に育ち、兄弟同然のように暮らしていた。

 二人のことは幼い頃からずっと一緒で家族同然、当然のように好きだったし、信頼し合っていた。二人からも好かれていると自負していた。

 二人と共に暮らし、俺はアルティスの従者になりたいと陛下に願い出て、一生側にいることを許された。

 アルティスはそんなことをしなくても良いのに、と困ったように笑っていたが、実際は喜んでくれていたと思う。

 そうやって穏やかに過ごしていたが、大人に近付くにつれ、徐々にエルフィーネのことを意識するようになってしまった自分に気付いた。

 エルフィーネは可愛い。とても優しく美しい。今まで幼さしか感じていなかったその少女に、徐々に女性を感じるようになってしまった自分に戸惑った。

 俺はエルフィーネが好きなのか。

 そうなんだろうか。好きになっても結ばれることはないと分かっている相手なのに?

 でもエルフィーネを見ていると、心が穏やかになる。彼女が微笑でいると幸せな気分になる。
 そう思うと俺はやはりエルフィーネが好きなのだ。

 きっと、おそらく、好きなんだろうと思ったら、どうしてもエルフィーネと二人きりで話したくなった。

 きっと二人で話せば何か分かるはず。

 そう思うと居ても立っても居られなくなり、エルフィーネの部屋へと向かった。

 子供の頃、よく窓からエルフィーネの部屋に入り、遊びに連れ出した。その後こっぴどく叱られたが、それはそれで良い思い出だ。

 そのときと同じように夜、エルフィーネの部屋に窓から入ろうとした。

 入ろうとしたんだ。そのときだった。


「ラズヒルガ、降りなさい」


 二階にあるエルフィーネの部屋。そのバルコニーの手摺に手を掛けた瞬間、背後下のほうから声がした。

 げげっ、この声は…………

 恐る恐る振り向き、下を見下ろすと、そこにはブルーグレーの髪に、深紅の瞳を持つ初老の男。
 真っ直ぐ長い髪を緩く一つに束ねて右肩に垂らし、ローブのような服装の…………、師匠。

「聞こえなかったですか? 降りなさい、ラズヒルガ」

「…………はい」

 バルコニーの手摺から手を離し、下へと飛び降りる。

 目の前には俺やアルティス、エルフィーネの魔術の師匠、グレイスがいた。

 その横にはアルティスの姿もあった。騎士を二人、背後に従え、師匠とアルティスが立っている。

「ラズヒルガ、お前は何をしようとしていたのですか?」
「…………」

 アルティスはどうしたら良いのか分からないような微妙な顔で俺を見詰める。
 どうせもうバレているんだろうな。

「答えなさい、ラズヒルガ」

「すいません、エルフィーネの部屋に行こうとしていました」
「窓から侵入して?」
「はい」

 どう言い訳をしたところで、おそらく師匠はもう分かっているのだ。どうやって知ったのかは知らないが、師匠とアルティスが揃っているのだ、何かあるに決まっている。

 師匠とアルティスは普段から魔術の研究をしていた。より良くするため、生活に役立たせるため、日々二人で研究を繰り返していたのは知っている。
 今回もおそらく何か仕掛けがあるのだろう。

「なぜこんな夜にエルフィーネの部屋へ?」

 そ、それを聞く!? そ、そんな恥ずかしいこと聞かないでくれよ!! 察してくれよ!!

 しかしそんな言い訳が通用しないのも分かっているので、溜め息しか出なかった。
 なんせ普段は優しいが怒るととんでもなく怖い師匠なのだ。口調や表情は優しそうに見えるので、余計に怖かったりする。

「あ、あの、その……」

 アルティスは同情するような目を向けるが、師匠の目は怖い。微笑んでいるが目は笑っていない。

「俺、エルフィーネのことが……、その、好きで……少しだけ話したくて……」

 実際は好きな気持ちを確かめに行きたかったのだが、今それはどうでも良いことだろう。

 師匠とアルティスと騎士二人しかいないが、何だこの公開処刑のような気分は。
 師匠の呆れた顔に、アルティスの驚いたような顔。それに騎士二人のひそひそと話している姿。

 居た堪れない。逃げ出したい。

 師匠は「はぁぁ」と深い溜め息を吐き、頭を抱えた。

「お前は……、はぁ、情けない」
「すいません」
「エルフィーネのことを好きになっても結ばれることはない、ということは分かっているのでしょう?」
「はい……それでも話だけでもしたくて……」

 それは本当だ。ただ話がしたかったんだ。忍び込もうとしたことは馬鹿だったとは思うが。

「エルフィーネの部屋にはアルティスと研究し実験的に作った魔石で結界を張ってあります。不届き者にエルフィーネが狙われたりしないように。結界に触れると私とアルティスが持つ魔石が反応するように出来ている」

 再び深い溜め息を吐いた師匠。

「まさかお前が一番最初に引っ掛かるとは」

 そんな結界が張られていたとは。ガックリと肩を落とした。自分自身で情けなくなってくる。師匠にしたらさらに一層情けない気分なんだろうな。ごめん。

 父親を早くに亡くした俺にとっては、魔術の師匠としてだけではなく、間違ったことや悪いことを叱ってくれる父親のような存在でもあった師匠。

 そんな師匠にこんな情けない姿を晒してしまった。あぁ、俺は何をやってんだ。

「未然で防げたとはいえ、お前を無罪とする訳にはいきません。分かりますね?」
「はい……」

 それは、そうだろう……覚悟はしている。

「せ、先生! ラズも反省してますし、エルフィーネも何事もなかったですし……」
「アルティス、それはそれ、何も罰しないというわけにはいきません」
「うっ……、しかし……」

 アルティスは必死に庇ってくれている。すまない。お前にまでこんな心配を掛けてしまった。

「幸いこの事実を知る人間はラズヒルガ以外には四人だけ」

 師匠はこの場にいる人間全員を見渡した。

「陛下には報告はしないでおこうと思います。皆さん、良いですか? この場の五人だけの秘密です」

 師匠は人差し指を口に当て、少しいたずらっぽい顔をした。

「えっ! よろしいのですか!?」

 騎士の一人が声を張り上げた。それはそう思うよな。俺自身がそう思うよ。
 それでも師匠はニコリと笑い、話を続けた。

「陛下もラズヒルガのことは息子のように可愛がっておられます。おそらく報告をしたところで、傷付かれるだけで、同じように恩情をかけられると思います」

「しかし何もなく、今まで通り、ということは私が許しません」

 師匠はきっぱりと言い切った。

 な、何の罰を受けるんだ。少し恐ろしくなり腰が引ける。
 笑顔の裏で怒っている師匠は最強に怖い。

「ラズヒルガ、お前は真実の愛を知りなさい」

「は?」

 言っている意味が分からなかった。
 真実の愛? 何だそれ? というか、愛がどうこうよりも、それが罰? どういうことだ?
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