上 下
26 / 73
本編

第二十六話 ラズヒルガ

しおりを挟む
「ラズヒルガ様……、アルティス様の従者の方ですよね?」

 アンがエルフィーネに聞く。

「えぇ、私たちの乳母ターナの息子で、お兄様と同い年だから、私たちは兄妹のように育ったの。成長してからはラズヒルガ自身がお兄様の従者になるって言うから、お父様がお認めになったの。今まで従者として片時もお兄様から離れたことがないのに……」

 エルフィーネは頬に手を当て、首を傾げた。

「そういえばそうですね、最近全くラズヒルガを見かけない」

 護衛の騎士たちもラズヒルガとは親しい。いつもアルティスの側にいたはずのラズヒルガを最近めっきり見なくなった。どういうことだろうか、と同じく首を傾げる。

「いつも必ずお兄様の側にいたのに、最近見かけない上に今日も一緒に来るのかと思ったらいないのですもの。一体どうされたのですか? ターナも探していましたわ」

 エルフィーネはアルティスを真っ直ぐに見詰めた。

「え、あ、いや、えーっと…………」

 アルティスはたじろぎ、どう答えて良いのか迷い、ラズヒルガと交わした言葉を思い出していた。



『どうしても出て行くのかい?』
『あぁ、だってここにいても何も変わらないだろう?』

『…………、まあそうだけど……』

 城の一角、月夜の元、ラズヒルガが決断した言葉をアルティスは頷くしかなかった。

『アル、すまなかった…………。じゃあ行くよ。後はよろしく』

 一人闇夜に消えたラズヒルガを止めることも出来ずに、何の言葉を掛けることも出来ずにただ見送るしか出来ないことを歯痒く思った。

『ラズ……』



 アルティスはあのときのラズヒルガを思い浮かべ、エルフィーネを真っ直ぐ見詰めた。

「お兄様?」

 エルフィーネはキョトンとした顔をし、アルティスを見詰める。

「ラズヒルガは…………、やらなければならないことが出来て、少しの間城を出ているんだ」

 思ってもいなかった言葉なのか、エルフィーネは驚いた顔をした。

「やらなければならないこと?」
「うん」

「では、ラズヒルガはしばらくは帰って来ないということですか?」

 護衛の騎士が声を上げた。やはり驚いた表情だ。アルティスはそんな騎士に向かって頷いた。

「うん」
「で、でもいずれ帰って来るのですよね!?」

 エルフィーネは少し泣きそうな顔。アルティスと同じように兄妹同然に育ったのだ。やはり急に何も言わずに消えたとなると心配にもなるだろう。

「うん、きっと帰って来るよ」

 多分……、その言葉は口に出すことはなかった。アルティスにも分からないのだ。いつラズヒルガが城に戻って来るか。それとも戻って来ないのか……。戻って来ると信じたい、それだけだった。


 微妙な空気のまま便利屋らしき店の前に到着した。

 あの後、結局誰もラズヒルガの話題には触れず、不自然なほどに違う話題で会話をしながら便利屋を目指した。

「ここです」

 看板には「何でもお手伝い致します! クラハの何でも屋」と書かれていた。

「ここに例の日本人の方が……」

 ようやく会える! アルティスは緊張した面持ちで店の扉に手を掛けた。

「??」

 ガチャガチャと音はするが一向に開く気配がない。鍵が掛かっている。

「え? 何で? 開かない」
「え? そうなんですか?」

 エルフィーネもアルティスの横に並び、同じように扉に手をやるが開かない。

「お休みかしら」
「えぇ、そうなの!?」

 せっかく来たのに! とアルティスは項垂れる。

「そ、そんなはずは……、両親に定休日を聞いたので、今日はお休みではないはずなのですが……」

 アンが焦った顔で説明をする。

 店先でごちゃごちゃと話していたせいで、何でも屋の隣の店から店の人間らしき男が出て来た。

「あんたたち何やってんだい? クラハに用事か?」

「え、えぇ」

 アンが前に出て男と話す。

「今日はお休みなんですか?」
「いや、いつもは休みじゃないが、今日、というか一昨日から一週間後まではいないぞ」
「え、何でですか!?」
「氷の切り出し依頼に行ってるんだよ」

「「氷の切り出し依頼!?」」

 アルティスとエルフィーネは声を揃えて驚いた。

「こ、氷の切り出し依頼って……、そんなこともしているのか……、興味深い」
「氷って切り出しに行くのですね、知らなかったですわ。どんな感じなのかしら」

 そんな二人の様子にアンと二人の護衛騎士は苦笑した。

 二人は氷がどうやって手に入れられているか知らなかった。そもそも自分たちの手元にも氷があることは滅多にない。食べ物や飲み物を冷やすために使われている、という知識だけだ。それらをどうやって手に入れているかなど知る余地もなかった。

「今日出発していたから、三日後くらいまでは戻らないと思うぞ」
「そうなんですね……」

 あからさまにがっかりするアルティス。その様子にエルフィーネは苦笑するが、いないものは仕方がない。

「お兄様、仕方がありませんわ。今日は諦めましょう?」
「はぁぁ、そうだね……」

 アンとエルフィーネは隣の店の男に丁寧に礼をし、アルティスと騎士たちもお辞儀をするとすごすごと店から離れた。

「さて、じゃあ仕方がないのでお兄様、今日はデートでもして帰りましょう」

 エルフィーネは明るく励ますようにアルティスを促した。
 アルティスはデートよりも他の日本人に会いたいと思っていたが、どこにいるのかも情報を持っておらず、むやみにうろつくのもどうかと思い、仕方なくエルフィーネのお供をすることにしたのだった。

 エルフィーネに引っ張られるアルティスの深い溜め息だけが響き渡っていた。




 クラハさんの後を付いて街を出ると、少し離れた場所にかなり大きな荷馬車が二台止まっていた。

「あれに乗り込むよ」

 クラハさんはそう言いながら、並んだ二台の荷馬車の前の荷馬車に近付いた。
 御者に声を掛けている。荷馬車の中には十人ほどの男性が。

「ヒナタ、今日の依頼主のランブルさんだ」

 呼ばれてそちらに振り向くと、クラハさんよりも一際大柄な男性。歳はクラハさんと同じくらいな感じかしら? まあ私の年齢当ては全く当たらないのだけれど。
 鮮やかな真紅の短髪に茶色の瞳。少し浅黒い日焼けしたような肌に、白い歯が眩しい。
 さすが力仕事をこなしているからか、クラハさんよりも明らかに筋肉量が違うことが服の上からでも分かる。

 人懐っこい笑顔でニッと笑うと、ランブルさんは御者席から飛び降りた。

「ランブルだ、よろしくな。女には辛いと思うが大丈夫か?」

 事前にクラハさんから聞いていたのだろう、ランブルさんは怪訝な顔などは一切なく、普通に受け入れてくれているのが分かる。

「足手まといにならないように頑張ります!」

 そう宣言すると、ランブルさんは少し驚いた顔をしたが、すぐに声を上げて笑った。

「アッハッハ!! 威勢のいいお嬢さんだな! よし、ヒナタ、頑張ってくれ! まあでも無理ならちゃんと言えよ?」
「はい、ありがとうございます」

 気の良い兄貴って感じね。うん、頑張れそう!
 ラズは…………、ブスッとしてるわね。

 荷馬車にいた男性たちにも挨拶をし、さあ、カナル山へ!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...