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第12話 心

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「なにを今さらおっしゃっているのかしら」

「だ、だから……私はロベルト様を奪おうとなんて思ってなかったんです」

「……」

 なんなのかしら。ロベルト様にしろフィリア様にしろ、私を馬鹿にするのもいい加減にしてもらいたいわね。

「ロベルト様と出逢ったのは本当に偶然なんです! 暴漢に襲われたところをたまたま助けていただいて、そのあとまた偶然出逢ってしまったんです」

 それはロベルト様から聞いたわ。何度もそんな話聞きたくもない。
 お茶を一口飲む。なるべく冷静に。

「お礼をと言って最初は断られたのですが、二度目も出逢ってしまったので、そのときにお食事に誘ったのです。それで終わりにしようと思っていたのです……でも、ロベルト様が……」

 なんだかますます不快な話を聞かされそうになってきたわね。フィリア様の話を止めようとしたのだけれど、それよりも先に大声で言葉にされてしまった。

「ロベルト様がまた会いたいと何度もおっしゃられて!!」

 ブチッ。私のなかでなにかが切れてしまったわ。あぁぁあ、もう嫌。我慢の限界が……

「貴女ね……いい加減に……」

 はぁぁあ、と深い溜め息を吐き、怒鳴りそうになってしまう心をなんとか冷静に落ち着かせる。そして大きく息を吸い込み言葉にする。

「ロベルト様に誘われたにしても貴女は断るべきだったのではなくて?」

 俯いていたフィリア様はガバッと顔を上げた。

「まさか王太子殿下だとは思わなかったのです!」

 いくら男爵家が地位的に低いとはいえ、貴族としてこの国の王太子殿下のお顔を知らないというのも問題だとは思いますが、まあこの際それは目を瞑りましょう。

「しかし何度かお会いしている間に気付かれたか、ロベルト様自身がおっしゃったのですよね? その時点で会うことをやめるべきだったのでは?」

「で、でも……」

 フィリア様が反論しようとする隙を与えずそのまま話を続ける。

「ロベルト様には私という婚約者がいることくらいはご存じでしたわよね?」

 いくら王太子殿下のお顔を知らないにしても、婚約者がいることくらいは知っているはずだ。

「それをそのまま貴女はお付き合いを続けた。言い訳しようもありませんわよね。しかもロベルト様だけに罪を擦り付けるのもよくありませんわ。嫌なら断るべきだったのです。それをしなかったのは貴女の責任でもあります」

 フィリア様は悔しいのか辛いのか悲しいのか、今どのような感情なのかは理解出来ないが、泣きそうな顔になっている。私はいじめているつもりはないのですけれどね。小さく溜め息を吐いた。

「もし……もし本当にロベルト様を愛されておられるなら、貴女は貴女で真実の愛を貫き通しなさい」

「え?」

 フィリア様は驚いた顔で私を見た。



 その瞬間、《ドォォォォオオオン》と地響きと共に轟音が鳴り響いた。

「「え!?」」

 お父様も隣の部屋から慌ててやってきた。

「ロザリア! 大丈夫か!?」

「お父様! 一体なにが!?」

「分からん、とりあえずここにいなさい。私が見てこよう」


「ロザリア!!」


 扉の外から私の名を呼ぶ声が聞こえた。この声は!!

「ラキシス!!」

「ロザリア! 待ちなさい!」

 お父様が止めるのも聞かずに、私は扉の外へと飛び出した。

 そして目にしたものは……

 廊下が激しく破壊され、窓や扉が吹き飛んでいる。その爆発が起こったであろう中心に、見覚えのある黒い髪。

「ラキシス!!」

 ラキシスはとてつもない魔力を身に纏い、周りにその魔力が溢れ出ているようだった。魔力が目に見えるはずがない。それなのにラキシスの周りは陽炎のように揺らいで見える。

 ラキシスは私の呼ぶ声が聞こえないのか、いまだに私の名を呼び続けている。そして、なんて悲しそうな顔……

「ラキシス!! ラキシス!! 私はここにいるわ!! 魔力を抑えて!!」

 しかしいくら叫んでもラキシスには声が届いていないようだった。ただひたすら魔力の嵐が巻き起こっている。このままだともっと被害が広がってしまう! どうしたら……

「ロザリア……ロザリア、どこだ……私の……私の傍にいてくれ……どこにも行かないでくれ……」

「!!」

 それはラキシスの心の叫びのような気がした。私は彼の重荷を共に背負うと誓ったのに……それなのに彼をこんなに苦しませてしまった……。
 すぐに戻って来られると安易に考えてしまい判断を誤った。そのせいでラキシスは力を暴走させてしまっている。このまま魔力の暴走が続くと、罪のない者まで傷付けてしまう。
 そんなことになればラキシスは酷く苦しむはず……だって……


 だって、彼は『悪魔』なんかではないから。
 優しい人だから。


 そう思った瞬間、私は考えるよりも先に身体が動いていた。
 ラキシスに向かって走り出す!

 ラキシスの魔力は厚い壁のように行く手を阻む。必死にそれを前に進む。背後ではお父様の呼ぶ声が聞こえるけれど、私は必死にラキシスに向かって走った。

 そしてラキシスに思い切り抱き付いた。

 力一杯抱き締め叫ぶ。

「ラキシス!! ラキシス!! 私は無事よ!! ごめんなさい! 勝手に一人で出て来てしまって本当にごめんなさい!!」

 抱き締めたことで動きの止まったラキシス。その隙に身体を離すとラキシスの頬を両手で包んだ。そして背の高い彼の顔をぐいっと引っ張ると、優しく唇を重ねたのだった。
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